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㉗「ある鍛冶師の話(前)」 


【ハーウッド視点】


 ヴァルデン家からの呼び出しの書状を受けたその日、

 当家は――まあ、見事にパニックになった。


 貴族にも“格”というものがあり、それなりの格の貴族とはそれなりに交友があるのだが、

 ヴァルデン家は、その格が“最上位”と言っても過言ではない。


 小国の王よりも、その名は重い――と、世間では評されている。


 そういった格の貴族は、基本的に自ら我々のような商人に「来い」とは言わない。

 周囲に「こういう者を呼びたい」とだけ伝え、それを聞いた誰かが我々に話を持ち込み、

 そこから我々が“伺う”というのが、半ば慣例になっている。


 それが今回は、直々に「屋敷へ来い」という内容だ。

 どういう要件なのか、考えれば考えるほど胃が痛くなる。


 書面上は「鉱石の鑑定および交渉」となっているが、

 恐らくそれは“名目”にすぎず、本当は別の意図があるのだろう。


 さらに分からないのは――

 交渉相手が「ヴァルデン伯爵の令嬢」と明記されていた点だ。


 宝石類や装飾品の交渉であれば、令嬢が出てきてもおかしくはない。

 だが、よりにもよって“鉱石”の話で、である。


 とはいえ、この得体の知れない呼び出しに対して、

 「出向かない」という選択肢など、最初から存在しない。


 さらなる悪い知らせとして――

 商会の顔役である我が妻は、遥か遠方へ出張中であり、

 戻って来るには二〜三週はかかる、という現実もあった。


 ここは、私が行くしかない。


 ……正直なところ、こういった交渉事は昔から得意ではない。


 幼少期からそれなりの教育は受けてきたが、

 どうしても身につかず、家庭教師や講師から何度「劣等生」の烙印を押されたか知れない。


 そんな私が、この商会の“代表”を務められているのは、

 単純に家督を相続したことに加え――


 鍛冶師としての才能と、“石を見る目”を多少は持ち合わせていたこと。

 そして何より――我が妻のおかげであろう。


 ◇ ◇ ◇


 妻は、私の幼少期から仕えている使用人であった。


 役割としては、私の身の回りの世話をすること。

 そのため、同年代の者を選ぶということで、私と同い年の彼女が選任された。


 最初に会った時の印象は、「随分と寡黙な子だな」というものだった。


 こちらから話しかけても、必要最小限の相槌しか返さず、

 淡々と自分の仕事をこなす姿は、同い年とは思えないほど大人びて見えた。


 そして――地獄のような“社交界に対する教育”が始まった頃。


 私が何をやってもうまくいかず、両親や講師から散々説教を食らって

 うなだれていたときでさえ、彼女はいつも通り淡々と仕事をこなしていた。


 それに、少し腹を立てて、つい口にしてしまったことがある。


「僕がこんなにも落ち込んでいるのに、どうしてそんなに冷たいんだ」


 すると彼女は、ほんの一瞬だけ瞬きをしてから、


「慰めてほしいんですか? それとも同情してほしいんですか? それとも――」


 と、“何をすればいいのか”を、機械的に問い返してきたのだ。


 あまりにも感情のこもらない声音に、私は思わず、


「お前は、人形みたいだな」


 と、口調を荒げてしまった。


 そんなこともあり、幼少期の私たちは、決して“仲が良い”とは言えなかった。


 ◇ ◇ ◇


 しかし、歳を重ねていくにつれ――

 いよいよ私に“社交的な技能”が決定的に足りていないと分かってくると、

 両親たちからの扱いは悪化し、使用人たちからも陰で悪口を言われるようになっていった。


 昔から「食べること」だけが楽しみだった私の食事は、どんどん貧相になり、

 住む場所も、館から離れの倉庫へと追いやられた。


 異議を申し立てようものなら――

「無能に食わせる飯はない」と、体罰すら受けた。


 あの頃は、この世界からいなくなってしまいたいと、何度思ったことだろう。


 そんな時。


 妻は、自分の使用人用の食事をこっそりと隠し持ち、私に分けてくれた。

 最初は、意地を張って「要らない」と断ったが、


「食べるのが好きなのですよね? 本当に要らないんですか」


 とじっと見つめられてしまい――

 抵抗しようとして彼女から顔を背けた矢先、腹の虫が盛大な音を立てた。


 妻は、ふっと口元を緩め、


「一人で食べられますよね」


 と言って、私の手に、固いが少し温かいパンをそっと乗せてきたのだった。


 その時、初めて――彼女の“笑った顔”を見た気がした。


 屋敷にいる使用人たちの多くは、私を笑いものにし、馬鹿にしていた。

 そんな中、妻だけは――

 私のことを“人間として”扱ってくれていたのだと、今にして思う。


 そこから、少しずつ妻とは打ち解けていった。


 ある時、社交の勉強内容でつまずいている箇所の話をすると、

 妻はその“社交”という概念に興味を持ったのか、こう言った。


「良ければ、私にも教えてもらえませんか。

 エスト様が学んだことを、もっと聞いてみたいです」


 内心、“正直面倒だな”とは思ったのだが――

 妻が自分から“何かをしたい”と言い出したのは、それが初めてだった。


 その熱のこもった眼差しには逆らえず、

 夜の空いた時間に、私が学んだことを妻に伝える時間が生まれた。


 ……のだが、あっという間に、「私が教える」というよりは、

 “私が教師と妻の間の中継役をしている”形になってしまった。


 授業で学んだ内容を拙く説明する私の話を聞いているだけのはずの妻の方が、

 なぜか理解していることが多く――


「エスト様、その先生のおっしゃっていた“前提条件”は、こういう意味ではなかったのですか?」


 と、逆に補足を入れてくる始末である。


 時には、妻の「ここが分からないんです」という点を、

 私が教師に正しく伝えられるように、

 彼女からもう一度詳しく説明を受けることすらあった。


 そういったやり取りを重ねたおかげか、

 私の社交の能力も、ほんの少しずつだが、着実に向上していった。


 妻はどうやら、“勉強という行為そのもの”が好きなようで、

 私のおさがりである教本を渡した時には、それはそれは嬉しそうにしており、

 暇さえあれば、いつもその本を読んでいた。


 社交ダンスがどうしてもうまく踊れず、悩んでいた時にも力を貸してくれた。


 振り付けなど、誰からも教えられていないはずの妻の方が、

 なぜか私よりも、はるかに早く一通りのステップをマスターしていたのだ。


 「なぜそんな芸当ができるのか」と問うと、妻は首を傾げて――


「相手の動きに合わせると、自然とこの動きになるだけです」


 と、平然と言ってのけた。


 思わず、


「これが才能の差か……」


 と悔し紛れに零すと、妻は少しだけ真面目な表情になり、


「エスト様にも、絶対に“得意なこと”がありますよ」


 とはっきり言った。


「そして、それは物凄い“才能”になります。

 だって、ここまで“苦手なこと”ですら、ひたすら努力して最終的には達成してしまっているのですもの、それが得意分野であれば凄い事になるはずです。」


 そう告げてから、まっすぐに私の顔を見つめ――


「そして私は、エスト様が努力できるように、いつまでも応援しています」


 と、優しく微笑んだ。


 恐らく、妻を“異性として”意識し始めたのは、この時だったように思う。


 ◇ ◇ ◇


 必死に努力した甲斐あって、出来ることも徐々に増え、

 屋敷での私の扱いも、少しずつだが“まし”になっていった。


 そして、私の体つきもある程度大きくなってきた頃、

 ついに本格的な“鍛冶師としての教育”が始まった。


 鍛冶とはいっても、当家の主力は装飾品などの細工がメインではあるのだが――

 そこで、私の才能がようやく“正しい場所”で発揮された。


 今まで何をやるにしても、人の何倍も何十倍も努力して、

 ようやく「人並み」に届くかどうかだった私が――


 鍛冶の分野においては、“出来ないこと”や“分からないこと”がなかったのだ。


 寧ろ、周囲の“熟練”と呼ばれている職人たちの技量が、

 自分より遥かに劣って見えてしまうほどであった。


 何より――鍛冶が、“楽しかった”。


 金属や鉱石を、様々な道具を駆使しながら、

 頭の中で思い描いた形へと成形していく。


 そして、その過程のあちこちに、

 魔術的な工夫や自分なりの手順を組み込んでいく。


 道具や魔術を操っていると、時間はあっという間に過ぎ去り、

 毎回、途中で「今日はここまで」と中断されることが、ひどくストレスだった。


 そのことを彼女に報告すると――

 「ようやっと報われたのですね」と自分のことのように一緒になって喜んでくれた。


 私が初めて一人で作り上げたネックレスを、

 恐る恐るプレゼントした時には、

 満面の笑みでそれを受け取ってくれた。


 そのお返しにと、彼女が自身で編んだという鍛冶作業用の手袋を私にくれた。

 あまりも嬉しくそれを飾っていたら「飾るのではなくちゃんと使って下さい」と怒られたものだ


 あの時期、私にとっては、毎日が“楽しい”の連続だった。


 ――だが、そんな時間は、あまり長くは続かなかった。


 私の鍛冶師としての能力が正式に認められ、

 「この者ならば家督を継ぐに値する」と決まった際、一つの問題が浮上したのだ。


 それは。


 “私と彼女の仲が、良すぎる”という問題であった。


 片方は、いずれ家を継ぐ時期当主。

 もう片方は、ただの一介の使用人――。


 その“線引き”を、周囲は決して見逃してはくれなかったのだ。


 ◇ ◇ ◇


 我がハーウッド家は、古くから続く家系であり――

 取り扱っている品が品だけに、“ある程度の家の格”というものが求められる。


 その格を維持するためにも、我々は代々、積極的に“貴族の血縁”を入れてきた。


 我々のような平民商人と婚約した貴族の女性は、

 「名誉貴族」という身分へと格下げになる。


 名誉貴族とは、“貴族ではあるが、その子には爵位が受け継がれない、一代限りの貴族”だ。


 商人と婚姻してくれるような貴族など、たいていは落ちぶれた地方貴族の末っ子か、

 家の政略から外された者であることが多いのだが――


 そんな末端の貴族であっても彼らは、自らの「貴族という肩書き」を、

 名誉という形で差し出す代わりに、法外な金額を“婚約費用”として商人側へ請求してくる。


 それでもなお、商人たちがそこまでして“貴族の血”を欲しがるのには、理由がある。


 ――末端の貴族ですら、平民とは明確な“身分の線引き”が存在するからだ。


 貴族には、あらゆる“権限”が与えられている。


 その最たるものは、自らの領地内において、

 “自分が法律の制定を行える”という点であろう。


 つまり、極端な話をすれば――

 強権を発動すれば、貴族が言ったことが“間違っていた”としても、

 それはその場では“正義”として扱われてしまうのだ。


 近年は、さすがに改善が進んでいるとはいえ――

 貴族と平民とが、完全に対等な条件で取引を行うのは、未だに難しい。


 加えて、貴族同士は“横の繋がり”が非常に広い。


 もし一人の貴族を怒らせれば、その交友関係を通して、

 他の貴族からも不利益な扱いを受ける危険がある。

 逆に言えば、一人でも“味方となる貴族”を得ておけば――

 いざという時、その名を“後ろ盾”として使うことができる。


 そのため、商人たちはこぞって、“貴族の血”を欲しがるのだ。



(つづく)

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