㉖ エスト・ハーウッド(後)
私は彼に、交渉向けの――少し“冷徹さ”を滲ませた視線を送る。
エストは、ひいっ、という情けない息を漏らしながら、ビクリと体を痙攣させ、思わず背もたれの方へと逃げるように身を引いた。
(……なんとも、“楽そうな”交渉相手だこと)
加えて、正直ハーウッド家に対して、こちらが切れる“手札”は多い。
いや、“過剰”と言ってもいい。
上手く活用すれば――ハーウッド家そのものを、丸ごと乗っ取ることすら可能だろう。
(もっとも、彼らの本質が“鍛冶師”である以上、それは悪手だけれどもね)
職人から“看板”だけ奪い取っても、長期的には旨味がない。
(まあ、切っても問題のない手札から、順番に切っていきましょうか)
思考を整理し、私は言葉を紡ぐ。
「鉱石や指輪の、丁寧な鑑定ありがとうございますわ。
そして、それによって――あなたの“目利き”が、十分に信用に足るものであることも分かりました」
「も、もったいないお言葉……!」
「ですので、今回の本題である“鉱石の交渉”に入りたいところなのですが――その前に、少しだけお話を伺ってもよろしいかしら?」
「は、はい。もちろん、問題ありませんぞ」
「あなた方は、装飾品などを製作する鍛冶師でありながら、
貴金属や宝石の取り扱いも行っている“商会”なのですよね」
「正に、その通りでございます」
「であれば――」
私は、手元の書類を一枚めくる。
「ここ半年の取引記録に、“鉱石”の取り扱いが急増しているのは、どうしでしょう。
加えて、“武器”も、相当の数量をここ最近購入するようになっていますわね」
リカからの事前情報がなければ、意識しないような数量だが、
過去十年分の取引履歴と並べてみれば、
ここ最近の動きが“異質”であることは、一目瞭然だった。
「そ、それは……」
「鉱石は、装飾品にも転用できますから、まだ理解できますわ。
けれど、“武器”というのは、いかがなものかしらね」
エストの顔に、じわりと脂汗が滲む。
視線が落ち着かず、喉仏が上下し――目元には、うっすらと涙まで浮かび始めていた。
そこへ、さらに追撃を加える。
「そして――」
私は、紅茶のカップをそっと持ち上げ、何でもないことのように言う。
「我が領の武器を仕入れていく他の皆さんは、
ヴァルデン家の“顔”を立て、ご丁寧にご挨拶にいらしてくださるのだけれどもね」
ヴァルデン領は鍛冶が盛んであり、武器や防具は主要産業のひとつだ。
そのため、買い付けに来る商人は多く、
そのほとんどがヴァルデン家に対して、
“感謝と敬意”のこもった挨拶や贈り物を献上することが、半ば慣習となっている。
法で定められた義務ではない。
だが、古くからの“習わし”であり――
それが実質的な“販売許可証”のような意味を持っている。
そして、ハーウッド家は――それをしていない。
彼らがヴァルデン産の武器を転売しているという“確証”まではない。
だが、あの購入量は、自前で使用するにはあまりにも過剰であり推測としては、十分すぎる。
「まさか、ハーウッド家の当主様が――
その慣習を“ご存じない”ということは、ないと思いますので」
私は、わざといたずらっぽい笑みを浮かべてみせる。
「“今回はその挨拶も兼ねている”――そういうことでよろしいのでしょう?」
エストの様子を観察すると――
一瞬、目を見開いて驚きの表情を浮かべ、その直後には顔色を変えて慌て出した。
椅子から転げ落ちる勢いで立ち上がり、
勢い余ってテーブルの端に頭をぶつけ、そのまま床へと崩れ落ちる。
「……いや、えっと、…………そうです…………私が、し、知りませんでした!」
声を裏返らせながら叫ぶと、
エストは床に両手をつき、深く頭を下げた。
「我々の無礼、平に、平にご容赦をっ……!
ヴァルデン家様に対して、そのような大切な礼を欠いていたこと――
決して軽んじていたわけではなく、単に、単にっ……!」
額が絨毯にめり込みそうな勢いである。
「顔を上げてくださいな、エスト・ハーウッド」
静かに声をかける。
「少なくとも、“礼を軽んじるつもりはなかった”ということなのでしょう?
それに、こちらから“やりなさい”と正式に命じていたものでもなくてよ」
一呼吸おいて、さらに続ける。
「仮に“謝罪”が必要だとしても――あなたではなく、“実際に購入に来た代理の方”が行うのが筋というものですわ」
この理屈は、やや暴論だ。
形式上は、代理より格上の“代表”が頭を下げているのだから、
本来ならば「筋違い」とまでは言えない。
だが、その代理――つまり、妻でもある“商会の顔”も、
今後は交渉の席に引っ張り出したいので。
ここはひとつ、“貴族としての自分ルール”という強権を、都合よく振りかざす。
「後日、妻同伴のもと、本件の正式な謝罪に伺いますので……
どうか、今のところはご容赦を……!」
「別に、“知らずに礼を欠いてしまった”ことに対して――
何か制裁を与えるつもりはありませんわ」
わざと、肩の力を抜くように言葉を和らげる。
「もし“悪い”と思っているのであれば、
今後――ヴァルデン家のために役に立つことで、その意思を示しなさい。」
「ははーっ!」
男は、仰々しく頭を下げた。
『完璧な“王様と家来”の構図だよ。
この短い時間で、ここまでさせるとか――マティルダって流石だね』
(褒め言葉と受け取っておくわ)
「さて。謝罪は受け入れましたわ。椅子に座ってくださる?
その体勢ですと、こちらも話しにくいですから」
「は、はいっ!」
エストが床から椅子へと座り直す。
そこから――私は、淡々と、ハーウッド家の置かれている“現実”を並べた。
まず、各地の金融機関から買取ったハーウッド家が抱えている“借金”の借用書の写しを見せ、
借金という首輪とリードを当家が既に持っていることをアピールしたり
ハーウッド家へと潜入させた者から受け取った“ぼったくり価格”で商品を売りつけていた貴族の名簿を見せてみたりと、少しの軽い脅しをかけた。
その結果、エストは。
完全に怯えきっており、死刑執行前の罪人のような顔をしていた。
そして、“完全に白旗を上げた”人間特有の――
どこか人生を諦めてしまった表情を浮かべていた。
『マティルダさあ、脅すにしても完全にやりすぎだって。
もうなんかオーバーキルというか、魂がこの世にない抜け殻みたいな感じになっちゃったじゃん』
(確かに、少しだけやりすぎてしまったかしらね)
完全にハーウッド家の「首輪」と「弱み」は握れたが、
恐怖での支配関係というのは、管理が意外と大変である。
加えて、私が本当に関わりを持たなくてはならないのは、彼の“息子”の方だ。
さらに言えば、“恐怖”という鎖で縛った人形にしてしまうには、
このエストという男の“能力”は、少し勿体ない。
(さて――彼と、どういった“距離感”で関わっていくかを、ここから探っていきましょうか)
「エスト・ハーウッド」
改めて名を呼ぶ。
「は、はい……!」
「少し質問なのだけれど――どうして、こんな借金を抱えているのかしら」
もはや敬語は不要だろう、と判断して、普段の口調のままストレートに聞く。
エストが、はっとしたように顔を上げる。
「……それは、私共で扱っている商品に使われている貴金属や宝石類は高価ゆえ、
仕入れに多額の金がかかり、売れるまでの間、手元の現金が不足してしまうのです」
それから、彼は自分たちの商売の構造を説明しはじめた。
ざっくりまとめると――
「高級品ゆえに仕入れが重く、回収が遅い」という、よくある資金繰りの問題だ。
だが、彼の表情と反応を観察するに――それだけではない。
「それ“だけ”ではないわよね」
そう告げて、彼に冷徹な視線を向ける。
「…………マティルダ様に、隠し事はできませんね」
観念したように呟くと、エストは肩を落とした。
「その通りでございます。
我々の主な顧客のお貴族様や富豪は――商品を買う際、“ツケ払い”を選択されることが多いのです。
“まとまった資金が入った時に支払う”と約束されるのですが、お貴族様は――」
「それを“踏み倒す”ことがあるのね」
「はい。それも、『絶対に踏み倒したことを外部に漏らすな』という厳命付きで、でございます。
更には――」
そこから先は、ほとんど“愚痴”に近かった。
支払いを永遠と先延ばしにする貴族。
支払いの遅れを責めると、「信用がないのか」と逆ギレしてくる貴族。
支払いの代わりに全く役に立たない“政治的便宜”を押しつけてくる貴族。
貴族相手の商売の面倒くささを、エストは一生懸命、たどたどしい言葉で説明してくれた。
『なんかエストさん可哀そう。聞いてるだけだと、完全に貴族の被害者じゃん』
「地方の弱小貴族が、そこまで腐っているとはね。
だから、こんなに堂々と“ぼったくっていた”というわけなのね」
私は小さく笑みを向けると、エストは、苦笑いを浮かべた。
これは――ハーウッド家に潜入させた者からの証言とも一致している。
裏は、ほぼ取れていると見ていいだろう。
私は手元にあるベルを鳴らし、
金融を担当している者を呼び出した。
ヴァルデン家は、近年“金融業”にも積極的に手を広げている。
呼び出したのは、その最高責任者だ。
ほどなくして扉が開き、
完璧な礼節を保ちながら部屋に入ってきた男は、一礼してから、
「ご呼びでしょうか」
と言い、私の傍らで片膝をついた。
『うわー! この人もカッコイイ。なんでこんな人を今まで隠してたの~。凛々しい瞳に―――』
と、脈絡もなく騒ぐリカを完全に無視しつつ、
私は指を一本立てる。
「であれば、今後は――この国の貴族に対して」
エストの方を見やり、言葉を続ける。
「ハーウッド家と取引を行う際、ツケ払いではなく“当家が管理している金融機関”から借金をして購入するように言っておくわね。
そうすれば、支払いの問題は解決するでしょう?」
商品購入の際の支払いを、“ツケ”ではなく――
「当家の金融機関から借金させて買わせる」という構図だ。
ハーウッド家は実質、ヴァルデン家の“庇護下の商会”となる、ということである。
「そ、それは、私だけではなく、妻にも相談したいのですが――」
「ハーウッド家は、あなたが“代表”なのでしょう?」
彼の提案をすかさず遮る。
彼の奥方の能力が不明な以上、
ここで判断を“外部”に逃がされると、あとあと面倒なことになる可能性がある。
「そして私は、“待たされる”のは好きではなくてよ」
「しょ、承知いたしました。
マティルダ様のご提案に、我がハーウッド家は全面的に同意いたします。
ご配慮くださり、ありがとうございます」
エストはそう言い、慌てて深く頭を下げた。
「そうねえ。この大陸であれば、たとえ国外の貴族と取引することがあっても――
“そうなった”と、あなたから伝えてくれて構わないわ。
もしそれが嫌だなどと“寝言”を言う貴族がいれば――報告して頂戴。
当家で、然るべく対処をするから」
その後、今後の流れの概要、
窓口、取引条件や利率は、不払い、踏み倒しの際のヴァルデン家としての対応などを簡潔に説明したうえで、
「まあ、詳細な条件や取り決めについては――後で、こちらの金融担当の者と詰めて頂戴」
と締めくくる。
そう言うと、私の側で跪いていた金融責任者が、
静かに一礼し、エストへと視線を向けた。
「……かしこまりました。後ほど、具体的な条件を提示させていただきます」
「ははーっ。了解いたしました!」
エストも仰々しく頭を下げた。
(さて――“囲い込み”は上々といったところかしらね)
今後、ハーウッド家はヴァルデン家に対して、金銭的に強く依存することになる。
この関係を一方的に破棄しようとするなら――
よほどの覚悟と、それに見合う別の後ろ盾が必要だろう。
それに、
(思ったよりも――良い駒が手に入ったわね)
金貸しというものは純粋に儲かる事に加え、
“合法的”に貴族に対して“借金という首輪”を嵌めることができる。
さらに、ハーウッド家は――要は“贅沢品”を販売している商人だ。
高級な装飾品や宝石を、誰が、いつ、いくらで買ったのか。
その“販売履歴”の情報的な価値は大きい
その情報と、各貴族の性格・家の事情とを照らし合わせれば――
各家の“経済状況”は、手に取るように分かるからだ。
得られる利益を計算し思わず、口角がほんの少しだけ上がる。
その様子を見ていたエストは、頬を強張らせながらも、
どこか“崇拝”と“畏怖”が入り混じった視線を、こちらへ向けていた。




