㉖ エスト・ハーウッド(中)
使用人が持ってきた二つの箱の一つには、不揃いな形の鉱石。
もう一つには、研磨済みの宝石が、ところ狭しと並べられている。
中には、意図的に“高級品”に分類されるものもいくつか混ぜてある。
「こちらは、ヴァルデン領で採掘された鉱石と宝石の一部ですわ」
私は箱をエストの方へ向けて押しやる。
「全てを鑑定していては時間がかかってしまうでしょうから――
まずは腕試しとしてこの中から、“一番価値があるもの”を選んでくださるかしら」
「ひっ……い、いえ、その、はい。承知いたしました」
エストは、一度大きく息を吸い込み、震える手を抑え込むようにして――
そっと箱の中身を見下ろした。
その瞬間。
彼の目から、先ほどまでの落ち着きのなさが、すっと消えた。
職人が“仕事用の顔”に切り替わる瞬間だ。
しかし彼は、煌びやかな宝石の方には一瞥もくれず、
まず鉱石の方へと視線を集中させ――
「マティルダ様、こちら、触れてもよろしいでしょうか?」
と、こちらを見上げて問いかけてきた。
黙って頷くと、彼はポケットから手袋を取り出し、
指先まできちんと装着してから、迷いなく鉱石の山へと手を伸ばす。
ほとんど迷う様子も見せず、二つの鉱石を手に取った。
一つは、くすんだ赤色の鉱石。
もう一つは、やや大ぶりで、深い琥珀色に輝く鉱石。
「一番“高価”で取引されているのは、こちらの赤い鉱石であります」
そう言って、赤い方を軽く掲げる。
「しかしこれは今、“赤”色が流行しているからにすぎません。
人気が故に品薄になり、市場価格も吊り上がっている」
次に、琥珀色の方を持ち上げ、掌の上で慎重に転がす。
「ですが、“価値”として一番なのは、こちらの琥珀色のものですね」
『えー、あの変な色のでかい石って、そんなに高いの? その辺を掘れば出てきそうな石じゃん』
という、とんちんかんなことを言っているリカはさておき。
(彼の代表という“看板”に、噓はなさそうね)
宝石の箱の中にも、かなり高価なものを混ぜておいたのだが、
あっさりと“鉱石側”に目を向けたあたり、しっかりと分かっている目だ。
「ある程度の目利きは出来るようですわね」
「これくらい朝飯前でございます。わたくしは日々、“石”と向かい合うのが仕事ですからな」
エストはそう言いながらも、琥珀色の鉱石から目を離さない。
「しかし、このサイズでこの純度のメルティア鉱石……
いったいどちらで手に入れられたのでしょうか」
琥珀色の鉱石を手にしながら、半ば感嘆したように呟く。
『えー、その石がメルティア鉱石って、本当なの? ゲームではもっとキラキラしたイラストだったのに』
『あとゲームじゃあ、ダンジョンの最奥か、交易でも稀にしか出てこない、超激レアアイテムなのに』
(ゲームでも“そういう珍しい類”のものなのね)
「出処は我が領内とだけしか教えられませんわね」
と少し意地悪い笑顔を作る
このメルティア鉱石は――
私が、廃鉱山を“魔法練習場”にしていた際に、偶然掘り出したものだ。
土属性の最強魔法は、地中深くのマグマを強制的に引っ張り上げる術式のため、
暴発させた際の被害が甚大になる。
そのため、人里から遠く離れた廃鉱山にて訓練を行っていたのだが――
地下からマグマを引き上げたとき、そのマグマの熱でも溶けない鉱石が、時おり一緒に混じってくるのだ。
そして、このメルティア鉱石は――
(結構、出てきたのよね)
恐らく、地中深くにはそれなりの量が眠っている鉱物なのだろう。
とはいえ、無闇に市場へ放出すれば相場を崩しかねないうえ、
その性能と性質を考えれば、安売りすべきものでもない。
そう判断して、今はすべて屋敷の金庫に保管している。
「メルティア鉱石について、どこまでご存じでして?」
話を変えるためにあえて、何も知らないふりをして問う。
「メルティア鉱石は、“深層ダンジョンの心臓部”か、
火山の火口部付近のような危険な場所でしか採れない、希少鉱石です」
エストは、両手で丁寧に石を支えながら答える。
「魔力伝導率が極めて高く、熱にも衝撃にも強い。
武具や防具の“外装”や”芯”、高位魔道具の“核”として、これ以上の素材はありません」
そこで一度、言葉を区切る。
「ですが――加工が、非常に難しいのであります」
真剣な顔つきで続ける。
「削ろうとすれば工具の方が先に割れ、
熱を加えれば、内部に溜め込まれた魔力が暴発し、砕け散る。
熟練の職人でなければ扱うことすら出来ない、何とも贅沢な石なのです」
「そうなのね。ご説明、感謝いたしますわ」
このあたりの情報は、当然知っている。
だが、令嬢が鉱物にやたら詳しいというのも不自然なので、知らないふりをしておく。
「しかし、このメルティア鉱石は大変見事ですな。
サイズもそうなのですが、純度も高い。そして、魔力を流した際の流れにムラが無く均一に流れる。
これだけのものになると、決して市場に出回るようなものでは決してありません。
これをお持ちだということ自体が――ヴァルデン家の“格”を、はっきりと物語っております」
「それほどではありませんわ」
私は満足げに微笑み、口元を手で軽く押さえる。
そして、それとなく――手に嵌めている指輪へと、彼の視線を誘導する。
「実は、この指輪も――かなり、特別なものなのだけど」
「っ……! それは」
エストの瞳孔が、僅かに開いた。
その反応を見て、私は確信する。
(やっぱり、この男も――この指輪が“異質なもの”だと分かる目を持っているようね)
「マティルダ様、その指輪を……近くで見せていただくことは、可能でしょうか」
言葉の節回しや最低限の礼節は保たれているが、
エストの視線は、完全に指輪へと釘付けになっていた。
『うわ、なんか目つき怖いんだけど』
リカが、若干引き気味にぼやくのをよそに――
「いいですわ。私もこの指輪のことは、前々から気になっていたのですもの」
そういいつつ私は指輪を外し使用人に目配せし、彼の元へと持っていくように指示を出す。
『ちょ、マティルダ。私はいやなんだけど』
『そして、この人にはなんか、触られたくないというか、近くにはあまりいたくないというか』
リカが内側で大騒ぎしているので
「その指輪は、私のお気に入りなので――
どうか“丁寧に”、鑑定してくださるかしら」
エストは、はっとしたように顔を上げ、深く頭を下げた。
「も、もちろんでございます。
命に代えても、傷や汚れ一つつけぬよう、細心の注意を払って拝見いたします」
そう言うと、エストはどこからともなく、鑑定用の道具を次々と取り出していった。
片眼鏡型の拡大鏡、光を絞るための黒い布――
そして、微細な魔力の流れを見るための、細工の施された水晶板などを次から次へと切り替えて念入りに鑑定をしていた。
なお、鑑定中は――
リカが頭の中でギャーギャー騒ぎ続けていたのだが、
私はそちらを意図的にシャットアウトしつつ、
エストがメルティア鉱石や他の鉱石に対して行っていた“魔力を流す鑑定方法”を、実践することで時間を過ごしていた。
(なるほど。魔力の反響を利用するのね)
魔力の回し方、石のどの面から流し込み、どこに反射させてどこに抜くのか。
中々に奥が深い
時間にして、二十分ほどであっただろうか。
エストは、最後に指輪を布の上にそっと戻した。
それから、ふと壁の時計に目をやり、ギョッとした表情を浮かべ――
「た、た、大変お待たせいたしましたっ、誠に申し訳ございません!」
と、再び床に額をぶつける勢いで土下座をしようとしたので、
「謝罪は結構ですわ。それよりも――鑑定結果を早く教えてくださる?」
そう、あえて“結果”を急かすことで、土下座を物理的に阻止した。
エストは「こういう特別なものを目にすると、つい夢中になってしまいまして……」と小さく呟き、
次の瞬間には、先ほどとは打って変わった、落ち着いた低い声で言葉を紡いだ。
「鑑定結果としましては……私が今までに見た中で、最高の一品です」
顔を上げ、真っ直ぐこちらを見る。
(……雰囲気が変わったわね)
さっきまでの情けない姿は何処へ行ったのやら。
「決してお世辞を言っているわけではなく。これは、それほどまでの品です」
「まあ」
わざと少しだけ驚いてみせる。
「この指輪は――“ダンジョン産”で、最奥の宝箱にあったものですね?」
正解にたどり着くあたり、“さすが”と言っていいだろう。
「その通りですわね。しかし、何故そう判断したのかしら?」
問いかけると、エストは一瞬だけ逡巡し――
やがて、正直に答えた。
「単純な理由です」
エストは一呼吸おいてから、はっきりと言い切った。
「このレベルの品物は――我々人間側の“スキルや技術”では、決して作れないからです」
その言い方には、職人としての妙な潔さがあった。
「人の手で、“細工そのもの”――この指輪の形状や文様を打ち込むことは可能です。
ですが、“触媒”や“魔術加工”の一部は――明らかに、人間の技術水準を越えています」
エストは指輪を指し示す。
「まず、外装に使われている琥珀色の触媒。これは錬金術によって生成されたものであることは間違いないのですが――
その元となっている素材が、我々の知るどの元素とも一致しません。
触れても、魔力を流しても、“手がかりすら掴めない”のです」
そこで一度、指先で宝石部分をそっとなぞり、
「そして、刻まれている魔術式も……」
そこから、彼の解説はしばらく続いた。
魔術刻印の層の厚さ。
術式同士の干渉を打ち消す制御回路。
通常であれば矛盾し合うはずの効果が、まるで“上からまとめて整えられている”かのように、滑らかに共存していること。
この指輪が「人間の手ではまず再現不可能」である理由を、
延々と技術者目線で語ってくれた。
私は適当に相槌を打ちつつ、その本質だけを頭の中で要約する。
(やっぱり、そうなのね)
この指輪を初めて見た時に感じた、
“どこか人知を超えたもの”という感覚は――
恐らく、このあたりからきていたのだろうと、妙に腑に落ちた。
――そして、最後に、彼の口から“とんでもない情報”がこぼれた。
「そして、この指輪には――“上位存在”、我々でいうところの“神”、その気配というか残滓を感じます」
「!!!」
『!?』
(リカの正体は、まさかの神様!)
思わず素の表情が出そうになったが、何とか持ちこたえた。
とはいえ、“得体の知れないリカ”に関わる、非常に気になる情報だ。
何としても、もう少し掘り下げる必要がある。
「”神が宿っている”だなんてそこまでのものとは、存じませんでしたわ。
どのあたりで、そう判断なさったのかしら?」
「“神”と断ずる確証があるわけではございません。加えて、宿っているというより、干渉した形跡があるといったところではありますが……」
エストは慎重に言葉を選びながら続ける。
「教会の“聖遺物”や、かつての英雄が所持していた装備品の中には――
魔術とは違う、“別種の気配”と申しますか、独特の“オーラ”のようなものを放つものがあるのです」
「別種の、オーラ……」
「はい。
魔力の流れとも、生命力とも違う、“第三の何か”とでも言いましょうか。
それを感じ取れる職人は、我が商会にも数えるほどしかおりませんが――
そういう“特別な品”に対して、私共は便宜上、“神が介在した”と評しているのです」
「その“オーラ”があることで、何か明確な影響や特徴が表れたりはしないのかしら?」
思わず、少し食い気味に聞いてしまう。
「それは……我々には、分かりません」
エストは首を横に振る。
「そして、それは“適合者”にしか分からない、とされています」
「適合者?」
「はい。その装備を“身につけるに値した人物”にしか――
その本来の効果を与えない、と言われています」
「“装備との共鳴”というやつなのかしら」
「装備と使用者の“共鳴”のことも、ご存じでしたか。マティルダ様は博識でいらっしゃる。
しかし、これはその共鳴とは、少し違うものとされています」
そこで、少しだけ言い方を変える。
「いえ、“共鳴のさらに上の領域”と言った方が正しいでしょうか」
「というと?」
「共鳴とは、“装備と人がお互いを高め合う状態”のことを指します。
相性の良い武器を持てば腕も冴え、使い手が成長すれば武器もまた“応える”――そのような関係です」
それは前に大魔術師のイグネイトが似たようなことを言っていたことに加え、私も感覚として知っている。
「ですが、“適合”というのは――それとは次元が違います」
「真実かどうかは定かではないのですが、伝承によりますと」
エストは人差し指を一本立てる。
「例えば、“本来なら死んでいてもおかしくない攻撃を無効化”しただとか。
“時を遡り、敗北そのものをなかったことにした”だとか。
“相手の感情を思うままに操った”だとか。
“世界の理そのものが、一瞬折り曲げられたような出来事”が起こった――とされています」
視線が、静かに指輪へと戻る。
「そして、これは私共の先祖代々から受け継がれている話ではありますが――
過去に存在した“聖女様”ご自身が、そのオーラを纏っていたと、伝えられております」
思わず、指輪に対して怪訝な視線を送ってしまう。
それを察したのか、エストは慌てて両手を振った。
「ご安心ください。この指輪の性能は、確かに凄まじいものがありますが――
“オーラ自体は微弱”と言っても過言ではありません。
それに指輪そのものから“邪悪な気配”も感じませんし、何より――」
そこで一拍置き、まっすぐ私を見た。
「私の勝手な見立てではありますが、マティルダ様とその指輪は、“適合”しているように感じます」
『…………』
リカが、妙に黙り込んだ気配がした。
「詳しいご説明、感謝いたしますわ。
そんな特別なものとは、思いもしませんでしたわね」
私は、何でもないことのように微笑む。
「適合しているかどうかは、正直よくわかりませんが――
この指輪も、“私に装備してもらいたくて”、ダンジョンからここまで流れ着いたのかもしれませんわね」
そこで、意図的に話を区切る。
(……これ以上は、ボロが出かねないわね)
もっと聞きたいことは山ほどある。
――この“上位存在”の手がかり。
聖女とこの指輪に、どんな関係があるのか。
“適合”した者は、最終的にどうなったのか。
だが、この男に下手にこちらの情報を与えてしまうのは危険だ。
エスト自身は悪用するタイプではないだろうが――
あまりにこういった事例に精通しすぎており、
逆にこちらは、“知らなさすぎている”。
今は、ここまででとどめておくべきであろう。
「はい。その“特別さ”といい、“効力”といい――」
「正に、マティルダ様にぴったりの品であるかと、存じます」
エストは、尊敬と畏怖をないまぜにしたような眼差しで、私を見た。
「光栄ですわ。あなたのような“優秀な目利き”から、そう評されるのであれば――
この指輪も、いっそう大事にしなければなりませんわね」
私は、なんてことない風を装いながら指輪を左手に戻し、軽く指先で撫でる。
(――まずは、話題を変えないとね)
目利きとしての能力は、十分すぎるほど持っていることが確認できた。
あとは、本題――こちらが望む条件での“交渉”に入らなければならない。
それに加えて、当初の想定にはなかったが――
この男を、可能な限り“こちら側の陣営”に引き込んでおく必要も出てきた。
(さて。ここからは、少し気を引き締めないとね)
私はつい先ほど、運ばれてきたカップの中身を一口含み、改めてエストの方へと視線を向ける。
(つづく)




