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㉖ エスト・ハーウッド(前)


 丁度、昼過ぎあたりであろうか。


 私の自室をノックする音がして、使用人が訪ねてきた。

 例のハーウッド商会の代表が、早速屋敷に到着したという報告である。


「ハーウッド商会の当主様が正門にいらっしゃったようですが、いかがなされますか」


「面会室へと通しておいて。こちらは“準備完了次第向かう”とも伝えておいて」


 私がそう言うと、使用人は「かしこまりました」と一礼し、部屋から静かに立ち去った。


 手にしていた書類を机に置き、侍女に指示を出して紅茶を淹れさせる。


 ほどなくして運ばれてきたカップから、香り高い湯気が立ちのぼる。

 一口含み、舌の上で転がして味わっていると――


『何でそこでゆっくりしだすの! 早く行かないと、ハーウッドさんを待たせちゃうんじゃない』


 リカが、頭の中で騒ぎ始めた。


 少し息を吐き、カップをソーサーに戻す。


「門から面会室までは、結構時間がかかるのよ」


 屋敷が無駄に広い――というのも原因だが、それだけではない。


 中庭を抜ける通路からは、整えられた四季の庭園や、屋敷の外観がよく見える。

 初めて来た客の多くは、そこで足を止め、景色に見入ってしまうのだ。


 実際、初見の来客が面会室にたどり着くまでには、だいたい十五分はかかる。


 それに――。


「すぐに会いに行っては、こちらの立場を低く見られてしまうわね」


 わざと少しだけ待たせ、

 “こちらが呼び出した側であり、上座に座る立場である”ことを認識させる。


 こういった、敢えての“時間差”も、貴族社会では必要な演出だ。


『貴族ってなんか面倒くさいんだね』


「貴族という生物は半分は魔力、残りは面子で構成されていると言っても過言ではないわね」


『なんか自分たちの事なのに凄く辛辣だね!?』


 リカの声を聞き流しながら、紅茶をもう一口だけ飲み干す。


 カップをテーブルに置き、立ち上がると、侍女や小姓がサッと駆け寄り私の身だしなみを整えていく。


 身体の部分は使用人に任せ、私は表情を“交渉用の仮面”へと変える。


 こちらの手札は十分――

 ハーウッド家の財務状況、過去十年の取引履歴、信用情報。

 そして、リカから得た「二、三年以内に武器と鉱石で成り上がる」という“未来予測”。


(先ずは、宝石や鉱石の品質査定と価格交渉から入って探っていく感じかしらね)


 面会室へ向かうまでの廊下の間、

 私は足音を一定に保ちながら、頭の中で交渉の流れを一つひとつ整理していった。


 ◇ ◇ ◇


 執事が扉を開き、私が面会室の中へ入ると――

 部屋の中央、来客用の椅子に、割腹のよい男性が一人、緊張で体を固くして座っていた。


 私の姿を認めるなり、彼は勢いよく立ち上がる。


「お、お初にお目にかかります! 私は……ハ、ハーウッド商会の代表を務めさせていただいております、エスト・ハーウッド……と申します。お目にかかれて、光栄です!」


 言葉に何度もつかえながら、なんとも上ずった声で名乗りをあげたあと、

 エストと名乗った男は、深々と腰を折って頭を下げた。


 筋肉もある程度はあるのだろうが肥満体と表現出来る体型では、慣れた動作とは言いがたく、

 礼をしながらバランスを崩しかけているあたり――本当に“全力で緊張している”のだろう。


 私は、場にふさわしい微笑を浮かべ、


 スカートの裾をつまんで、きちんとした淑女の礼を返した。


「マティルダ・ヴァルデンです。

 本日はわざわざ遠いところからのご足労、感謝いたしますわ。ハーウッド代表」


「い、いえ、とんでもございません! 高名なヴァルデン家と面会できるなど……商人からしてみれば、誠に光栄の極みでございます」

「我々ハーウッド家で、なにかお力添えできることがあれば、何なりとお申し付けください」


 そこで一拍置き、ぐっと拳を握りしめて――


「な、何でもやりますぞ!!」


 と、声量だけはやけに大きく宣言した。


 ……何とも、緊張とやる気で落ち着かない様子だ。


 最初は、こちらを油断させるための“演技”かとも警戒したが――

 顔色、目線の泳ぎ方、手の震え、体に巡る魔力の乱れ方をざっと観察した限りでは、

 どうやらこれが“素の状態”らしい。


(……少なくとも、策謀家である可能性はほぼないと言っていいわね。しかし、この魔力の流れ的に凡人であるはずは……)


 私はそう思考しつつも対面の席に腰を下ろし、軽く手を上げて執事に合図を送る。


 すぐに茶器が運ばれ、テーブルの上に香り高い紅茶が二人分並べられた。


「まずは、お掛けになってくださる?

 そんなに緊張なさらなくても、今日は“取って食べる”わけではありませんもの」


「あっ、は、はいっ! し、失礼いたします!」


 エストは、椅子の背に一度ぶつかりかけてから、ぎこちなく腰を下ろす。


『うわあ、これがエリオ君のお父さんなの。なんかショック。顔は全然似てないと言いたいんだけど目と髪色はエリオ君と同じ茶髪に薄い青い瞳だ。こんな事実は知りたくなかった。もっとイケメンをイメージしていたのに』


 リカは彼の容姿が気に入らないようで、ずっとぶつくさ言っているがそれは無視し、


「では、改めまして」


 私はカップを一度持ち上げ、礼儀として軽く口をつけてから、本題へと入る。


「ハーウッド商会は、古くから貴金属や宝石の取り扱いを家業としている――と、伺っておりますわ」


「は、はい! よくご存じで。

 主に北方鉱山の金銀と、大陸中から中央交易路を流れてくる宝石類を……それを仕入れて加工し、各地の貴族様や富裕層の方々が望む形に整えてお渡しすることを、生業としております」


「ヴァルデン領にも、たびたび出入りされているようですね。直近のものですと――一カ月前に」


 テーブルの脇に置かれた資料束から、あらかじめ抜き出しておいた紙を一枚だけ広げて見せる。


 エストの額に、うっすらと汗が浮いた。


「さ、さすがでございます……そこまで調べられているとは……」


「そして、取引記録を拝見して気になったのですが――」


 私は紙面に目線を落としつつ、さらりと言葉を継ぐ。


「過去の取引記録を見るに、ヴァルデン領に対しても、ある程度まとまった金額の仕入れや商品の納入をしておられるにもかかわらず、

 “毎回、エスト代表ではなく、代理の方が来ていらっしゃる”ようですわね?」


「そ、それは」


 彼は言葉に詰まる。


 からかい半分、視線に少しだけ懐疑の色を乗せてみせると――


「――断じてやましいことなどはありません!!」


 エストは、椅子から跳ね上がらんばかりに大声で否定した。


 私が小さく首を傾げると、さらに早口で続ける。


「し、信じてください! 私共は、なにも悪い事はしておりません!

 ただ、その……わたくし自身が、その……こう、貴族様に対面するのが……」


『マティルダさあ、虐めちゃだめだよ』


 リカが、頭の中で苦笑混じりに突っ込んでくる。


(少し面白かったから、つい突いてしまっただけなのだけれど)


 どうやら、エストには効果抜群だったようだ。


 しかし――。


(……こんな男が、本当に“商会の代表”で大丈夫かしら)


 交渉ごとに慣れていない様子は明らかで、

 所作や言葉遣いから、洗練された“気品”も感じられない。

 こちらの質問に対しても、反射的な弁明ばかりで、“間”の取り方も危うい。


 知性がまったくない――とまでは言わないが、

 少なくとも“参謀”や“策を巡らす頭”ではない。


 いや、これが農産物や畜産物を扱う素朴な商人であれば、まだ良い。


 だが、目の前の男は――宝石や貴金属を扱う商人だ。


 本来なら、こうした高級品を取り扱う者というのは、

 立ち居振る舞いも含めて“それに相当するもの”が求められ


 身のこなしは洗練され、言葉遣いは柔らかく、

 相手の経済状況も自尊心も、ひと目で見抜くような存在であるべきだ。


――しかし、目の前の、脂汗をにじませている丸太のような男は、

 その“真逆”と言っていいだろう。


 そんなことを考えていると、エストは観念したかのように口を開いた。


「まず、先に申し上げておきます。我々ハーウッド商会は、決してヴァルデン家様に対してご無礼を働くつもりは全く、これっぽっちもございません!」


 そう言うなり――


 彼は、椅子から崩れ落ちるようにして、そのまま床に額を擦りつけた。


「…………」


(いきなり、何なの)


 思考が一瞬止まる。


『うわ、この世界でも“土下座”ってあるんだ。でもここまでさせちゃうのは可哀そうだよ』


「土下座?」


 小声でリカに問いかける。


『謝罪のポーズだよ。それも“上位ランク”の。

 “どうか、そこをなんとか許してください”って時に使うんだ』


 個人的には、“罪人が処罰前に行うもの”という認識だったが、

 どうやら正しくは「最大限の謝意と服従」を示す作法らしい。


 後で調べたところ、主に庶民が謝罪時にするものだが、稀に貴族や大商人でも謝罪時に土下座を選択する者もいるようだ。


「顔を上げてくださる? 今、私はあなたを問い詰めているわけではありませんわ」


 なるべく柔らかな声音で告げる。


 エストは、おずおずと顔を上げ――それでもまだ膝をついたまま、言葉を継いだ。


「商会の代表が私であることに、間違いはございません。

 しかし、その……商会の“顔役”と申しますか、こういった商談や仕入れなどは、

 私の妻が行っているのです」


「奥方が、ですの?」


「はい。私はどちらかというと、鉱石や宝石の“目利き”や、

 装飾具の製造を担当しておりまして……」


 エストは、言葉を選びながらも、ぽつぽつと自身の事情を語り始めた。


「今回、マティルダ様から“宝石や鉱石の品質査定や鑑定”という名目でお呼び出し頂きまして……

 そういった査定や鑑定の仕事は、妻では不足があると考え、私が参上した次第でございます」


 そこから先は、彼なりの「自己紹介」がしばらく続いた。


 要点だけを抜き出すと、こうだ。


 ――ハーウッド家は、表向きには“商家”とされているが、本質としては「鍛冶屋」に近い。


 しかし、扱っている品物が品物だけに、

 ・営業力

 ・販路の広さ

 ・ブランドイメージ

 ・顧客からの細かな要望への対応力

 といった要素が極めて重要であり、それらに対応するために大陸中に支店や販売員を抱えているため、鍛冶屋ではなく商会とされている。


 そして、それら「外向きの顔」は、すべて彼の妻が仕切っているらしく、


 対してエスト本人は――

 「宝石の目利き」と「装飾具の制作」に専念してきた、

 「内政特化の職人」といったところなのだと。


 さらに、実に疑わしい話だが。

 彼が手掛けたとされる装飾品は、王都を含む各地で“超高級品”として扱われており、


 金細工、宝石の選別と配置、全体のデザイン性。

 どれを取っても一級品であり、王侯貴族の間でも、コレクションとして語られるレベルだという。


 しかし彼曰く――製作者として彼の名前である「エスト」を刻んでしまうと、

 ブランドイメージが“なぜか下がる”と、妻が判断したらしく。


 代わりに、「エストワール(Estoire)」という偽名を刻印しているそうだ。

 そして、そのエストワールの名前に関しては私も知っている。


 母上が好んで使用している装飾品類はそれで統一されていたはずで、

 私も献上品や貰い物でいくつか持っている。しかし――


(……その別名の刻印の判断は、正しいわね)


 高級宝飾の裏に目の前の脂汗だくだくの男の名が刻まれていたら――

 たしかに、興ざめだ。


 しかし、作られた品そのものは、一級の価値を持っている。

 つまり、“手”は超一流、“看板”は妻が管理――という役割分担なのだろう。


「今回、代表として指名を頂いたことに加え……

 目利きとしての腕を、期待されているのかと思いまして。

 僭越ながら、私が参ったのでございます」


 そこまで言うと、エストは再度、頭を下げた。


 ……なるほど。


(商談慣れしていないのは、単に“前に立つ職ではないから”というだけ、ね)


『はえー、エリオ君の実家ってこんな感じだったんだ。だからプレゼントとかで指輪とかをよくくれたんだね。倹約家っぽいエリオ君がゲームで高価な指輪をポンポンくれたのは違和感があったけど、こんな背景があったんだね』


『でも、このエストさんもいい人っぽいし、エリオ君のあの柔らかい感じはここから来てるんだね』


 そうリカが感心したように呟いた。

 まあ、交渉する上でこの手のタイプの方が扱い易いし、

 仮に目利きが効くのであれば、このしゃべる指輪に関しても聞けることがあるかもしれない。


「理解しましたわ、エスト・ハーウッド」


 私は、わずかに口元を和らげる。


「でしたら、本日の主題の宝石や鉱石の鑑定を先にしてもらいましょうか。

 ――あなたの“目”が、本物であるかどうかも、確認したいですし」


 そう言い、エストに対し品定めをするような視線を送ると、


 彼はひいっと少し怯えた後に、

「お眼鏡にかなうように頑張ります」

 と自信なさげに了承した。


 私は合図を送り、準備させておいた「宝石と鉱石を詰め合わせ箱」を、テーブルの上に運ばせた。


(つづく)

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