㉕ ハーウッド家
「姉上! 何故このようなものを作ったのでしょうか!」
「レオ、少し落ち着いて聞いてほしいのだけど」
レオがここまで真っ向から私を詰めてくるのは、初めてかもしれない。
そして――まあ、詰められても仕方がないことをしている自覚は、少しはあるので、強く反論できないのだ。
「いえ、こればかりはしっかりと説明をしてもらいます」
きっぱりと言い切る声音には、少しの怒気が混じっていた。
(……さて、何から説明するべきかしらね)
机の上には、私が作成した“護符”が数個並べられている。
精密な魔法陣を刻んだ金属板と、魔力を蓄える宝石、そして――それを包んでいる布地のような素材。
そして今、私が問詰められているのは、その布地に使用された糸の正体だ。
「そうね、まず、これはお守りみたいなもので、所有者の能力向上と、いざという時の魔力補充ができるかなり実用的なアイテムで――」
少し誇らしげに説明を始める。
「実験の結果、かなりすごい効果が発現したのよ。
体力の底上げ、集中力の持続、緊急時の魔力回復――これらはこの護符を身につけるだけで発揮されるのよ。これは素晴らしい発見で――――」
だが、レオはそこには一切興味を示さなかった。
私の説明を遮るように
「私が気にしているのは、そのお守りに使われている“触媒”の方です」
ぴしゃりと切り捨てられる。
「なぜ、令嬢の髪の毛を使用したのですか。それもよりによって、“私宛に送られてきたもの”を」
「…………」
やはり、ばれていたか。
このお守りを製作する際、私は“触媒”として――
レオを慕う令嬢たちからレオ宛に届いた“髪の毛”を使用した。
この世界の文化として、“意中の殿方に自分の体の一部を送る”という風習がある。
昔は、爪や歯なども送っていたそうなのだが――
不衛生かつ、単純に気味が悪いということで、今は“髪”を送ることがマナーとされており
その髪の長さや量で、相手への愛情の深さを表現しているらしい。
そしてレオ宛には様々な令嬢から大量に髪が届いているのだ。
もっとも使用したのは――。
「ちゃんとあなたが“破棄した”やつを使用したわよ」
私は淡々と言葉を継ぐ。
「お守りに使用した髪の毛において、所有権はすでに令嬢から“あなた”へ、その後“あなたからゴミ箱へ”と移っている。
そこから先は、ゴミ箱から譲り受けた私にあるわ。これは法的に、何も問題はないわ」
「そういう問題ではありません!」
レオの声量が、普段より少し大きくなる。
「要点だけ、もう一度、はっきり聞きます。
一体なぜ、令嬢たちが“私に思いを込めて送ってきた髪の毛”を、
“魔術の触媒”として使用しようと思ったのですか」
さらに、言葉を重ねる。
「しかもよりにもよって、“護符”へと使用するなど、そんなもの気味が悪くてとても身につけられませんよ」
「呪術の触媒としていないだけマシでしょう?」
私は肩をすくめる。
「髪の毛だけでも、呪術によって発生するデメリットを、
“元の持ち主”へと移し替えてしまうような呪術を行使することは可能よ」
もっとも――
私には、その種のデメリットはすべて“無効化”されるため
わざわざそんな遠回りをする必要性は、まったくないが。
「いや、そういう事を聞きたいのではなくてですね……」
レオは額に手を当て、ぐっとこめかみを押さえた。
「……姉上。これを送ってきた令嬢たちは、“想いを込めて”髪を切って送ってくれているんですよ?」
「ええ、それは承知しているわよ」
そこで、軽く首を傾げる。
「でもそんなことを言ったらレオ、あなたもそれをゴミ箱に捨てているじゃない」
「いえ、私は“その思いを受け取れないから”手放しただけです」
レオはきっぱりと言い切る。
「それを使用人に命令してそれを回収させ、嬉々として触媒として使用するのは――流石にどうかと思います」
そこから先の説明を聞くに、レオの感性からすると――
この手の“人の思いの籠ったもの”を、その本人が想定していない形で利用すること自体が、倫理的にアウトらしい。
『ほーら、いわんこっちゃない。やっぱマティルダの感覚がおかしいんだって。』
リカも、全力でレオの意見へと同意してくる。
レオ達の感覚では、「送り主や、この髪の毛たちが可哀想」という発想になるようだ。
だが、どうにも腑に落ちない点がある。
「髪の毛が可哀想というのであれば――
捨てられて焼却されるより、護符として誰かの命を守る方が、
“役に立てて光栄”なのではなくて?」
私がそう返すと、レオは大きくため息をついた。
「………姉上は昔から、この手のことは本当に理解が出来ないのですね」
「まあいいです」と小さく呟いたあと、
紙とペンを取り出し、さらさらと何かを書き始める。
数行ほどで書き終えると、それをこちらへ差し出してきた。
「今後は如何なる場合においても――
“私が破棄したもの”を、姉上が勝手に魔術の触媒に使うことを禁止とします」
誓約書だった。
(言葉で言えば通じるというのに、まったく……)
心の中でぼやきつつも、
「分かったわよ」
渋々、その紙へとサインをしてレオへと返す。
これで「ゴミ箱経由の再利用」は封じられた、勝手に使うにはレオに所有権が移行する前に入手する、もしくはその所有権を破棄ではなく失効したものに限られる。
――脱法的な入手手段は思い浮かぶが、それらは発覚後にまた問い詰められそうだ
そんなことを考えていると
「姉上、しつこいようですが――なぜ、こんな事をしでかしたのでしょうか」
改めて本題を突きつけられる。
さて、どう説明したものか。
今回の件を、“リカ”の存在を伏せた状態で説明するのは、正直かなり難しい。
(確か、事の起こりは――リカの安全性の確認が取れて、謹慎が解かれて間もない頃だったかしらね)
ハーウッド家の家長と面会から色々とあってこうなったのだ
そう、あれはもう五ヶ月前にもなるだろうか――――
◇ ◇ ◇
謹慎が解かれて、久しぶりに戻ってきた自室は――妙に広く感じられた。
しばらく部屋を見渡し、ベッドへと腰を下ろす。
天蓋の刺繍をぼんやり眺めながら、リカの知る未来情報の「エリオという人物の実家であるハーウッド家」のことをリカに問いかけると、すぐに返事が返ってきた。
『そうだな、エリオ君の事はよく知っているけど、実家のハーウッド家の事となるとなあ。
私が教えられる事は少ないかな。“武器と鉱石の流通”で成功するって情報以外には、あんまりないんだよね。
まあメタ的に言えば、時間が経つにつれて成り上がっていく家って感じなんだよね』
リカはエリオという人物そのものについては、謹慎中に昼夜問わず何時間もぶっ続けで語っていたくせに、
肝心な彼の“実家”に関しては、あまりよく知らないようだ。
どうやら、“コウシキ設定資料集”とやらに書いてある範囲の情報しか、分からないらしい。
「成り上がる、ねえ。商人として大成するとなると――
商売で大儲けできた、販路が拡大できた、大きな店を持てた……といったパターンがあるけれど、当てはまりそうなものはあるかしら?」
『うーん、多分ね、「大儲けできた」って感じなのかな?』
リカは少し考えるような間を置き、続ける。
『エリオ君は最初、金銭的に苦労しているような描写が多くてさ。
それは発生するイベントにも反映されてて、エリオ君の初期イベントは得られる“実利”はしょっぱいものがほどんどなんだ。その代わりに、好感度は上がりやすいんだけどね。
でも、時間が経つと実家の家業が成功していって――イベントで得られる効果そのものは絶大になっていくんだけど、逆に好感度は上がりにくくなってくんだよ』
『その転換点辺りで恋人になれてると、「実家の商会が武器と鉱石で大当たりした」みたいなことを、本人がぽろっと言うんだ』
「ふーん」
生返事をしながら、私は執事長ハンネスに調べさせた情報と、リカの情報を突き合わせる。
ハーウッド家は、古くから貴金属や宝石やそれらを加工した装飾品を取り扱う商人の家系であり、
ヴァルデン領にも、時より仕入れに来る行商人らしい。
――らしい、というのも。
私の把握している“主要商会一覧”の中に、その名は存在しなかったからだ。
報告書によれば、「領内での影響力はあまりない」そうだ。
商会自体はある程度の大きさのようなのだが、彼らの商会は仕入れた宝石や貴金属を加工する工房や職人を自分たちで雇用し、そこで作られたものが商会のメインの商品であり、高価な宝石や金属を仕入れに偶にやって来る位の関係であったらしい。
現時点では武器や鉱石といった分野は、ほとんど扱っていないとのことだった。
(つまり、今の時点では“まだ”成り上がっていないということね)
『というか、ゲーム上ではマティルダとエリオ君は“顔見知り”って感じだったけど、
こっちのマティルダは面識ないの?』
「少なくとも今この瞬間までに、“会ったことがある”という記憶はないわね」
『まあ、ゲーム上だとマティルダと対等って感じじゃなく、常に平伏している感じだったからね』
リカが、どこか楽しそうな声で続ける。
『特定ルートだと、マティルダと対峙するイベントがあるんだけど――
他の攻略者だと喧嘩に発展することが多いんだけどエリオ君は、ただただマティルダに平伏するんだよね』
『ぱっと見だと「ちょっとカッコ悪いな」って思うんだけど、
よくよくイベントを見てると、“非や恥を全部自分が被ってでも主人公ちゃんを守ろう”ってのが、ひしひしと伝わってくる、すごく良いイベントなんだよ』
「そもそもどういう経緯で、そういった私が彼と“対峙”をすることになるのか、その部分が本当に気になるんだけど?」
『いやーその部分、“未来が変わっちゃう可能性のあること”は、あんまり言えないんだ』
(リカの言う“未来が変わってしまう”という境界線は、本当によく分からないわね)
攻略対象の話に関しては、聞いてもいないことまで無限に語るくせに、
私が直接関わるものに関しては、いつも情報を小出しにしかしない。
そして無理に聞き出そうとすると、黙るという抵抗をしてくるので、
こぼれ落ちた断片的な情報を、こちらでつなぎ合わせることにとどめている。
その流れで、リカもある程度は語ってくれたが――
エリオという人物の容姿だとか、好きな食べ物だとか、好みのデートスポットだとか、不要な情報があまりにも多く、
大半は聞き流す羽目になった。
「まあ、ハーウッド家がこの後の二年〜三年で“成り上がっていく”ことと、
武器や鉱石で成功する、って情報が得られただけでも十分だわ。
残りは、ハーウッド家の当主に直接聞けば済む話だもの」
交渉がこちらに有利になるように、すでに少しだけ“細工”もしておいた。
あとは――父様が屋敷に呼びつけたハーウッド家当主から、話を聞くだけだ。
本来であれば、ハーウッド家の活動拠点と我が領とでは距離はそれなりに離れている。
それにもかかわらず、呼び出しの書状に対し、先ほど「すぐに向かいます」との返事が届いたという。
その時に少し探れば済む話だ――と結論づける。
そう思考をまとめながら、私はドレス姿のまま、久しぶりに自分専用のベッドへと横になった。
天蓋越しに見える天井の模様が、懐かしく感じながら、瞼を閉じた。




