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㉔ 幕間_とある男の手記(後)


 だからこそ、娘の教育には、金も時間も人脈も惜しまなかった。


 この世界の構造。

 領地というものの在り方。

 民たちの役割と、その生活の実際。

 税がどこから生まれ、どこへ流れていくのか。


 そういった基礎を徹底的に叩き込んだうえで――

 “なぜ、抑圧してはならないのか”“なぜ、搾取してはならないのか”を、順序立てて説明した。


 娘の性格を考えれば、頭ごなしに押さえつけても反発するだけだ。

 だから私は、「ある程度自由にやらせる」ことを認め、そのうえで“ダメな部分だけ”を明確に指摘する、という方針を取った。


 その結果――。


 とんでもない事件や騒動は、確かに何度も起きた。


 だが、最初期に比べれば、徐々に“被害規模”は小さくなっていったのも事実だ。


 昔は、国全体を揺るがしかねないレベルの問題を平然と起こしていた娘が、

 今では、領内の枠に収まる程度で済ませるようになってきた。


 ようやく、“人間の形”をしてきたと言ってもいい段階に差し掛かった――

 そう私が手応えを感じ始めた頃。


 この方針に、前からずっと異を唱えていた我が妻の堪忍袋の緒が、とうとう切れた。


 「当家にふさわしい令嬢」にするための、スパルタ教育が本格的に始まったのだ。


 いくら破天荒な娘とはいえ、

“最強の冒険者”と言われている我が妻には、さすがに太刀打ちできなかったようで、

 表向きは渋々ながらも、礼儀作法や舞踏、王族貴族との距離感といった“淑女教育”を受け入れていた。


 ――が、裏ではやはり、妻に隠れたところで事件をいくつも起こしていたのだが。


 それが多少ましなったのは、

 娘の興味が“魔法”や”治世”と完全に移ってからであろう。


 「土属性の最強の術者」や「絶対の裁定者」と呼ばれるまでの間、

 娘はひたすら勉強と研究と鍛錬に没頭していた。


 そして、一年前くらいだったか――

 最強呪文を覚え、土属性最強の魔術師の称号を与えられてからというもの、

 娘は、とても大人しくなった。


 妻はそれを大いに喜び、「ようやく落ち着きが出てきた」と笑っていたが――

 父親である私から見ると、その姿はどこか“燃え尽きてしまった”ように見えた。


 全てをやり切ってしまい、この先にある将来の景色を、

 妙に達観した目で、既定路線として見ているような娘の様子が、どうにも気掛かりであった。


 だからこそ、誕生日の際に「特別なものが欲しい」と我儘を言われたときには、

 その品物を全力で探し出した。


 大陸最大の難度を誇るダンジョンの、最奥たる宝物庫にある品を娘に贈ろうと決め、

 娘の十四歳の誕生日にそれを“贈り物”として届けるため、

 私は信頼できる冒険者たちを中心に、大規模なパーティーを組ませた。


 その最深部に安置されていた宝が――あの“喋る指輪”であったのだ。


 娘の話によれば、その指輪は“リカ”と名乗っているらしい。


 だが、発している言葉には無駄な情報や、意味不明な単語が多く、

 時折、常人の感覚からすれば理解しがたい価値観を口にするのだという。


 実際、娘にその内容を文字に起こしてもらったところ――

 出来上がったのは、大層な“怪文書”であった。


 だが、娘はそれを面白がるどころか、むしろ嬉々として指輪と会話を重ねているようで――

 その結果が、ここ最近の“物流と外食に対する大規模な改革”であるらしい。


 私が王城に詰めている間に、

 我が娘と、その指輪と、それに巻き込まれた商人・料理人たちの手によって――


 ・領内の流通網の最適化

 ・料理人ギルドの発足

 ・外食文化の大衆化と、名物料理の制度化


 などが、次々と実行されていた。


 その際に、悪徳店とされていた料理屋や、既得権益を悪用していた商人、

 不正に税を徴収していた役人たちが一斉にあぶり出され――


 合計すると、およそ千名を牢へ。

 五千名ほどに罰金刑、あるいは商業資格の剥奪、解任処分が下された。


 娘にしては、まあ“甘い”選択であろう。


 昔であれば、少なく見積もっても半分は強制労働行きにしていたはずだ。


 私の元へと届けられた、山積みになった報告書の束を手に取り、思う。


 ……懐かしい、と。


 しかし、かつてはこうした書類の内容は、

 「〇〇が暴走して大惨事」「××が崩落して大混乱」「△△が消失して被害総額……」といった、

 とんでもない事件や騒動のあらましと被害状況ばかりが並んでいた。


 だが今、そこに書かれているのは――

 新しく立ち上げた事業の内容と、その成果。

 利益の推移と、雇用の増加数。

 民の生活にどんな変化があったか、という報告だ。


 成長したものだ、と素直に思う。


 その中に、「新たな名物料理に関して」と題された報告書が目に留まり、手に取る。


 そこには、娘が考案したという料理のレシピが、簡単な挿絵付きで記されていた。

 “揚げ物と麺とスープを合わせた料理”――と説明が添えられている。


 調理工程や材料をざっと目で追ってみたが、

 なぜ、その三つを同時に一つの器にまとめようと思ったのか、まるで見当がつかない。


 しかし、この料理が我が領で現在“異様なほどに”流行しており、

 新たな名物料理になったのだという。


 こういう、“なぜそうなったのかが全く分からない”ものを平然とやってのけ、

 その後でしれっと報告書をよこしてくるあたり――

 実に娘らしいと言える。


 ただ、昔と決定的に違うのは。


 それが、彼女なりに“民に寄り添った形”で行われている、という点だ。


 自分の正しさを一方的に押し付けるのではなく、

 民が喜ぶ形を模索したうえでの改革になっている。


 そして、この料理の普及と改革には、息子も大きく関わっていると報告書にはあった。


 子どもというのは、本当に知らないうちにどんどんと成長しているものだな、と思う。

 この成長を身近で感じられないのは、私にとって唯一と言ってもいいストレスだ。


 報告書の内容に一通り目を通し、私は思う。


 内容自体は、完璧に整えられており、

 為政者として手を入れるべき部分は見当たらない

 ――それでも、どうしても、親としては手を貸してやりたくなる。


 その結果として、私は一つの方針を決めた。


 この料理は、娘の“イメージアップ”のためにも、

 大々的に広めていく。


 領民が腹を満たし、力を得て、笑い合う。その中心に――

 我が娘が作った奇妙な料理があるのだとしたら。


 それは、父としても、領主としても。

 なかなかに悪くない未来の形だと思えたのだから。


 ……娘は昔から、“天才”という言葉では収まりきらない存在であった。


 理解力、計算力、読解力――知を司るあらゆる分野において、

 幼いころから専門家を容易く凌駕していた。


 運動能力もすさまじい。

 あの細い体のどこに、あれほどの瞬発力と持久力が備わっているのか、不思議になるほどだ。


 そして魔法においては――

 見ただけで術式の構造を理解し、即座に再現できるどころか、

 高名な術師たちの魔法を前にして、当然のように“改善点”を口にしていた。


 何でも簡単に出来てしまい、苦労や努力というものを殆ど体験していない。

 そのためか――他者の気持ちというものが、どうにも分からないのだ。


 恐らく、「相手の立場になって、自分だったらどう思うのか」という思考が出来ない――というより、

 その思考の結果が、普通の人間とかけ離れたものになってしまうのだろう。


 だからこそ、妻の話では、娘は“言葉”や“数字”といった、

 自分が理解できる形式に変換しない限り、人の心というものをあまり上手く扱えなかったのだという。


 そして、最悪なことに。


 “喜び”や“幸福”といったプラスの感情は、あっさりと理解した一方で――

 “苦痛”“忌避”“恐怖”といったマイナスの感情に対しては、

 自分自身がほとんど経験しないがゆえに、その理解にかなりの時間がかかった。


 その状態のまま、色々と“治世”に対して手を出してしまったのだから――

 それはそれは様々な衝突が起きた


 娘としては、「効率が良いから」「合理的だから」と信じて行った施策が、

 領民たちにとっては、“突然すべてを奪われる恐怖”だったり、

 “切り捨てられる理不尽”として映ったことも、多々あっただろう。


 結果として、領民からは――娘の行った治世の“プラス”の側面よりも、“マイナス”の側面ばかりに目がいってしまい、

 娘は「恐怖の対象」として恐れられるようになった。


 税制の最適化や治安の改善、流通の整備といった恩恵は、確実に領内にもたらされている。

 だが、同時に行われた不正摘発や、無駄な役職の整理、慣習の廃止は、

 多くの者からすれば、“昨日までの当たり前”を突然打ち砕くものであった。


 しかも、それを主導しているのが――

 年若い令嬢だと知れ渡ってしまえば、

 人々が抱く印象は、どうしても一方向に偏る。


「最恐の令嬢」「血の通わない貴族」「独裁者」――

 そういった類の陰口が、しばしば報告書に紛れ込んでいた。


 娘は、その“恐れられている”という点について問うたときも、


『なめられるよりは、マシですわ。

 それに勝手に道を空けてもらえるから、歩くのも楽でいいですし』


 などと、なんとも娘らしいことを言って、改善しようとする気配がまるでなかった。


 だからこそ、娘に対しての噂話は、ほとんどが悪口めいたものばかりになってしまった。


 無論、貴族に対する露骨な誹謗中傷は、それ自体が“犯罪”である。

 見せしめも兼ねて、そうした言葉を公の場で吐いた者たちは、相当数を捕らえた。


 その甲斐あって、あからさまな悪口は、今ではほとんど表に出てこない。


 ――しかし。


 悪口が消えた代わりに、“別の形”での評価が定着してしまった。


 今でもなお、娘は領民たちの間で――

 恐怖と畏怖の対象として、“祀り上げられて”いる。


 子どもが言うことを聞かないとき。

 「マティルダ様に言いつけるわよ」と言えば、泣き止むという話まで聞いた。


 ……それでも、私は知っている。


 娘は、決して“悪人”ではない。


 あれほどまでに圧倒的な才を持っていながら――

 それを見せびらかして優越に浸るような真似は、一度もしなかった。


 その力に溺れ、弱き者を玩具にすることもない。


 そして何より、平民を“搾取対象”としてではなく、

 大きな機械を動かすための“部品の一つ”として、冷静に見ている節がある。


 一見、冷酷な考え方にも聞こえるかもしれないが――

 娘の場合、その“部品”が上手く機能するように、

 必要な潤滑油を差し、摩耗しないように支えようとしているのだ。


 仕事があるなら、その内容と対価が見合うように。

 税を取るなら、それがどこへ使われるかを、きちんと説明したうえで。

 不要な負担は削り、必要な支えは惜しまない。


 やり方が荒っぽく、言葉選びにも難があり、

 感情の機微を汲み取るのが致命的に出来ないだけで――


 娘は娘なりに、“皆が幸せになるように”と、

 調整しようとしているのだと、私は理解している。


 だが、その気持ちが領民に伝わっていないことは――何とも勿体ない。


 一応、領の使用人や役人には、娘の発言をそのまま民に伝えるのではなく、

 言い回しを柔らかくしたうえで民たちへ伝えるようにと厳命しているが、

 一度定着してしまったイメージというのは、中々崩れないものらしい。


 だからこそ、今回の“娘が考えた料理”というものは、大々的に宣伝していこうと考えている。


 娘の優しさというものに、領民が気づけるように。

 そして、娘が領民との触れ合いを増やし、少しでもその心を理解してくれることを期待して。


 今月の末には、息子が主催する祭りがあるようだ。

 そこで私も、娘の“良いところ”を、さりげなく、しかし確実にアピールしていこうと思う。



 本当は、息子のこともここに書き記しておきたいが――

 余白が無くなってしまったことに加え、夜も更けてきたので、次回に回すとしよう。


 私の当面の役割は、“魔王”という脅威から家族を守ることだ。


 それがひと段落つき次第――

 最大値の“家族サービス”をしてやるとしよう。


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