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㉔ 幕間_とある男の手記(前)


 今日も一日のほとんどを、王城にて会議に費やした。


 議題は、魔族領と国境を接する諸国への援軍派兵について。

 緊張状態が続く国境線に対して、我が国がどの程度の支援を行うべきか――という話である。


 魔族と人間との因縁は根深い。

 大昔には、何度も大規模な戦争があったと記録には残っている。


 もっとも、ここ数百年ほどは小競り合い程度の衝突こそあれ、

 それも互いの辺境に住まう小集団同士が、時折小突き合う程度のものでしかない。


 戦力や人口で言えば、人間側が圧倒しているのは明白だ。

 それでも大規模戦争に発展しない理由はいくつかある。


 一つは、この大陸で強い影響力を持つ教会勢力が、

 「魔族への武力干渉」を公的には禁じていること。


 一つは、魔族が住まう“魔族領”という土地そのものが、

 人間が長く住むにはあまりにも過酷な環境であること。


 そして何より――最大の理由は、

 “圧倒的に強い個”の存在であろう。


 人間社会においても、平民と貴族の間では、

 魔法を扱えるかどうかという一点で、戦闘能力に雲泥の差が生じる。


 だが、魔族側には――それとは比べものにならぬ“異常個体”が存在する。

 全ての能力が通常の魔族よりも桁違いに高く、凄まじい力を持つ者たちだ。


 その“個”を軽視し、かつて、栄華を極め奢り高ぶったとある国王が、魔族に対して殲滅戦争を仕掛けたことがあった。

 だが、その軍は「たった一人の魔族」によって返り討ちに遭い、

 その国は国名ごと地図から消えた――そんな歴史が、確かに残っている。


 その異常な強さを持った個の最たるものが、“魔王”と呼ばれる存在だ。


 伝承によれば、その強さは「人の身では到底太刀打ちできない」と形容されている。

 生身の身体能力も、行使する魔法も、すべてが規格外。


 だが、一番厄介なのは――魔王がまとう“オーラ”と呼ばれるものだ。


 人間に対しては“呪い”として、魔族に対しては“祝福”として作用するそのオーラは、

 一般の兵士であれば、浴びせられただけで気を失ってしまうほどのものだという。


 仮に気絶だけは免れたとしても、

 筋力低下、判断力の鈍化、魔力回路の乱れなど、

 身体能力・魔法能力の両方に、致命的な“デバフ”が課される。


 逆に魔族には、筋力・速度・魔力の出力、さらには再生能力に至るまで、

 あらゆる面で大幅な“バフ”がかかる――その効果は、魔王本人にも及ぶらしい。


 つまり、魔王が戦場に立つということは、

 その瞬間、戦場一帯が「魔族に有利な結界」で覆われるのと同義なのだ。


 ゆえに、かつて魔王が現れた際には――

 “腕に覚えのある者”だけを選りすぐって討伐に向かわせたにもかかわらず、

 彼らはただの一人も、帰ってこなかったという。


 そして、かつて大戦争が起こった際も、この“魔王”という存在がトリガーになり、

 事態を引き金として引き起こされたとされている。


 半年ほど前であろうか。

 教会の最高司祭から、「魔王が復活した」との公式発表がなされたのは。


 最初にそれを聞いたとき、私は心底鼻で笑った。


 ――とうとう寄付金集めに、魔王の名前まで持ち出すようになったか。


 そう思い、教会勢力に対してかなり低い評価を下したのを覚えている。


 とはいえ、万が一ということもある。

 「杞憂である」と証明するためにも、魔族領周辺の調査はしておいて損はない。


 そう判断し、私が信頼する冒険者や諜報役たちを中心に、少数精鋭の調査隊を編成した。


 ……そこに、我が最愛の妻が「私も行く」と言って聞かず、

 なぜか当たり前のような顔で同行してしまったのだが――


 それについては今なお継続しており、私の頭をもっとも悩ませている事柄の一つだ。


 その一度目の調査の結果から言えば、「魔王の所在」や「姿」に関する決定的な証拠は得られなかった。


 しかし、潜入した者たちの報告によれば――魔族領に住まう者たちの様子は、明らかに“変化”していた。


 以前は鬱屈した空気と閉塞感が漂っていた集落が、

 妙に活気づき、住民たちの目がぎらぎらと血の気を帯びていたという。


 酒場では、屈強な魔族たちが「近いうちに“狩り”が始まる」と囁き合い、

 若い連中は武器を磨きながら、「あのお方」の名を楽しげに口に出していた。


 その「あのお方」とやらについて、直接の情報を得ることはできなかった。

 だが、彼らの態度と口ぶりからして――

 ほぼ間違いなく、“魔王”と呼ばれる存在を指しているのだろう、というのが調査隊の一致した見解だった。


 そして、そこからそう間をおかず。


 大陸各国の王宛てに、“魔王”を名乗る者から書状が届いた。


 各国の国印を正確に書き分け、それぞれの王都に同時に届けられたその手紙の内容は、実に簡潔で――そして傲慢だった。


 一つ。人間側は、魔族領に隣接するいくつかの領土を、“魔王の支配地”として割譲すること。

 一つ。それを拒否する場合、魔王軍は武力をもってそれを奪い取ることを辞さないこと。

 一つ。人類側が先に大規模な軍事行動を起こした場合、それを“宣戦布告”と見なし、

    周辺国から順に蹂躙していく――。


 要約すれば、そういう文面であった。


 内容そのものも問題だが、何より厄介だったのは、

 “どの国の王に届いた書状も、文言が微妙に違っていた”という点だ。


 ある国には、「貴国の軍制は優秀であるから、我が軍門に下れば、手厚く遇してやろう」と書き。

 別の国には、「隣国との争いに疲れているであろう? その争いから解放してやろうではないか」と書き。


 我が国に届いたものには、

 「かつて“英雄”を輩出した国だと聞く。ならば、なおさら領土は奪い取る必要がある」と、

 わざわざ挑発と取れる一文まで添えられていた。


 あの魔王という存在、もしくはその側近がどれほど人間の事情に通じているのかは知らぬが、

 こちらの“内情”をある程度把握したうえで、

 あえて各国に違う餌と棘をばらまいているのは明らかだった。


 それを受けて、各国の王たちが集まり、緊急会議が開かれた。


 魔王の要求を呑むか、突っぱねるか。

 もし戦うなら、どこまで協力し合うか。

 教会はどこまで関与し、どこで手を引くつもりなのか――。


 議論は、三日三晩に及んだ。


 結果として、各国の王は「魔王の要望をすべて突き返す」という決断を下した。


 領土を差し出せば、確かに一時の平穏は得られるかもしれない。

 だがそれは、怪物に味を覚えさせるようなものだ。


 一度折れれば、次も、その次も要求は繰り返されるだろう。


 我々はそれを、“人類の敗北”と見なした。


 ゆえに、今――。


 表向きは“和平交渉の余地を探る”という体裁を保ちつつも、

 裏では、各国がそれぞれに、着々と戦争の準備を進めている。


 同時に、“魔王”という存在の復活に関する情報は、

 機密情報として厳重に管理され、緘口令が敷かれている。


 今日、王都で開かれた会議も、本来であれば

 「魔王との決戦に向けて、我が国としていかなる立場と行動を取るか」を決める場であるはずだった。


 我が国は大陸一の大国とされている。

 ゆえに、国内の“名門”と呼ばれる貴族はほぼ全員が招集され、

 教会の代表者や、大陸全域を統括する各種ギルドの総長までもが参加するという、大仰な顔ぶれであった。


 にもかかわらず――いや、だからこそと言うべきか。


 各々が自分たちの権力を誇示し、

 自家の利を最大化するための政治的思惑をぶつけ合うばかりで、

 肝心の「魔王への対処」という議題は、一向に前へ進まない。


 人類の存亡がかかっているというのに、なんとも締まりのない光景だ。


 これもひとえに、王家の権威が“あまりにも弱くなり過ぎたこと”に起因する。


 本来なら、王が一声発すれば、それが方針となる。

 だが今の王には、その重みがない。


 その結果として、こうして貴族や有力者たちの意見を、

 延々と聞き続ける場が出来上がっているのだ。


 今の王家は、“かつて魔王を打倒した聖女と勇者”が国を興したことに端を発する。

 にもかかわらず――その末裔が、世代交代の末にここまで弱体化してしまうとは、実に情けない話である。


 人の顔色ばかり伺う王に代わって、

 「国のために」「人類のために」という視点から私が物を申さねばならない場面が、実に多い。


 そのせいで、私はほぼ毎回この手の会議に呼び出されるようになり、

 魔王が現れたとされる半年前からというもの、

 ただでさえ家を空けることの多かったが、ほとんど帰れない生活を続けている。


 私には――可愛い娘と、息子がいるというのに。


 こんな生活を続けているせいで、

 我が子らには、随分と寂しい思いをさせているのだろうと、自覚はしている。


 この前、十四歳となった娘に至っては、

 満足に誕生日を祝ってやることすら出来なかった。


 そのうえ、贈り物として送った品が――

 呪いの品と言っても過言ではない“指輪”であったのだから、笑えない。


 娘の話によれば、その指輪は「装備者に向けて話しかけてくる」のだという。


 そして、その内容というのが――


 ・少し先の未来に起こる出来事に関する情報

 ・この国、この大陸の技術や文化水準より、はるかに高い水準の“知識”や“概念”


 そういったものを、ことあるごとに伝えてくるのだと。


 最初にその話を聞いたとき、私は当然「呪い」や「精神支配」の類を疑った。


 魔術的な干渉か、禁忌の古代遺物か。

 最悪、魔王側のスパイ道具である可能性すら考えた。


 だが、あらゆる手段で調査を行ってみた結果――

 精神汚染、強制支配、属性呪詛といった“負の反応”は、一切検出されなかった。


 よく考えてみれば、我が娘は特異な体質――

 いや、“神の最大級の祝福”とも言うべき性質を持っている。


 その性質とは。


 「全てのデバフ、呪い、状態異常が、一切効かない」のだ。


 娘が幼いころ、屋敷に厳重に封印してあった特級遺物の封印を、

 好奇心から独力で解いてしまったことがあった。


 封印の奥から溢れ出した呪いは、近くにいた使用人たちを数秒で昏倒させたが――

 当の本人だけは、何の反応も示さなかった。


 その後、教会の“試験的聖遺物”と呼ばれる、

 ステータスや適性を測定する遺物にて再三測定させたが、

 ありとあらゆる判定結果が“無効”で返ってきた。


 そういう前提があったからこそ――

 指輪の“声”が、少なくとも娘の精神を支配しているわけではないことだけは、信じるしかなかった。


 次に疑ったのは、「魔王の差し金」である可能性だ。


 人間側にとって有利な情報を餌に、

 重要な立場にある娘を懐柔しようとしているのではないか――と。


 だが、指輪が娘に告げた内容を、娘なりの言葉で聞いたところ――

 それは、魔王の存在と、将来“戦争になる未来”を提示したうえで、

 「それが最悪の結末にならないように導きたい」という、

 何とも中途半端に“人間寄り”なものだった。


 魔王の脅威を教え、同時に、それに対抗し得る手段も教える。

 ある意味、教会勢力のやり方にすら似ている。


 敵か味方か――それすら判然としない。


 本来であれば、“敵の可能性がある存在”が、娘を危険な道へと誘うのを許すべきではない。

 指輪ごと封印してしまうのが、最も「安全な」判断なのだろう。


 実際、そのための準備はすでに完了している。

 教会と錬金術師ギルドに協力を仰ぎ、指輪を安全に無害化するための封印術式も整えてある。


 ――しかし、肝心の封印の命令はまだ出していない。


 何故かというと、娘がその指輪を大層気に入ってしまったのだという。


 寝る時以外は常に装備しており、高い頻繫で指輪と会話しているのだという。


 そして、なにより指輪をつけ始めてからの娘は――

 以前のような活発さを、少しずつ取り戻しつつあるのだ。


 娘は幼いころから破天荒で、行動的だった。

 過去の大事件や大騒動を数えれば、きりがない。


 古龍種の中でも最強とされる“ドラゴン”の卵を、実に巧妙な手口で取り寄せて孵化させてみたり。

 何かの儀式と称して、自称“神”を名乗る存在を召喚してしまい、

 それが屋敷にしばらく居候する羽目になったり。


 領内で暗躍していた凶悪な二つの犯罪組織の情報網を逆手に取り、

 嘘の情報を流して互いにかく乱させ、両組織を弱体化させたうえで、

 最も都合の良いタイミングで一斉検挙させてみたり――。


 子どもとは思えない頭脳と、計画力と、行動力で。

 いつも、騒動の中心に娘の姿があった。


 その中でも、捕らえた凶悪犯罪組織のトップに会いたいと言い出したときは、最初は反対した。

 だが、言い聞かせても退かなかった。


 「一度、“悪党”というものを、この目で見ておきたいの」


 そう何度も懇願された結果、将来を考え、今の内に恐怖という感情を知っておくのも必要かと考えてしまったのも事実だ。


 結局、十分な護衛と、妨害用の魔法装置を用意したうえで、

 犯罪者と娘の“面会”を許可した。


 牢の前に立った娘は、鉄格子の向こう側に座る男を、じっと見つめた。

 まるで、檻に入った珍しい動物でも眺めるような、そんな視線だった。


 しばらく物珍しそうに観察したのち――娘は、ふいと視線を外し、


「こんなものなのね、もういいわ」


 と、あっさりと言った。


 反面、犯罪組織のリーダーだった男は、酷く怯えていた。


 過去に何度も残虐な犯罪を犯し、

 尋問の際にも一度も怯みを見せなかったその男が――

 僅か五歳の少女を、露骨に恐れていたのだ。


 震える声で、男は言った。


「お、俺を……殺してみろ」


 虚勢とも、挑発ともつかないその言葉を、

 娘は――「懇願」だと受け取ったのだろう。


 次の瞬間には、娘は魔法を発動させていた。


 狙いは正確に男の胴を捉え、出力も十分すぎるほどに出ていた。

 あらかじめ娘の身を守るためとして設置しておいた妨害装置が作動していなければ――

 あの瞬間、リーダーの男の体は、確実に“半分に裂けていた”はずだ。


 後で護衛隊から詳細を聞き取り、背筋が冷たくなった。


 リーダーの男は、最初に娘を見た瞬間――殺気を飛ばしたのだという。


 大の大人であれば、足が竦み、冷や汗が噴き出すほどの、

 あからさまな“殺意”であり、娘の傍の護衛ですら足がすくむほどであったそうだ。


 だが、娘は何も反応を見せなかった。


 それは、殺気が分からなかったからでも、

 上手く気を紛らわせたわけでもなく、

 正面から受けた結果、娘の感情を揺さぶるに足りなかったのようだ。


 そして、男の身体つきや魔力の流れをざっと見て力量を見積もったかと思うと――

 お眼鏡にかなわなかったのか、「興味が失せた」とでも言うように、どこか失望する視線を向けたのだと。


 その一件以来、私は痛感している。


 ――娘そのものが、“特殊な存在”であり、特別に扱うべきだと。


 娘は、恐らく家族以外の人間を、どこか別の“下位種族”として認識している節があることを。


 そして、このまま“普通に”成長させれば――

 悪戯に民を虐げる、典型的な腐った貴族に育ってしまう可能性が、高いことを。


【続く】

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