㉓ レオルドルート 後日談Ⅴ
選択肢の中で
レオの今後の事を考えると②が無難と思うが、私は一つだけを選ぶなどそんなケチ臭い真似はしない
「……そうね」
私は手を離さずに、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「あなたは、私の“唯一無二の弟”よ。だから可愛くてしょうがない」
一拍置いてから、続けた。
「でも、“いつまで経っても子ども”だなんて、思っていないわ。
危なっかしいところは、まだ山ほどあるけれど。
それでも、“頼りになる”と思っているのは事実よ」
レオは、しばらく沈黙を保ったまま、俯いていた。
やがて、ぽつりと呟く。
「……それは、“弟”だから、ですか?」
「ええ。“弟”だからよ」
そこで、ふっと口元を緩める。
「弟でなかったら――そうね」
「デートに誘っていたわ。あなたはそれくらい魅力的よ」
超えてはならない線を、指先でなぞったような感覚があったが、まあ、気のせいだろう。
「っ――」
レオの肩が、びくりと大きく揺れた。
顔を上げかけ、しかし途中で止まり、視線が宙をさまよう。
「な、何を、その……」
いつもは淀みなく出てくる言葉が、見事に空回りしている。
「冗談よ」
そこで、あえて軽く笑ってみせる。
「まず、私から異性をデートに誘う趣味はないわ。
そして、家族をデートに誘う趣味もね
でも、“そう思うくらいには魅力的だ”ということよ」
レオは、まだ俯いたままだったが――
先ほどまでの、どこか刺々しい緊張とは違う、別の何かがそこに混じっている気がした。
レオはしばらく固まった後、
ゆっくりと息を吐いた。
「…………姉上は、ずるい人です」
「よく言われるわ。私が持っていないものや出来ないことは、あまりにも少ないのだもの。嫉妬されて当然よ」
レオに対し、渾身のドヤ顔を披露する。
レオは一瞬ぽかんとあっけに取られていたが、数拍置いてから、堪えきれないといったふうにふっと笑い始めた。
「姉上は本当に昔から、何一つ成長していませんね」
「ちょっと、それはどういう意味で言っているのかしら?」
頭に置いていた手と、もう片方の手で拳を作り、レオの頭を左右からグッと挟み込むようにして掴み、その顔をぐいっと覗き込む。
「……姉上は昔から“魅力的だなー”ということです」
あからさまに逸らされる視線。
昔、レオのからかいや悪戯が一線を越えてきた時に、よくこの“グリグリ”と呼ばれる折檻をしていた。
両拳でこめかみのあたりを挟み、ぐりぐりとひねる、実に分かりやすい制裁だ。
どうやら、その記憶がしっかりと残っているらしい。
挟み込む力を徐々に強めていくと
「今の姉上の力ではシャレになりませんって!。いくら私が鍛えているとはいえ、姉上の馬鹿力の方がそれを易々と凌駕してい……」
「痛ててててっ!? 待ってください、ギブアップです!。これ以上は頭の形が変わってしまいます!――」
レオの悲鳴が、私の執務室に響いた。
ほどほどのところで手を離し、頭を抑えてうずくまっているレオに、軽く回復魔法をかけてやる。
淡い光がこめかみのあたりを包み込み、数秒もすれば痛みは引いていくだろう。
「……姉上は、手加減というものを覚えてください」
「私の中では、かなり手加減したつもりなのだけれど?」
「その言葉に嘘偽りが無いのが……一番怖いんですよね……」
ぶつぶつ文句を言いながらも、どこか楽しそうでもある。
昔の“じゃれ合い”に近い空気が、わずかに戻ってきているのを感じた。
「やはり私なんかでは、姉上には生涯太刀打ちできそうにありませんね」
レオは、苦笑いを浮かべながらそう言った。
その「私なんかでは」という言い方に、わずかな引っ掛かりを覚える。
「まあ、ともかく、レオ」
改めて、その名を呼ぶ。
レオがまっすぐにこちらを見た瞬間、あえて視線を逸らさず受け止める。
「あなたが、私を“目標”にしたい。私に“評価されたい”と思うのなら――それも、別に構わないわ」
それは、ゲームの中のレオが、最後まで口にしなかったであろう本音のひとつだろう。
「ただ一つ」
言葉に、意図的に重さを乗せる。
「あなた自身の価値を、私と比べて下げるようなことだけは――今後二度と口にしないで」
レオは、はっとしたように目を見開き、ゆっくりとこちらを見る。
「少なくとも私は、レオのことを“私自身よりも価値がある”と思っている」
それは、慰めでも社交辞令でもなく――
紛れのない本心である
「だから、“自分には価値がない”なんて発言は、
私の“評価者としての目”にケチをつけられているようで――正直、非常に不愉快だわ」
それは、ほんの少しだけ意地の悪い言い方かもしれない。
けれど、レオが自分を貶める事を言っていると聞くたびに、胸の内側がざらりと削られるような感覚になるのも、事実だった。
「しかし、私の実力は姉上に及ぶには相当の努力をするしか……」
レオは、弱々しく何かを言いかける。
その言葉に、かぶせるように口を開いた。
「……努力をやめなさいとは、言わないわ」
そこだけは、きっぱりと否定する。
「でも、その努力の理由が“私に追いつくためだけ”では――あまりにも勿体ないでしょう?」
レオの唇が、何かを言おうとして、しかし言葉にならないまま閉じる。
「あなたの剣の振りも、魔術の組み立ても、人への接し方も――
全部、“私とは違うやり方”で積み上げてきたものよ」
それは、模擬戦や、今回の名物料理へのアプローチの違いからも明確だ。
レオは、私の真似をしているわけではない。
私の背中を見ながらも、結局はいつも“自分なりの道”を選び、切り開いて進んでいる。
「そこで培った能力と、私の力とでは――単純に比較できるようなものではないわね。
少なくとも、今計画している祭りのようなものを“開催しよう”なんて発想は、私は考えつかないものだもの」
そこで一度、ほんの少しだけ視線を外し、窓の外へと向ける。
レオは、長い沈黙ののち、ぽつりと呟く。
「……そうなんですね」
「ええ。それに――」
口元に、ほんの少しだけ意地悪な笑みを浮かべる。
「そのメインイベントに、“私に唐揚げラーメンを食べさせる”という発想を組み込むのもね」
わざと皮肉を込めて言うと、レオはきょとんとした顔を見せ――すぐに真顔に戻った。
「姉上は、アレを食べるのがそんなに嫌なんでしょうか?」
「唐揚げラーメンよ。どう考えても“令嬢向けの食べ物”とは言えないじゃない」
油と炭水化物と肉が、これでもかと主張してくる一品だ。
ドレス姿で優雅に食べる類のものでは、断じてない。
「いや、昔は――『効能があるのであれば、見た目なんて関係ないわ』と言って」
レオは、どこか懐かしむような顔で続ける。
「とんでもない色の芋虫を、平然と食べてましたので」
「いつの話よ。四~五歳の頃とは、価値観は変わるわよ」
あれは、属性耐性を上げるとか何とか書かれていた、奇妙な“薬虫”だったはずだ。
……それそれは思い出したくもない食感と味だった。
「姉上も“一応は”変化しているのですね」
レオはくすりと笑った。
「……さっきの折檻では、どうやら足りなかったようね」
そう言い、レオににじり寄ると
「いえ、十分足りています。それでは――それでは失礼しました」
レオは慌てて一礼し、逃げるようにして私の執務室から去っていった。
扉の閉まる音が、静かな室内へと響く。
(これで、私へのコンプレックスが少しでも和らいでくれるといいのだけれどね)
小さなため息をついた矢先――
『マティルダってだいぶブラコンだよね。
普通、弟に向かって“異性として魅力的よ”なんて言わないって』
リカが、いつものように遠慮のないツッコミを入れてくる。
「レオが女性と仲良くならないのも、何かの劣等感が故にそうなっている可能性が高いと判断したのよ」
『ほう?』
「自分の価値を低く見積もっている人間は、“誰かに好かれる”という状況そのものを信じられないし、
ましてや“自分から近づく”なんて、なおさら難しいわ」
「だったら、少なくとも“ある程度魅力はある”くらいは、自覚させておくべきでしょう?」
『でも、それを実の姉から言うのは、やっぱり相当レアだと思うんだけどなぁ』
「私は、“良いものは良い”と言うし、その逆も然りよ。
そこに、血縁者かどうかなんて関係ないわ」
そうリカに言いながら、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。
机の上の書類の山から、レオがまとめた収穫祭の計画書を引き寄せ、改めて目を通した。
料理人ギルドからの連絡事項の中に、「新ギルド長および副会長の選任について」という項目がある。
ギルド長には、串焼き職人が就任すると記載されていた。
そして、副会長には――この前、城下町で私に土下座していた料理人が抜擢されている。
(この人選で本当に大丈夫なのかしら)
一瞬そう思ったが、すぐに「まあ、そうなるか」とも思い直す。
私の知る市中の料理人たちと言えば――
唐揚げラーメンの料理人を筆頭に、
まともな人間は、一人として存在していなかった。
(料理人って、あんなに“個性的な連中”とは思わなかったわね)
そう思いながら、祭りのイベント内容に目を移す。
興行として、音楽、踊り、曲芸、色々と盛り込まれていた。
ページをめくると、その中に「料理対決」という項目が目に入る。
複数の料理人が「焼き鳥」で腕を競い合い、
一番美味しい一串を作った者が勝者――というシンプルな内容だ。
評価者は、名士やギルド長、商人組合の長などで構成されているのだが――
その中に、しれっとレオの名前が入っていた。
(焼き鳥ではなく、もっと豪勢なものを題材にすればいいのに)
一瞬そう思ったが、この祭りのコンセプトは、「民衆のためのもの」。
豪華な宮廷料理よりも、炭火の匂いがする焼き鳥の方が、よほど“祭り”らしいのかもしれない。
それ以上に――
出店予定の店の候補や、ギルド内の人選をざっと追ってみると分かる。
(レオが“焼き鳥が大好物”という、リカの情報は正しかったようね)
串焼きの名店が優先的に枠を押さえられていたり、
ギルド長に串焼き職人を据えたりと、露骨なまでの“焼き鳥推し”だ。
そして何より、料理対決の題材を「焼き鳥」にした時点で――
(早速、その立場を利用して、焼き鳥を贔屓にしているわけね)
思わず、口元が緩んだ。
唐揚げラーメンの一強状態を崩すために、焼き鳥を推したいという私の意図と、
単純に焼き鳥が好きなレオの嗜好が、たまたま同じ方向を向いているのだから、
別に反対をしたいわけではない。
しかし、
(病的にストイックなのかと思っていたけど、まだまだ可愛い所があるじゃない)
……とはいえ
計画書を閉じながら、心の中で小さく呟く。
(まだまだ、“教えること”は多いわね)
レオは確かに大きくなり、自分で道を切り開き始めている。
けれど、それでもまだ――私が手を貸す余地は、山ほど残っている。
前から手を引くのではなく、後ろから押してあげるような形であれば私が関与しても問題ないだろう
そして、私が唐揚げラーメンを食べるというものが薄れてしまうくらい、レオが考えたイベントをもっと印象的かつ盛り上がるものへと魔改造する必要がある。
(さてと、何から手をつけようかしらね)
私は大きく伸びをして、机に向かいペンを執った。




