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㉓レオルドルート 後日談Ⅳ


「姉上、お忙しいところ申し訳ありません。急ぎ連絡したいことがあって伺いました」


 ノックをしたのはレオであった。


 使用人に目で合図を送り、部屋に通すよう指示する。


 入ってきたレオは、いつも通り身なりは整っていたが――

 ここまで急いで来たのか、ほんの僅かに息が上がっていた。


「あら、なにかあったのかしら?」


 そう声をかけると、レオは真剣な表情のまま報告事項を説明した。


「姉上、“唐揚げラーメン”において、つい先ほど食したものから光っていると報告を受け、

 異物の混入の可能性も考慮して現地へと調査に行ったのですが――」


 一拍置いて。


「本当に光っていたのですよ」


「はい?」


 思わず、聞き返してしまう。


 そこからのレオの報告をまとめると、こうだ。


 以前から、唐揚げラーメンを食べた客から「皿の上の料理が光って見えた」という報告が、ぽつぽつと上がっていたらしい。

 しかし、その件数はごく少数であり、しかも普段ほとんど外食をしない連中の証言が多かったため――


 「美味しいものを食べた感動と、店の照明や、白い陶器の皿、湯気などに目が慣れていないせいで、錯覚したのだろう」


 と、現場では処理されていた。


 だが、ここ最近になって、その「光っていた」という報告が明らかに増えてきた。


 無視できない数になってきたため、レオが自ら調査に赴いたようだ――

 そうしたら確かに、ごく一部の唐揚げラーメンが、はっきりと目に見えて“光っていた”のだという。


 提供されるすべてが光るわけではなく、何十杯に一杯という割合で、

 ランダムに“紛れ込む”形で現れている。


 しかも、調理工程を確認した限りでは、光を放つような素材も、魔術的な処理も、一切加えていない。

 それにもかかわらず――皿の上の唐揚げラーメンは、淡く、しかし確かに輝いていたのだと。


「試しに、その光っているものを兵に食べさせたのですが――」


 レオは表情を崩さずに続ける。


「味は非常に美味であるようで、あっという間に平らげてしまいました。

 そして、その者が“食べた後に体の芯から活力が湧き出るようだ”と申してきたので、確認したところ、

 普段よりも腕力や体力が、目に見えて上がっていました」


「その、“光っているかどうか”の有無で比較調査はしたの?

 もしかしたら、その唐揚げラーメンという料理自体に、そういった効能があるかもしれないじゃない」


 万が一だが、そういった付随効果が料理そのものに備わっている可能性もある。


(まあ、そんな馬鹿みたいな話、あるはずはないでしょうけど)


 内心、自分の発言を半ば冷笑していたが――

 レオの回答は、私の予想とはまったく逆方向から飛んできた。


「流石姉上です!」


 レオは、目を輝かせて言う。


「調べた結果、唐揚げラーメン自体にも、ある程度の“身体能力向上効果”が見られました。

 ですが、光っているものは、その効果がさらに強く――

 いわば、その効能を“極端に引き出した状態”であることが分かりました」


「…………」


 空いた口が、しばらく塞がらなかった。


 私が呆然としていると、頭の中で、リカがぽん、と手を打つような気配を見せた。


『あー、もしかしてそれ、“ゲームで料理を作った時にたまに出る“大成功””が出てるんじゃない?』


「大成功?」


 思わずそう呟くと、


『うん。ゲームだとね、料理スキルをマックスにした状態で、高ランクの食材とかレシピで料理を作ると、

 一定確率で“大成功”って判定になって、料理効果が2~5倍になる要素があったの』


 リカは、さらりと言う。


『ゲームでは、その時に表示される料理の一枚絵がキラキラ光る演出になってたんだけど――

 こっちの世界では、“現物が光ってる”んだろうね、きっと』


(……つまり、唐揚げラーメンは――)


『多分、料理人さんの“スキル上限 × 高レベルレシピ”の組み合わせなんだと思う。

 で、たまに発生する“大成功判定”のせいで、“光る強化版”が混じってるわけ』


「…………」


 今回のことは、せいぜい「醤油を使った名物料理がひとつ出来ればいい」くらいにしか考えていなかった。そして、名物料理が成功してからも、私の関心はそれらが産み出す経済効果や物流にばかり行っており、「食べることで得られる効果」など、気にしたことすらなかった。


 その見落としが――

 食べた者の腕力と体力を底上げし、

 効果の高いものは、よりにもよって“光る”という、なんとも分かりやすい目印付きで現れてしまったわけだ。


(……本当に、なんてものを名物料理にしてしまったのかしら、私は)


 これは間違いなく流行る。

 そして、それを作った私の名前と共に、領外にまで広がっていくだろう。


 しかも、この流れは、もう私には止めることができない。


 思わず、深いため息が漏れた。


(最悪ね)


「姉上? お疲れでしょうか」


 レオが、心配そうに顔を覗き込みながら声をかけてくる。


「まあ、平気よ」


 軽く首を振り、背もたれに預けていた身体を起こす。


「しかし、その“光る”という現象が、妙な噂として広がらないように、情報の統制は必要ね」


 思考を切り替え、実務の話へと意識を向ける。

光るという現象が「呪い」や「毒」などに結びつき不安を煽られても困る。


「そうですね。そこで、姉上にも協力をしてもらいたく」


「何をするのかしら?」


 レオは、一度姿勢を正し、


「姉上に、その光っている唐揚げラーメンを、民の前で“試食”して頂きたいと思っているのです」


「一体なぜ?私が、そんなことを」


「権威を持つ者が食してお墨付きを与える、ということが――

 どれほどの“宣伝効果”を生むかは、姉上はよくご存知ですよね」


 言葉こそ丁寧だが、その内側にある「以前私にやらせましたよね」という本音は丸見えだ。


 レオに焼き鳥を試食をさせ、兵たちの前で

 「美味しい」と言わせたうえでこれを名物料理とするという宣言をさせた前科が私にはある


「加えて、先ほどその料理人たちから聞いたのですが――

 姉上は、彼らの前で“後で必ず食べに来る”と宣言したとか?」


「…………」


 未来の自分に、安易な約束をさせる過去の自分を、

 この場で激しく叱り飛ばしたい衝動に駆られた。


「それは――ちょっとした士気高揚のための社交辞令よ」


 確かに、後で食べると言ってしまった。

 しかしそれは適当なタイミングで、「美味しかった」と人づてに伝えれば済む話と考え、今まで放っておいたのだ。


「料理人たちは、本気で信じており、“いつ食べに来るのか”と待ちわびていましたが」


 レオは淡々と続ける。


「店の外の看板には、“マティルダ様歓迎”と大々的に書かれ、

 “マティルダ様が来訪された際は、最優先で席へとご案内します”という貼り紙がしてありましたが」


「…………」


 とんでもない情報と共に、即座に切り返される。


 見事なまでに、逃げ道が塞がれていた。


『うわー、これは完全にマティルダが悪いね』


(黙ってなさい、リカ)


「――分かったわよ」


 私は観念したように呟いた。


「……それで、その“試食会”とやらは、いつ、どこで、どのような規模で行う予定なのかしら?」


「現時点では、城下の中央広場を想定しています。

 他の発表と同時に行いたいので、詳細をこちらにまとめました」


 そう言いながら、一枚の紙を差し出してくる。


 上部に大きく書かれたタイトル――


 《収穫祭について》


 ざっと目を通すと、そこには次のような内容が記されていた。


 ・ヴァルデン領にて、新たな“祭り”を定例化したいこと。

 ・内容としては、食料の恵みに感謝しつつ、領民が腹いっぱい食べて楽しむ、収穫の祭典とすること。

 ・その場で、料理人ギルドの発足や活動報告や、新たな名物料理となりえるものの紹介を行うこと。

 ・城下町の一角を「自由出店区画」として開放し、領内外から屋台や興行を呼び込み、

  将来的には近隣諸領からも人を集める、一大イベントとする構想であること――。


 そして、その“メインイベント”の一つとして――


 私が、唐揚げラーメンを壇上で試食する、という一文が、しっかりと記載されていた。


「…………」


 改めて紙を見直す。


 計画そのものは、よく出来ていた。


 領民にとっては、一年の楽しみになる行事であり、

 商人や料理人にとっては、新たな商機であり、

 領としても、外貨と名声を呼び込む絶好のチャンスになる。


 ――唯一の問題は、その中心で唐揚げラーメンを食べさせられるのが、私であるという一点に尽きる。


「この話は父上はご存知なの?」


「口頭での簡単な説明のみですが、非常に好意的に捉えていました。

 中でも、“姉上の領民たちのイメージ改善に繋がるのが素晴らしい”と。

 ヴァルデン家が資金を出し、祭りで提供される飲食物を“無料”にしても良いと仰っていました」


「なによ、それは」


 思わず、素の声が漏れる。


 父上らしいといえばらしいが、規模が極端だ。


「しかし、無償で飲食物を提供してしまうと、

 祭りそのものの“質”が落ちてしまうため――」


 レオは、淡々と続ける。


「商人や料理人に対しては審査を厳しくしつつ、

 屋台での出展の場所代や、その日の税を免除する形で執り行おうと思っております」


 つまり、「本気で良いものを出せる者だけを集めて、思いきり稼がせる」という方針だ。


「いかがでしょうか?」


 真正面から向けられた問いかけに、一瞬、返答が詰まる。


 本音を言うのであれば――

 こんな大勢が集まるイベントの、その初回で。

 皆の前で、注目を一身に浴びながら試食など、死んでもやりたくはない。


 だが。


 あのレオが、ここまで計画を立てたのだ。


 昔は、私が手を引っ張らないと、その場からあまり動かなかったレオが。

 暇な時間があれば、ただ本を読んでいるか、黙々と訓練をしているだけだったレオが。

 あんなに、私とは距離を取りたがっていたレオが。


 自分一人でここまで考え、周囲を巻き込み、

 そして――私まで巻き込んで、何かをしようとしているのだ。


 椅子から立ち上がるとき、腰が少しだけ重く感じたのは、きっと気のせいではない。


 けれど、その重さごと受け止めるように、私はゆっくりと立ち上がり、

 レオの前まで歩いていく。


 彼の正面に立ち、その頭にそっと手を載せた。


 少し前までは、私の方が背が高かったのに。

 今はレオの方が大きいため、ほんの少し、腕を伸ばす形になる。


(ほんと、いつの間にかこんなに大きくなっていたのね)


「なっ!?」


 レオはいきなり置かれた手に対し、目を白黒させていた。


 肩がびくりと跳ね、視線があわあわとさまよう。


 そして、顔を大きく下に逸らし――


「子ども扱いは、やめてください」


 と、恥ずかしそうに、しかしはっきりと呟いた。


 耳の先まで、ほんのり赤い。


「レオ、あなたのことを子ども扱いしているわけではないわ」


 指先で、優しく一度だけ髪を梳く。


「これは、“私がしたいから”しているの」


 慰めでも、上下関係を明確にするためでもなく。

 ただ、成長した弟の頭に、今この瞬間、手を置いて撫でてやりたいという――

 どうしようもなく個人的な感情からの行動だ。


「あなたは、私が“物凄くやりたくない事”をやらせようとしているのだから、これは受け入れるべきよ」


 そう告げると。


 レオは、しばらく黙ったまま動かず、ただ私が彼の頭を撫でる時間だけが、静かに流れた。


 指先の下で、柔らかかった髪が、いつの間にか少し硬さを帯びている。

 剣の稽古や外での訓練が増えたせいだろう。

 子供のころとは違う感触に、胸の奥に少しの違和感を感じる。


 やがて、レオが小さく息を吐いた。


「…………やはり姉上にとって、私はいつまで経っても“可愛い弟”でしょうか?」


 ぽつりと落とされたその言葉は、思っていた以上に重かった。


(さて、どう答えたものかしら)


 ふと頭の中で思考を整理すると3つの案が浮かんだ。


 ① いつも通り、「私の唯一無二の可愛い弟よ」と答える。

 ② 正直に、「自信を持ちなさい。危なっかしいところはいっぱいあるけど、頼りになる弟よ」と答える。

 ③ 「家族ではなかったらデートに誘っていたわ。それくらい魅力的よ」と、冗談めかして流す。


(……これが、リカの言う“選択肢”というやつなのかしらね)


 そして、直感だが――

 どれを選ぶかで、この先の未来が変わってしまう気がした。


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