エナドリ
エナドリ――もとい、疑似ポーションの開発を任せていたバートンから、試作品が上がってきた。
小瓶に詰められた液体は、やや琥珀がかった黄金色をしている。光に透かすと妙にきらきらしており、見た目だけなら高級な薬酒のようにも見えた。
ただ、瓶の栓を抜いた瞬間、部屋に甘い香りが広がったため、私はそっと瓶を机に戻した。
「……飲む気になれないわね」
『え、飲まないの? 開発を指示した本人なのに?』
「毒見役は、こういうときのために存在するのよ」
『言い方ぁ……』
とはいえ、毒見役だけでは検証にならない。実際に効果を確認するため、屋敷の使用人や兵士、事務方、庭師、警備兵から試験への参加希望者を募った。
その結果、思いのほか多くの者が協力を申し出てくれた。
そして、試飲の結果は――おおむね好評だった。
「マティルダ様、こちらが疑似ポーションを試飲した者たちの感想をまとめたものです」
報告に来たハンネスが、数枚の紙束を差し出してくる。
私はそれを受け取り、ざっと目を通した。
最初に並んでいたのは、称賛の声だった。
・神の飲み物だ
・金貨を払ってもよいほどの味と薬効だ
・飲んだ直後、身体の奥から力が湧いてきた
・疲労が消えたように感じた
・甘くて飲みやすく、薬とは思えない
なるほど。
試作品としては申し分ない。
少なくとも、飲料としての嗜好性は十分にある。疲労感の軽減も実感されているようだ。兵士や労働者向けの商品としての可能性は、かなり高い。
だが、次の項目へ目を移したところで、私は眉を寄せた。
・あれがまた飲みたい
・仕事が捗るので、ぜひ再度支給してほしい
・あの味が忘れられない
・休憩のたびに支給してほしい
『うわ、もう依存症っぽい感想が出てる。』
リカの声にも、若干引いた気配があった。
まだ一度しか飲ませていない。それにもかかわらず、「また飲みたい」という声がここまで多いのは危険だ。
嗜好品として優れていると言えば聞こえはいい。しかし、領民が日常的に口にする商品にするなら、強すぎる習慣性は避けなければならない。
「薬効は?」
「バートン所長の報告によれば、興奮作用を主体に調整したようです。ただし、ポーション生成時に出る廃液を使用しているため、微弱ながら回復効果も確認されているそうです」
私は報告書の別紙をめくった。
そこには、バートンらしい細かい字で、抽出過程と再利用工程がびっしりと書き込まれていた。
内容に問題はなさそうだが、作ったのがバートンである以上、念のため確認は必要だろう。
「回復効果はどの程度?」
「簡易測定では、下級ポーションの五分の一から十分の一程度とのことです」
「私の見立ても、そのくらいね」
ポーションと呼ぶには弱い。
しかし、ただの甘い飲料と呼ぶには薬効がある。興奮作用と大量の甘味料が加われば、体感はさらに強くなるだろう。
「興奮剤と糖分による高揚感。そこに飲みやすさも重なって、ポーション以上の薬効があると誤認する者が出ているわけね」
『これは売れる。飛ぶように売れること間違いなしだよ』
「ええ。売れるでしょうね」
私は感想用紙を机に置いた。
「だからこそ危険だわ」
使用人や兵士が一度飲んだだけで、これほど強く再支給を望んでいる。
もし、これを何の制限もなく市場へ流せば、短期間で広まるだろう。
「依存性を、もう少し抑える必要があるわね」
「では、改良を命じますか?」
「ええ。興奮作用を弱め、甘味も落とす。回復効果については維持していいけれど、あくまで補助的な要素に留めるべきね」
私は報告書の成分表に目を落とした。
「それと、この甘味料の出所を確認する必要があるわね」
「甘味料、でございますか?」
「ええ。間違いなく砂糖だけではないわ。蜂蜜でも果実蜜でもない。何か別のものを使っている」
「危険なものでしょうか」
「分からないわね」
バートンは優秀な研究者だ。その能力については疑っていない。
ただし、倫理観が人と少しずれている。
彼は、長期的な毒性を軽視する傾向がある。効果が出るまでに人間の寿命の方が先に尽きるなら、実害はないと判断するからだ。
以前も、殺菌効果のある鉱物粉末を食品保存に使おうとしていた。あえて食品をカビさせることで、他の雑菌を発生させないようにする実験までしていたことがある。
彼自身、眠気覚ましのために神経毒を薄めて飲んでいるくらいだ。それをやめるように言っても――。
『致死量には程遠いので安全ですわ~』
と、平然と言い返してくる。
致死量に届かなければ安全、という理論を展開する男なのだ。
「バートンのことだから、何かうまくやったのでしょうけれど」
私は小さく息を吐いた。
「民が口にするものに、変なものが入っていたら困るわ」
『あの人って、そんなマッドサイエンティストの気があるんだ』
「今日の午後一番に会いに行くと、バートンに伝えて頂戴。それから、甘味料の使用記録を確認しなさい。砂糖の使用量、蜂蜜、果実蜜、薬草由来の甘味成分。すべて照合して頂戴」
「はっ! すぐに」
ハンネスが退室すると、私は改めて試作品の瓶を手に取った。
見れば見るほど、よくできている。
薬らしさを薄める香り。
持ち運びしやすい小瓶。
そして、実感できる程度の回復効果。
商品としては、間違いなく強い。
だが、強すぎる商品は、扱いを誤れば毒になる。
『で、マティルダは飲まないの?』
「飲まないわ」
『なんでさ?』
「飲まなくても、何となくの性能は分かるもの」
『いや、味の確認は?』
「それは私の領域ではないわね」
『絶対、飲みたくないだけだよね』
「否定はしないわ。再利用されているとはいえ、元は廃液よ。そんなもの、なるべく口に入れたくはないわね」
『うわぁ。廃液の再利用を自分で提案しておいて、当の本人は飲みたくないってさ。それはさすがにないんじゃないかな』
「庶民向けのビジネスをしろと指示したお父様が悪いわ。それに、ただ甘いだけのものなんて、私の口には合わないもの」
『マティルダも、バートンさんのことをあまりとやかく言える立場じゃないよね』
「彼女より大分私はましだと思うけれどもね。それに、もしそうだとしても、このまま売るわけにはいかないと判断できるくらいにはまだ私の方が理性的よ」
『いや、変に頭が回る分、マティルダの方が厄介だと思うな』
私はブツブツと文句を言うリカを無視し、試作品の瓶を机の上へ戻した。
この疑似ポーションは味や効果だけを見れば、成功作と言っていい。
しかし商品として世に出すには、まだ確認すべきことが多すぎる。
(ま、直接会って色々と確認すれば良い話よね)
そう思考し、大きく伸びをした




