第59話【隔たりを見る】
やがて決勝戦が始まる。相手は3年前に準決勝で外田くんのを倒して全中個人優勝した内海くん。もう、やる前から強いのが分かる。普通に立っているだけで威圧感があるもん。外田くんとの体格差は一目瞭然だ。全中の内容がどうだったのかは知らないけど、今回一度負けた長身屈強な相手に外田くんがどう挑むのか、すごく気になる。
初めて見る内海くんの剣道は理想形だった。粗削りなのが美点に映るような、超々正統派の剣道。分厚い身体で重みのある構え。そこから繰り出される重くて速いメン打ちを中心に、小技や崩しを織り交ぜて試合を組み立てている。
それにしても初太刀から驚かされた。立ち上がりは様子見が多い外田くんに対して、内海くんが放ったのはコテメン。メンの方に意識が良い手疎かになるところを、どちらも振り込みの強度が高い。それは、竹刀をきちんと操作できて、その上半身の動きに振り回されない下半身の強靭さに裏打ちされている。要するにブレがなくて美しいんだ。
初めて外田くんと戦ったときに技の連続に面食らったけど、こういう単純な振りや体捌きといったものへの驚きは尽きないものだ。
そこから激戦が始まった。両者、手数自体は過剰に多いわけではない。だが普通は間合いに入るだけでも、相当な負担が要求されそうな内海くんのどっしりした構え。
それに対して外田くんは、あえて内海くんの間合いに入ってからがスタートといわんばかりに攻め入り、そこから剣先を表から裏、裏から表と蛇が舌をチロチロさせるようにして様子をうかがっている。リーチに劣る外田くんは、その都度細心の注意を払って間合いに入る必要があり、どれだけの胆力を使っているのか相応できない。
一方の内海くんも上半身を無理に伸ばせば、それだけで届く距離だろうが、外田くんの反射神経にバネと瞬間の判断力があって、迂闊に動けない。
それにしても内海くんを見ていると、これが正統派なんだなと痛感させられる。僕が外田くんと構え合ったら絶対に体を捻って、無理に横からねじ込んでいってしまうだろう。
そこを内海くんは、相手が崩れるまでの構えの力で押していく形で、試合を進めている。こういうところに体格はもちろん、性格が出るんだと思う。
だからこそ思うのは、外田くんは我慢強くなったなって。カッカして崩しにかかるだろう頃を様子見しているので思った。
内海くんの圧がそうさせているのだろうけど、それにしても彼なら玉砕覚悟で突っ込んでいきたいのが本音だろうに。そういう短気なところをメンで叩いた僕が思うんだから、彼の成長は間違いない。
そして両者、決め手がないまま制限時間が過ぎていった。おそらく内海くんに戦略の変更はほとんどないんだろう。手先の技は牽制して、大崩れしたところを仕留める方針で構え続けるスタイルだと見た。
対極に外田くんは様々な技を試して反応を確認している。いろいろな角度からのコテ、内海くんが止まったところからツキ。捨て切った技はないものの、データを収集していったのは察せた。
剣道って面白い。当然、自分の地力じゃ及ばないレベルの動きを見て楽しむのは普通に面白い。だけど、僕が一番心を動かされるのは、選手の性格が見えるときだ。
外田くんは、たぶん光誠学園に入る前はひたすら攻め入って、自分主導で相手を動かしたいタイプ。せっかちで気が強いところが如実に表れている。
対する内海くんは、自分に自信があるから、いくらでもゆっくり待てるんだろう。そこは、どっしりした彼の彼らしさか。ただ、この試合は外田くんに入りこまれて、苦しさに喘ぐように小技を放つことがしばしば。
単純に爽快感を求めて観戦を楽しもうとすると、野球やサッカーには遠く敵わないかもしれない。だけど、とにかく性格が如実に表れるから、剣道は面白い。
狭い試合場で、一足一刀の間合いで、右前左後ろの構えで、打つのも防ぐのも1秒にも満たない動作だからこそ、制約が多いからこそ、要所要所に心理が反映されるんだ。
しかし、今回の外田くんは飛び出したい衝動を抑えようと、そして内海くんは構えを解きたい気持ちを抑えようと、苦心している。お互いが持ち味を発揮する好機を探って、自分の持ち味を殺している。
「羨ましいなぁ…」
誰に言うでもなく、口に出してしまった。外田くんが僕と試合していると、彼の苛烈な本性をどれだけ濃く出せるか、躍起になっているように感じた。地力の部分で、僕には確実に勝っていると踏んでいたのだろう。自分の剣道を思う存分発揮できるという自負の上での剣道だった。
しかし内海くんを目の前にすると、迂闊を見せたら命取りになるとわきまえて、我慢に我慢を重ねて待ちの剣道に徹している。外田くんに、彼自身の剣道を曲げさせられる人が、一体どれだけいるのだろうか。少なからず僕は違った。
「ツケェッ」
外田くんがツキをたびたび放って、内海くんの反応を確認しているように見える。これを起点に最後仕掛けるつもりだろうか。内海くんはやっぱりオーソドックスに、構えて構えてドカーンと一発をくれてやろうとしている。これ以上ないくらい策をめぐらせる外田くんと、これ以上なくシンプルな内海くん。
長期戦になると普通はダレるものだけど、緊張が途切れることなく、瞬き一つ許されない時間が続く。徐々に間合いが詰まっているお互いが捨て身に近い技を出すようになった。そろそろ決まるのかな。すらず唾を飲み込んで、喉が大きく動いた。
「ンメダァアア!!」
外田くんの片手ツキの打ち終わり、絶好の機会で追いかけてくる内海くんのメンを避けられる選手がどこにいるのか。いた。外田くんは超反応で捌いて、
「ドォォァアアアアア!!!!」
そして、そのままドウに打って出た。内海くんの右胴が爆ぜ旗が3本翻る。この瞬間、高校剣士日本一が決まり、夏が終わった。
気づけば涙があふれていた。これは感動だ。そして外田くんと途方もない距離があることを感じたからだ。あの渾身のメンに応じて反撃に出られる。それだけで彼我の差の大きさを痛感させられる。
僕が内海くんと試合をしたら、まずメンをどう避けるかから始まる。打たせなくさせることを最優先にするだろうに、外田くんはメンをどう自分のペースで引き出すかを念頭に試合を進めていった。
これなんだろうな、これこそが剣道を趣味にする人間と、剣道で人生を決める人間との到達できる限界なのだろう。
消え入りたい。外田くんに感想を言えと命令されたものの、その資格が僕にあるのか。表彰式、面を取った彼の表情がよく見える。
外田くんに負けた櫛枝くんや菱田くんは、時間が空いたから落ち着いた表情をしていて、やり遂げた男の顔をしている。そして内海くん、案外平気そうな顔をしている。一呼吸入れて、落ち着いているのだろうか。ただ、目は真っ赤だ。あ、外田くんと何かを話している。県大会の表彰式じゃ、そういうことしなかったでしょ。
言葉は頭に浮かぶものの、果たして本人を前にしたら…。無神経にものを言うには、彼のことを、そして剣道のことを知りすぎたのだろう。それも自分の実力以上に。みんなピカピカしている。
やがて表彰式も済んで、群衆は散ってそれぞれが持ち場に行った。僕はまだ家に帰る許しを得ていない。光誠学園の集団を、着かず離れずのところで見ている。外田くんが何を言っているのかは分からないけど、光誠の一団にも僕の存在を気付かれてはいない。
うーん、剣道でそういう間合いを保って相手を観察してきた気がする。人生即剣道です。




