第60話【誰だって勝ちたいし、剣道が好き】
監督さんは上がってこないんだ、とか、あれが外田くんのお母さんか、とか雰囲気で分かるものは多い。そういうのが一段落着いたら、外田くんがこっちに来た。さすがにジッと見続けて、向こうにもバレていたようだ。
「すまん。試合が終わっても立て込んでた」
あまりにも普通な感じで言われて、思わず吹き出しそうになる。
「いや、そりゃそうでしょうよ」
少しほっとした。日本一になっても外田くんは外田くんのままらしい。
「空港でも茶でもしばこうや」
そんなこんなで、彼に引っ張られるままに喫茶店の席に着いた。
「おつかれさま、そして、おめでとう」
という僕の賛辞を無視して、彼は鬼の形相でメニュー表を睨みつけている。えっ、怖い。
「ちょっと、どうしたの?」
「あのさ、ここ、喫茶店だよな」
「そうだよ、メニューだって普通じゃん」
「なるほどな」
「なにかおかしいことあった?」
「いや、問題ない。じゃあ頼んじまうか」
問題大アリなド迫力な顔だったけど…。
とりあえず店員さんを呼んで、僕はブレンドを頼んだ。すると外田くんは
「コーヒー牛乳の並盛で」
漢らしい。男じゃなくて漢だ。
「…えーと、カフェオレのレギュラーサイズでよろしいでしょうか?」
「あんたがそう解釈できたなら、それでいい」
「それです!カフェオレです!」
二人きりで同じ席じゃ、他人の振りもできないので、慌ててフォローした。
「ちょっと、恥ずかしいんだけど。何コーヒー牛乳って」
「お前、俺なんか横文字で書かれてて読めねえよ」
確かにここのメニューは英語で書かれてるけど、小さく日本語も載せられてる。カタカナは見逃しただけだと信じたい。
「俺なんかマシだぞ。うちのクラスで俺より英語できないのなんてざらにいるからな」
「さ、さすがスポーツ校」
「同期の片倉なんかは医学部狙ってるらしいけどな」
「あ、光誠中学上がりだよね。それで光誠の稽古やってるんだから、すごいやねえ」
「俺の嫌いな文武両道だよ」
自分で言っといてなんだそりゃ。
「そんな話はいっか。外田くん、優勝おめでとう」
瞬間、彼の頬が緩む。分かりやすくて可愛いと思う。
「お、おう。まあ手こずっちまったがな」
「手こずったっているか、バチバチだったね。お互いにレベルが高すぎて、コメントのしようがないくらい」
「あ?」
きた。喜ばすのは簡単で、しかも怒らせるのも簡単。というより怒らせないようにするのが難しいのか。地雷はどこ?
「お前、コメントできないって。それじゃ宮崎くんだりまで行って剣道した甲斐がねえじゃねえか」
僕のためにインハイ出たわけじゃないでしょ。話のもっていき方がめちゃくちゃ強引。
「なあ、お前の剣道を見て、お前がマジなやつなのはわかってんだよ。マジなやつのマジな感想をくれよ」
彼が真剣に睨んでくる。怖くて逃げたいのに、ジッと見据えてくる目を、逸らすことが許されないように思えた。
「えーと、なんかさ、僕なんかが言って良いのかな。君の言うところの勝負から逃げた人間だよ」
「話のスタートは言って良いか悪いかじゃないんだよ。お前の言った意見が良いか悪いかが問題なんだよ。資格があるもんでもあるまいし、試合やった本人の俺が感想を聞いてんだしよ」
ここまで言われたら観念するしかあるまい。
「内海くんが羨ましかった。初太刀のコテメン、単純に動作として見ていて、あそこまで練度の高さを思い知らされたのは、君と試合をしたとき以来だった。あんなに自由に竹刀を振れて技を出せたら楽しいだろうなって。あと」
「それでそれで!?」
彼はコーヒー牛乳並盛にちっとも手を付けず、食いつくように続きを促してくる。
「君の試合ぶりを見て、余計に内海くんが羨ましかった。外田くんと話してみて確信したけど、まず剣道が見た感じからしてせっかちでしょ。その外田くんが、自分の毛野津を曲げて、内海くんの間合いに入ってじっくり構える。これをやらせる内海くんが羨ましかった。やっぱり本来の外田くんは、相手を見る時間があっても、最後は自分で仕掛けていって勝負を決めに行くからさ。僕が相手でも、決めるときは鋭く攻めを強めて叩きに来てたよ。そんな外田くんに最後まで我慢の剣道をさせたっていつのが、とても羨ましいと感じちゃった」
思いのたけは吐き切った。どうだい、これを聞いた君は。
「せっかちって。それは俺が2年生くらいまでの話だろ?」
なんと、そこに話がいくのか。
「いや、いまでもそうでしょ。後、ズカズカ入って行って遠慮しないタイプ」
「ええっ?」
柴田くんらは彼に落ち着けとか注意したことないのかな。
「内海くんはがっちりしてて動じないタイプ、というか、ひょっとしたら頑固なとこがあるのかなって」
「俺も内海とはあんまし口きいたことないからわからん。俺は慎み深いから、お前の考察は的外れ。目ン玉節穴じゃねえか」
「僕は君と話せば話すほど、自分の慧眼さに感心すら覚えるけどね」
「ケーガン?睾丸か?」
素直に、こりゃ強いわけだと思う。こういう人として何か欠けていて、突っ込んでいけるところ、それが竹刀を扱う心の純度を高めているんだろうな。
「なんかわかんないけど、わかった。お前やっぱり剣道見るの上手いんじゃねえのか?あの技はこういうやり取りの流れから、こうして決まったっていうのが普通じゃん。それを人柄がどうだこうだって考えて楽しむのは、お前の観察眼じゃないか」
「認めているのやら、いないのやら。インハイチャンピオン様からのありがたいお言葉だね」
「茶化すな。マジだ」
また、キッとマジの眼になっている。
「お前さ、どこの大学に行くんだよ」
「第一志望は本庄大学だよ」
「体育教師になるのか!」
「他にたくさん学部があるからね。剣道で学校名を知ったから言ってんでしょ」
「そうだけど、どうなんだよ」
「…体育学群に入って体育の教師になりたいって考えてるかな」
「いいじゃん!」
「でも、剣道部には入らないよ」
「あ?」
出ました。鬼の形相。
「本庄大って言ったら、学生剣道の最高峰みたいなものじゃないか。僕の趣味程度の剣道じゃとてもとても。」
「じゃあ教師になって何部を教えるんだよ」
「…章領の粉河先背のお陰で剣道のことを深く考えれられるようになったから、そういう教え方をできる人になりたいと思ったり思わなかったり」
「ほら見たもんか!剣道部に入らずに、将来どうやって剣道を教える気だよ」
ああ、うるさい。そういえば僕ら、まともに会話するのは今日が初めてだったはずなのに、この人ときたら。
「本庄の剣道部に入れよ」
「しつこい~…」
「じゃあなんだよ。そう言えば、あのふにゃふにゃした先生、どういうことを教えてくれんのよ」
別方向から切り出してきた。
「僕が最初に衝撃を受けたのが『攻め』についての考え方かな。それまで攻めって言われても、何となく前に出ることかなってくらいにしか考えてこなかったんだけど…」
それから僕はこれまで教わったことを彼に話した。それは考え方であったり、身体の動かしたであったり、弱小中学でふわっと剣道をやっていた当時の僕には目から鱗の指導だったけど、剣道で高校に入った彼にはどう耳に入ったか。
「んなこといちいち考えてやるもんなのか」
バッサリ。
「剣道なんて、ガッといってスパッと打つもんだろう」
「僕なんか、それができないから全国に行けないし、それができるから君は勝ってるんだね」
「なんかバカにしてねえか?」
「そりゃこっちの言い分だよ」
「んでよ。お前だったら、内海とどう戦う?」
え、そんなの気になるの?とは思ったけど、レベル的に場違いな気もしつつ、僕が思っちゃったことをいろいろ話させてもらった。
「…っていう感じで、最終的に間合い感を狂わせて足が止まったとこでメンに跳びこむかな」
一通りしゃべり終わって、僕は息が上がってしまった。いや、焦って話したからだけじゃないだろう。外田くんがどういう風に聞いてくれるか、大きな緊張と興奮がある。
「なんだよ。まだお前も戦ってたんだな」
ドキッと胸が高鳴った。なんなら、腰抜けの戦い方だとか、ボロクソに一刀両断されると思っていたのに。さっきの決勝のような、まさかの一撃が返ってきた。
「戦ってるって?」
「さっき言っちゃったろ、お前が勝負から逃げたって。んで、のんべんだらりと観戦して、偉そうに人間観察してるんだと思った。だけど全然いつ内海とやってもいいように、試合展開を考えてるみたいだからよ。なんつーか、考え方にスピード感があるっていうか、実感がついてきてるというか。いやいや、安心したぜ」
「そんなんじゃないよ。僕はただ、趣味の延長というか、ほとんど妄想みたいな感じで。内海くんみたいなゴリゴリのスポーツ推薦の人に勝ちたいとか、そんなんじゃなくってね。あくまでも真剣に見なきゃ、その人の人間性は見えないっていうか…」
これは本音なのか?自分でも考えないままに、言葉が次から次へと出てきて、それが心から沸き上がっているものなのか。それとも上っ面か。何もわからないけど、言葉が止まらない。
「せからしか!」
急な方言で、僕はポカンとしてしまった。えーと、福岡出身だっけ?意味は知らないけど「止めろ」的な?
「あー…、うんっ。あのな、そういうのは止めろよ。観戦って言い方で距離を置くのは。大体お前は自分とこの先生に憧れて体育の教師になりたいんだろ」
「そうだけど…」
「お前がその先生鍛えられたのは、教えられたのはなんなんだ」
「なにって、剣道だよ」
「だろ。その剣道ってのはなんなんだよ。見るための技術なのか?違うだろ。戦うためのもんだろうが!」
とても順序だてて喋ってくれている。おそらく、きっとこんなに理屈で話す外田くんって、ないんじゃないのかな。
「俺が剣道を始めたのは、悟敬館って道場なんだよ。悟りを敬うって書いて悟敬館」
おっと。どういう話になるんだ。
「すげえ道場名だと思ったよ。館長が悟って名前だからさ、テメエで自分のことを敬えって道場名にしてやがんだと」
確かにそれはすごい。
「そう思ってから今日まで、いったい何年経ったことやら。だけど今日思った。悟を敬えってんじゃなくて、敬うことを悟れってんだとしたら。」
ちゃんと真面目な話のようだ。黙って話の続きを待つ。
「今日、礼儀ってのが分かったんだよ。内海と20分も試合して、全力の限りをぶつけて、向こうからも全力でぶつかってこられて。それで最後、ドウが決まったときに、嬉しいだけじゃなくて、素直にありがとうって思ったんだ。全力で鍛えた力を俺に叩き込んでくれたことに本当に感動してよ。後、その俺らの死闘を見て拍手してくれた観客の人たちにも感謝したよ」
さっきはコーヒー牛乳って言ってた人が…。
「これが悟敬だな、と。敬うことを悟ることかと。俺よ全然人を敬ったことなかったんだよ。いや、形だけならマトモにやってたはずなんだけどさ。改めて考えると、形だけだったんだよ」
彼は恥ずかしそうにして、だけどしっかりと言葉を繋げる。
「礼に始まり礼に終わるっていうのは、俺の本気をぶつけるぜっていう始まりの礼と、お前の本気をぶつけてくれてありがとうなって終わりの礼なんだな」
「いいよ。外田くん、それいい!」
思わず口を挟んでしまったが、いたく感動して、まったくその通りだと思ったからだ。
「だからよ、そういう気持ちでお前に礼ができていなかったなって」
はい?また明後日の方向に話を進めてきたな。
「俺、お前に負けたときに、殺す以外の感情がなかったわ。でもさ、お前に目の覚めるようなメンと、自分の不覚を正されるようなコテをぶち込まれて、正気になったっていうかさ。全中3位の外田から、ただの1年坊やとして剣道と向き合うことができたんだ。で、まぁ、お前は強いって言われるのが嫌みたいだから言い方を考えると、お前は巧かったよ」
「…」
止めてよ。そんなこと言わないでよ。泣きそうなのを隠すのでいっぱいで、苦しい。
「1年の玉竜旗前に顧問から言われちまったよ。勝ったやつが強いわけでも、強いやつが勝つわけでもないって。弱いやつでも勝つんだってさ。ようはみんなひっで試合してんだよな。そりゃそうだわ。当然だわ。俺なんか世界で一番稽古した気でいたけど、そこらへんの1回戦ボーイでも試合になったら、勝ちたいって必死になってたわけだ。だけど、お前に打たれるまで、俺はそんな当然のことさえ知らなかったんだよ。悟敬館出身だってのに、鼻糞ほども相手を敬ってなかったんだよ。なっはっは」
自虐して見せてるけど、僕は心から素敵だと思う。こういう風に、素直に物事を考え直して、素直に受け止めるところが、彼の人間として魅力なんだろう。
「そこから自分の剣道を見直して、相手を叩きのめすためだけに、自分の良いところだけを出そうっていうんじゃなくてよ。相手がどういうやつなんだっていうのを考えて、考えに考えて剣道をするようになったんだ。お前なんか俺をせっかちって言ってくれたけどよ。まぁ、そんなのはいいとしてな。お前と出会わなかったら、俺の剣道の幅はもっと狭かったろうし、そういうクチャクチャした感じのことだけじゃなくて、単純にお前と剣道するの楽しかったしな。あー、なんか話がまとまってねえかな?」
「い、いや…。そんな、僕の方こそ地元でもちんちんくりんなのが、外田くんみたいなすごい選手と試合出来て光栄だったよ!こっちからお礼を言うべきだったね」
感謝の気持ちを100分の1ほども伝えられた気がしないが、とにかく彼の言葉が嬉しかった。お陰でみっともないほど狼狽えてしまったが。
「そうだ!礼を尽くせよ一場」
は?熱くなった目頭を急速冷凍されてしまった。
「俺たちのできる一番の礼儀って何よ?一場先生よ」
これだ。こういう茶化しというか、煽るときこそ彼の真骨頂がうかがえる。さっき良い人みたいに思ったけど、やっぱり、こういうのが彼の本領を発揮できるんだろう。憎たらしいほど生き生きしている。
「なんだろう。感謝のお手紙を送るとか?」
「なんて?」
ああ、今の外田くんの表情は、殴りたい表情だ。これが最適な表現。
「センセイ様よぉ。剣道なんだから最初と最後の礼だろ。9歩の間合いのやつ」
「もう。意地悪しないでよ。それがなんなの?」
「だからよ、前に試合でやったとき、俺はお前に真に心のこもった礼をできてなかったんだよ。だから、改めてやりたいんだよ」
「えーと。それって…」
「つまりよ。やろうぜ、剣道!」
はぁ~。そこに持って行ったか。しつこい。そりゃ内海くんの間合いでしつこいくらい構え続けられたわけだ。
「繰り返すようだけど、お前、剣道続けろよ。本気で競技レベルの剣道を」
「ごめん。それだけはできないよ。特に本庄大学なんて」
天下の本庄大学に、そもそも入試でコケるかもしれないし、入れたとて、確か噂だと春合宿で新入生は相当絞られるとか。そういうきゅふはもちろん、全国から高校の実績を上から順に推薦するようなところで、僕のようなthe一般生はレギュラーを目指すどころか、入部することすら烏滸|おこ|がましいのではないか。
「本庄は確かにヤバいよ。うちの卒業生でも春合宿で脱糞した人がいらしいし。でもよ…」
でもよ、じゃないだよ。脱糞?聞き逃せないよ、それ。光誠で3年間やってきた人が脱糞って、僕なんかは本当に死ぬんじゃ…。
「でも、春と寒稽古以外は普通に理論的な稽古をしてるらしいぜ。あと一般生でも選手選考は平等みたいだし」
さすが伝統ある高校。次々と僕の知らない情報を出してくれる。お陰でますます剣道部に入りたくなくなってきました。
「なんかくどくど情報を並べてもしょうがないな。俺が言いたいのはな、お前にちゃんと『全力でぶつかるからな』って礼をして、『お前の全力すごかったぜ』って礼をして終わる試合がしたいんだよ。だって、あのときの俺は、自分が緊張しているのをお前が格下だって思いこむことで緩和しようと必死だったからな。悪かったけどよ、やっぱこれじゃ礼儀もクソないだろ。礼儀がなくて全力をぶつけあえたライバルだって言えやしねえだろ。だからこそ、今度こそちゃんとしたいんだ。それには本気で俺を倒すための稽古を重ねてきた一場じゃなきゃダメなんだ。」
「そんなの、それって外田くんの勝手じゃないか」
逃げられないほど強い言葉で捕まっているのに、それでもその手を振り解こうとした。
「当たり前だわ!」
だけど、もっと強い力で捕まれる。
「お前な、俺がどんだけお前のことを、この高校生活で考えてきたと思ってんだ!死ぬほど気にかけてきたんだぞ!来る日も来る日も、お前に見透かされたように打たれちまうんじゃないかって、いくら稽古しても疑心暗鬼になってったんだよ。それがお前のフェードアウトで終わるって、ねえだろ!」
彼にここまで言わせた。彼を独り占めしている幸せ。打っても打っても、一場は外田くんの格下だと思ってきた。それが彼の口からライバルだと。ひょっとして、ひょっとして僕はもう既に…。
「でも、やっぱり怖いよ」
「じゃあなんだよ。俺が本庄に行って、お前の世話してやりゃいいのか」
「ちょ、それは気持ち悪い!」
大きな声で視線を集めてしまい、赤面して小さくなった。
「だよなぁ」
弱っている僕に、外田くんはニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
「そういう男だよな、一場は。だからよ、やるしかないんだよ。俺がお前に剣道教わった第1号だから、お前は俺を捨て置いちゃいけないんだ。へへっ。そういう関係でいこうや、なぁ」
「僕が君に教えたことなんてないよ」
「あるよ。そうじゃなかったら、俺の高校剣道を全部否定することになっちまう」
「そんなの…、光誠学園で培ったものが君のすべてだ」
「お前と剣を交えて悩まされたこと、向き合えたことがたくさんある。教科書の読み聞かせだけが先生の仕事じゃねえだろ。お前、さんざん勉強しといてこんなことも分かんねえのか。稽古が足りてねえな」
胸が詰まって言葉が出ない。
「腹くくってくれよ。お前はケガが怖いのかもしれない。前みたいに動けないのが嫌なのかもしれない。それでリーチが足りなくても、身体が強くなくても、勝ち上がれるのが剣道だろ。もう一回戦ってくれよ。俺と、お前自身と」
「でも、やっぱり…」
「いいじゃねえか。仮に負けたって、負けても学んでいけるんだよ。真剣で切り合ってんじゃなくて、剣道なんだからよ。そこで学んだことを教えてやりゃいいんだ。」
「負けるのを容認するの?勝負に徹するのが君の剣道じゃないの?」
「そりゃ、俺はな。俺は勝たなきゃ気が済まない。だけどそれがなんだってんだ。剣道ってそんな小さいもんじゃないだろ。お前は何が面白くて剣道してたんだよ」
「それは、なんだろう。その、打ったり打たれたりする緊張感が楽しいし、どう打つかってところに個性があるから面白いって思うよ」
「そうだろ。それも剣道なんだよ。俺の考え方も、お前の考え方も剣道。それに良いも悪いもクソもねえ。剣の道はでっかいんだ」
「僕にはそうは思えないよ。今日の試合で君も内海くんも櫛枝くんも、あんなにすごいのが、僕と同じなんて…」
「お前だって必死だったじゃねえか」
「ッ!」
「俺にカチあげられようが、畳みかけられようが、必死で食い下がってな。それで、ここぞってところをものにしてきただろうが。それができるようになるまで、どんだけ必死に稽古してきたんだよ」
「でも、そんなこと、君らの積み重ねてきた努力に比べたら…」
「いいんだよ。そんなの比べてどうだってんだ。お前が頑張ってきたことをお前が認められない。そうだとしたら、俺が認めてやるよ。それでも納得できないなら、今度はお前が先生になって生徒の努力を認めてやれるようになれよ。今のお前と同じ苦しみを抱える人を助けてやるんだよ」
「難しいよ、そんな大変なこと、僕にできるのかな」
「できるようになればいいじゃねえか」
そうだった。外田恵一には間合いに入られて時点で負けが決まっていたんだ。そして彼は常に躊躇なく言う。
「そのための稽古なら、いくらでも付き合ってやるよ」




