第55話【強そうなのは抜けない】
さて、延長戦。いい加減、こちらから入ってみるか。竹刀で相手の中心を割りながらグッと深く攻め込むと、内海は手先を伸ばして上から被せるようにこちらの竹刀を制してきた。
「カテァッ!」
ダメだ。拳にすら掠らない。ただ内海は俺の打ち終わりに技を出してくることはなかった。ということは、攻められて余裕綽々というわけではないようだ。ただ、決定打につながるような、俺が主導権を奪える一打が欲しい。
「ホヤ、メンヤッテヤァアアア!」
そんなことを鍔迫り合いで考えていたら、逆交差から強烈な引きメン。あぶねっ!こんな技があったか。構え合うのに必死で、鍔迫り合いが疎かだった。次の鍔迫り合いで、こちらも打ち気があるのを見せるために、裏交差から手首を返して裏からの引きメン。威力は弱かったが、内海の竹刀をかいくぐっての一打になる。決める気はなかったが、多少の牽制になるか。
いや、下がる俺に内海が猛然と追いかけて体当たりをしてきた。ライン際で踏ん張ったが、場外に吹き飛ばされた。幸い試合場から出る前に、審判が止めをかけたので反則はなかったが、尻餅をつかされて痛い…。だが効果はあったようで、内海は鍔迫り合いで引きメンを警戒するようになった。
さて、意識を一足一刀で構え合ったところに戻そう。内海の構えはとにかく厳しい。攻めが不十分で牽制のコテを打っても、こちらの打ち終わりに叩かれるのが容易に想像できて、躊躇われる。
表からパシパシ、裏からパシパシ竹刀をはたいて煽ると、内海はそれを嫌って下がる。
「ツキィ、ツイタツキダァ!」
打ち抜くというよりは、当てるだけの一発。だが内海は反撃もなく足を止めて受けた。これだ!やっとやつの痛いところに触れられた気がする。このツキを試合のキーにしよう。
そこからはひたすら構えが長引いたら片手ツキ、ツキを警戒して内海の手元が下がったら、下から拾うようなコテを放った。内海はコテに対しては徐々に返しメンを打つ頻度が増え、ツキに関してはそもそも構えの強度が高すぎてこっちが打つ回数も制限される。
「カテァ…
「オメァアアア!」
今度の返しメンは強烈。本当に終わったかと思ったが、旗は1本で助かった。
「ンダラァアア!」
お返しに、こっちはメンを意識させてからの引きドウ。そら、いい音鳴ったろ。決まんなかったのは、そっちの返しメンとあいこだ。
練り合いは、間合いの攻防は、読み合いは困難を極める。宅に、絶えず緊張を保っている左脚には乳酸が溜まっているだろう。
だが、そんなものを微塵も感じない。沸騰した血液とは裏腹に冴えわたる脳。研ぎ澄まされた感覚神経と、飛ぶような軽い感覚。体育館内のすべての光景を、すべての音を俯瞰して聴き分けできるような全能感。しかし、それらすべてを内海に集中させる。
見てるか柴田、そして一場。この広い会場で俺を押さえつけるのは内海の圧力のみ。ここまで自由で、勝つ不自由な感覚はかつてない。剣道とは、かくも苦しく、そしてかくも楽しいものなのか。




