表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/60

第49話【いた!】

 やってきたインターハイ最終日。

 しかしアップを終えたとき、いないはずの男を柴田が見つけた。

「おい、あれ一場じゃないか?」

「は?何言ってんだお前」

 なんで予選で負けたやつが、いや、出てもいなかった野郎が宮崎くんだりにまで来ているというのだ。試合前に気狂いを起こすのは新浦だけにしてほしい。そう思いながら柴田の指すところを見ると…いた!ひょろ長いのが、観客席からこっちを見ている。一瞬他人の空似かと思ったが、間違いなく一場だ。なんせ目が合っても逸らそうとする気配すらない。



「行ってくる」

「え?もう監督のところに集合しなきゃ…」

「俺ウンコって言っといて!」




 柴田が何かを言いかけたが、無視して駆けていく。い、いない。嘘だろ。また逃げるか、一場!

 いや、対角線の方向にいる。クソ、もう逃がさん。走って走って、肩を掴んだ。


「はっ、はぁ。お前っ、一場。一場…っ!」

 息も絶え絶え、そして言葉も上手く出ない。

「あ、はい。初めまして、外田くん」

 なんだその、気の抜ける感じ。いや、確かに直接口を利くのは初めてだが。


「そ、そうじゃ…ないだろ!」

「まあまあ。落ち着いて息を整えて。ジュース飲む?」

 差し出されたペットボトルをふんだくって一気にあおった。甘え!

「…なんでお茶じゃねえんだよ」

「それは全部飲んだ人のセリフじゃないと思うんだよ」

 ええい。手応えのない返答だ。


「ってかお前、一場だろ。なにしてんだ?」

「何って。君たちの応援…かな」

「はぁ?宮崎までってか」

「おじいちゃんの家があるんだよね」

 なんだよ、ただの夏休みの帰省じゃねえか。なんだか無性に腹が立ってきた。こいつ、暢気なこと抜かしやがって。


「いや、意味わかんねえよ。剣道辞めたんだろ?ママに言われてよぉ」

「あ、なんかうちの先生に聞いたんだって?それ知って嬉しかったんだよ。僕のこと興味あったんだなって」

へへへ、と一場はふやけた麺のような笑顔を浮かべている。こいつには煽りや皮肉は通用しないのか。


 悲しくなってきた。こんなやつのことで、俺は四六時中頭を痛ませてきたのか?

 正直、一場のことを見直したところだった。こいつはこいつなりに悩んだ末で剣道を辞めて、それでも悔やみきれないから宮崎で俺たちの叩く姿を見に来たもんだと思った。こいつの家庭の事情がどうだとか、スポ薦じゃないやつらの熱意なんて光誠じゃ知りようはないが、それでもあの剣捌き、あの姿勢は本気で剣道をやってきた人間のものだと感じていた。それをこいつ、へへへって。

 がっかりだ。試合前にモヤモヤを残すのもアレだ。そういうわだかまりを吐けるだけ吐き捨てて、さっさと試合場の方に行こう。


「そうか、これを言われてへらへら笑ってやがるんだな、お前は。お前にとって剣道は、親に辞めさせられても構わないし、夏休みにジジイの家に行ったついでにふらっと観戦するようなもんだったんだな」

 言うだけは言った。柴田は徳田をごまかし切れてるのか。


「そうかな?外田くんにはそういう風に見ていたの?」

 口調は穏やかなまま、しかし一場は明らかに感情的に言葉を発している。

「何が言いたいんだよ」

「僕はさ、君と初めて試合をしたときに、剣道って何なのかを教えられて気がしたんだよ。それに剣道を通じて君という人間がどれだけ真剣に剣道と向き合ってきたのかが、これでもかっていうくらいに伝わってきたんだよ。僕はそれまで、そこまで本当の意味で真剣にやってこなかったから、君の実績は知らなかったけど、そんなことを聞く以上に君の人間としての強さが伝わってきたんだ。竹刀を合わせたことで」


 なんだこいつ、すげえ喋ってる。


「僕、こんなこと初めてで嬉しくって。こんな本当の意味で稽古に打ち込んできた人に勝てたのが。それと同時に、いい加減な気持ちで稽古してきた、僕の人間性は外田くんにどう伝わったのかなって、恥ずかしくなっちゃって」


 なんだよ、お前。なんで泣きそうなんだ、俺も。


「それで、一生懸命君に恥じないように頑張って、次はいつ戦えるかなって…。そういう気持ちが少しでも君には届かなかったのか?」

「いや、その…。すまんかった。そうか、お前も剣道好きだったんだな。すげえ強くても毛野津に興味ないやつだと思っていたから…その…」


 どう続けたらいいのかわからずに口ごもる。


「急に変なこと言ってごめん。っていうかもう試合だよね!行ってきなよ」

 なんだろう。ひょろいやつが急に熱く語りだしたと思ったら、元の状態よりもしぼんだ感じになってやがる。こいつ、このまま消えてなくなっちまうんじゃねえか?

「あー、おい。お前、最後まで見てけよ」


「見るよ。なるべく長く見たいから、決勝まで頑張ってね」

「いや、そうじゃなくて」

 一場のやけに真っ直ぐな瞳が不思議そうにこちらを見つめている。当然向こうから逸らされることはない。


「お前とは最後、試合ができなかったろ。今の俺がどういう剣道をしているのか、どう見えるのか知りたいから。だから、話がしたい。感想を教えろよ!だから俺が負けるまでっていうんじゃなくて、勝手に帰るなって言ってんだよ!」

 思わず声が大きくなる。




 深呼吸よりも大きく、一場の瞳が揺らいだ。それでも俺から逸らさなかった。やっぱりいい根性してやがる。それだけで十分。俺は来たときよりも落ち着いて会場へ戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ