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第38話【燃え尽きないし真っ暗】

 インハイを目前に控えながらの最大規模の剣道大会、玉竜旗が今年も始まった。序盤戦、本来なら温存する正先鋒の倉富を初戦から起用する。この大会は勝ち抜き戦で、5人抜くごとに賞が与えられるからだ。


「ドウワァアア!」


 適当に鍔迫り合いで仕掛けてからパカーンと気持ちよく引きドウをぶち込む倉富。


「審判テキトーすね」


「当たり前だ。そんな神経尖らせて見る対戦じゃないだろ」


 そりゃそうだ。地元福岡の良く分からない高校と神奈川1位じゃ、地力に圧倒的な差がある。それに500近いエントリーがある。さっさと捌いてしまわなければ、日が暮れてニワトリが鳴いてから布団に入るようになる。俺も去年はアホみたいに簡単に1本が入るのに驚いたもんだ。


 それにしても、引きドウの基準がザルすぎる。手元が上がってなかろうが、音が鳴れば1本。試合というよりは、お片付けな感じが否めない。それが2日目まで続く。


 問題は最終日、6回戦に起きた。ここで勝てばベスト16入り。相手は福岡の東太宰高校。ここ最近はインハイの出場がないものの、激戦区福岡で県大会ベスト4常連校でまったく油断ができない相手だ。


 とはいうものの、やはり実力通りなら光誠が勝つだろう。その考えは当たっていたようで、次鋒の柴田が相手の副将と引き分けて、新浦が大将の黒沢を相手にしている。相手は先鋒から副将までの4人に比べれば動きのキレに違いがあるものの、普通に考えて今の新浦なら、引き分け以上に持ち込むのは至難と言うほどでもない。


 新浦が余裕を持って間合いを潰し、鍔迫り合いに持ち込む。黒沢がかなり強引に間合いを切ろうとするのを、そこまで不自然でもない動きでくっつく。


「やめ!」


 主審が止めをかける。


 あれ?まだ開始1分くらいしか経っていない。時間空費と言えるほどのこともしていないだろ。 コートの中心に集まった審判団はなんの確認をしているのだろうか。


「反則1回」


 しかし俺の考えとは裏腹に新浦に反則が言い渡される。しかし新浦はこれで気を動転させることもない。その立ち上がりに


「ッタ、メェエエン!」


 上手い!新浦は初太刀で相手がコテに潜るのを見越して、相コテメンを打ち込む。部位は完璧にとらえたが…。突っ込んだ黒沢に体当たりでライン際まで押し込まれて、審判の止めがかかった。


 惜しい。というか、審判はさっきからこっちに辛くないか?柴田の引き分けだって一本になりそうな当たりを2つか3つ取り消されたし、逆に東太宰の選手の技は軽かったり打突部位から外れていても、簡単に旗が上がる。


「合議」


 そう考えていると、試合は再開されずに審判団の合議になった。


 なんだ?新浦が場外に出される前に、審判が止めをかけていたから、場外反則はない。ということは新浦ではなく黒沢が強引に押し出そうとしたから、公正を害する行為で反則になるのだろうか。


 合議が終わって審判らはコートの中心から各々の立ち位置に戻る。すると反則を示す動きで、パッと旗が斜め下に向けられる。その旗の色は…


「反則2回。一本あり。二本目!」


 なんと新浦の方だった。嘘だろ。目を疑った。


 ただ新浦はこれを予想していたのか、落ち着いて反撃を試みる。まだ試合時間に余裕がある。もともとの新浦の持ち味だった柔らかい剣捌きで黒沢を追い立てる。


「メンダ、トァアアア!」


 竹刀を巻かれて崩れた黒沢を追いかけて向かって右側のメンを打つ、と見せかけて手首を返して反対側のメンを打つ。決まった。いや、ダメだ。威力も体勢も完全なのに審判の旗は1本たりとも上がらない。


 ブザーが鳴った。新浦が負けて俺の出番。東太宰寄りの判定をしていることは確定的だ。こんな露骨な地元贔屓の中でやれってんですか。


「セヤラ、メンワア!」


 試合開始と同時に間合いを詰めると、力尽くで相手の首を竹刀の根元でガツンと押し、体勢を崩したところで渾身の引きメン。そして審判は…ピクリとも旗を動かさない。


 クッソ!初っ端でこの会心の当たりを無視されたら、もうどうしようもない。開始10秒で、引き分け狙いに照準を合わせた。ただしチンタラ構え合う気も、ひょいひょい下がる気もない。こっちからガツガツ仕掛けて黒沢を防戦一方にさせて終わらせる。


 試合時間残り30秒ほどになるまで、この目論見通りに事は進んでいった。何かの間違いで触られるわけにもいかないので、こっちも楽ではないが、もともとは機動力が身上の剣風。前衛のみんなが序盤戦で頑張ってくれたこともあり、体力にはまだ余裕がある。


「コテェッ」


 黒沢の苦し紛れの一打が俺の鍔元をカシャンと叩く空しい音が響く。んなもん決まるかってんだ。


「コテあり」


 は?我が耳を疑うような一声。思わず周りを見ると主審と副審の片方が旗を上げている。2人が支持したことで、今の当たってもいないコテが1本になる。そんなバカな。


 慌てて取り返しに行こうにも、俺に残された時間はあまりにも少なかった。


 これはマズイ。


 そして矢野も負けた。延長戦、慎重に慎重を重ねて、下がる黒沢を追いかけての相メンはどこからどう見ても矢野のものだった。何なら相手の方は剣先が逸れて当たっていなかったかもしれない。それなのに3人の審判が支持するのは黒沢の方だった。




 そういうわけで、徳田は今まで見た中で最大級のフラストレーションを溜めて、試合場から消えていったのだ。八つ当たりするタイプでも、審判を味方につけろと理不尽なことを言うタイプでもなくてよかった。


 こうなると、気持ちに残るのはただガッカリしたということだけ。実力通りにいかない理由。それはこちらの精神的な問題でも、相手の技術や作戦と言ったものでもない力にあるときも多々。今年の玉竜旗は、まったくもって不完全燃焼である。

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