第29話【十分勝ったけど】
転機を迎えたのは小学3年生のとき。県下最大規模の大会の個人戦低学年の部で、見事優勝した。それまでは余り剣道の勘所をつかめてはいなかった。しかしこの日、試合をするごとに剣道の動きと考え方がみるみる内からに降って湧き上がったかのように身に着いたのだ。
このときの田川の言葉が今でも心に残っている。
「恵一。努力ゆうのはコップに水を注ぐがごたる。最初はコップに水が溜まっていくだけやが、それがあるときいっぱいになってコップから水が溢れると。これが成長の瞬間や。グラフみたいに斜め一直線に成長はできんと。あるとき、溢れるように一気に伸びるんや。だから上手くいかんでもキツイ稽古を必死にやってきたお前は正解なんや。お前が強くならんで誰が強くなると俺は思っとった。よかったな。自信持て!」
偉く不器用に力強く、しかし温かみのある手つきで頭をガシガシ撫でられて涙が出た。
それからは生来の負けず嫌いに加えて、勝つ喜びに背中を押されながら稽古に励んだ。その結果小学6年生では道場連盟主催の全国大会では団体でベスト8、個人では16になった。
「恵一、足や足!」
そして中学に入学しても悟敬館で稽古をした。というのも地元の中学は名ばかり剣道部で、放課後はみんな悟敬館に直行、小学生組より激しく基本稽古をやってから大人との地稽古で磨かれた。
そして中学2年になる頃には九州では敵なし。事実2年生で全中個人戦では個人で3位入賞。負けたのは3年生だ。
このまま上級生が抜けたら俺の順番。3年になったら当然日本一になれる、そう思っていた俺の前にあいつが立ちふさがった。
「ぅおがぁあああ!」
こいつは本当に中学生なのか。頭一つ違う。北海道はデッカイどうっていうけど、デカすぎだろ。
タッパが違ったらまずこっちからさっさと間合いに入らないと。ダメだ、メンが伸びるから迂闊に入れねえ。チクショウ。とりあえずコテで潜り込んで…。
「カテァッ、メダアアア!」
おい、お前、コテメン打てるのかよ。
パパンッと気持ち良いくらいの相コテメンをぶち込まれて、俺の全中個人戦は2年連続準決勝で沈んだ。




