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第30話【さようなら、義務教育】

「おい、話がいくつか来とっとーよ」


 内海に負けて消沈してるときに、まったく無神経な物言いは田川によるもの。来とるというのは高校からの推薦の話だった。


 俺に話を持ってきたのは地元福岡だと南和大福岡、新小倉、大濠天知大、嘉西。北信越は上越商業。東海が小桜。近畿は久遠山くおんざん。東北と北海道はゼロ。関東が短大浦安と、そして光誠学園。


 正直、寮生活ができるとは思わなかったから、福岡の学校にするつもりだった。一応形だけと見学させられていくつかの学校を見て、たった一つ、心が魅かれた。


「おんなじ学校の生徒なのか…?」


 思わず口から出てしまった感想。生徒たちの剣風がてんでバラバラなのだ。


「ここはどういう方針でやってるんですか?」


 案内をしてくれた人は部長の大島だ。


「うちは個人の裁量を重視してます。全体練習では練習試合で多く見られた欠点を稽古に取り入れることはありますが、ほとんどは鍛える稽古が中心です。その代わり細かい技については個人練習でしっかりやらないとレギュラーは取れないでしょう。そしてその点については、そう言った方針でもサボらない子にこちらから声を掛けさせてもらっています。残念ながらそのことを理解しきれていない子は少数いますが、伸びる子は確実に他の高校に行くより伸びることは自信をもって言わせていただきます」


 古い言い方かもしれない。ビビッときた。これだよ、これ。俺はこういうのを求めてたんだ。やるやつは勝手に強くなる。そういうのを待っていたんだ。努力はコップに水を注ぐがごたる。


 光誠学園の見学から帰ってまずやったのは謝罪。ほぼ決まりかけていた大濠天知大に行って頭を下げに行った。


「当然うちとしては君のことを未来の主力としてチーム作りをしていくつもりだったけど、君自身の気持ちが最優先されるべきだ。非常に残念だけど、是非とも進学先でも頑張ってください」


 先方は非常に物分かりが良かった。いや、良すぎやしないか。張り合いがねえな、というのがそのときの偽らざる心情だった。想像では引き留められるのを振りほどいて、日本一になるまでは二度と故郷の地を踏めないだろう、ってくらいのストーリーを思い描いていたのだが。

 今考えるとかなり自分勝手なものだが、そういう面倒くさい年頃だったのだ。




 さて、そういうわけで光誠学園に進学することが割とすんなりと決まったが、その前に田川から最後にいいことを教わった。


 それは年明けのある日のこと。俺は少し風邪気味だったので稽古を休んだ。実は悟敬館の稽古を休んだのはこれが初めてだった。次の日、道場に着いたところで田川に引っ張られて師範室に連れていかれる。


「なにしとっとかぁ!」


 …唾が飛んできて汚ねえよ。


 当然の怒号。とはいえ、まさかここまでキレるとはな。


「あのな、なんで稽古するんや?」


 単なる説教かと思いきや、急に問答かよ。


「上手くなるためです」


「そこがまず違うと。稽古で上手くなるわけやなか」


 なんだよ。面倒なジジイだな。


「稽古で上手くなるなんて、虫が良すぎる。ばってん稽古は毎日せなならん。せやったら稽古で何を得られるか。癖や」


「はあ」


「稽古の意味は、剣道の動きの癖を身に着けるところにある」


 田川はゆっくりと説くように言葉を続ける。


「お前、昨日稽古せんで剣道の動きをしたか?竹刀を振る動作、すり足や踏み込みに近い動作をしたんか。しとらんやろうが?なあ」


「はい」


「普通に生きとって剣道の動きは不自然な動きや。基本姿勢が右手前右足前。こんなんで歩くやつがどこにおる。追い込みするくらいなら走るやろ。なんや冴えって、ぶった斬らんのかい。なあ、剣道って不自然な動きなんや。不自然な動きを自然にするにはどうしたらええんよ。癖にするしかないやろ。癖にするにはどうしたらいい?毎日毎日やるだけや」


「は、はい」


 なかなかわかりやすいじゃないか。


「日常生活からしたら剣道の動きは正直いびつな癖や。剣道で言う三所避けくらい癖や。ばってん、三所避けやったらある程度本能的な動きやカラ、訓練せんでも自然に出るやろう。上から物が降ってきたら腕を上げて逃げようとするもんな。繰り返すが、剣道の基本動作はそうでない。不自然な動きを癖にしていくことが目的なんやから、それで技術向上やなんやっていうのは、ちっと虫が良すぎるわな」


 剣道するのにいい癖ってのは上手くなるのと同じなんじゃねえのか?


「昔のお前はこれを分かっとったように思うけどな」


「え?」


「小学生で始めたばっかりの頃なんて、いくら勝てんでもボロボロになろうとも、休まんで稽古に出とったと。勝って楽しいうちは頑張るやつなんて腐るほどおる。お前はいつかの個人戦で勝つ前やってバカみたいに毎日稽古しとったと。俺はいつも不思議やった。こんなガキが勝てもせんで毎日毎日、頭がおかしくて道場に来とるんやないかって。でもその結果やろ。努力が実ってガッと勝ち上がって、それでヤル気になったのはええことやけど、一番お前の誇るべきは狂ったように勝ち負け関係なく稽古に出続けたことや。今の剣道で内海とはどうやったんや。通用せんかったやろ。神奈川行って休み休み稽古して、これまで悟敬館で身に着けた癖は抜けるのか?お前、大濠天知の先生に光誠学園でも悟敬館丸出しの剣道で内海に負けましたって3年後に胸張って言えるのか?引退したからって抜くようなやつなら、今から俺が光誠まで行って、頭下げて進学の話はなかったことにしてもらうぞ」


 この言い分は相当胸に刺さった。


「すみません。先生の言う通りです。これからは気持ちを入れなおして、自分を見つめなおしながら神奈川に行く準備をしていきます」




 それからというもの、日々の稽古はもちろん、田川のツテをたどって出稽古にも積極的に行くことで自分を磨きなおした。 努力はコップに水を注ぐがごたる。


 充実日々を過ごして、まったく俺の中学校生活最終盤に抜かりはなかった。だからこそ高校入学から2か月後に、同じ1年生に負けて、自分が光誠学園のインハイ出場を途絶えさせることになるとは少しも考えていなかった。


 違う違う。また一場にやられたことを思い出しちまった。なぜ俺がこれまでのことをいちいち回想したのか。


 とにかく俺が稽古に身を入れられてないのはダメだ。それで振り返ってみて、答えとしては稽古は続けなきゃいかんもの。で、その理由としてまあ、俺がサボるといろんな人の顔に泥を塗っちまう。これ、案外俺にとって大事なことだ。思い返してみたら田川のジジイのお陰でここまで頑張れたっぽいし、ここでコケたら光誠学園は才能のない1年を出して心中したってことにもなる。


 そして選抜に出たら内海にリベンジするチャンスもある。これだ。これで納得させるしかない。とにかく狂ったように稽古に出るのが俺の誇れるところだとは田川のお墨付き。


 まあ、やってりゃ勝ったり負けたりで気持ちもまとまってくるだろう。肝心なことは続けることだ。

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