第五話 ルイーズのチーズ作り
俺がヒーロー男爵領で、石炭を探して、山歩きの毎日を送っている頃。
我が愛しの妻レイネは、侍女のアイリスとともに、フィンレー男爵領にいた。
フィンレー男爵領の領都《バイキング村》は、杜のくまさん鉄道北上線の終着駅だ。
俺達がスカンジナ地方に到着してから、一週間後、鉄道の貨車で、30頭の牛が運ばれて来た。うち、雄は5頭。あとは乳牛だ。
フィンレー男爵領には、酪農を広めるよう提案し、そのモデルケースとして、《ルイーズ農場》を造ることにしたのだ。
農場の設営は、イシスタ領で、レイネも経験済みだし、ルイーズも農業学校の研修で、酪農を経験している。
おまけに仕組んだような話だが、アイリスもまた、酪農家の娘なのだ。
ここに、最強の《酪農三人娘》の誕生である。
レイネは、製材所を訪ねると、用意してきた設計図を渡し、パネルの制作と、パネル工法による畜舎の建設を依頼した。
ルイーズは、領内からライ麦の藁を集め、また、餌となる雑穀も集めた。
アイリスは、畜舎ができるまで、牛たちの放牧を担当し、牛たちの長旅の疲れを取ることに、気を配った。
牛たちが到着してから、一週間後には畜舎が完成し、乳牛の飼育が始められた。
牛たちを畜舎に移して、3日目から、牛乳の搾取を始めた。酪農家を目指す12人の領民を指導し、餌の作り方、与え方、畜舎の清掃、換気の仕方、そして搾乳のやり方を指導する。
「牛の後ろに決して回らないこと。牛に蹴られたら、死ぬかも知れないわ。」
「牛乳を搾るときは、強くもなく弱くもなく、お乳を掴んでね。」
「牛を怖がっちゃだめよ。牛はわかるの。怯えてる相手には、凶暴になるの。」
「レイネ教官、畜舎の壁。こんなに広く開けて、牛たち冬は大丈夫なんでしょうか。」
「牛はね、寒さには強いのよ。冬は雪の吹き込む風上の壁だけ閉じてやればいいわ。
それとね、ルイーズ。教官呼びは、やめてくれないかしら。皆が教官って言うの。誰も奥様と呼んでくれないのよ。」
「さて、講義の時間です。教官呼びは、やめてくださいね。私は、ただのコウジさんの妻ですからねっ。」
牛から搾乳した生の牛乳を煮沸消毒すること。そのやり方。
生の牛乳から、バター、生クリーム、チーズを作る方法。皆、真剣に聞いている。
「教官、じゃなかった。レイネ奥様。」
「うふっ、なにかしら。」
「赤ん坊以外に牛乳を飲む人なんて、いないと思うんですが、どうやって牛乳を広めればいいのですか?」
「最初は、試飲をさせて、栄養があるから、病弱な人とかに勧めることね。
あと、牛乳を使ってできるホットケーキやプリン、クッキーなどの菓子を広めるといいわ。
でも、当分。牛乳の量が少ないから、バターやチーズを作ることが優先ね。」
ルイーズが特に力を入れて取組んだのが、チーズ作り。すぐに作れるカッテージチーズから、やや固めのチェダーチーズ、白カビで作るカマンベールチーズ、青カビて作るゴルゴンゾーラ、その他ウォッシュチーズまで、その研究はとどまるところを知らないようだ。
白カビや青カビは、ハーベスト領から持ち込んだものだ。
「アイリスさん、私、カビが食べられるなんて、知りませんでしたわ。」
「そうですね。私もチーズ作りをして、初めて食べましたよ。
コウジ様が言うには、青カビからペニシリンとかいう、万能なお薬も作られるそうです。」
「まあっ、カビって、すごいのね。」
「クリームを作るときの乳酸菌もカビの仲間だそうですから。」
ちなみに、酪農を開始してから、一ヶ月後に王都で、《フィンレー領大物産展》が開催された。
バターやホイップクリーム、各種チーズなどの乳製品に加え、ホットケーキやプリン、それにレイネ伝授の各種クッキーが出品された。
「ねえ、フィンレー領って、王国の最北よね。そんなところに牛が育つのかしら。」
「なんでも、ハーベスト領から牛を送り込んだって話だぜ。だから、できるんじゃねぇの。」
「まあ、ホットケーキもプリンも食べたことのない美味しさだわ。牛乳があれば作れるのね。」
「牛乳を使うと、焼き菓子の味がこうも変わるのね。」
「うわぁ、白カビのチーズだなんて、気持ち悪いわ。」
「食べてごらんなさいよ。カビが嫌なら中味だけ、美味しいわよ。」
「カッテージチーズなら、気持ち悪くないわね。」
「このステーキ試食してみろよ。うめぇぞ。バターで焼いたんだとよ。」
「すごい人だかりね、何なの?」
「生クリームのケーキの試食よ。あなたも並びなさいよ。なくなっちゃうわよ。」
王都で行なわれた物産展は、大盛況だった。
一気にフィンレー領の名前が知られ、酪農の盛んな地域としてのブランドを確立した。
フィンレー産のカマンベールチーズは、高級品の代名詞となるのだが、それはまだ先の話です。




