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秘密の約束と口封じ

 館の窓から三日月が見える。キューちゃんはいつもの特等席で丸くなって寝息を立てている。そのキューちゃんを眺めるわたしの手は、液体で真っ赤に染まっている。



 キューちゃんを見られてしまった。ふたりはキューちゃんのことを知っているのだろうか。

 スレイくんは……特に変わった様子はない。キューちゃんに興味を示してはいるけれど、それは好奇心。初めて見るその白い毛玉が気になって仕方ないという目。わかる。問題はグレイさんだ。「あの動物は」と言った。そして今も、彼の視線はキューちゃんに注がれている。

 わたしはふたりから視線を外さないようにしながら、キューちゃんの元にゆっくり近づき、そっと抱きかかえた。


「ボサノヴァさん、あなたはその動物と……」

「キューちゃん……この子は、わたしの家族です」


 わたしがしゃべると、スレイくんはさっきまでとは打って変わって、表情に怯えが見え始めた。意識したわけではなかったが、とても冷たい、低い声でわたしは話していた。


「あなたたちも、キューちゃんを捕まえようとしますか?」

「ボサノヴァさんは、その動物の事を知っていますか?」


 わたしの声に怯むことなく、グレイさんは質問を質問で返してきた。


「知らない。なんて動物なのか、何歳くらいなのか、どこで生まれたのか、何も知らない。でも、キューちゃんはわたしの家族。それだけでいい」


 言葉を発する度に、わたしの語気は強くなっていった。どうして?わたしはふたりを威嚇したいのだろうか?


 ……また、わたしは同じことをするのだろうか。キューちゃんを、家族を守るために、人間を殺すの?

 キューちゃんを見た人間を見逃したら、この前の狩人のように、他の人間を連れてキューちゃんを捕まえに来るかもしれない。この前はキューちゃんが撃たれる前に人間を止めることが出来たし、外からキューちゃんを見ていたあの狩人も気付いて仕留めることが出来た。でも、何度も何度もキューちゃんが狙われたら。ふたりどころではなく、もっと多くの人数でキューちゃんを捕まえに来たら。わたしが確実にキューちゃんを守りきれる保証なんて、どこにもない。だから、ここで口封じしてしまうべき。その方が結果的に殺す人数も少なく済むはず。


 だけど、そもそも、殺すという選択肢がわたしは嫌だ。吹き出て、わたしに降りかかる返り血。みるみる青くなる人間の肌。終わりに直面したその形相。何を思い出しても吐きそうになる。頭の奥で何かが疼く。

 しかし、わたしは峰打ちのような器用なことは出来た試しがない。戦わず傷付けないか、戦って完全に壊すか、その二択。わたしの暴力は0か100しかない。


 それに、このふたりはここまで、キューちゃんを捕まえようとする姿勢はカケラも見せていない。これまでわたしが殺してきた、キューちゃんを狙った人間たちとは違う。

 何より。グレイさんとスレイくんは、それぞれ家族がいる。

 ……よく考えなくても当たり前なことだ。失ってしまう可能性はあるけれど、最初から家族が存在しない人間はいないはずだ。わたしが今まで殺してきた人間だってそれは変わらない。

 スレイくんの話を聞いて、実際にグレイさんといるスレイくんを見て、その事に気付いた。


 それじゃあ、ここで見逃すの?


 気付くと、わたしはキューちゃんを抱えたまま、手を、足を、身体を震わせていた。



「ボサ姉ちゃん。ボクも、おじさんも、その……キューちゃんを捕まえようだなんて、思ってないよ。ね、おじさん?」


 優しい声で、スレイくんがそう言った。少し間を置いてから、グレイさんも口を開いた。


「ええ。私たちにその動物を捕まえようという意志はありません。ボサノヴァさん、もう一度言います。何かお力になれることがあれば、言ってください」


 敵意は感じない。おそらく嘘はない。しかし、なんとなく警戒心は感じる。そんな声色だった。敵意がないのなら、それでいい。……いいはず。


「じゃあ、約束してほしいです。キューちゃんの事を、秘密にしてください。出来れば、わたしの事も。……わたし、隠れていたいんです」


キューちゃんの存在が知られるのは、危険なことだから。


「わかりました。いいね?スレイ」

「うん、もちろんだよ」


 本当に信じていいのだろうか。今日、一緒に歩いておしゃべりしたスレイくんは、信じたい。わたしの中に信じたいという心が芽生えている。いや、信じていいはずだ。だけど、グレイさん。この人は何か怖い。信用しきれない。

 それでも、口封じなんてやりたくない。わたしがここでグレイさんを信じることが出来れば……グレイさんが約束を守ってくれるなら、全ては丸く収まる。わたしとキューちゃんは今まで通り暮らせるし、グレイさんとスレイくんも無事に帰れる。スレイくんとその家族を殺さずに済む。


「お願い、しますね」


そう告げて、わたしはキューちゃんと一緒にその場を去った。



 館に戻ったわたしは、日中集めた赤い果実を使って、ジュースを作っていた。まあ、果実を潰して溢れた汁をコップに集めただけなんだけど。その過程で手が果汁で真っ赤になってしまうため、ジュースを飲む前に手を洗わなければならない。

 キューちゃんはもう眠っている。すやすやと気持ち良さそうだ。スレイくんと歩いている時はキューちゃんも結構気を遣っただろうし、疲れていたのだろう。

 窓のそばにある椅子に腰掛け、わたしは先程作ったジュースを飲み始めた。あの果実は食べると最初に甘さが来るが、少しずつ酸味が出てくる。ジュースにすると、その酸味は強さを増す。この酸っぱさがわたしは好きだった。

 窓から三日月を眺めながら、物思いに耽る。今日は色んなことがあった。スレイくんは良い子だった。年相応に好奇心旺盛なところはあるけど、言ったことは真面目に守ってくれたし、不安定になったわたしに掛けた言葉には思いやりがあった。また会いたいな。

 そういえば、スレイくんに名前、というかあだ名をもらったんだった。ボサボサ、もといボサノヴァ。今日何度も呼ばれるうちにすっかりこの響きにも慣れてしまった。


 どうして、わたしは何も覚えてないんだろう。ある程度の知識は持っていたけれど、名前も生まれも育ちも家族も覚えがない。そしてそれを、今まで特に悩みもしなかった。キューちゃんと一緒にいると、そんなことはどうでもよく思えたから。でも、改めて考えてみると、キューちゃんと出会う前のわたしが気になってきた。記憶の手掛かり、なんてあるのかなあ。


 気になるといえば、グレイさんだ。少し話しただけだけど、あの人はきっと頭が良い。

 そして、多分キューちゃんがどういう生き物なのかを知っていたし、わたしが人間ではないこともあの走りのせいで気付いただろう。今思うと、あの時のグレイさんは、グレイさん本人とスレイくんの無事を最優先して発言していたんじゃないかと思う。人外の力を持つわたしから、自分と家族の身を守るために。だから、あの場ではとにかくわたしを宥めることに徹していたのかもしれない。嘘でも何でも使って。いや、いや、あの約束が嘘だと決まるわけではない。

 グレイさんは、果たして味方なのだろうか。スレイくんからの懐かれ方を見るに、少なくとも悪い人ではないだろう。でも、今日話した感じでは、言葉にしていない考えをたくさん持ってそうな人だった。本当に、約束を守ってくれるのかな。

 いずれにせよ、今のわたしに出来るのは、ふたりを信用することだけだった。ふたりとも迷子になっていなければ、とっくに街に着いている頃合いだろう。


 約束、かあ。


 睡眠の必要がないわたしの夜は長い。真っ赤なジュースに口をつけながら、ゆっくりとキューちゃんが目覚める朝を待った。


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