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隠してた秘密と伝えたい言葉

 レストランから歩いて5分ほど。そこにある宿屋に、わたしたちは向かった。ふと時計塔を見ると、時刻は午後9時を回ったところだった。


「ここの2階。あそこに窓が見えるでしょう?あの部屋にあいつがいるわ」


 ねえさんが建物の上の方を指差す。その先には、開いた窓があった。閉まっていたら強引にぶち破ったのに、とねえさんはぼやいている。


 わたしはそっとジャンプし、出来るだけ音を立てないように注意しながら窓の淵に着地した。部屋には机があり、ひとりの男がその机に向かっていた。机の上には灯のついたランプが置かれていた。

 とん、というわたしの着地音に男はこちらを振り向いた。いつもの帽子はかぶっていないが、紛れもなくシャグラだ。顎には無精髭が生えてきている。


「こんばんは」

「ボサちゃん。目ぇ覚めたのか」


 シャグラはペンを机に置いてわたしの方を向き、会話をする体勢になった。何かを書いていたのだろうか。

 わたしが部屋の中に入ると、今度はねえさんが窓の淵に飛び乗った。わたしと違い、少しの物音も鳴らない。

 シャグラはねえさんが一緒に来てるとは思ってなかったらしく、驚いて座っていた椅子ごと倒れそうになった。


「こんばんは。昨日の借りを返しに来たわ」


 そう言ってねえさんは包帯を巻いた左腕を掲げる。昨日シャグラの銃で撃たれた怪我だ。


「ああいや違うのシャグラ……構えなくても大丈夫だから。ねえさんも冗談はやめてって」


 銃に手を伸ばしていたシャグラを落ち着かせる為に冗談という事にしたが、多分ねえさんもこれだけはちょっと本気だった。

 普通の武器だったらあれくらい怪我のうちにも入らないのだろうが、銀によってつけられたあの傷は完治するのにきっと何週間かかかる。

 ねえさんはやられたらやり返す性格だ。次に同じような怪我をさせられる事があれば、きっと相手の腕の骨をへし折るくらいの事はやる。


「まあ、私の妹に免じて今回は見逃してあげる。次はないわ」


 そう言ってねえさんは部屋の隅のベッドに腰掛けた。


「……ボサちゃん、あいつ、お姉ちゃんだったのか?」

「うん。……思い出したんだ、全部」


 そうか、と言いながらシャグラはわたしに椅子に座るよう促した。


「……その、すまなかった」


 低いトーンでシャグラが切り出す。


「俺ぁ幸運の薬を手に入れるためなら、何だってする覚悟があった。薬を手に入れて故郷に届けられるなら、どんなものだって犠牲に出来ると思ってた。……だから昨日、ボサちゃんの部屋に忍び込んだ。ボサちゃんの気持ちも、ボサちゃんの家族の命も、踏みにじるつもりだった。だっつーのに……」


 そこまで言って、シャグラは一度深呼吸した。


「そっちのねえちゃんに殺されてもおかしくなかった俺を、ボサちゃんは見逃し、あまつさえ、ボサちゃんは俺に幸運の薬を……」


 シャグラは俯き、頭を抱えてしまった。違う、わたしがしたいのはこういう話じゃない。でも……。


「わたしも同じだよ」


 そっとつぶやく。


「シャグラが屋敷に来る前にも、屋敷に人間が来た事があったんだ。偶然だったけど、その人たちも、幸運の薬を求めていた。……わたし、その人たちを殺したの」


 狩人を殺したことを他人に話すのは初めてだ。さっきねえさんと話した時も、あの狩人の事は話さなかった。シャグラが話し始めてからずっと左腕を弄っていたねえさんが、わたしの方に視線を向けたのを感じる。


「殺したのは全部で3人。最初の1人は、キューちゃんを見つけてすぐに襲いかかった。キューちゃんを守るために、わたしはその人の頭を潰した。その時に付き添いの人がいてね、キューちゃんの事は秘密にするって言うから見逃したの。そしたら、仲間を1人連れてまたやってきた。これ以上キューちゃんの事を広められたら、さらにキューちゃんを狙う人が来る。だから、そこで殺した。それが2人目と3人目」


 こんな話をしに来たんじゃなかったんだけどな。


「わたしも、大切な家族のために他の命を踏みにじってる。だから、シャグラを責めたりはしない」


 むしろ、共感していた。



 話し終わると、途端にシャグラの反応が怖くなった。

 わたしは人殺し。口にしてみて、改めてその事実に直面する。ヴァンパイアとして生きてきたから、生きるための糧として人間を犠牲にした事はある。だけど、わたしの犯した殺人は完全に利害の問題によるものだ。利害のために殺人をする存在を、きっと人間は嫌悪する。忌避する。

 みんなに嫌われたくない。怖い。だから、わたしはこの事を今まで話さなかった。なのに、どうしてシャグラには話してしまったのだろう。


「ありがとよ、ボサちゃん。気持ちがちっとは軽くなったよ」


 シャグラはそう言いわたしに微笑んだ。しかし、その表情に、わたしを忌むものが全くないとは確信出来なかった。


 違う。わたしが望んだのはこんな会話じゃない。話したかった事を話そう。


「シャグラ」


 今までより、少し強い声で呼びかける。ふっとシャグラが顔を上げた。


「わたし、シャグラに謝って欲しかった訳でも、シャグラを慰めに来た訳でもないの。……改めて、お願いをしに来たの」

「お願い?」


 シャグラは首を傾げ、自分の髭をじょりじょりと弄る。

 息を吸って、吐いて。真っ直ぐシャグラの瞳を見つめ、言葉を伝える。


「絶対に、あなたの大切な人を幸せにして。それがわたしのお願い」


 シャグラは目を丸くした。


「……俺ぁてっきり、薬の代償を求められると思ってたんだが。ボサちゃんにあいつは関係ないだろ?それがお願いなのか?」

「関係ないよ。でも、その幸運の薬は……」


 そこで言葉が詰まってしまった。

 キューちゃんが遺してくれた、と言おうとした。だけど、これはわたしの都合の良い解釈かもしれない。

 もう本来の寿命は過ぎていたとは言え、キューちゃんを救わない、キューちゃんを殺す事を選んだのはわたしだ。

 魅了など関係なく、キューちゃんがわたしにとってかけがえのない存在であった事に、今は確信を持てている。しかし、キューちゃんが何を考え、何を想っていたのか、結局わたしは理解する事が出来なかった。


 気付くとわたしは、手を震わせ、涙を零していた。その様子を見て、ねえさんがすぐ横に近づいてきてくれた。


「ご、ごめん……わたしは大丈夫」


 ああもう。わたしは自分の気持ちを相手に伝える事すら出来ないのか。

 そう思った時だった。


「伝わったぜ、ボサちゃん」


 不意に優しい声で、シャグラがわたしに声をかけた。


「ボサちゃんの想いも、薬があのエキュワスの命から作られた事も、俺ぁ忘れねえ。俺ぁ託されたんだ」


 まぁ、その、なんだ、とシャグラは間を入れた。


「無駄にはしない、絶対に応える。責任は果たす。ボサちゃん、そして……ん、キューちゃんに報いる為にも、俺はあいつを助ける。そいつが俺の責任だ」


 そこまで言うと、シャグラはわたしに向かってニイッと笑ってみせた。汚い黄ばんだ歯が姿を見せる。

 綺麗という言葉からは程遠いその表情に、わたしは心の奥から身体中に暖かさが広がっていくのを感じた。




 夜が明ける前に、片付けをしてくるからと言って、ねえさんはこの近所にあるという拠点に行ってしまった。

 わたしはと言うと、シャグラを見送る為、街の関所まで来ていた。


「シャグラの故郷って、ここからだとどれくらいかかるの?」

「んー……まあ真っ直ぐ行きゃあ歩いて10日ってところか。道中運良く方向が同じ馬車でも見つかりゃ楽なんだがな」

「……大丈夫?野道で熊に襲われたり、夜盗に襲われたり……」


 どうしてもシャグラの身が心配になってしまう。そう思っての発言だったのだが、わたしの心配をよそにシャグラは声を上げて笑った。


「あっはっは。ボサちゃん、意外と心配性だよな。問題ねえよ、伊達に何年も旅人やってねえさ」


 それもそうだ。わたしと会うずっと前から、シャグラは旅人をやっているのだ。こんな心配、するだけ野暮かもしれない。それでも、万が一の事があったらという不安は消えなかった。

 きっと、そんなわたしの心配が表情に表れていたのだろう。


「心配すんなって。いざとなりゃ、俺にゃあの薬がある。ヤバくなっても、ほんの一滴力を借りりゃきっとなんとかなる」


 わたしがシャグラに励まされてしまった。ここに来たのはわたしがシャグラを応援するためなのに。それはそれとして、少しとはいえ薬を使ってしまうのはどうなんだ。


 言われた言葉を反芻する。

 力を借りると、シャグラは言った。

 幸運の薬の力、すなわちキューちゃんの遺した力。

 これはわたしの勝手な解釈だし、そして勝手な願望だけど、想わずにはいられなかった。

 キューちゃん、どうかみんなの力になって。シャグラとシャグラの大切な人、そしてその人と親しい人たちを助けてあげて、と。


「お待たせしました。特に荷物に問題はありません」


 シャグラの荷物を調べていた衛兵がこちらにやって来てそう言った。


「そんじゃボサちゃん。わりぃが時間だ」


 別れの時はすぐそこに迫っていた。


「……ねえ、また会おう。今度は、シャグラの大切な人も連れてきて。わたし、きっとこの街にいるから」


 なんだか息がつまる。


「モチロンよ。俺もこの街は結構気に入ったしな。あいつには色んなものを見せてえんだ。あのでけぇ時計塔も、陽を浴びるヴァンパイアもな」

「うん。楽しみにしてる」

「へへっ。んじゃ、またな」


 シャグラが目深にいつもの帽子をかぶる。そのまま歩き出し、門の外へ出て、旅人は振り返る事なく歩いて行った。わたしはその姿を、門が閉じられるまでずっと見つめていた。


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