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これからのこととこれまでのこと

 陽が沈みかけた(と思われる時間)に、わたしとねえさんは部屋から出た。話をしたい人が何人もいる。

 とりあえず最初に、あの部屋を与えてくれた人たちと話さなければならない。


 下の階に降りていくと、アレアさんとマナンさんが会話しているところに出くわした。


「おはよう、アレアさん、マナンさん」

「あ……ボサちゃん!だ、大丈夫?」


 開口一番、わたしの事を心配してくれるアレアさん。近寄ってわたしの手を握りしめる。


「ありがとう、大丈夫だよ。……記憶も戻ってきたし」


 アレアさんににっこりと微笑む。ねえさんはそんなわたしとアレアさんを何故か睨む。そういえば、ねえさんはアレアさんについて、わたしの知らない何かを気付いているんだっけ。


「ちょっとちょっと。あんた、なに私の親友を睨みつけてんの?」


 ねえさんにマナンさんが突っかかる。


「親友?」


 思わず口から言葉が出る。


「うん、私とマナンは学生時代からの友人なんだ」


 私の疑問にアレアさんが答えてくれた。この2人にそんな関係があったとは。見た目だけだと少し歳の差がありそうな雰囲気だけど。


「失礼。特に害意はないわ。そちらが何もしなければ」


 ねえさんがマナンさんに視線を移す。睨みつけるような視線を。


「ちょっとねえさん、やめてって」

「「ねえさん?」」


 わたしの言葉に、アレアさんとマナンさんが同時に反応する。そうだ、これから2人にわたしたちの事情を説明しなければならない。というかねえさん、わたしとの関係みんなに話してなかったの?



「そう、だったの……」


 ざっくりとしたわたしの過去を話すと、アレアさんはそう言って表情を曇らせてしまった。マナンさんは何も言わず指で髪をいじっている。


「そこで、2人に言わなくちゃいけない事があるの。お願いと言っても良い」

「え、お願い?」

「私もかい?」


 2人の視線がわたしに向く。わたしはねえさんの肩を引っ張って、身体を近づけてから2人に言った。


「わたしとねえさんを、もうしばらくこの街に居させて欲しいの。お願いします」


 2人に向けて頭を下げる。仏頂面のねえさんの頭も下げさせる。



 わたしが住処に帰らないための条件、それはねえさんがわたしに付き添う事だった。最初は断ったのだけど。


「もしまたあの晩のように、あなたを狙うヴァンパイアが現れたらどうするつもり?」

「……っ、なんとかする。逃げる。わたしは普通のヴァンパイアが使えない逃げ道も使えるし」

「でも、周りの人間に迷惑がかかるわよ。きっと」


 否定できなかった。何か、いい解決策はないのか。ねえさんへの反論を考えていたところで、追い討ちが来た。


「……私も、寂しいの。お願い、あなたと居させて。私があなたを求めてるの」


 上目遣いでそう言われた。ねえさんの方が年上なのに。しかし、そんなねえさんを跳ね除ける事は出来なかった。

 わたしも、ねえさんと過ごせるのは嬉しいから。



「え、ええっ。お姉さんも?」


 わたしたちのお願いに驚くアレアさん。


「構わないよ」


 即答するマナンさん。えっ。


「えっ、いいの?マナン」

「条件は付けさせてもらうけどね」

「あなた、ヴァンパイアに対して少し態度が大きいんじゃない?」


 マナンさんにまたしてもねえさんが突っかかる。


「ちょっとねえさん、お願いしてるのはこっちなんだから……」

「いやいや失礼、私も思わず上から目線になってたわ。謝ります。キャロさん」


 すぐにねえさんに謝るマナンさん。しかし、そこにはヴァンパイアに対する怯えとか、そう言ったものは感じられない。あくまで、取引をする相手としての態度だ。


「……分かればいいの。それで、条件って?」


 言葉では分かったといいつつも、ねえさんはどこか不満げだ。今後、出来るだけねえさんとマナンさんは会わせない方がいいかもしれない。


「1つ。この街のルールに従ってもらう事。2つ。不定期に私がする依頼を受けてもらう事。たったこの2つです」

「2つ?そのルールとやらは幾つあるの?それに依頼って具体的に何?それによって実質的な条件が幾つにでもなるわ。あなた、人を言いくるめようとするのが癖になってるんじゃない?」


 空気が張り詰めてきた。ねえさん、頼むから穏便にして……。アレアさんも少し怯え始めてるから。


「街のルールはそんなに特別な事はありません。殺すな盗むなと言った当たり前のルールに、この街に税金を納めるとか市民の皆さまと同じような義務を果たしてもらうだけです。依頼はー、今考えているところだと、お尋ね者を捕まえて欲しいとか、見張りをして欲しいとか。具体的な事は考え中です」


 マナンさんは毅然とした態度でねえさんの問いに答える。ねえさんが怖くないのだろうか。


「街のルールを守る、まあこれはいいでしょう。でも、あなたの依頼を受ける?どうしてそんな事をしなくちゃいけないの?見返りは当然用意するのよね?」

「もちろん、依頼に応じて金銭を支払いましょう。それに加えて、あなたたちが街の住民に受け入れられるよう、根回しもしましょう。キャロさんは、良くない意味で有名になってますので」


 そうか。ねえさんは薬局を襲ったヴァンパイアとして街中に知られてしまっている。そんな評判を背負ったままでは、この街で過ごす上でなにかと不都合だろう。

 しばし悩んで、舌打ちをしてからねえさんはマナンさんの条件を受け入れた。


「それでは、交渉成立という事で。ようこそ、ヴァンパイアのご姉妹」


 マナンさんが手を差し出す。ねえさんが応じようとしたが、咄嗟にわたしがマナンさんと握手した。ねえさんがマナンさんの手を握りつぶすか、さもなくば腕を掴んで投げ飛ばすか、そんな気がしてしまったのだ。


 そんなマナンさんとのやり取りを見て、アレアさんはすっかりねえさんに怯えてしまった。わたしからも釈明はしたけれど、一度根付いた恐怖心はそう簡単には取り除けない。一応、わたしの部屋に一緒に滞在する事は許可してくれたけど。


「ところでマナンさん。わたしが眠る前にお願いしていた事は」

「ばっちり、問題ないよ。これでも商人だからね。取引はちゃんと守るさ。あの倉庫に来てくれればいつでも渡せる」


 その言葉を聞いて安心した。これからのわたしに、絶対に必要な事だから。




「ねえさん……どうしてあんなに喧嘩腰だったの?」


 司書さんに会いに行く途中、階段を降りながら尋ねてみた。


「あいつ、私たちを利用する気マンマンだったわ。ああいうのにナメられたら、ヴァンパイアの格に傷がつく」


 そう言うねえさんは、未だに不機嫌そうな表情をしていた。


 司書さんも、わたしとねえさんの滞在を許可してくれた。ヴァンパイアにも強気なマナンさんとは打って変わり、終始及び腰の司書さん相手に、ねえさんはご機嫌だった。


「あなたは賢いわ。きっと長生きできる」


 家族に対してはいじらしい様子すら曝け出すのに、それ以外の相手に対してはこの上から目線っぷりだ。あとで司書さんに謝らないと……。


 外に出ると、すっかり陽は沈み、空には星が輝いていた。ねえさんと一緒に、すぐそこの薬局を目指す。


 中に入ると、スレイくんが店番をしていた。


「ボサねえちゃん!もう元気に、っ……!」


 途中まで言いかけたところで、スレイくんの顔色が急に悪くなる。


「こんばんは、スレイくん?」


 ねえさんが挨拶する。ああそうか、スレイくんからすれば、ねえさんは店を襲ったヴァンパイアという認識のままだったっけ。

 怯えるスレイくんに、事情を説明する。後ろにいるヴァンパイアはわたしの姉だって事。無闇に人に危害を加える事はないって事。


「……ボサねえちゃんが、そう言うなら……」


 そう言うスレイくんだったが、ねえさんと目を合わせようとしない。

 ねえさんが周りの人たちに受け入れてもらえるまでの道筋は長そうだ。


 ところで、本来この店の主人であるはずの人物はどこに行ってしまったのだろうか。


「あの、グレイさんは?」

「おじさんは奥で眠ってるよ。……起こしてこようか」

「ううん、大丈夫。そっとしておいてあげて」


 この時間に眠っているという事は、きっとわたしのお願いのために、あの後寝ずの作業をやってくれたのだろう。

 ちゃんと返そう、いただいた恩を。



「……それでね、わたし、思い出したんだ。失くしてた記憶を」

「そっか、記憶喪失はキューちゃんが……。ボサねえちゃんはキューちゃんの事、どう思ってるの?」

「感謝してる。キューちゃんは紛れもなく家族だったって、わたしは思ってる」


 スレイくんの問いかけに、わたしは即答した。キューちゃんに向けたこの感情が確かなものであると、わたしの中で認める事が出来る。


「そういえば、ボクまだボサねえちゃんって呼んじゃってるけど……」

「いいよ、ボサのままで」

「いいの?」

「うん。スレイくんがくれたボサノヴァって名前、気に入ったの。ありがとね」


 そう言ってスレイくんに微笑むと、スレイくんは顔を赤くして固まってしまった。記

憶を失っていた間は理解してなかったけど、今ならどうしてスレイくんが赤くなっているのか分かる。

 ……苦いな、この感情は。


 その時、奥の部屋から物音が聞こえ、そして扉が開いた。グレイさんだ。


「お邪魔してます、グレイさん」

「すみません、いらっしゃったのに眠っていただなんて。……幸運の薬の事、ですね」


 さすがグレイさん。隠したい事がない時のグレイさんは、話が早くて助かる。


 グレイさんに案内され、奥の部屋に通される。ねえさんは店番を続けるスレイくんとおしゃべりしたいらしい。変なこと言わないと良いんだけど。


 扉が閉められ、机を挟んでグレイさんと向き合う。


「幸運の薬は、無事に出来ました」

「……良かったです。本当に」


 昨晩。わたしがキューちゃんを殺すと決意してからの事。わたしはグレイさんにその事を話し、キューちゃんの血液から幸運の薬を作ってくれるよう依頼した。そして、その薬をシャグラに渡すように、と。

 この時すでに、シャグラがグレイさんと会っていた事で、話はスムーズに進んだ。薬に必要な他の材料は、シャグラが用意した。幸運の薬は、エキュワスの血液以外は容易に手に入る材料から作れるものらしかった。


 グレイさんは棚から一つの瓶を持ってきて、机の上に置いた。中には黄金色の液体が入っている。


「これが、残った最後の幸運の薬です」


 薬を依頼する段階になって初めて知った事なのだが、エキュワス1匹分の血液から、3本分の幸運の薬を作る事が出来るらしい。

 1本はシャグラに渡すとして、残りの2本は?

 そう考えていた時、いつのまにか薬局に来ていたマナンさんが提案した。私が1本買い取る、そのお金でボサちゃんはグレイに報酬を払うと良い、と。

 恥ずかしい話、マナンさんの提案を聞くまで、わたしは報酬の事を何も考えていなかった。そこまで考える余裕がなかったとはいえ。

 わたしはマナンさんの提案を受ける事にした。ついでにその際、マナンさんに別のお願いをした。


「残りの2本は、予定通りに?」

「ええ。旅人は薬を受け取り、故郷に帰る準備を始めていました。マナンからはすでに報酬を頂いています」


 うんうん、予定通りに……。


「故郷に帰る準備?」

「はい。彼は少しでも早く薬を届けたいと言ってました。明日の朝には、この街を出発するのかもしれません」


 そうか、シャグラは別にこの街に住み着いたわけではない。旅を続ける路銀を稼ぐため、街に留まり働いていただけ。そして、旅の目的である幸運の薬を手に入れた。そうなれば、すぐにでも帰りの支度を始めるのは当然だ。


 シャグラが行ってしまう前に、最後に話がしたい。早く、シャグラに会いに行かないと。


「グレイさん。その薬、もうしばらく預かってもらえませんか。わたし、急用が出来ました」

「承知しました。……そうだ、ボサノヴァさん。おととい置いていかれた、狩猟の報酬もありますので、お忘れなく」


 あの熊を狩った時の報酬か。それも確かに大事だ。明日にでも、忘れずに取りに来よう。


 店頭に戻ると、意外にもねえさんとスレイくんは楽しそうに話していた。わたしに気付いたスレイくんが、とんでもない質問をしてくる。


「あっ、ボサねえちゃん。昔はひとりでトイレに行けなかったって本当?」

「ヴァンパイアはトイレなんか行かないよ!ねえさん、何を話してたの?」


 ねえさんは薄っすらとだがにやけが隠せていない。


「あなたのことよ。私からはあなたの昔話を」

「変な事を教えないで!スレイくん、ねえさんの話は信じなくていいから。わたしとねえさんはもう行くね、バイバイ」


 ねえさんの腕を引っ張りながら、スレイくんとグレイさんに挨拶をし、わたしたちは薬局を後にする。


 街の建物の上を駆けていると、ねえさんが尋ねてきた。


「ねえ、何をそんなに急いでいるの」

「今日中にシャグラに会わないと。朝にはこの街を出発しちゃうの」

「シャグラ……ああ、私の左腕を撃ったやつね。確かに、お礼がまだだったわね」

「ちょっとねえさん!」


 冗談なんだろうけど、ねえさんの言葉には少し怨みがましいものがあった。まあ実際ねえさんは被害者ではある。


「それであなた、あいつの居場所はわかってるの?」


 もちろん、あのレストランの場所は……あっ。

 わたしは足を止めた。

 レストランの場所はわかっても、肝心のシャグラが寝泊まりしている場所がわからない。バカかわたしは。


「知らないの?私は知ってるけれどね」

「えっ」


 どうやら、この街でねえさんが拠点にしていたのは、あのレストランの近くだったらしい。わたしとアレアさんがレストランに行ったあの日、声が聞こえてわたしがこの街に来ている事に気付いたそうだ。そして、レストランでわたしと話していたシャグラを、こっそりと調べていた。だから、シャグラの宿泊先もわかる。


「ヴァンパイアに銃を向けた事、後悔させてあげないとね」

「だからねえさんってば……」


 シャグラに何か危害を加えないか、ちょっとだけ心配ではあるが、ねえさんがいないとシャグラの居場所はわからない。

 ねえさんの後について、わたしはシャグラのもとへ向かった。


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