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優しい家族と出来損ないのわたし

 わたしは、生まれつき出来損ないだった。とうさんも、にいさんも、とても能力の高いヴァンパイア。なのにわたしは出来損ない。

 ヴァンパイアとしては、あまりに非力。足も遅い。気配を殺すのも下手。コウモリを使役することも出来ない。とうさんも、にいさんも、直接そうとは言わなかったけど、わたしは出来損ないだった。


 ある時、教育の一環として、身体に日光を浴びた。小さな火傷で済む程度の、少しの日光。ヴァンパイアとしての弱点を、身をもって学ぶための教育だった。どんなに能力が高くても、わたしたちには弱点があるのだということを学ぶための。


 わたしは、ずっと日光の下にいた。なんだか頭がポカポカしてきて、ボーッとしてきたところで、わたしを呼ぶにいさんの声が聞こえた。呼ばれてわたしは陽の当たらない場所に戻る。

 わたしを見つめるにいさんの表情は、焦っているような、驚いているような、そんな表情だった。わたしは何か変なことをしてしまったのだろうか。


 ある日、銀食器を使って食事をした。これも弱点を学ぶ教育のひとつだ。ヴァンパイアは銀が苦手だ。普通の金属で怪我をしてもすぐに再生するが、銀だけはなかなか再生しない。銀の武器によって頭や胸を貫かれれば、ヴァンパイアでも死ぬと言う。

 わたしが食事を終えた時、横に座っていたにいさんは、ほとんど食べ進んでいなかった。フォークとナイフを持ち、肉を素早く口に運ぶと、すぐにフォークとナイフを置いて、ゆっくりと噛んで食べていた。にいさんの指先は真っ赤に腫れていた。


 その日の夜明け前、にいさんが眠った頃。ふとした思いつきで、わたしは朝日を見ようと起き続けていた。すると、話があるからと、とうさんがわたしを呼んだ。


 とうさんは、わたしが特別なヴァンパイアなんだと言った。ヴァンパイアとしての能力は低いが、代わりにヴァンパイアの弱点を克服している。それは類を見ない、素晴らしい事なのだと。とうさんに褒められたのは嬉しかった。わたしにも、他のヴァンパイアより優れてるところがあるってわかったのも嬉しかった。だけど、少し複雑だった。わたしは、とうさんやにいさんと同じが良かったから。


 わたしがヴァンパイアとしては特殊な個体だと分かってから、何回も季節が巡った。

ある夜、ひとりのヴァンパイアがわたしたちの元を訪れた。見た目の雰囲気はわたしとそう変わらない、女の子のヴァンパイア。でも、生きてきた年月はにいさんよりもずっと長いという話だった。

 そのヴァンパイアの来訪者は、遠くのヴァンパイアの共同体から逃れてきたと言う。

 ヴァンパイア同士の争いが勃発したそうだ。原因は、一部のヴァンパイアが突然別人のようになってしまった事。そのヴァンパイアたちは、見知ったはずのヴァンパイアを、ある日突然忘れてしまい、敵とみなして襲いかかったらしい。そんなヴァンパイアが、ひとりではなく、何人も現れてしまった。

 どうして何人ものヴァンパイアは記憶を失ってしまったのか。とうさんが尋ねた。来訪者は、黙ったまま何も答えなかった。


 来訪者はわたしたちの元にたどり着くまで、ヴァンパイアのいそうな場所を闇雲に彷徨っていたらしい。とうさんはその来訪者を、そのままわたしたちの元に住まわせることにした。来訪者はわたしのねえさんになった。


 ねえさんは、言ってしまえば普通のヴァンパイアだった。ヴァンパイアとしての能力はあるんだけど、とうさんやにいさん程ではない。普通だからこそ、わたしは改めて自分が出来損ないだと自覚してしまった。陽の下で普通に活動出来ようが、銀に触れてもほとんど影響がなかろうが、ヴァンパイアにとって出来て当たり前の事がわたしは出来ない。

 やっぱり、わたしは出来損ないだった。


 その話をねえさんにすると、ひどく怒られた。ここに辿り着くまでの放浪で、陽の光を避けるためにねえさんが如何に苦労したのか、みっちり何時間も説教された。ねえさんは表情の変化は少なく、声の抑揚もあまりないが、感情自体はわりと見せる方だった。この時は、間違いなく怒っていた。

 説教が終わると、ねえさんはわたしの体質が羨ましいと言った。わたしからすればねえさんの能力が羨ましいのに。こういうのを、隣の芝生は青いと言うらしい。


 やって来てから7日ほど経って、ねえさんはヴァンパイアたちの争いの原因、記憶喪失について語った。記憶を失ったヴァンパイアたちは、みな共通してエキュワスという白い獣を連れていた。その獣が記憶を奪ったに違いない。そう語るねえさんの声は、心なしか震えていた。最初の晩にこの話をしなかったのは、わたしたちの周りにエキュワスがいないかを確かめてから話をしたかったから、だそうだ。

 とうさんは、前からエキュワスの存在は知っていたようだ。ただ、この辺りには生息していない。安心するといい、私達は君を忘れない、とうさんはねえさんにそう言って、頭を撫でた。ねえさんは顔を伏せていたが、目元から雫が落ちるのが見えた。


 いつの日からか、わたしは眠ることをやめた。ヴァンパイアは、その気になれば眠らずとも行動し続けられる。それでも眠るのは、陽の光を浴びる可能性を極限まで下げるため、日中は暗所で大人しくしているのが好ましいからだ。もしくは、万が一陽の光を浴びてダメージを受けた時、身体を回復させるためだ。陽の光を浴びてもほとんど影響がないわたしは、眠る必要がないことに気付いた。


 日中眠らずに何をしていたかと言うと、住処の外を出歩いていた。

 ねえさんに説教されてから、わたしは自分の能力と向き合った。相変わらず、ヴァンパイアとしての劣等感は拭いきれないけど、それでもわたしだけの能力、陽の光を浴びることが出来るという強みを、何とか活かそうと考えるようになった。

 そうした考えでの試みのひとつが、この日中での散歩だった。

 夜と昼では、同じ場所でも全く違う世界がそこに現れていた。夜は静かに眠っている生き物たちが、昼は元気に活動している。水辺で過ごし、空を飛ぶ美しい水鳥などは、夜の世界では決して見ることが出来ない。


 そのような昼の話に、にいさんとねえさんはとても興味を示した。話をひとつする度にふたりともわたしに羨ましそうな目を向ける。この時間の中で、わたしはようやく自分を肯定することが出来始めた。

 しかし、とうさんは違った。ちゃんと話は聞いてくれるのだが、その反応はどこか複雑そうだった。そして決まってわたしにある言葉を告げる。

 街の人間には近づいてはいけない、と。


 住処の近くには街があり、とうさんはその街の人間と契約を結んでいた。人間はとうさんとわたしたちに定期的に貢物をする。その代わり、わたしたちヴァンパイアは人間に手を出さず、また街に脅威が現れた場合、それを排除する。わたしたちの普段の食事は、その人間からの貢物で賄われている。

 昔、にいさんがとうさんに質問したことがある。どうして、力の劣る人間相手に、そんな契約を結んでいるのか。ヴァンパイアの力なら、街の人間を支配するなんて簡単なんじゃないのか、と。

 とうさんは穏やかながら力のある声で、にいさんの質問に答えた。


 確かに、人間を力で従える事は出来る。しかし、それは長続きはしない。

 人間は力で劣っていても数が多く、そして陽の下でも活動できる。ヴァンパイアを討つ程度には力を持っている。

 それなら、敵対を生む支配関係よりも、共存の関係を選ぶのが賢い選択だ。


 これを聞いて、にいさんはなるほどという顔をしていたが、わたしは正直よくわからなかった。ただ、今の関係に不満はないし、とうさんがそうするべきと言うならそれがよいのだろうと考えていた。


 ある晴れの日、近くの川辺を歩いていると、カゴを背負った人間の少女を見かけた。きっと街の人間だろう。とうさんの言いつけを守るため、近づきはせず、茂みに隠れ遠くから眺めるだけにした。

 眺めるだけにするつもりだったのだが、何やら少女の様子がおかしい。足を引きずるように歩いている。間もなく少女は足を止め、座り込んでしまった。そこで少女の足が見えた。足に布が巻かれ、そこから血が流れている。少女は持っていた別のハンカチで傷口を縛りなおし、また歩き出した。しかし、その足取りは苦しそうだ。


 とうさんには街の人間に近づくなと言われている。だけど、街の脅威は排除するのが、わたしたちの役割だ。とうさんやにいさんだけじゃなく、わたしだってその責任を負いたい。難しい事は出来ないけど、あの子を街に連れて行くだけなら……。


 わたしは茂みを出て、少女に近づいた。


 足を怪我した少女は、わたしが近づくと不思議そうな視線を向けた。

 そしてわたしに質問をした。

 あなたは誰?と。

 少女に名前を告げ、今度はわたしから少女に、あなたは街から来たのかと質問した。

 思っていた通り、少女は街から野草を集めに来ていたらしい。それで帰り道、うっかり転んでしまい、足を怪我してしまったとの事だった。

 わたしは少女が持っていたカゴを身体の前側に持ち、少女を背負った。

 街に向かって歩いていると、少女から質問ぜめにされた。あなたも街の人なの?どうして助けてくれるの?素敵な髪の色、どこの出身なの?そして、あなたは人間なの?と。

 わたしはそれら全てに正直に答えた。わたしがヴァンパイアだと教えた時には、流石に少女も驚いていた。しかしすぐに、嘘つきと言われてしまった。ヴァンパイアがこんな明るい時間に出歩いているわけがない、とのことだった。まったくもってその通りだ。わたし、本当にヴァンパイアなのかな。

 わたしからも少女に質問した。人間と会話する機会はほとんどないので、ちょっとだけ気分が高揚していた。

 少女の家は、両親ともに働いていて、それでいて小さい弟や妹が4人もいるらしい。賑やかで楽しそうだと言ったら、少女にとんでもないと返された。

 親がなかなか家にいないせいで、弟妹の世話はほとんど少女がみている。1人が泣き出したと思ったら2人がケンカを始めて、気付いたらもう1人が見当たらなくて、毎日大変だという。ほんとに困ったものだわと少女は言ったが、その声からはそんなに嫌そうな感じはしなかった。背負っているため表情は見えなかったけど、きっと少女は微笑んでいたのではないだろうか。

 少女が1人でこんなところに来ていたのは、夜ご飯の材料を集めるためだったそうだ。弟妹でも特に小さい2人が、少女特製のシチューが食べたいと駄々をこねたらしい。そのシチューはどうしても野草が必要で、仕方なく家に弟妹たちを残し、一応隣のおばちゃんに出掛ける事を伝え、少女は1人で街を離れた。そして、帰り道で転んで足を怪我してしまった。

 きっとわたしよりも生きてきた歳月は短いはずなのに、わたしよりもずっとしっかりしている子だ。1人で4人も世話をして、料理も作って。弟や妹はもちろん、この子のお父さんとお母さんもこの子に助けられてるんだろうな。そして信頼されている。

 わたしはどうだろう。とうさんやにいさん、ねえさんに信頼されているのかな。助ける事は……多分出来てないな。

 いけない、思考が後ろ向きになっていた。今わたしは、わたしにしか出来ない事で役立とうとしているんだ。この子をちゃんと街に送り届けよう。街の脅威を排除……とはちょっと違うかもしれない。でも、こんな立派な子が危ない目に遭ってるのは、街にとって良くない事のはずだ。それを助けるのは、街の脅威を排除するようなものだろう、きっと。

 そしてわたしは、家族のみんなに褒められるんだ。


 街にたどり着くと、何故か周りから物珍しそうな目でジロジロ見つめられた。少女を背負っているからか、カゴを身体の前に抱えているからか、わたしの容姿が目立つからか。なんだかちょっと気恥ずかしい気分だった。


 その後少女を送り届けると、お礼にシチューを振舞われてしまった。少女の弟妹たちも一緒に過ごした食事の時間。あんなに騒がしい食事は初めてだったけど、良い時間だった。シチューも絶品だったし。


 帰ってから、わたしはすぐに家族のみんなにこの事を話した。わたしにしか出来ない仕事。にいさんもねえさんもわたしを褒めてくれた。小さい事だけど、陽に弱い自分たちには出来ない事だと。

 とうさんからも褒め言葉をもらえる事を期待して、その顔を見つめた。しかし、とうさんの表情はあまり明るくなかった。そしてわたしに質問した。

 何人くらいの人間に見られたのか、と。

 たくさん、と答えるしかなかった。夕暮れ時の街はたくさんの人が闊歩していて、とてもその人数は数えていられなかった。

 とうさんは頭を抱えてしまった。10秒くらいそうしてから、一応とうさんもわたしを褒めてくれた。ただ、街の人間に関わりすぎるなという小言と一緒に。


 褒めてくれた、からには悪いとまでは行かないんだろうけど。頭を抱えて小言を言われた。街の人間に関わるのはそんなに良くない事なのだろうか。


 それからしばらく経ってからの事だ。わたしたちの領地に、外部のコウモリが侵入するようになった。単に住処を追われただけという可能性も最初はあったが、このコウモリたちはあまりに統率が取れすぎていた。これはおそらく、他所のヴァンパイアが偵察部隊をよこしている。


 このコウモリたちの存在が明らかになると、わたし以外の家族は侵入したコウモリ狩りを始めた。ナワバリをはっきりさせておくのは、内部の人間と外部の存在、両方に権威を示すために必要な事だった。なのに、わたしはコウモリ狩りに参加してはいけないと、とうさんに言われてしまった。

 いくらヴァンパイアとしての能力が貧弱とはいえ、わたしにだってコウモリ狩りくらいは出来る。やっぱり、とうさんはわたしを認めていないのだろうか。

 悔しくなったわたしは、家族に内緒でコウモリ狩りを始めた。みんなが寝ている日中に、コウモリがいそうな暗がりを訪れ、外部のものと思われるコウモリを狩って回った。


 これが、決定的な失敗だった。


 ある夕方。

 わたしが住処に戻ると、異常な気配がいくつかあった。異常。それは、わたしの知らないヴァンパイアの気配。とうさんでも、にいさんでも、ねえさんでもない。

 どうして、見知らぬヴァンパイアが何人も、わたしたちの住処に来ているのか。考えて思い当たったのは、この頃侵入してきていた謎のコウモリたちだった。あのコウモリたちはわたしたちの住処を探していて、そして今いるヴァンパイアたちが、コウモリたちの主人なのではないか。きっとそうだ。

 そして、どうして偵察なんてマネをして、夕方なんていうヴァンパイアにとって中途半端な時間にやってきたのか。考えられるのは、襲撃。普通のヴァンパイアが行動を開始するかどうかの時間であり、暗がりを利用してギリギリ陽を避けながら移動できる時間。


 まずい。もし本当に襲撃なら、早くみんなを起こさないと。一番簡単なのは大きな音を起こす事だけど、それをやるとわたしの位置が特定される。


 いや、そもそも。

 ヴァンパイアとして不完全なわたしがあちらの気配を感知しているのだから。

 あちらだって、わたしのことを。


 そう考えている間に、陽が沈んだ。わたしが立っていた日なたは、その瞬間暗闇になった。


 気付いた時には、2人のヴァンパイアが目の前にいた。1人は見知らぬ男のヴァンパイア。もう1人は見知った男のヴァンパイア。にいさんだった。


 にいさんは、見知らぬヴァンパイアに腹を抉られていた。わたしを庇ったんだ。

 にいさん、と大声で呼びかける、わたしの声がこだました。


 わたしは何も出来なかった。

 本物のヴァンパイアの戦いに、半端者が混ざれるわけがなかった。


 結果から言うと、侵入者は全員返り討ちにした。家族のみんなが。

 外部のコウモリが確認されてから、みんなは交代で日中も起きて見張りをしていたらしい。わたしに内緒で。

 だから、侵入者がわたしに襲いかかると同時に、にいさんはわたしを庇うことが出来た。

 とうさんとねえさんはそのうち襲撃されると踏んでいたため、すぐに臨戦態勢に入れた。侵入してきたヴァンパイアは奇襲を仕掛けたつもりだったのだろうが、その奇襲は成立していなかった。

 あとは、ヴァンパイア同士の殺し合いだった。どちらも相手がヴァンパイアだと理解していたため、銀製の武器を用意していた。だから、攻撃を受ければタダでは済まない。しかし、戦場になったのはわたしたちの住処だ。いくら侵入者が偵察をよこしていたとはいえ、地の利はこちらにあった。


 侵入者の目的は、わたしたち家族の制圧だとわたしは思っていたのだが、それは見当違いだった。

 目的は、わたし。厳密に言うと、わたしの身体。

 弱点を克服したヴァンパイアがいるとの噂を聞いて、最初はそれを確かめるために偵察をよこしていた。もし噂が本当なら、そのヴァンパイアを拉致して調べ、自分たちが弱点を克服するヒントを得ようとしていたらしい。

 しかし、他所のヴァンパイアを襲撃するのはリスクが大きい行為だ。だから、まずは領内の地理などの情報を集めながら、噂の確証を得ようとしたらしい。

 コウモリ狩りは夜にばかり行われた為、領地の地理の情報は集まってもなかなか噂の確証は得られなかった。しかし、ある日、日中にコウモリが狩られた。そのコウモリの生き残りが侵入者に報告した。日中にヴァンパイアによるコウモリ狩りが行われた、噂は事実であると。


 侵入者たちは、対ヴァンパイアの武器を用意し、奇襲をしかけ、わたしたちを制圧しようとした。誤算だったのは、とうさんとにいさんの戦闘力。やっぱり、とうさんとにいさんは優秀なヴァンパイアだった。


 生き残っていた侵入者に情報を吐かせると、とうさんはその侵入者の心臓に杭を打とうとした。


 終わりがすぐそこに迫っている事を理解した侵入者は、空気を震わすほどの大声で叫んだ。


 貴様らは独占する気か、太陽克服の秘密を、と。


 その叫びを無視し、とうさんは侵入者にトドメを刺した。

 本来ならその役目を担うはずのにいさんは、わたしを庇ったダメージが響いて、利き腕を切り落とされていた。


 すべて、わたしのせいだった。

 わたしがとうさんの言いつけを守らず、街の人間と関わったから、多くの人に姿を見られたから、わたしの事が噂になった。

 わたしがこっそりコウモリ狩りをしてたから、その噂が事実であると確証を与えてしまった。

 わたしが弱く、迂闊だから、にいさんはわたしを庇って、結果として腕を切り落とされた。


 役に立ちたいと思って行動した結果がこれだ。足を引っ張っているだけだ。迷惑をかけているだけだ。


 後片付けをしてから、とうさんと話をした。こっそりコウモリ狩りをしていた事は当然怒られた。しかし、それだけだった。他の事の責任は、まったく追及されなかった。悪いのは領地を侵し攻撃してきた侵入者だと、とうさんは言った。とうさんはきっと、わたしが思い詰めないようにそう言ってくれたのだろうが、それが逆に辛かった。わたしが悪いのだから、もっとわたしを責めてほしい。それとも、わたしはその程度の責任も求められていないのか。期待されていないのか。


 ねえさんも、とうさんと同じだった。わたしが悪いとは言ってくれない。無事で良かったと抱きしめてはくれたが、その暖かさをわたしは受け入れられなかった。


 にいさんは露骨に機嫌が悪かったものの、やっぱりわたしを責めない。腕を切り落とされたのはにいさんなのに。ヴァンパイアだからその気になれば再生出来るとはいえ、銀で斬られたからかなりの時間とエネルギーが必要だし、再生するまでは不便な生活を強いられるのに。

 わたしの方から謝ったら、謝るなと言いながらにいさんは残った方の腕でわたしを殴った。わたしは罰を求めてはいたが、この罰はわたしの失敗への罰ではなく、わたしがにいさんに謝った事への罰だ。どうしてみんな、そこまでわたしに甘いのか。



 時間が経っても、わたしの心は晴れなかった。何をやっても手に付かなかった。侵入者が来た晩の事を思い出し、にいさんが腕を斬られた瞬間を思い出し、それらがわたしのせいであることを思い出し。


 侵入者の亡骸を見せしめとして住処の外に飾ったのが効果的だったのか、第二第三の侵入者は訪れなかった。他所者のコウモリも領地内から姿を消した。


 その頃になると、とうさんはわたしに外出の許可を出した。そもそも禁止されてはいなかったのだが、部屋に引き篭もっていたわたしを心配してくれたのだろう。敵にはあまりにも容赦がないとうさんだが、敵以外、とりわけ家族には過保護なほどに甘かった。その時のわたしには、とうさんの過保護が苦しかった。


 とうさんだけじゃない。にいさんもねえさんも優しい。わたしのせいで苦労しているのに。どうして?


 ある日、わたしは侵入者の最後の叫びを思い出してしまった。


 貴様らは独占する気か、太陽克服の秘密を。


 みんながわたしに優しいのは、わたしの身体を調べて、太陽を克服するため……?


 そんな事はありえない。仮にそれが目的なら、わたしはとっくに監禁されているだろう。外出の許可なんて出すはずがない。みんながわたしに優しいのは、みんなが本当に良い人だからだ。


 そんな家族を、わたしは疑ってしまった。

 一瞬だとしても、そんな事を考えてしまった自分が許せなかった。


 わたしがいたら、これからもみんなに迷惑をかけ続ける。わたしはこの場所にいてはいけない。


 住処を離れる事を、わたしは決断した。


 みんなが寝静まった朝、わたしは街を訪れ、周辺の地図を手に入れた。その後、わたしは住処から離れるように、街を転々とした。わざわざ街を訪れ人前に姿を表すのは、家族のみんなを襲撃するヴァンパイアが再び現れないように、太陽を克服したヴァンパイアが放浪している噂を流すためだった。家族のみんなは領地を守る責任があるから、そうそうわたしを追っては来れないはずだ。追ってこないで欲しい。


 放浪している間も、わたしの頭からあの晩の記憶が離れる事はなかった。すべてわたしのせいだ。苦しい、もう思い出したくない。いや、忘れるな。わたしの責任なんだから。その2つの想いが、延々わたしの頭をぐるぐる回っていた。


 ある晩、あまりに日光を浴び過ぎたわたしは具合を悪くしていた。放浪の中で、日光を浴びた後休息が少な過ぎると、わたしの身体でもダメージが響いてくる事を学んだ。唯一の長所ですら、完璧でないなんて。

 身体を休めるために、わたしは森の中の廃洋館に足を踏み入れた。ここなら好戦的な動物も寄ってこず、夜が明けてもしばらくは休めると思っての選択だった。住処を発ってから、わたしは生き物を殺す行為に以前よりも苦痛を感じるようになっていた。

 殺す過程で見る事になる、生き物の血液。返り血。あの晩の侵入者と家族の殺し合いがどうしても想起された。戦闘によってあんなにたくさんの血を見たのは、あの時だけだったから。そもそもわたしがコウモリを殺さなければ、あんな殺し合いもきっと起こらなかった。だからわたしはこの放浪の中で、殺しをする事は極力避けるようになった。

 他の生き物と関わらず、殺す事なく休む事が出来る。そう思って2階の部屋のひとつに入ったのに、わたしの淡い期待は打ち砕かれた。そこには先客がいた。


 子猫ほどの大きさの白い毛玉。しかし、猫にしては耳が長い。もふもふの毛並み。初めて見る生き物だった。見るのは初めてだったが、何という生き物なのかは知っていた。昔、ねえさんが話していた動物。記憶を奪う獣、エキュワス。

 なんとなく、わたしはエキュワスの側に寄っていた。そういえば、エキュワスには生き物を魅了する能力があったっけ。その能力を認識すれば、効果は弱くなるってねえさんは言ってたけど。

 よく見てみると、エキュワスは呼吸をするのも苦しそうだった。寿命がすぐそこに迫っているのだろう。かわいそうに。

 エキュワス、寿命。思い出した。エキュワスが記憶を奪うのは、自分の寿命を延ばすためだと。わたしの記憶を奪えば、この子はきっと生き長らえるだろう。

 その瞬間、あの晩を忘れたがる「わたし」が、わたしの中で突然大きくなった。

 あの晩の事を忘れよう。ねえさんは、記憶を失ったヴァンパイアを別人と形容していた。わたしの記憶を捨て去って、別人になって、「わたし」という存在を消し去ろう。それが愚かなわたしへの罰。せめて最後くらいは、何かの役に立とう。「わたし」という存在をこの子の為に捧げよう。


 その罰は、わたしにとってあまりに魅力的だった。


 記憶を捨てるのは逃げだ。責任を放棄するのと同じだ。


 いや、責任なんて求められていなかった。わたしなんて、所詮その程度の存在だった。


 わたしは、目の前の白い毛玉と目を合わせた。その時、わたしは少し驚いた。ねえさんの言葉から、エキュワスは自分のために他を踏みにじる姑息な生き物だと考えていたのに、そのエキュワスは全てを達観したかのような、透き通った青い眼をしていた。

 せっかく目の前に絶好のエサが来たのに、自分の寿命を延ばせるのに、どうしてこの子はそんな眼をしているのか。どうして欲望に眼を輝かせていないのか。まるでわたしが憐れまれているかのような感覚だった。


 もしかして、この子はもう自分の生涯に未練はないのか。終わりを迎える気でいたのか。なのに、わたしは。


 視界が真っ白になったと思うと、目の前の毛玉は目を瞑って眠っていた。先ほどとは違い、穏やかな呼吸だった。きっと、わたしの記憶を自身の寿命に変えたのだろう。

 それを認識した時、生涯で感じた事のない、身体を押し潰すかのような眠気がわたしを襲った。

 ああ、「わたし」が消えるんだ。結局、わたしは何かの役に立てたのだろうか。わたしがいなければ、とうさんも、にいさんも、ねえさんも……。


 ねえさん。


 そうだ、ねえさんとの、約束……。

 


 ごめんなさい、ねえさん。

 

 わたし、きっとねえさんの事を忘れてしまう。



 家族みんなで、約束、したのに……。


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