キューちゃんとわたし
「なにが……起こっているの?」
わたしの口から、思わず言葉が漏れた。状況が理解できない。
鍵のかかっていたわたしの部屋に、シャグラとキャロがいた。シャグラが持っているあの武器……あれは、確か拳銃。キャロが左腕を負傷しているのは、あれで攻撃されたから?でも、なんでこんな状況に?
戸惑うわたしに対して、シャグラは一瞬だけこちらを見たが、すぐに視線をキャロの方に戻し、引き続き拳銃をキャロに向け続けてた。
一方、そのキャロはわたしの顔を見ると、少しホッとしたような表情をして、しゃべり始めた。
「これはね、私がこの盗人からこの子を守ってるの」
「……盗人?」
「そう。こいつはね、あなたがいない間に、この子を攫おうとした。それを私が阻止したの。そしたら3発、銀の弾丸を撃たれちゃって」
負傷している左腕を掲げながら、キャロは視線をわたしからシャグラに戻した。
落ち着いて部屋の中を見回すと、窓が開いていて、外はすでに陽が沈みかけていた。窓のそばには、黒く大きな布が落ちている。ベッドの上のキューちゃんはこの騒ぎでも丸くなって眠っている。
「ねえ。ふたりは何でここに来たの?」
わたしはふたりに問いかけた。キャロもそうだが、シャグラからも説明が欲しい。
「私はこの子を助けに来たの。この子はあなたに殺されなくちゃいけない」
キャロは右手で後ろのキューちゃんを指差しながらそう言った。
続いてわたしはシャグラを見つめ、質問の答えを求めた。
「……ヴァンパイア相手に2対1じゃあ、敵わねぇな」
そう言ってシャグラは銃を降ろし、話し始めた。
「そっちのヴァンパイアの言う通り、俺ゃあエキュワスを攫いに来た。ボサちゃんの近くにいるだろうと踏んでいたから、このボサちゃんの部屋に忍び込んだんだ。そしたらすぐにそのエキュワスが目に入ってな。薬を作ってもらえるアテも出来たし、攫って念願の薬を手に入れようとしたんだが……」
シャグラはキャロの方を見つめ、ため息をついた。
「気付くと窓に、黒い布を被った何かが立っていてな。邪魔をされたってわけだ」
そこまで言うと、シャグラはそっぽを向いて、頭をかいた。
キャロがシャグラの方を向いて口を開く。
「ねえ、どうしてあなた、最初から銀の弾丸なんて込めていたの?まるで最初から、ヴァンパイアを殺すために用意していたみたい」
しばしの沈黙が流れた。キャロの口ぶりからすると、弾丸というものは、普通は銀ではないのだろう。
「……そうだ。俺は、ボサちゃんを撃つ覚悟でここに来た」
そっぽを向いたまま、シャグラはそう言った。
……シャグラは強い意志を持って幸運の薬を求めている。それはわかっていた。だから、わたしはシャグラにキューちゃんの存在を勘付いて欲しくなかった。そうなったら、きっとシャグラはわたしにも容赦なく敵対するだろうから。そこまで予想はしていたのに、事実としてシャグラがわたしと敵対する覚悟だった事を知ると、胸が苦しい。
「悪いが、俺は諦めるつもりはねえ。何が何でも幸運の薬が必要なんだ」
シャグラは外套の内側に手を入れ何かを取り出そうとした。しかし、キャロが一瞬でシャグラに接近し、その手を掴んで行動を阻んだ。
「余計なことはしないでくれる?この子に何かする気なら、私にも考えがあるわ」
シャグラの腕を握りながら、キャロは脅すようにそう言った。
その時、いくつかの足音が階段を登ってきた。先頭でやってきたのは図書館の警備に当たってた衛兵たちだが、後ろにはアレアさんが見える。
「ねえ、この盗人はどうする?」
キャロがわたしにそう尋ねる。どうする、って。
「生かしておけばきっとまたこのエキュワスを狙う。だけど、ここで殺すのは色々と面倒。そうでしょ?」
そうだ。シャグラは、絶対に諦めず、キューちゃんを奪いにくるはずだ。殺さない限り、きっとこれは終わらない。だけど。
「ダメ。シャグラは……その人は殺さないで」
「……いいのかい?俺は本当に諦めねえぞ?」
少しおどけた調子で、シャグラはわたしに言った。なぜこのタイミングで煽るような言動をするのか。……シャグラはもしかして、わたしに罪悪感を持っているのだろうか。
衛兵たちがわたしのすぐ横に辿り着き、部屋の中の様子を見て驚いた。しかし、すぐにキャロが例のヴァンパイアだと察したのか、武器を構える。
「待って……待って!」
わたしは衛兵たちを制した。
そして、キャロとシャグラの方を向いた。
「ねぇ。わたし、決めたよ。わたしの決意を聞いて」
昨晩訪れた、マナンさんの倉庫。わたしはまたここにいる。目の前にはキューちゃん。近くにはキューちゃんがそのまま中に収まってしまうくらいの大きさの器がある。
わたしとキューちゃんは倉庫の真ん中にいる。それを囲むような形で、何人かの人がいる。マナンさんとアレアさん。その2人を守るように立っている衛兵数人。少し離れたところにシャグラ、その側にグレイさん。そしてひとりで佇むキャロ。
目の前のキューちゃんは、今は目を覚ましている。しかし、あまり元気はないようで、大人しくしている。
腰を下ろし、視線をキューちゃんに近づける。
わたしは持ってきた巾着から、赤い木の実を取り出した。
「ほら、キューちゃん。イチラの実だよ」
キューちゃんの口元に木の実を近づける。それをキューちゃんはパクリと食べた。もうひとつ木の実を取り出し、わたしも食べる。甘い、そして酸っぱい。わたしの大好きな酸味。キューちゃんとの最初の思い出。なにも覚えていなかったわたしを、キューちゃんはイチラの実の群生地に案内した。
キューちゃんが食べ終えたようだったので、もうひとつ取り出したのだけれど、ひとつで満足したらしい。食べようとはしなかった。元気な頃は、何個もパクパク食べてたんだけどな。
キューちゃんは言葉を話さない。だから、正確な、細かいことはわたしに伝わらない。
でも、どうしても最後に聞きたかった。
「キューちゃんにとって、わたしって何だったの?」
わたしは、キューちゃんの事を家族だと思っている。キャロの話を聞いても、本を読んでも、やっぱりそれは変わらなかった。だけど、この感情が本物なのか、わたしにはわからない。キューちゃんは、わたしを何だと思っていたのだろう。家族?友達?それとも手下?人形?
当然、キューちゃんから言葉は帰ってこない。だけどキューちゃんは、きゅううん、と小さく鳴き声をあげた。
真っ直ぐ、キューちゃんを見つめた。うん、やっぱりわからないや。
記憶を失って、キューちゃんと出会ってからのわたしにとって、キューちゃんはかけがえのない家族。それは変わらない。
だけど……わたしはきっと、「わたし」じゃない。
さっき、アレアさんと話をした。わたしが記憶喪失だと教えた時、アレアさんが何て言おうとしてたのか、それを聞いた。
「あ、うん……失礼かと思って、あの時は言うのをやめたんだ」
アレアさんはわたしと目を合わせず、あの時言おうとした言葉を教えてくれた。
「記憶も歴史も、ずっと連続しているものなの。それまでの全ての積み重ね。それは自分だけじゃなくて、周りの人も、動物も、自然も、全部全部の積み重ね。だから、大切にしなくちゃいけない。途切れさせちゃいけない。それが、生きて記憶を紡ぐことの責任」
そこまで言うと、アレアさんはわたしに謝った。
「ごめんなさい、押し付けがましいわよね、こんな持論」
アレアさんはそう言ったけど、わたしはその論に納得した。理由を言語化出来ないけど、アレアさんの持論にわたしは何かを感じていた。
記憶を失くす前と後では、わたしはきっと別人なんだろう。記憶を失くした今のわたし。それはきっと、キューちゃんによって作られたわたし。今のわたしは、記憶を失くす前の「わたし」を冒涜する存在だ。
だから、もう終わり。
器を目の前に持ってきて、キューちゃんを持ち上げる。そして1回、ぎゅうっと抱きしめる。もふもふ。紛れも無いキューちゃんの感覚。暖かい。血管が鼓動する感覚。ああ、キューちゃんも生きているんだな。
「さようなら」
わたしはキューちゃんの首元に、思いっきり牙を立てた。




