寿命を延ばす力と狩人のわたし
図書館暮らし、最初の朝。アレアさんと一緒に、事務用品の買い出しに出かけた。荷物の量は多くない。アレアさんは、これからのため、わたしに何処にどんなお店があるのかを教えてくれた。おかげで、ある程度この街の地図が頭に入った。まだ不安はあるけれど、図書館から文具屋さんまでの道程はきっとひとりでも歩ける。
帰ってきてから本の整理整頓、図書館の掃除を済ませ、自分の部屋に戻った。ベッドの上ではキューちゃんが丸くなっていた。目は覚めているようなのだが、まだあまり動きたくないらしい。キューちゃんの朝ごはんにといくつか袋から出しておいたイチラの実は、最後の1つが食べかけで残されていた。元からそのつもりではあったが、後でキューちゃんを連れて薬局に行こう。グレイさんの話を聞きながら、適切な薬をもらいたい。
先程図書館の仕事をしている時に、他の階で話すアレアさんと司書さんの会話が耳に入った。静かな図書館では、わたしの聴力だと階を隔てていてもなんとなく声が聞こえてしまう。
話の概要としては、司書さんはわたしのことを衛兵に通報しようか悩んでいて、どうするべきかをアレアさんに相談していた。司書さんも昨日のアレアさんと同じ具合で、なんとなくわたしのことをヴァンパイアのような何かだと把握しているらしい。わたしの宿泊を許可してくれた一番の理由は、わたしの要求を拒否する事で何か暴力的な手段を取られるのが嫌だから、だったようだ。だから夜のうちに衛兵に通報しようと思っていたが、衛兵を呼んだところでヴァンパイアの相手になるのか、むしろ逆上させる原因になるのではないか、そう考え昨夜は何もしなかったらしい。
そんな様子の司書さんと、アレアさんは適当に話を合わせていた。司書さんの行動が現状維持に傾くように誘導していたようにも思える。
当然のこととして、わたしは司書さんを脅すつもりはないし、キューちゃんが危機に晒されない限りは暴力に出るつもりはない、というか出たくない。昨日突然訪れ泊めてくれだなんて要求してるのだから仕方ないが、わたしは司書さんに全く信用されていない。仕方なくても少し悲しい。少しずつでも、わたしに害意はないことを示して、司書さんの信用を得たいものだけど。
盗み聞きしてそのままというのもなんだか悪い気がしたので、ちょっと間を置いてからアレアさんに話を聞いてしまったことを謝った。司書さんには話すと怖がらせてしまいそうなので、申し訳ないけど黙っておくことにした。
「あの、ごめんね、ボサちゃん。司書さんも悪い人じゃないの。ただちょっと、臆病なだけでね」
「うん、それはわかってる。アレアさんが信用してる人だし、わたしも信用するよ」
アレアさんは司書さんのフォローをしてるし、わたしもそれを受け入れた。なのに、なんだか司書さんに刺々しい会話になっていた気がする。
そんな会話をしていたら、背後から男の声が聞こえた。
「おんや、ボサちゃんじゃねえか。なんだぁ、今日も街に来てたのか?」
あのヨレヨレの外套を纏ったシャグラがそこにいた。当然、髭は復活していない。そうか、この街にいるのだから、図書館でシャグラに会うこともあるのか。とりあえず、理由あってしばらく図書館で寝泊まりさせてもらう旨をシャグラに伝えた。
「ええと、シャグラさん?本日は調べ物でしょうか。良ければ、ご希望の本をお探ししますが……」
アレアさんはシャグラにそう尋ねた。しかしシャグラは、「おっとぉ」とわざとらしい声をあげると、
「いけねえや、他に用事があったんだ。悪いな嬢ちゃん、出直してくるわ。そんじゃあな、ボサちゃん」
と言い残し、図書館を去っていった。用事を思い出したというより、用事を作ったような感じがあるが、シャグラは何をしようとしているのだろう。
時刻は11時を過ぎたところ。陽は高く上っている。わたしはキューちゃんが入った風呂敷を背負って、グレイさんの薬局を訪れた。店に入ると、グレイさんがお客さんと話をしていた。こちらに気付いたグレイさんは、軽く挨拶だけしてまたお客さんと話し始めた。わたしは挨拶を返して、店の端でグレイさんの接客が終わるのを待つことにした。
聞こえて来た話によると、なにかの病気が流行っているらしい。今はまだ薬のストックがあるものの、これ以上流行が広まってしまうと、薬が足りなくなる恐れがあるそうだ。話の中で、ポーラ婆さんという名前が聞こえて来た。たしか、昨日の朝、グレイさんが訪ねていた人だったか。その人も同じ病気になっているのだろうか。
それから程なくして、お客さんは帰っていった。
「お待たせしました、ボサノヴァさん」
ようやく手の空いたグレイさんが、わたしに声をかけた。
「お仕事お疲れ様です、グレイさん。……昨日も今日も、忙しそうですね」
「ええ。おかげで繁盛はしてますが、薬局なんてのは繁盛しない方が良いんです。……さて、背負った荷物の中身は、奥の部屋で開けてください。薬を用意してから、わたしも向かいます」
案内された通り、昨日も入った奥の部屋に向かう。そういえば、今日はスレイくんの姿が見えない。いつも薬局にいるわけじゃないのかな。
グレイさんが持ってきた薬を水と一緒にキューちゃんに飲ませる。昨日のものとは違う薬だ。何かを治す薬ではなく、栄養剤らしい。グレイさん曰く、厳密な診断が出来ていない以上、変に薬を飲ませるのは危険とのことだ。昨日のスレイくんのは、たまたま上手くいったものの、危険な行動だったらしい。
「そういえばスレイくんはどうしたんですか?」
「今日は平日ですので学校に行っています」
学校。そんなものがこの街にあるのか。アレアさんが研究の発表でお金がもらえると言っていたし、この街は勉強に力を入れているのだろうか。勉強といえば、わたしもグレイさんから勉強したいことがある。
「グレイさん、わたしにエキュワスについて教えてもらえませんか。わたし、自力でキューちゃんを助けられるようになりたいんです」
グレイさんの目を真っ直ぐ見つめて、頼み込んで見る。グレイさんは少しの間目を瞑り、それからわたしの言葉に答えた。
「昨日、確かにエキュワスについて少しずつ教えると言いました。しかし、申し訳ありません。私が持っているエキュワスの知識は、おそらくボサさんの要望に応えられるものではないのです」
さっきのわたしの視線に返すように、真っ直ぐわたしを見ながらグレイさんはそう返した。その話し方は、嘘を言っているようには見えなかった。
「そう、ですか」
しょげたような声がわたしの口から出た。てっきり、グレイさんに聞けばエキュワスのことは何でもわかると思っていた。仕方がない。空いている時間、エキュワスについて書かれている本を探すことにしよう。
「代わりというわけではないのですが、エキュワスについて教えられることがひとつあります。エキュワスは、自分の寿命を延ばす能力を持っています」
「寿命を延ばす?どういうことですか?」
「生き物はどんなに健康に過ごしても、いずれ限界が訪れ、死に至ります。エキュワスはある行動によって、その限界を先延ばしにすることが出来るのです」
わたしとしては寿命と言われても実感が湧かないけど、なんだか凄そうな能力だ。あれ、でもそれなら……。
「じゃあ、寿命を延ばしている限りエキュワスは死なないんですか?」
「いえ、死にます。病気や外傷によって、生存に必要な機能が破壊されれば、寿命なんて関係ありませんから」
まあ、そうなるか。不死だとしたら、そんな極端に数を減らすはずがない。次にわたしは、グレイさんが意図的に伏せたであろう情報を訊いてみた。
「寿命を延ばすある行動って、なんなんですか?」
「それは……すいません、もう少し待ってください」
やはり答えてもらえなかった。どうしてグレイさんは情報を小出しにするのだろう。せっかくなので、その理由を訊いてみた。
「……これは、私の推測、いえ、私が臆病風を吹かしているだけかもしれないのですが。おそらく情報の全貌を知った時、ボサノヴァさんは大変なショックを受けることになります。少しずつ情報を知って、ご自分で考えていただくことで、覚悟をしていただきたいのです」
昨日は答えてもらえなかった理由を、今度は答えてくれた。わたしがショックを受ける?覚悟?どうしてキューちゃん……エキュワスの情報で、わたしがショックを受けるの?途端に心の中に不安が渦巻き始めた。
グレイさんからエキュワスの情報を聞いたすぐ後、入り口に吊るされたベルの音が響いた。薬局にお客さんがやって来たのだ。グレイさんは接客のため、部屋から出て行った。
そばで大人しく丸くなっているキューちゃんを見ながら、グレイさんから聞いた話を振り返る。エキュワスはある行動によって自分の寿命を延ばすけれど、その詳細を知るとわたしはショックを受けるかもしれない。どういうことなのだろう。わたしがショックを受けること……寿命を延ばすために、キューちゃんが何かとんでもないことをするのかな。
そもそも、寿命を延ばすっていうのがよく分からない。そんなよく分からない事に繋がる以上は、その条件になる行動もよく分からない行動なのかもしれない。キューちゃんが脱皮するとか?ヴァンパイアみたいに吸血するとか?確かにキューちゃんがそんな事をすると知ったら、わたしは驚くだろう。でも……ショックはショックでも、それぐらいなら、グレイさんが慎重に情報を小出しにするほど、わたしがショックを受けるとは思わないけど……。
そんな考え事をしていたが、いつのまにかグレイさんとお客さんの会話に耳を傾けていた。部屋の扉が開いているので、わたしの耳なら難なく会話が聞こえる。どうも今度のお客さんも、流行り病のための薬を買いに来たらしい。薬の在庫がそのうち厳しくなるかもしれないという話になると、お客さんの声色はどんどん不安そうなものになっていった。お客さんを落ち着かせようとしているグレイさんも大変そうだ。本当に流行ってるんだな……キューちゃんがその病に罹らなければいいんだけど。
しばらくしてからお客さんが帰り、グレイさんが少し疲れた様子で部屋に戻ってきた。
「お疲れ様です……お忙しいのに、お邪魔してしまってすいません」
「いえいえ、お気になさらず。ただ……そうですね、軽い世間話でもしませんか。気分転換に、ボサノヴァさんのお話を聞きたいです」
迷惑をかけっぱなしのグレイさんの役に立てるなら、それくらいお安い御用だ。
わたしは昨日、アレアさんとご飯を食べに行った事を話した。
「ビーフシチューってわたし、初めて食べました。街にはあんなに美味しいものがあるんですね」
「へぇ、あのお店、美味しくなったんですか。最近新しい料理人が入ったと聞きましたが、その方のおかげかもしれませんね」
きっとシャグラの事だろう。もしかしてシャグラって、わたし基準でなく、一般的な基準としても料理が上手なのだろうか。
「それでわたし、結局アレアさんに奢ってもらっちゃって。自分でお金を稼ごうとは思うんですけど、アテがなくて……」
「ボサノヴァさんは関所を通っていませんから、許可証もありませんよね。確かにそれでは、仕事を見つけるのも大変でしょう」
なんと、仕事をするのにも関所を通らなかった事が響いてくるのか。これは、何らかの機会で正式に街に入る手続きを踏んだ方が良いのかもしれない。
「……そうだ。ボサノヴァさん、ちょっと私の思いつきを聞いてもらえませんか」
思いつき?一体何を思いついたんだろう。
「どんな思いつきですか?」
「ボサノヴァさんには、森に行って薬の材料になる動物を狩ってもらいます。狩ってきた帰りに関所を通って貰えば、正式な形で街に入れるでしょう。その後は、私を含めた町の住民が、その動物の部位を買い取ります。 それでボサノヴァさんはお金を稼げます」
わたしは目下の問題を解決できるし、グレイさんも薬の在庫をなんとか出来るし、なんと理想的な思いつきだろう。
「でも、そんなに上手く行きますか?特に関所は、わたし不安なんですけど……」
「それは私の方でなんとかしておきましょう。依頼した狩人が街の方に来る予定だと、私から話しておきます」
なるほど、わたしは狩人としてこの街に入り直すことになるのか。狩人と聞くと、あの日キューちゃんを狙いに来た狩人を思い出す。……少し、余計な事を考えそうになったが、今はグレイさんとの話が優先だ。
「……狩りの対象になる動物はなんですか?見つけるのに時間がかかる動物とかだと、あまりキューちゃんから長時間離れたくないので、難しいです」
未だ快復しきっていないキューちゃんを連れて狩りをしにいくのは気が引けるし、キューちゃんを連れて関所を通るのはリスクが高い。なので、グレイさんにキューちゃんを預かっててもらう必要がある。預けるにしても、何日も預け続けるのは不安だ。だから、今日中に行って帰ってこれそうにないのなら、依頼は断りたい。
「対象は熊です。あの森の奥地にいる、真っ黒な熊です。ボサノヴァさんなら、どの辺りが熊のテリトリーなのか、把握してるのではないでしょうか」
ああ、あのドングリを食べていた熊か。それなら、見つけようと思えばすぐに見つけられるだろう。戦いになっても、まあわたしが勝てる。ただ……ううん、これはわたしだけの為じゃない、街が薬不足に陥らないためでもあるのだから。
「わかりました。その依頼、承ります。今日中に戻って来ますので、その間、キューちゃんをよろしくお願いします」
昨日の朝、街に侵入するために越えた壁を、今度は街から出るために越えた。不法に侵入した状態だったため、関所から外に出るわけにはいかなかった。
今は午後1時を回ったくらい。午後の3時くらいになると、スレイくんが薬局にやってくるはず。スレイくんに店番をしながらキューちゃんの様子を見ててもらって、その間にグレイさんは関所の人たちに話をしに行く。これでキューちゃんのそばに常に誰かがいながら、グレイさんは根回しが出来る。
壁を越えてから手順を頭の中で改めて振り返ると、なんだか不安になってきてしまった。キューちゃん、大丈夫だろうか。グレイさん、ちゃんと根回ししてくれるだろうか。途中でお客さんに捕まっちゃって、予定が狂ったりしないだろうか……。
いや、いや。ここまで来たからには、わたしのやる事はひとつ。森の奥で熊を1頭殺し、その死体を街に持ち帰る事だ。
今回はキューちゃんを抱えていなかったため、わたしは何も気にせずスピードを出して目的地に向かった。陽当たりの良すぎる草原を素早く抜けて、木々の影によって過ごしやすい環境が構築されている森の中に入って行く。うん、やっぱり、日陰だらけの森の方がわたしの肌には合う。
森の奥、イチラの実の群生地。目的となる熊の住処はここの更に奥だ。思えば、ひとりでここまで来てしまったあの時のスレイくんはかなり危なかった。熊よりも先にわたしが見つけることが出来て良かった。
キューちゃんに食べさせる用、兼わたしがジュースを作る用の実を持ってきた巾着に詰めて行く。しばらく街に滞在する予定なのだから、多めに持ち帰りたい。ついでにひとつだけ食べてみる。甘い、そして酸っぱい。おまけにもうひとつ。甘酸っぱい。
イチラの実はそのまま食べても美味しいけれど、これを使って料理を作ったら、それはもうとても美味しい料理が出来上がるんじゃないだろうか。そんな料理はないのか、街に戻ったらアレアさんに聞いてみよう。
耳を研ぎ澄まし、奥へ奥へと歩いて行くと、重そうな四足歩行の足音が聞こえて来た。落葉のせいで音が少し弱いけど、間違いない。これは熊の足音だ。音の聞こえる方向へ慎重に近づくと、やがてその姿が見えてきた。真っ黒の体毛、大きな身体。探していた熊そのものだ。
わたしはこれから、狩りをする。あの熊を殺す。今回はキューちゃんを守るためではない。わたしがお金と街での権利を得るため、そして街の人に薬を届けるためだ。そう、わたしはあの熊を殺して、狩人になる。
狩人。今のわたしと、わたしが殺した狩人たち。一体何が違うのだろう。あの狩人たちとはまともな会話はしていないが、おそらく薬の材料としてのキューちゃんを狩り、それでお金を得ようとしていたのだろう。同じだ、今のわたしと。
キューちゃんにわたしがいるように、これからわたしが殺すあの熊も、きっと家族がいる。それは親かもしれないし、きょうだいかもしれないし、子どもかもしれない。
他の生き物から大切なものを奪うことで、わたしは何かを得ようとしている。でも、これはきっと特別な事ではない。熊だって、ヒトだって、何かのために他の動物を殺す。そう、この世界ではありふれたこと。だから、わたしは――。
わたしは熊に向かって急接近し、そのままの勢いで頭部を殴りつけた。




