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再会とビーフシチュー

 アレアさんとの会話の後、わたしはキューちゃんを引き取るために薬局に戻った。宿探しがあっさり終わったおかげで、陽はまだ沈みかけと言ったところだ。


「おかえりボサ姉ちゃん!早かったね」


 中に入ると、本を読みながら店番をしていたスレイくんに出迎えられた。スレイくんもこうして働いて、お小遣いを得ているのだろうか。働いてお金を得て、そのお金で何か他のものを得る。それが街のルールなら、文無しで街を訪れたわたしはあまりに無謀だ。そして、なんとかなってしまったのは凄く幸運な事なのだろう。

 スレイくんに図書館に泊めてもらえることになった旨を伝え、スレイくんからはわたしがいない間の話を聞いた。グレイさんはまた街のどこかに薬を運びに行ったらしい。グレイさんもなかなか忙しそうだ。キューちゃんを預けている間くらいはその場を離れないで欲しいと思わなくもないが、こちらは世話になりっぱなしなので、文句を言う気にはなれない。というか、わたしがここにいた間も、予定があったのにそれをずらしてわたしの相手をしていたのかもしれない。そうだとしたら、グレイさんには本当に迷惑ばかりかけている。そう考えると、グレイさんの行動が善意だけでなくわたしへの恐怖から来るものだとしても、やっぱり何かお礼をしたくなった。


 先ほどと同じ部屋で、キューちゃんは穏やかな表情で眠っていた。わたしがいない間、特に事件などは起こらなかったようだ。


「じゃあキューちゃん。ほんの少しの間だから、またちょっと我慢してね」


 眠っているキューちゃんにそう言葉を投げかけ、わたしはキューちゃんを風呂敷で包んだ。しかし冷静に考えると、他に方法が思い浮かばなかったとはいえ、このキューちゃんの運び方はあんまりな気がする。街から館に戻るまでには、もうちょっと良い方法を見つけておきたい。

 キューちゃんを背負って店の入り口まで行き、スレイくんにお礼を伝え店を離れた。グレイさんにはまた後ほど、明日にでもお礼を伝えに来よう。どうせ近所なのだし。

 スレイくんと話をしている間に、陽は沈んで辺りは暗くなっていた。この時間になると、この付近を出歩く人はほとんどいないらしい。近くの建物の中から音は聞こえても、外を歩いているような足音は聞こえなかった。

 図書館に戻ると、入り口で司書さんに会ったので、改めてよろしくの挨拶をした。どうやら、この図書館の司書さんはこの人しかいないらしい。背が高く、身体は細く、頭髪は少なめで、気弱そうな男の人。アレアさんが来る前は、この人が1人で図書館を切り盛りしていたのだろうか。1人で管理するには、少し大きすぎるように思えるが。質問しようかとも思ったが、なんとなくこの人との距離を縮めようとはまだ思えなかったので、挨拶と軽い会話をした後は早々にわたしに与えられた部屋へと向かった。


 部屋にたどり着き、風呂敷からキューちゃんを解放し、ベッドの上にそっと置いた。わたしは夜も眠らないし、きっとこのベッドはキューちゃん専用のものになる。

 先程も一度来た部屋だが、改めて部屋の情報を確認してみる。唯一の出入り口となる扉には鍵がついていて、その鍵はわたしが持っている。窓もついているので、飛び降りて抜け出すことも出来る。そんな事態にはならないと思うが。家具は、今キューちゃんがいるベッド、小さな机と椅子、空っぽの本棚の他には何もない。一応、机の上にはロウソクとマッチが置かれている。これで夜の灯りを確保するということだろう。館でキューちゃんの寝床になっていた部屋より狭い上に、家具も置いてあるせいで、なんだか窮屈な気分になってしまう。あと、この部屋はあの館より暗い。窓がついている向きとその大きさの関係で、月や星の光が入りづらいようだ。

 そこまで確認したところで、わたしはキューちゃんのすぐ横、ベッドの上に腰をかけた。

 昨日の夕方から今まで、なんだか凄く心が疲れた。とりあえずキューちゃんは快復してくれそうだし、街の中でキューちゃんを目撃されるということもなかった。こうして夜休む拠点も確保する事ができた。大変ではあったが、やらなくちゃいけないことは全て達成する事ができた。

 わたしは運が良い。運が良いというか、人に恵まれた。キューちゃんを治す事が出来る人と予め知り合えていて、出会った人が道を教えてくれて、さらには拠点を手に入れる手助けまでしてくれた。スレイくん、グレイさん、アレアさん。あと司書さん。街にいる間に、みんなにお礼がしたい。そんな気持ちがわたしの中に芽生えていた。

 しかし、わたしはお金を持っていない。お金を持っていなければ、お礼の品を買う事は出来ない。だから働いてお金を稼ぎたい。図書館での労働は宿代なのだし、何よりお礼をしたい対象である司書さんから貰ったお金でお礼を用意するというのも変な話だ。なので、図書館以外で稼ぐアテを見つけたい。何か、わたしでも出来るくらいシンプルで、図書館の労働の合間に出来るくらい拘束時間が短くて、4人分のプレゼントを買うお金をすぐ用意できる、おいしい仕事はないものだろうか。

 そんな事を考えていると、足音が部屋に近づいて来た。足音は部屋の前で止まり、続いて扉をノックする音が聞こえる。わたしはキューちゃんの上にサッと毛布をかけた。


「あ、あのボサちゃん、アレアです。一緒にご飯を食べない?」

「ご飯?ちょっと待ってね」


 ご飯か。まあ食べる必要はないんだけど、アレアさんが何を食べさせてくれるのかは気になる。そういえば、アレアさんは困った事があったら話して欲しいと言っていた。食事のついでに色々質問してみよう。キューちゃんを一人きりにしてしまうのが不安ではあるけれど、鍵を閉めていけば誰も入れないはず。そしてこの部屋にキューちゃんがいると知っているのはわたしだけだ。



「簡単ですぐにたくさん稼げる仕事……流石にちょっと都合が良すぎじゃない?」

「だよね」


 わたしの儚い希望はあっさりと打ち砕かれてしまった。まあそんな都合のいい仕事があったら、みんなそれをやっているに決まっている。


 ここは図書館から少し歩いた場所にあるレストラン。てっきり図書館の建物の中でごはんを食べると思っていたのだが、あの建物は家事対策でキッチンの類はなく、パンなど保存の効く食べ物が置かれているだけらしい。

 図書館の中での食事だと思ったからキューちゃんを置いてきたのに。意外と離れた場所に来てしまったため、キューちゃんが心配になってきた。


「アレアさんはどうやってお金を稼いでるの?やっぱり図書館の仕事で?」

「あ、ううん、私は貯金があるの。本格的に研究を始める前に、しばらく働いててね。後はたまにある発表会でちゃんと研究の成果が報告できると、ある程度のお金がもらえるの。大した金額じゃないんだけどね」


 なるほど。それで研究漬けの生活が出来ているのか。そして研究成果の発表でもお金がもらえる。わたしには縁がなさそうな世界だ。

 お金の事を悩んでいるうちに、料理が運ばれて来た。


「お待たせいたしやした。こちら、ビーフシチューでございます」


 料理が見える前から、嗅覚がこれは美味しいと訴えかけてくる。皿の上には、わたしの知らないスープのような料理が盛り付けられており、一緒に輪切りのパンが添えられていた。スープのようだけど、なんだかトロっとしている。ビーフと言うからには、見えているこの具は牛肉なのだろう。そういえば、キューちゃんと出会ってから肉の類を食べるのは初めてだ。キューちゃんはお肉を食べないし、わたしが食べるにしても料理が面倒そうだったし、何より不要な食事のために森の動物を殺すのに抵抗があったし。

 わたしが料理に目を奪われていると、料理を運んできた男性が声をかけてきた。


「こいつぁ驚いた。ここにも来るんだな、ボサちゃん」


 名前が呼ばれた瞬間、わたしは警戒を強めた。

 どうしてこの人はわたしの名前を知っているの?わたしを知っている人間は限られているはずだ。何者?とりあえずわたしはこの人を知らない。料理をするためと思われる白い服を着ていて、髪を後ろでまとめていて。


「おいおい、もう忘れちまったのかあ?ボサボサちゃん」


 そう言って男はニイっと笑ってみせた。お世辞にも綺麗とは言えない、黄ばんだ歯が見えた。あ、この表情は見覚えがある。


「……シャグラ?」

「へっへ、奇遇だねえボサちゃん」


 ヨレヨレの帽子も、くたびれた外套も、手入れされてなさそうな髭もなくなっていたが、その男は紛れもなくあのシャグラだった。


「えっ、おふたり、知り合い?」


 状況を全く把握できていないアレアさんが戸惑っている。説明して落ち着かせたいが、正直なところ、わたしも状況がよくわからない。どうしてシャグラがこの街のレストランで料理人をやっているのか。いや、街に行くとは言っていたけど、ばっさりイメチェンして、料理人をやっている理由が理解できない。


「おおすまねえ、どうやら混乱させちまってるみたいだな」


 そう言うと、シャグラは経緯を説明し始めた。

 どうやらわたしと別れた後、予定通りこの街に着いたは良いものの、そこで路銀が尽きてしまったらしい。そのため、お金が集まるまでは、このレストランで料理人として働くらしい。そして働く条件として、あの髭は剃ってしまった、と。


「まあ髭なんてほっときゃまた生えて来るさ」


 わたしとしては剃っている方が好ましいので、そのままでいて欲しい。


「ま、そういうわけさ。ボサちゃんもそっちのお嬢さんも、食事の邪魔して悪かったな。まだ冷めちゃいねーと思うから、そのシチュー味わってくれよな。俺のお手製だ」


 そう言ってシャグラは店の奥に戻っていった。まさか、こんな場所でシャグラと再会するなんて。そして最後の言葉で目の前の料理の存在を思い出した。シャグラのせいでせっかくの食事の気分が吹き飛んでしまっていた。

 とりあえず気を取り直すため、輪切りにされたパンの1つをかじろうとした。


「あっ、ボサちゃん待って」


 アレアさんに声をかけられる。


「えっ、どうしたの?」

「そのパンはね、ビーフシチューに付けて食べるんだよ」


 そう言うと、アレアさんは手元のパンのひとつを手に取り、スープに付けた。固めに焼かれていたパンにスープが滲み、少しずつ柔らかくなっていく。アレアさんはスプーンで具の肉を取り、それをパンの上に乗せて、わたしの方に差し出した。


「え、えっと……ボサちゃん、食べてみて」


 顔を近づけ、パクリと食べる。食べる時に、わたしの牙がアレアさんの指をかすってしまった。


「ああっ、アレアさん、ごめん」

「ううん、大丈夫。それより、シチューはどう?」


 口に含んだパンからスープがこぼれ、口の中に広がって行く。なんだろう、これは。森の木の実も、シャグラのドングリクッキーも、こんな風味はしなかった。甘いとも酸っぱいとも違う。噛んでいると、直に肉からも汁が溢れ出した。この味も初めてだ。ただ、ひとつだけ、確かにわかることがあった。


「おいしい」


 自然とそんな言葉が漏れ出ていた。わたしは次のパンをシチューにつけ、アレアさんの真似をして上に肉を乗せて、またそれを口に運んだ。なんだこれは。温かい。火を使った料理なんてしないから知らなかったけど、温かい料理がこんなにおいしいなんて。人が料理のために、わざわざ火なんていう面倒で危ないものを使う理由がわかった。この味は、一度知ったらもう忘れる事は出来ない。

 いや、わたしは本当にこの味を知らなかったのだろうか。それとも忘れていたのだろうか。唐突に記憶喪失のことが頭によぎり、落ち着いてしまった。そう考えながら、わたしはもう一切れ、パンを手に取った。


「ふふっ、喜んでもらえたみたいね」


 アレアさんはスープにつけたパンを食べながら、わたしを眺め優しく微笑んでいた。




「今日はどうもありがとう。シチューの味、クセになっちゃったかも」


 レストランを出てから、アレアさんにお礼を言った。わたしはお金を持っていないので、当然レストランの代金はアレアさん持ちになってしまった。今朝、一番最初に助けたのはこちら側とはいえ、その後はお世話になりっぱなしだ。本当に今日は、色んな人に助けられ続けている。ただ、少々疑問でもあった。


「アレアさんは、どうしてそんなに親切なの?」


 わたしからアレアさんにしてあげれた事といえば、散らばりかけた本をすんでのところで拾って、図書館まで荷物を運んだくらいだ。そしてその見返りは、薬局まで道案内してもらうという形ですでにいただいている。わたしの宿を確保する手伝いに加えて、食事まで奢ってくれるのは、やり過ぎなように思えた。

 わたしの質問に、アレアさんは少々間を置き、少し苦そうな表情をしながら答え始めた。


「……この際だから正直に言っちゃうね。理由は3つあります。1つ、同居人になるボサちゃんを歓迎したい。2つ、ボサちゃんの境遇に同情している。そして3つめ。……これが理由としては一番大きい。私は、ボサちゃんを調査対象として見ている」


調査対象。……とりあえず、話の続きを聞いてみよう。


「私は、個人的な興味として、ボサちゃんの正体を知りたいと思っている。……ボサちゃんが図書館に泊まれるよう協力したのは、調査対象として近くにいて欲しいからという節があるの。……夜ごはんをご馳走したのは、当然歓迎の意味もあるけど、あなたを観察してみたかった。そして、あなたにこんな接し方をしてしまっていることへの、私なりの罪滅ぼし。……ごめんなさい」


 そこまで言うと、アレアさんは俯いてしまった。

 調査対象。調査対象か。まあ、わたし、ちょっと希少種みたいだし。ヴァンパイアかなんなのかよく分からない人外だし。正直、ショックではある。……だけど。


「アレアさん、正直に言ってくれてありがとう」


 わたしがそう言うと、アレアさんはわたしの顔の方を向いてくれた。


「……たとえ打算からの行動でもね、わたし、嬉しかったよ。協力してくれたことも、シチューをご馳走してくれたことも。それに、わざわざ罪滅ぼししてくれるってことは、単に調査対象としてしか見ていないわけではないんでしょ?」


 頑張って笑いながら、アレアさんに言葉を伝えようとする。感謝の気持ちは本当だし、正直に話してくれたアレアさんの誠実さに応えたい。


「アレアさん、これからよろしくお願いします」


 わたしを見つめるアレアさんの瞳は、うっすら潤んでいるように見えた。



ようやく、見つけた。

今すぐに顔を合わせて話したい。ただし、2人だけで。



 図書館で過ごした最初の晩。結局キューちゃんは昨日の晩から朝、昼、そして今晩と、ほとんどの時間眠っていた。間違いなく状態は良くなってると思うけれど、こんな事は初めてなので、やはり心配になる。

 そこで気付いた。わたしはわたし自身の事よりも、先にエキュワスという生き物について知る必要がある。エキュワスについての知識を増やして、キューちゃんをもっと助けられるようにならなくちゃいけない。だから、エキュワスについて知っているらしいグレイさんから話を聞き出さなくては。……聞きだせるのかな。

 ここは図書館なのだから、自分で調べるというのも手段としてはありだ。夜が明けて、頼まれるであろう図書館の仕事をこなしたら、グレイさんに会いに行ったり、本を読んだりしてみよう。

 ……ああ、そうだ、お金を稼ぐアテも見つけないと。きっとまたグレイさんに薬を譲ってもらったり、アレアさんとご飯を食べに行く機会がある。その時にまた自分で対価を支払うことが出来ないのは、流石に心苦しい。特に薬に関してはキューちゃんに関わることだし、お金がないから断るということも出来ない。一番優先しなくちゃいけないのは、お金を稼ぐことかな。わたしに出来て、あまり時間がかからなくて、たくさん稼げるお仕事。ないだろうけど、あるといいなあ。

 ベッドに座るわたしの横で眠っているキューちゃんを膝の上に乗せ、頭を撫でながら、ゆっくりと夜が明けるまでの時間を過ごした。夜の街は、葉が擦れる音も聞こえず、森よりも静かだった。


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