第四十話 港町へ向かう
――三日後。
カイルは出発前にアイリスの両親の元を訪れていた。
事前に話していた通り、本当に話はついていたようだ。
アイリスの母親は笑顔で送り出す一方、父親の表情はどこか哀愁を漂わせている雰囲気が対照的だった。
カイルは両親に挨拶を済ませると、カイルとアイリスは彼らに背を向けて係留している馬車へと向かう。
すぐ隣を歩いているアイリスは、自身の体格から大きくはみ出た丸々と太ったリュックを背負っていた。
「探検家かな?」
「お、重たいよー」
そう言いながら、アイリスはリュックを肩から降ろして地面に置いた。
カイルはそのリュックを抱き抱えると、そのまま馬車の荷台に積み込む。
「ありがとう」
「何でこんな大荷物なんだ?」
「長旅になると思って……それで色々詰め込んじゃって、気付いたらこうなってたの。これから改めてよろしくね!」
「よろしくな!」
アイリスはニコっと微笑むと、そのままぴょこっと荷台に乗り込んだ。
両親に見送られながら、馬車はゆっくりと速度を上げていく。
王都を出発してからしばらく進み、途中寄った村の飲食店で食事と休憩を取る。
「すんなり話がまとまったように思ったけど、反対されなかったのか?」
「もちろん最初は危ないからって反対されたよ」
「そうだろうな。なんて言って説得したんだ?」
話を聞くと、アイリスがいつも図書館で調べ物をしていたことを両親は知っていた。
調べている内容は空島のことで、実際そこへ行きたいとも話した。
王都やその周辺の街では、調べられることは調べ尽くしてしまっている。
だから、それ以上の情報を得るためには遠方の地にある図書館へ行く必要があるのだが、女の子独りで旅するのは危険である。
そこで各地を旅し、戦闘もこなせる人と一緒、その人が両親もよく知っているカイルならとアイリスは説得した。
最後は彼女の必死の説得と熱意に両親は折れてくれたようだ。
(いざという時は、以前ゴブリンに襲われた時のように自分が命を懸けてアイリスを守らなければならない)
それは出発前にアイリスの両親にも固く約束した。
「熱意が伝わって、それに理解のある両親でよかったな」
「そうだね、お父さんとお母さんには感謝してるよ」
ここで食後に持ってきてもらうよう頼んでいた紅茶が運ばれてくる。
カイルとアイリスは、それぞれに運ばれてきた紅茶のカップへミルクと砂糖を入れてスプーンでゆっくりとかき混ぜた。
スプーンをカップの皿の上に置き、次にカップの取っ手へ指を滑り込ませると口元へ持っていき、一口味わう。
紅茶の豊かな香りに安らぎを感じつつ、カップを皿の上へ戻す。
「カイル、これからどうするの?」
「まずは港町ポートリラに向かう。そこから船に乗って別大陸へ行く」
「そこで新しい特産品の仕入れだね」
「そうだな、俺は自分の店を持ちたい。そのための開店資金が必要で、大陸へ行くのもそのためだ。交易路が遠いほど利益も大きくなるから、早く資金が貯まる」
「ふむふむ……自分の店かー。カイルからそんな話初めて聞いたような気がするけど、前から言ってたっけ?」
「ぼんやりとは考えてたけど、はっきりと意識したのは最近だな」
「何かきっかけでもあったの?」
カイルはアイリスにアマルフィー商会での出来事を説明した。
「信用を得るためには自分のお店を持つ……あ! あの時の私への謎感謝はそういうことだったのね。その開店資金っていくら必要なの?」
「ざっと見積もって金貨1000枚ぐらいだな」
「貯まるころには世代交代してそう」
「数十年単位って……国家事業か!……よしそれじゃ、そろそろ出発するか!」
談笑も交えて十分に休憩を取った二人は、会計を済ませ馬車に乗り込むと港町ポートリラを目指す。
数日でポートリラに着くかといったところで、馬車の周囲に異変を感じた。
この辺りでモンスターといえばゴブリンぐらいしかいない。
馬車の速度を徐々に落とし、辺りを警戒する。
幸い日はまだ昇っていて視界は十分確保できた。
馬車を停止させると荷台に移動し、中のアイリスに合図する。
「ゴブリンの襲撃だ。アイリス、荷台に隠れてろ。俺が相手してくる」
荷台から外に出てると、ゴブリンの数を確認する。
(1、2、3……今回は数が多い。馬車の正面に六体いるな……一人で相手するには少し数が多い……だがやるしかない)
これまでの経験でゴブリンの相手は慣れているので、カイルは流れるように次々と倒していった。
(よし、これで最後だな)
六体目のゴブリンに止めを刺した。
ふと馬車の方を振り返ると、荷台にゴブリンが三体近づいている。
(しまった……まだ隠れていたのか!……いや、さっき戦ったのとは別の集団か? 漁夫の利を狙ったか)
すぐ戻れば十分間に合い、応戦できる距離である。
カイルは荷台の方向へ駆け出し、横から荷台を追い抜こうとした時――
「アイスアロー!」
直後、氷の矢が荷台の中からゴブリン達目掛けて一直線に飛び、そのうちの一体に突き刺さる。
氷の矢を胸に受けたゴブリンは、そのまま崩れ落ちた。
カイルは荷台を通り過ぎてから、一瞬後ろを振り返り荷台の中の様子を確認する。
左手に開いた魔導書のようなものを持ったアイリスが、先程放ったアイスアローの出来栄えにご満悦そうな表情をして立っていた。
カイルは正面の残っている二体のゴブリンを倒すと馬車に戻ってくる。
「さっきのは……魔法……なのか?」
「そうだよ。ファイアボルトだともしかしたら馬車燃えちゃうかなーっと思ってね」
「いつ覚えたんだ?……いや、それより魔法を使えたのが驚いたぞ」
「カイルの足手まといにならないように内緒で隠れて練習してたのよ」
この世界には魔法が存在する。
それは魔法適性のある極々限られた者にしか扱うことはできず、カイルには魔法適性は全くない。
カイル自身魔法が使えないので、それがどういったものなのか詳しく把握していなかった。
アイリスが魔法を使えるようになった経緯は、図書館で調べものをしてると魔法に関する本があってその写本を手に入れた。
写本を使って試しにやってみたら偶然できて、最初は安定しなかったが徐々にコツを掴みだした。
練習を重ねるうちに、さっきの威力で魔法が発動できるようになったと説明する。
「これからはモンスターに襲われたら、カイルの戦いの補助もできるよ」
「それは助かるな、ありがとう!」
「ふふーん、これは私の契約金も跳ね上がりますなー!」
「よし! 今の契約金が金貨0枚だから、奮発してその10倍支払おう!」
「あ! この馬車の荷台、ファイアボルトの練習に使えそう」
「……わかった、今日の宿泊先での夕食は好きなもの食べていいぞ!」
「ふふ、やったー!」
数日後の日が落ちてきた頃、港町ポートリラに到着した。




