第三十九話 新たな決意
カイルは以前マグロックからもらった紹介状を封筒から取り出す。
紹介状に目を通しながら宿泊中の部屋の椅子に座ると、今後の行動について考える。
(この紹介状があれば、組織相手との取引ができる。そうなると取引量も増え利益も大幅に上がるな)
彼は二つのギルドへの所属経験でギルドでの仕事のやり方を身に着けた。
ギルドでの経験は重要ではあるが、今の彼にとってあくまで行商人の糧として考えている。
だから、以後もずっとギルドに所属して活動しようとは考えていない。
しばらく思案した後、彼の中でマグロックからの紹介先を実際に訪ねてみる結論へ向かいつつあった。
(新たな経験を得られるかもしれない。いずれにしても会っておいて損することはない)
決心がつくと、カイルは紹介状を封筒に仕舞うと椅子からすっと立ち上がる。
封筒を鞄に仕舞い、部屋の明かりを消してベッドに入り込むと瞼を閉じた。
――翌朝、出発の準備が整い馬車へと乗り込む。
王都から紹介先へは馬車で10日ほどの距離である。
目的地までの道のりは治安が良いので、何事もなく昼頃に到着した。
街の宿に向かい、宿泊の手続きを済ませると飲食店で昼食と休憩を取る。
紹介先の屋敷へは馬車で向かった。
屋敷の門近くまで来ると、馬車を降りて通行人の歩行が妨げられないよう道の端へ係留する。
その後、門に向かって歩いていくと、ちょうど屋敷の使用人らしき人が出てきたのでカイルは声をかけた。
「すみません」
「はい、何でしょうか?」
使用人へマグロックから紹介状を持っており、屋敷の主アマルフィーと商談したいと説明した。
カイルからの説明を聞いた後、使用人はしばらく待つように告げると屋敷の中へと入っていく。
再び使用人が戻ってくるとカイルは係留していた馬車を屋敷の庭の中へと移動させた。
そこで再び係留し、使用人に準備完了の旨を伝えると屋敷の二階の応接室へと案内される。
椅子に座り、ほどなくして扉が開くと男性が入ってきた。
椅子から立ち上がり、その男性に近づくと挨拶をする。
「カイルと申します」
「アマルフィー商会のアマルフィーです」
ギルドと商会は名称こそ異なるものの、役割としては基本的に同じである。
厳密には仕事内容が若干異なるのだが、現状あまり分類するほどの意味合いを持たないので命名する際、主の裁量に委ねられている。
二人は握手を交わす。
「使用人から聞いたよ。マグロック氏の紹介状を持ってきたんだってね。まずは椅子に座って」
「それでは失礼します」
カイルが着席するのを確認すると、アマルフィーはマグロックとの思い出を話始める。
それをカイルは興味深く聞き、マグロックの意外な一面も知ることができて嬉しかった。
「……おっと、少し話が脱線してしまったねー。本題に戻そう。内容は新規取引の商談と聞いたけど?」
「はい、そうです。あなたと是非取引をしたくて伺いました」
「わかりました。商談に入る前に軽く目的を聞かせてもらってもいいかな?」
カイルは現在行商人をしていて、取引規模を拡大したい旨をアマルフィーに説明した。
一通り説明した後、アマルフィーの顔を見据えて返事を待つ。
それまでアマルフィーは柔和な表情だったが、カイルの話を聞いた途端に失われた。
「お引き取りください」
一瞬聞き間違えかと思ったが、相手が紹介状の真偽を疑っているのではとすぐ考え直した。
「これは失礼いたしました。マグロックさんからの紹介状は偽物ではありませんので安心してください」
「……そういうことではありません」
(違った? もしかして気付かぬうちに何か失言をしてしまったか?)
「何か失言をしてしまったのなら謝罪します」
「あなたは行商人をやっていて取引規模を拡大したい。唯一信用できるのはマグロック氏からの紹介状のみ。これだけで、どこの誰かも分からないあなたをすぐに信用できると思いますか?」
(そういうことか……確かに紹介状以外に信用を示すものはない)
「……返す言葉もありません……」
「あなたは紹介状さえあれば取引できると考えていたのかもしれません。正直に言いますと甘いです。抽出して甘味料として売り出したいぐらい甘すぎです」
「……紹介状だけでは新規取引の商談はできないということでしょうか?」
「端的に言えばそうなりますね」
「ではどうすれば可能になりますでしょうか?」
「それは自分で考えてください」
カイルは紹介状さえあれば取引できると考えていた自身の浅はかで軽率な行動を反省した。
「……わかりました。本日は貴重なお時間を頂きまして誠にありがとうございました」
礼を言うと席を立ち上がる。
「カイルさん」
「はい」
「一つだけ。……信用とは何か? ここをよく考えてみてください。その答えが見つかったらもう一度いらしてください」
「わかりました。ありがとうございます」
カイルは再びアマルフィーに礼を言うと屋敷を後にした。
係留していた馬車に戻り、馬にまたがる。
屋敷の敷地から外へ出てしばらく進み、通行の妨げにならないところで馬車を停止させる。
そこでアマルフィーとの会話を振り返った。
(紹介状が信用の担保になっているという考えが甘かった。それだけでは信用には値しない。もっと他に俺自身を信用してもらう何かが必要なんだ)
カイルは思考を巡らせる。
(他の信用……それは何だ? 実績? ギルドでの実績? 依頼達成の実績?)
色々考えてはみるものの、どれも腑に落ちるものではなかった。
思考を一時中断して宿に戻る。
初めて訪れる街だったので取引所で情報収集を行い、特産品を仕入れた。
一通り街でやるべきことを終えると翌日、王都への帰路に着く。
王都に帰還してから数日後、カイルは仕事を終日休みにして街に繰り出していた。
昼からアイリスと一緒に食事をして、それから散歩をする約束をしている。
二人は散歩の途中で広場に着くと、空いているベンチを見つけて座る。
座った正面から目線を少し奥に移すと噴水があり、水が綺麗なアーチを描いて流れていた。
その周りで子供たちが無邪気に遊んでいる。
「この前ね、お父さんとお母さんもカイルと一緒に行く?って冗談で言ってみたの」
「店はどうするんだよ?」
「その時は……探さないでください。長年のご愛顧いただきありがとうございました。になるかなー」
「唐突だなー」
同時に二人が笑い始める。
「そしたらね、お父さんがこうしてお客様にいつも通ってもらえるのは自分の店を構えているからだよって言ってたの。それが積み重ねてきた信用なんだよって……もう真面目なんだから」
「…………そういうことか!」
カイルは急に何かを閃いたような表情になる。
「わー!びっくりしたー。どうしたの急に?」
「ありがとう。アイリス!」
「え? 私何かしたっけ?」
「あー、十分すぎるほどにな」
「なんかよくわからないけど、カイルの役に立ったのならよかった」
「……よし決めた! そろそろ王都を離れることにする」
「今度はいつ帰ってくるの?」
「わからない、もしかしたら戻ってこないかもしれない……」
「……そっかー、もう会えないかもしれないんだ……」
アイリスは悲しそうな表情をした後、俯く。
「…………一緒に来るんだろ?」
カイルの言葉を聞いたアイリスは、ゆっくりと顔を上げた。
その表情はついさっきまで落胆していたのが嘘のように、まるで花が咲いたような明るい笑顔だった。
「いつ出発するの?」
「3日後でどうだ?」
「わかったよ。両親を説得してみるね。と言っても実はもうほとんど話つけてあるんだなー、ふっふっふー」
「抜かりないな!」
「ふっふっふー」
アイリスはドヤ顔で得意げに話す。




