第四十一話 客船での戦い
ポートリラでは定期的に大陸とを往復する客船が就航している。
カイル達は町に着くとさっそく乗船手続きを済ませ、翌日出港の便を確保した。
「海だー!」
「アイリスは海見るの初めてなのか?」
「初めてじゃないけど、あまり見る機会が無いからね。だって、王都の周辺って海がないから」
行商人をやっていると各地を旅するのでカイル自身、海を見るのは珍しくなかった。
「確かにそうだな。明日の乗船まで特にやることないし、宿を取ったら今日は散策でもするか?」
「そうしよ!」
二人は王都からポートリラまでの移動による疲労を癒し、出港の時を待った。
――翌日。
カイルとアイリスは予定通り、乗船し船内を散策していた。
少し値は張るが、この客船には馬車ごと乗船できる。
「ねー、大陸ってどんなところなの?」
「……実は俺も行くのは初めてだ」
「それじゃ、どんなところなのかお互い今から楽しみだね!」
「そうだな」
船員が笛を鳴らし、出港の合図を知らせる。
「桟橋から船が離れていくわ」
船のデッキに上がり、その様子を眺めていたアイリスが隣のカイルに伝える。
町は船から徐々に遠ざかり水平線と同化すると、やがて見えなくなった。
――出港から数日が過ぎた昼頃。
「周りは海ばかりで島一つ見えなくなっちゃったね」
デッキに上がった二人は代り映えしなくなった景色を見ながら談笑していた。
――突然船体が揺れ始める。
「な、なんだ!?」
と乗客達がざわつき始めた。
揺れはだんだん激しくなってくる。
乗客の一人が叫ぶ。
「モ、モンスターだ!!」
声が聞こえる方へ視線を向けると、そのモンスターは海面から姿を現していた。
「大きいタコ?」
アイリスが呟く。
「あれはオクトドンと呼ばれているモンスターだねー」
カイル達が振り返ると帽子を被った青年が立っていた。
「さて、どうするかねー。困った、困った」
「あなたも早く逃げた方がいい」
「そうさせてもらうよ」
会話をしている間にオクトドンは船首付近から船体へと乗り込んでいた。
オクトドンからできるだけ遠ざかろうと乗客が船尾の方へ続々と集まってくる。
「に、逃げろー!」
「逃げるったってどこに逃げるんだよ!」
「確か脱出用の小舟があったはずだろ!」
そうしている間にもオクトドンは、カイル達乗客が群がっている船尾の方へゆっくりと迫って来る。
「だ、誰か戦える者はいないのかー!」
その問いかけに応える者は誰もおらず、武器を携えて抵抗しようと動きだす者もいなかった。
船内はさらに混乱し、混沌に包まれる。
(このままでは全滅するな。俺が抗ってみるか)
「アイリス、俺が何とかする。援護してくれ」
「わかったわ」
二人は人混みを掻き分けて船尾から船首の方へ駆け出す。
オクトドンは船尾の群衆に気を取られていたので、構造物の陰に隠れながら横をすり抜けて船首付近へ到達することができた。
「火が船体に燃え移らない程度の威力でファイアボルトをあいつに放つことはできるか? 船首にいる俺達の方へ誘導したい」
「やってみる!」
アイリスはポーチから魔導書を取り出すと、魔法の詠唱を開始する。
「ファイアボルト」
形成された炎の矢がオクトドンに飛んでいき――命中した。
オクトドンは一瞬動きが止まると、くるりと体を船首の方へ向けて攻撃してきたカイル達の存在に気付く。
カイル達の排除を最優先に定めたオクトドンは、ゆっくりと船首の方へ向かってくる。
「うまくいったな! アイリス、危ないから後ろへ下がってろ。後は俺が何とかする」
「待って、カイル。ダガーに魔法をかけるわ」
カイルがダガーを鞘から抜くと、アイリスは魔法の詠唱を開始する。
「エンチャントサンダー」
ダガーの刀身が雷を帯びる。
「ダガーに雷属性を付与したわ。効果は攻撃したモンスター限定のはずだよ」
「助かる!」
カイルはオクトドンへ一気に駆け出す。
(軟体だから体や触手に有効打はおそらく与えられないだろう。それなら!)
オクトドンに飛び掛かり眼を狙う。
命中。
(よし!)
確かな手ごたえを感じた直後、カイルの体へ触手が絡みつく。
(しまった!)
触手で身動きが取れないカイルは空中に持ち上げられ、そのままデッキに叩きつけられる。
「ぐっ!」
全身に激痛が走った。
「カイルー!!」
船首の方からアイリスの悲痛な叫びが聞こえる。
(大丈夫、骨は折れていない。まだ動ける)
触手にダガーを突き刺すと拘束が一瞬緩くなった。
その隙に拘束から逃れて立ち上がり、反撃体勢を整える。
(もう片方の眼を!)
攻撃しようと飛び掛かるが、今度は狙いが少し外れてしまう。
(次の攻撃がくる!)
突き刺さったダガーを引き抜き、カイルは身構えた――だが、何も起こらなかった。
(どうやらエンチャントサンダーがだいぶ効いているようだな)
オクトドンは攻撃の意思を無くし船外へ移動し落下すると、そのまま海中へと消えて行った。
脅威が去ったのを確認すると、アイリスがカイルの元へ駆け寄ってくる。
「カイル!」
「あー、少し痛むが大丈夫だ。それに傷薬もある」
「よかったー!」
アイリスは安堵の表情を浮かべる。
二人は船尾に集まっている乗客達の元へ向かった。
「モンスターは撃退したので安心してください」
その言葉を聞いて乗客達は、ようやく落ち着く。
それからカイル達へモンスターを撃退したことへの称賛の言葉を送る。
「あのオクトドンを退けるとは実にお見事でしたな。そういえば先程、お嬢さんが繰り出していたのはもしかして……魔法ですかな?」
初老の男性がカイル達に近づき話しかけた。
その発言を聞いた周りの乗客もカイル達に注目する。
アイリスが回答しようとしたが、先にカイルが返事した。
「いえ、あれは魔法ではなく特殊な道具の効果です」
「わしの見間違えか……。確かに魔法のように見えたのだがねぇ。……ちなみにその道具を売ってもらうことはできんかね?」
「あいにく、さっきのが最後で在庫切れになってしまいました」
「ほぉ、それは残念……」
そう言い残すと初老の男性はアイリスと魔導書を一瞥した後、カイル達の前から離れて行った。
会話が終了すると、カイル達に向けられていた他の乗客達からの興味も失われ、各々の行動を取り始める。
船内は再び落ち着きを取り戻した。
カイルとアイリスは船尾から船内の周りに人がいないところへ移動する。
「なんでさっき本当のこと言わなかったの?」
「魔法使いは希少な存在だろ? 他の乗客も見ている前で話すと何かと面倒なことになると思ったんだ」
「そういうことね」
想定外のアクシデントがあったものの、船は当初の予定通り目的地を目指すこととなった。
――翌日、カイルとアイリスが船内の通路を歩いていると、ふいに誰かから声を掛けられる。
「よっ! 元気かい?」
声をかけたのはオクトドンに襲撃された際、モンスター名を教えてくれた青年だった。
「よかったらどう? この後三人で夕食でも。……あっ、そうそう。自己紹介がまだだったね」
互いに自己紹介を済ませた後、ロゼキットと名乗った男に誘われて三人で食堂へ移動した。
「いやー、君達のお陰で助かったよー。あの時はどうなるかと……誰も犠牲者が出ず、海に落ちた人も全員救助されて本当によかったよ」
ロゼキットは肉の網焼きをナイフで一口サイズに切り、フォークで刺すと口の中へ運ぶ。
「その割には、あの時落ち着いているように感じたな」
「そう? 実際すごい焦ってたよ。ほら、見ての通り俺、手ぶらだし全く戦えないからねー」
ロゼキットは両手を自身の顔の横で広げ、ひらひらと動かした。
「ところで大陸には何しに行くの? うーん、彼女も一緒ってことはー」
「ち、違います! 違いますー!」
アイリスが慌てて訂正する。
カイルはロゼキットに自分が行商人をやっていることや、アイリスの旅の目的などを説明した。
「なるほどねー」
「あなたは何の目的で大陸へ?」
「俺も仕事関係だね。新天地を求めてって感じかなー。危うく海の底が俺の新天地になりかけてたけどね」
その後も話は盛り上がり、三人は会話を楽しむ。
「……おっと、そろそろいい時間だね。今日は楽しかったよ」
会計を済ませると三人は食堂から出る。
通路を道なりに進むと、二手に分かれていた。
「それじゃ、ここで」
ロゼキットはカイルとアイリスから離れ、別の通路を歩いて行く。
――十数日後、船は無事目的地に到着した。




