改竄
機巧兵は未だ動かず、大きな廃墟のように立ち竦んでいるが、間近に感じるその気配は、間違いなく「生きて」いた。
掃討波と鋭利でその状態の機巧兵を屠りながら、アレンは焦りと共にレフを見た。レフは今はユヴィリアイゼの魔力の塊に対処しており、じりじりと魔法陣の上へと後退していっていた――
違う。
アレンは唇を噛んだ。
(わざとだ)
魔法陣を改竄するためにわざと後退しているのだ。怒り狂ったユヴィリアイゼはきっとそれに気付かない。気付こうともしないだろう。
レフェアイゼ=リノ・アイゼルトが己の記憶を犠牲にしてまでこの世界に執着しているなど、イリセ・アイゼルトはどうして思うだろう。
蒼穹に甲高い音を響かせて、レフがユヴィリアイゼの魔力を受け流した。体勢を崩し、そのことを利用して魔法陣に手を突き――
アレンとレフの目が合った。
言われなくとも分かる。レフが何を望んでいるのか分かる。
苛立つほどにすっきりとした、アレンを信じて疑わない、透明な眼差しと表情で、何一つとして覚悟も苦痛も匂わせず、ただアレンを見る。
酷い奴だ、酷い奴だ。
内心でそう罵りながら、アレンは正眼に剣を構えた。何度もそうしてきたように、目標を定めて宣言する。
「――+【掃討波】+!」
銀の光の大波が、一直線にユヴィリアイゼに襲い掛かった。使用者の使う威力が抑えられたものであるから、勿論ユヴィリアイゼは余裕でそれに対処できる。
しかし彼女といえど、それと同時に漏れ出した、掃討波と同じ色の光に気付くことが出来るだろうか。
レフが錬成した術式が、銀の光を漏らしながら魔法陣に溶け込む。その構成を改竄し、対象を書き換える。
同時にレフは、己の骨に刻むように、記憶を失ってもそれを完遂できるように、自分自身に命令を下した。それはちょうど、自身に休眠を命じるときに似ている。
『――機巧兵を撤退させよ。地下に戻して休眠を命じよ』
意図せずしてそれとまた時を同じくして、アレンが機巧兵の間から飛び出した。ユヴィリアイゼの動きに目を留めたのだ。走りながらアレンは叫んだ。
「レフェアイゼ!」
瞬間、レフの身体が強張った。
苦痛の命令が下されている。ユヴィリアイゼは〈記録〉を見限ったのだ。
レフは選択を誤った。イリセの区域を最後まで残すべきだった。ユヴィリアイゼにとって最も重要な、ゼアントに関する記録のある区域を。
ゼアントが巻き込まれた今、ユヴィリアイゼには何の躊躇いもないだろう。
レフが苦痛に悲鳴を上げた。アイゼルトの悲鳴に反応して、機巧兵たちが動き始める。軋むような音が大気でせめぎ合った。
ぎしぎしぎしぎし。
耳を聾するようなその音に負けじと、まだかなり距離のあるレフに向かってアレンは血を吐くように叫んだ。
「レフェアイゼ!」
左腕が痛む。そのせいか身体の平衡が上手く取れない。それでも常人以上に身体は動くと、「勇者」の意地に賭けてそう思う。
倒れ掛けたレフが踏み留まった。
足場が悪い。ユヴィリアイゼの重力鎚のせいで、平坦なはずの地面に起伏が出来、そしてレフたちの傍へ行くためには、一度崖のようになった部分を下り、そしてまた登らなくてはならない。機巧兵たちと魔法陣、あるいはレフとの間には、ユヴィリアイゼの重力鎚が容赦なく喰い込んでいたのだ。しかも背後から機巧兵の唸りが聞こえる。
ここで掃射をされては、今までのこと全部が無駄になる。
アレンは振り返り、怒鳴った。
「こっちだ! +【掃討波】+!」
ちかっと、撃孔が光った。複数。炎が一直線に空に昇ったが、掃討波の方が早い。まとめていくつもの攻撃を消し飛ばし、返す刀でもう一度掃討波を繰り出し、機巧兵も数十機を消し飛ばした。
それでも、減らない。
掃討波が掠った機巧兵は消滅せずに、動きが取れなくなってつんのめり、他の機巧兵と衝突して大破し、爆炎を上げた。何機も何機もその末路を辿っており、空が真っ赤に染まって見える。
炎の赤。血の赤。セレアイゼの赤。かつてリノ・アイゼルトに裏切られた男が彼女に捧げた感謝の色。
晩春の月だというのに、夏のように暑い。薄らと汗ばんでいる。アレンは傾斜を滑り落ちるようにして下りた。
「レフェアイゼ!」
アレンは駆け出した。機巧兵は所有者の指示を果たそうとするたびに邪魔をされ、今や完全にアレンを先に排除すべきとして認識しているらしかった。遠距離射撃の構えを潜め、今は全ての撃孔がアレンを向いている。
アレンは思わず笑った。
(そうだ、俺を見ろ)
奇妙な高揚感があった。まるで世界の中心に自分が立っているような、自分が全ての注目を集めているような。
そうでないことくらいは痛いほど分かっているけれど。
今だって仲間たちが必死になって戦っているはずなのだ。
撃孔が唸る。火炎と、空気の圧力と、氷と、鉄塊が四方八方から飛んできた。そのうちの幾つかはレフの機巧兵たちによって叩き落され、残りは掃討波で一掃した。掃討波の勢いはもちろん、飛来物を消し飛ばすだけでは収まらず、その向こうの機巧兵をも巻き添えにした。
それでも、湧いて出てくるように機巧兵はいる。
レフの悲鳴が上がった。
「レフェアイゼ!」
横手から奇襲。躱したのは本能の為せる業だ。アレンは左半身を後ろにずらし、剣で受け止めた一撃を左に流した。
「てめえっ……」
怒号を上げる。そこにいるのは人型の機巧兵五機。単純に計算して、通常の機巧兵二十五機分の力があるということだ。
「邪魔だ!」
ここは町中ではない。傷付けることを躊躇うべきものはない。
いかな人型の機巧兵とはいえ、掃討波を喰らえばひとたまりもない。アレンは掃討波を起動したが、直前に五機は散開し、それを避ける。
アレンは舌打ちし、別の機巧兵を取り敢えず掃討波で消し飛ばすと、目を付けた一機に飛び掛かった。アレンを避けようと上体を逸らすそれを柄で殴り飛ばし、一瞬地面から足が浮いた隙に、剣を放り出してその襟首を掴んで位置の前後を入れ替える。瞬間、右手に伝わる衝撃。背後の機巧兵たちが、仲間諸共にアレンを攻撃していたその全ての威力を、機巧兵一機が受けたのだ。即座にアレンは手を離し、左腕の痛みに呻きを漏らしながらも鞘を右手で腰から引き抜き、目の前に掲げた。
損傷した機巧兵が爆発した。鞘の防護が発動し、半円に広がる銀色の膜がアレンを守る。その奥で、またアレンが叫んだ。
「レフェアイゼ!」
防護が消えた。三機の機巧兵が一気に襲い掛かってくる。アレンは鞘をその場に落とし、叫んだ。
「+【召喚・剣】+!」
放り出した剣が瞬時に掌に収まる。
「うぜえんだよ!」
アレンは怒号を上げ、動かない左腕に苛立ちながら正面の一機を迎え撃った。無論、両脇から攻撃を喰らうことになるが、それは想定済みだ。
正面の機巧兵に足払いを掛け、同時に敢えて自分も体勢を崩す。
「+【鋭利】+」
囁くように詠唱し、自分の下敷きにした機巧兵の首を刈る。それでもまだもがく機巧兵に、やはり人間や機巧人ではないのだという納得と共に寒気を覚える。
両脇の人型の機巧兵が、片方は掌の、もう片方は口内の撃孔を露わにした。
片膝立ちの姿勢となったアレンは剣を構え、迷うことなく辺りに破壊の大波をばら撒いた。下半身を消し飛ばされて、二機の機巧兵が戸惑ったように瞬きする。
視界に映る人型の機巧兵の最後の一機を、追い縋るようにして捉え、肩から袈裟懸けに斬り捨てた。
今、アレンは言うなれば重力鎚によって生まれた谷にいる状態だ。レフを振り仰ぐ。レフはユヴィリアイゼの攻撃を一つずつ、必死になって受け流していた。
「レフェアイゼ!」
叫んだ。機巧兵の攻撃は止まない。集中砲火を浴びている。
「ちくしょう!」




