姫君、伝える
官吏に話を聞いていき、アーデット高地周辺の地理や町の分布などを把握していく。
それは一日では終わらず、部屋を貸してもらって泊まり込むこととなったが、物珍しげにレフを見る人間が続出したため、アレンの機嫌は急降下した。話を聞くべき官吏の方々の心臓を慮り、ユアンが一度レフを隅に引っ張って行き、「ちょっとアレンに甘えてみろ」という、レフからしたら意味不明な指示を出した。「は?」などと言いつつもレフはそれに従う素振りを見せたので、嫌ではなかったのだろう。
そしてユアンの狙いも見事に当たり、アレンの機嫌はあっさり直った。
(我が親友ながら、単純な奴め……)
ユアンは思わず内心でほくそ笑んだのだが、これには思わぬ副産物が付いて来た。
「かわいい、レフがかわいい」
アゼナが完全に心臓を撃ち抜かれ、話を聞くこともそっちのけに、レフをきらきらした目で見つめていたのだった。
そうしたことを繰り返し、アレンとレフを除く六人がどこで機巧兵に対処すべきか決めていく。
とはいえ、レフとアレンを除けば、機巧兵を相討ちに持ち込むことを得意とするアゼナ以外は、単独で機巧兵に向かうことは難しい。
「アゼナは猪突猛進型だから――」
「なにそれっ!」
「ヴェルガードさんと組ませて。ラデルとラシュカ、ユアンとリア、でいいかな?」
アゼナの抗議をさらっと聞き流し、アレンは締め括った。
「いいんじゃないですか。じゃあ、どの辺にいましょうか」
ラシュカもアゼナの抗議は無視する体勢で同意し、アゼナがむう、と頬を膨らませた。レフはそれを首を傾げて見て、少し考えた後、ふと思い付いたように手を伸ばし、アゼナの頭をぽんぽんと撫でた。アゼナは驚いたように固まった後、今度はぷるぷると震えるほど喜んでいた。
「アーデット高地に一番近いのはリリシャの町だろう? けど小さいから――レフ、どうすべきだと思う?」
ユアンが半ばレフを振り返りながら尋ね、レフはアゼナの頭に手を置いたままで答えた。
「姉は文明水準の高い町を優先して破壊するけれど、わたしが姉を相手取った場合、そんな細かいことを考えている暇はなくなるはずなの。だから機巧兵は、予め設定された通りに動くはず。つまり――」
レフは少し考えるように間を置いて、首を傾げた。長い銀の髪がさらりと揺れて、同じ色の長い睫が伏せられて頬に影を落とす。
「アーデット高地から近くて大きい町――アッセルやレレアを標的にしているはず。でもアーデット高地自体には人はいないから……、そうね、アッセルとレレアとリリシャを重点的に標的にしていると考えるのが自然。
でも本来の目的は大陸全体への掃射と記憶消去だから、警戒するべきなのはわたしが手を出したことによる変則の事態なの。もっとも、わたしが誘導の術式を〈記録〉からばら撒いたから、機巧兵はアーデット高地周辺に集まるはず」
レフはアゼナの頭から手を離した。
「だから――その三つの町にいてほしい。そうしたら被害の最大化は防ぐことが出来ると思うの。最善なのはわたしが早くお姉さま――イリセ・アイゼルトを下して機巧の盟主になることなのだけれど」
「無理はしないこと」
ヴェルガードがきっぱりと言い、レフは困ったように眦を下げた。それから、ヴェルガードには答えずに言った。
「晩春の月二十一日までにアーデット高地に着かないといけません。転移式は消費魔力が大きいので出来るだけ使いたくないのです。地道に進むことになりますので、もうそろそろ」
「分かった」
アレンが答え、微笑んだ。
「行こう」
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アレンたちがアーデット高地直近の町、リリシャに着いたのは、晩春の月の十二日のことだった。
本来ならばもっと早く辿り着けるはずだったのだが、いくらここがレフの守護の範囲から外れているとしても、通りすがりに見た機巧兵を放っておけるはずもない。どうしても追い掛けて破壊することになる。
「間に合ったので良しとします」
リリシャの城壁の外で、レフは鹿爪らしく言った。
彼女は散々、アゼイラでもないのだから少々放置したところで構わないと言っていたのである。そもそも誘導の術式のせいで、この辺りには機巧兵が密集している。出会わない方がおかしいのだと。実際、動きこそ今はないものの、ここからでも大量の機巧兵の存在が目で確認できた。住人は生きた心地がしないだろう。機巧兵に動きが無いからこそ、それは嵐の前の静けさのように彼らを圧迫する。
彼女とラシュカが乗る馬車の扉は開けられて、アレンたちは馬から下りてその前に立ち、簡単な話し合いの場となっている状態だ。レフが、少し話があると言ったため、町にも入らずにこんなところで馬車を停めたのだが。
「で? 今から殴り込みに行くわけ?」
貴族らしからぬ言葉を使って、ラデルが尋ねた。レフは少し考えた後で、頷いた。
「そうですね。姉が予期しないうちに行くことが一番かと」
そこで少し間を置いて、不意にアレンに向き直った。
「ごめんなさい、アレン。少し町に入っていて」
「は?」
アレンはきょとんとした。
「俺だけ? 何で?」
「アレン」
レフは少し責めるような目をして、彼の名前を呼んだ。アレンは渋い顔をしたものの、結局レフに逆らえず、「済んだら呼びに来いよ」と言い置いて町に入って行った。
「レフ?」
ユアンは思わず尋ねていた。
「何でアレンを外したんだよ? 逆なら分かるけど」
レフはそれには答えず、強い口調で言った。
「これから言うことを、アレンには絶対に教えないで。いいわね?」
納得して、というよりは迫力に押されて、ユアンたちは頷いた。レフはそれを確認してから、ゆっくりと、噛んで含めるように彼らに伝え始めた。
彼らの馬車が停まっている脇の街道を、何台もの馬車が通り過ぎていく。多くが町から出て行くもので、機巧兵から逃げようとしていることが分かる。
その馬車の車輪の音に紛れるようにして、レフは分かりやすいように言葉を選んで、明瞭に告げる。
馬車が十数台通り過ぎる頃、事態を理解したユアンたちの顔色は蒼白に転じていた。
リアでさえ眉根を寄せ、驚きを露わにしている。ラシュカは何か言おうとしては言葉に詰まり、アゼナは目に涙をいっぱいに溜め、レフの両手を握り締めた。レフは困ったようにその手を握り返している。
ラデルが、必死に冷静になろうとしながら言った。
「でも、そんなことをしなくても、まだ」
ヴェルガードは唇を噛んでいたが、一言責めるように呟いた。
「無理はしないようにと、言っただろう」
レフはますます困った顔をした。
「なんでだ」
ユアンが最も荒い口調で問い詰めた。
「何でアレンに席を外させた!?」
レフは少し表情を緩めた。
「あの人はわたしの使用者で、わたしに一番近い人。けれどあの人が――多分一番、わたしのことを大切にしてくれていると思うから」
あの人が辛いと思うから、と、まるで落とし込むように呟いた。
それから、ユアンを見て首を傾げた。
「どう思う? アレンはわたしを大切にしていると思う?」
ユアンは必死になって声の震えを押さえた。ともすれば泣いてしまいそうだったが、何とか押さえ込む。
「――ああ」
そう、答えた。
「あいつはおまえのことを、この世の何より大切に思ってるよ」
そう、と呟いたレフはどことなく嬉しそうだった。それから彼女はまた訊いた。
「彼は惜しんでくれるかしら?」
「惜しむだろうさ」
ユアンは答えて、その声は呆気なく震えた。
「これ以上なく惜しむだろうさ。だから、さ。ちゃんとあいつに教えとけよ、な?」
一瞬考えて、レフは素直に頷いた。




