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五方の守護者  作者: 陶花ゆうの
4 姫君が姫君に願うこと
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姫君、威嚇する

 昨日、アージェの王宮から転移したアレンたちだったが、彼らはレフが常識に欠如していることをすっかり忘れていた。


 レフは、あろうことか、エテリア帝国の中枢に直接転移したのである。


 ――当然のことながら、当初アレンたちは不審者として扱われた。そもそも出現したのが皇宮の一画で、その時点で犯罪者確定である。手形なしに一国の中枢に入ったのだから当たり前だ。


 状況を理解したアレンたちは、ただ一人けろりとしているレフに、この世の常識を説いて聞かせていたのだが、そうこうしているうちに近衛の一団に捕まった。ラデルが説明を試みたものの相手にされず、牢へと一直線だったのだが、この扱いを不快に感じたらしきレフがそれを態度で表し、人死にが出る前にと、アレンが彼女を隔離するべく周囲の人間を丁重に退けた。


 ところが追い縋られて、呑気にもどうするかと話し合っていたのだが、はたと気付いたのだった。



 ――このまま捕まれば、多分、それなりの地位の人の処に尋問にでも連れて行かれるんじゃねえの?



 アレンがそう言うと、ラデルは自分が一族の恥になるのを覚悟したような顔をし、それでラシュカがもはや彼と家門を同じくしている己の立場を思い出し、二人揃って葬儀のような雰囲気を漂わせたが、他は案外乗り気だった。レフは恐らく、意味が分かっていなかったのだろうけれど。


 かくして彼らは降伏――限りなく疑わしいが――をし、大人しく引っ立てられて行ったのだが、下級の担当官吏に、尋問の前段階として名を訊かれた際、レフの名乗った名前が相手になかなかの衝撃を与えたらしかった。


 驚くアレンたちを尻目に、レフは堂々と名乗ったのである。



「わたしはイリセ・アイゼルトの最後の妹」



 イリセ・アイゼルトの名はこの国にまだ記憶されているらしく、驚き狼狽えた官吏たちは上の人間に泣きつき、更に上へと話は伝達され、最終的に国の頂点――皇帝にまで行き着いたのである。



 待たされること二時(ふたとき)あまり、囚人でもなければ客人でもない、微妙な立ち位置で退屈していたアレンたちの下に、かなり高位と分かる衣装の官吏がやって来て、告げた。


「陛下の謁見を賜った。参れ」


 例によって、敬意のない口調を自分に向けられたものだとは考えないレフを引っ張って、官吏の先導に従う。通されたのは謁見の間ではなく、もっと下位に位置する部屋だった。


 レフの眉間に露骨に皺が寄った。



 玉座はかなりの高みに設けてあり、そこだけ装飾が別次元だ。どうやらアレンたちはかなり軽く扱われているらしい。


(いやでも、王様が会ってくれるだけ上出来か……)


 アレンはそう思ったものの、事実ここに来た目的はレフしか知らない。ここから先はレフ任せである。



 絶対何かやる、レフは何かこちらの心臓が止まるようなことを絶対にする。


 そんな確信を持って、皇帝を、というよりそれに付随して起こる出来事を待っていると、皇帝の来訪を告げる侍従の声がした。



 膝を折るべきか、と思い、アレンたちが動いた途端、レフがひどく冷ややかに言った。


「必要ありません」


 アレンはえ、と間抜けな声を漏らす。


「レフ? どういう――」


「どうもこうも」

 レフは珍しく言下に答えた。

「わたしには彼を断罪する権利がある」


 同時に、皇帝が入室してきた。



 堂々たる中年の男だった。知性よりは勇猛さを感じさせるが、その瞳には知的な光もある。大陸最大の勢力を誇るエテリア帝国の主らしく、その身を飾るのは一級品ばかりだ。赤褐色の髪に映える金茶色の目、その目が興味を込めてこちらを見下ろした。


 今のこの間合いで入室してくるなんて何の嫌がらせだ、とアレンが思っていると、皇帝はむしろ愉快そうに声を上げた。



「この私を断罪できると? 何とも面白いことを抜かす娘だ。今このときにイリセ・アイゼルトの妹を名乗ってくるとはどういうことだ? 揶揄では済まぬぞ」


 レフはあからさまな馬鹿にした目で皇帝を見、鼻で笑った。


「わたしを娘呼ばわりするには、あなたはどうも歳が足りない。それこそ千年早いというもの。そして何より揶揄の意味で来たのではない」


 ほう、と呟いた皇帝に、何とはなしにアレンは厭なものを感じて眉を寄せた。


 皇帝は玉座に掛けて足を組み、唇を曲げてレフを見下ろした。


「では何か? 見れば見目は極上のようだ。私の側室になりにでも来たか。この時世に安全を求めるのは賢明だが、それに御伽噺を持ち出すとは感心しないな。今時本気で信じる者もいないだろうに」



「――あぁ!?」


 思わずアレンが怒鳴り声を上げた。レフに対する侮辱に一瞬で理性が吹き飛んだ。無意識に一歩を踏み込んだところで、その当のレフがアレンの腕を押さえた。


 そちらを見て、アレンは息を呑んだ。


 レフの美しい顔を、冷えた怒りが鮮やかに彩っていた。凄まじいまでに冷静に、彼女はその怒りを露わにしていた。



 絶対零度の眼差しが皇帝を射抜いた。レフは冷え切った声音ではっきりと言った。


「おまえの側室などと汚らわしいものになるつもりはない。――そして、御伽噺、だと?」


 吹き出すように彼女の周囲で魔力が漏れ出した。レフは躊躇いなく一歩を踏み出し、同時に轟音と共に彼女の魔力が爆発した。


 ただ垂れ流されているだけで周囲の空間に歪みを引き起こす程の圧倒的魔力。


「もう一度言ってみろ」


 レフは何の逡巡もなく、また何の動作もなく玉座を支える舞台を破壊した。粉塵一つ上げることなくがらがらと崩れるそこから、不可視の腕で皇帝を引き摺り出して、レフは厳然と続けた。


「わたしの目を見て言え。わたしが、わたしと姉が、何だと?」


 周囲は一切動けない。レフは唖然として仰向けに倒れかけ、辛うじて踏み止まったような姿勢の皇帝の顎を片手で捉え、ぐいと持ち上げると更に凄んだ。


「ほら、言ってみろ。わたしを御伽噺だと、もう誰もわたしを覚えていないと」


 レフの背後で爆発が起き、今度は床が吹き飛んで抉れた。


「どうした? 今さっきあんなにはっきりと言っただろう? さあ、もう一度言ってみろ」


 数度に亘って爆発が起きた。その場にいた魔力のある者は突き抜ける魔力の奔流に息を呑み、直視できずにただ退いた。


「わたしを侮辱し、あまつさえわたしの姉を貶めるような発言までし――、ただで済むと思うな」


 放り出すようにして皇帝を解放したレフに、侍従が声を震わせながら楯突いた。


「しかし、しかしなぜ! もっと早く来ていれば、こうまで機巧兵(ガルシャゼオ)の被害を受けることもなかった!」


 レフはおよそ彼女らしい、馬鹿にし切った表情を浮かべた。


「なぜわたしがおまえたちの世話まで焼かなければならない」

 青い目には一片の慈悲もなく、ただ冷徹に。

「ここは誰の守護国でもない。わたしの守護国はアゼイラであり、わたしが応えたのはわたしの処に来てくれた、勅使アレンの要請だ」


 レフは起き上がろうとする皇帝を一瞥し、氷点下の声で言った。


「アーデット高地の機巧兵について――」


「なぜだっ」

 皇帝が叫んだ。

「なぜ我が国にあのような汚らわしいモノが集まる!? 私が何をした!」


「――おまえのせいだ」

 押し殺したような声でレフが呟いた。

「姉にこの世界を見限らせたのはおまえだ、この簒奪者」


 アレンたちでさえ意味が分からず、レフを見た。レフは吐き捨てるように言った。


「姉は守護国に手を貸して国を安寧したはずだ。その国の終わりをこの世界の終焉の一つの指標としていたものを、おまえが国を簒奪したせいで、姉は機巧兵を起動させた」


 それから、と一拍置いて口を開いたレフの声は、今までとは一転して灼けるような感情に満ちていた。



 怒るような、悲しむような、焦がれるような、誇るような――



「おまえにあれらを汚らわしいなどと言われる覚えはない」



 あるいは、悼むような。



「あれはわたしの父が母に残した遺産だ」



 ゼアント()が、彼の最愛の人であるユヴィリアイゼ()に残した遺産。




「わたしはアーデット高地に、姉に逢いに行く。だから邪魔するなと、それだけ言いに来た」


 レフは幾分口調を穏やかにした。


「わたしが守るのはアゼイラだから、おまえの国のことは知らないけれど、邪魔をしないというのなら、出来る限りは傷を浅くしてあげよう」



 初めて、皇帝が視線を泳がせた。

「しかし――」


「黙れ」

 レフは言下に遮って、ただただ平坦な声で言った。

「おまえがすることは余計なことにしかならないし、おまえが対処できる問題でもない。そしてそもそも、姉はおまえのことなど見てもいないのだから」



 ユヴィリアイゼの視界の中心を占めるのは、ただ一人ゼアントのみ。――この三千年間、ずっと。




 レフが振り返り、打って変って柔らかい音色で呼んだ。


「アレン?」


「ん?」

 アレンは答え、レフは小首を傾げた。


「用が済みました、出ましょう。――すみません」


 意図の見えない謝罪に、アレンは眉を寄せた。

「何が?」


 レフは申し訳なさそうに言った。

「退屈だったでしょう?」


 いやむしろ大変はらはらさせられていたんだが、と思いつつも、アレンは空しい微笑を浮かべた。


「いや、全然」


「出て行くのはちょっと待って」


 ラデルが言い出し、レフは首を傾げてそちらを見た。


「アーデット高地周辺の地理は? レフ、分かる?」


 レフは眉を寄せた。

「いえ……〈記録〉と交信しないことには」


「じゃあ調べた方がいいんじゃないのか?」


 ラデルの言葉に、レフとアゼナとラシュカが「なぜ?」と表情で声を揃えた。他ははたと気付き、無礼千万にも、ここが他国の皇帝の前であるということを忘れて話し始めた。


「ああ――、つまりは、あれだな? イリセ・アイゼルトが機巧兵を周囲に差し向けた場合のためだな?」


「そういうこと。――レフ、イリセ・アイゼルトと対面するのは一人の方がいい? 前と違って今はきみが万全だから、他がいたら逆に巻き添えを食うと思うんだが」


 レフはああ、と呟き、細い指先を顎にあてがった。


「そうですね。ただ――アレンは一緒に来てください。他の人は機巧兵に対処してくれると助かる」


「分かった。じゃあ、周囲の地理とか人口とかを調べないとな……。どこで調べられるんだろう」

 ラデルが一瞬考え、にっこりした。

「人に聞く方が早いだろうね。――ということで陛下、官吏の方々にお話ししたいのですが――」


 彼はレフが一撃で破壊した玉座にわざとらしく目を遣る。ここで断ればどうなるか念を押したのにも等しい行為である。


「好きにするといいだろう」



 皇帝が答えるや、敬愛するレフへの侮辱が腹に据えかねていたのだろう、ラシュカが満面の笑顔で言い切っていた。


「ありがとうございます。陛下も史料などご覧になってはいかが。多分アイゼルトのことも書かれているでしょうし」


 婉曲に、とはいえ一国の主に勉強不足を指摘するのは不敬罪ものだ。



 それでもラシュカが言い切ったのは、やはりレフが見せつけた、圧倒的な力あってのことだった。


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