エテリア帝国
オルオナ五十八年、春の月五日、エテリア帝国帝都セゼン。皇宮一階、下級官吏の詰所で、四人の男が長卓に着いている。
全員が猫背気味で、疲労の窺える覇気のない顔。初老の男が口を開いた。
「客人があったと聞いたが……」
若い官吏が眉を上げる。
「客? 侵入者ではなく?」
中年の男が僅かに身を乗り出した。
「昨日騒ぎを起こした連中のことか? 捕らえられたと聞いたぞ?」
最も若い官吏が口を挟んだ。
「それは解放されたようですよ。直後のあの魔力爆発にも関係しているとか……。それもあってか陛下が直々に、史料室を探せと詔勅を下されましたし……」
若い官吏は眉を寄せる。妙に思って当然だった。
「史料? なぜです、こんなときに……」
中年の官吏が苦い顔をした。
「――アーデット高地に集まりつつある機巧兵のことか」
頷いた若い官吏は唇を噛む。
「なぜ我が国が犠牲にならねばならないのでしょう……」
「……巷の噂を聞いたか」
答えるように初老の官吏が言った。その口元には苦い笑みが刻まれている。
「噂……?」
中年の官吏が顔を顰めた。それに歪んだ笑みを返し、諦念の匂う声で初老の官吏は言った。
「贖罪、だそうだ」
「なっ……?」
三人が声を発し、目を見交わす。初老の官吏は指先で長卓の木目をなぞった。
「ルイルから国を簒奪した罪を贖わせるためなのだと」
「馬鹿な――」
最も若い官吏が表情を歪めた。
「なぜそんな噂が……」
「――ルイルが滅んだ直後にな」
初老の男は溜息と共に言った。
「何人もの民が見ているのだ、漆黒の髪をした、この世のものとは思われぬほど美しい乙女を」
「その話なら知っています」
「私も」
「自分は……実際にその乙女を見たことがありますが、彼女とその噂とに、何の関係が?」
初老の男は、実際にその乙女を見たという若い官吏に視線を向けた。
「おまえは何も訊かれなかったのか?」
「――え」
「ルイル帝国は滅んだのか、と訊かれなかったのか?」
彼は俯いた。
「訊かれました……」
「そして彼女は何と言った?」
若い官吏は束の間目を瞑った。噂の理由が分かったのだ。
――あら、そうなの。やっぱりただの噂ではなかったのね……。残念。いい国にしておいたのに。
そう、言われた。
「……それで、ですか……。ああ、あの女ならば天意の使者であっても頷けます。それほど美しかった」
覚えているのは、漆黒の髪と、愁うような表情。そして生き生きとした光を浮かべる、漆黒の目――。
そのとき、扉が叩かれた。
「はい?」
立ち上がって応えた若い官吏が扉を開け、絶句した。
「どうした?」
中年の官吏が訝しげな声を上げ、立ち上がった。同時に、ひどく威圧的な声がした。
「なにじろじろ見てんだ」
若い男の――いや青年の声だった。
「落ち着けよ」
嗜めるような声がした後、そのどれとも違う、聞いたことのないほど美しい声がした。
「わたしに何か?」
中年の官吏は息を呑んで覗き込んだ。
そこには数人の男女が立っていた。しかし他の一切を圧倒する存在感を放っているのは、冴えた緑の目を光らせる濃い褐色の髪をした青年の、斜め後ろに立っている少女だった。
艶やかな長い銀色の髪。古風な白い衣装。そして怪訝そうに瞬かせる、華やかな青い目。目を惹いてやまない、神々しいまでの美しさが人の形を取っている。
彼が絶句していると、緑の目の青年が目付きを険しくした。後退ってしまうような迫力だった。
「おまえもだ。何だ」
言いながら、彼は銀髪の少女を庇うように半歩前に出た。少女は首を傾げたが、嫌がる素振りは一切見せず、大人しく青年の後ろに収まった。彼女が小さく何か囁くと、青年の渋面が緩み、にやりと笑った。
「そうだな」
「あーもう、退いて」
青年の後ろから、金髪の青年が顔を出した。見目は良く、どことなく動作が洗練されていた。恐らく貴族なのだろう。彼はこちらを見て、愛想よくにこりとした。
「失礼しました。彼女は我々の姫君なもので。――ところで、皆さま官吏ですか?」
はい――と若い官吏が答えた。視線は銀髪の少女に固定されており、小麦色の髪の少女に睨み付けられていた。
「良かった、今官吏の方々を訪ねて回っているところなのです」
「ああ、あの」
中年の官吏がやっとのことで誰何した。
「あなた方――どなたです?」
申し遅れました、と些かの動揺もなく金髪の青年は言った。
「私はアゼイラ王国ラガーザ伯爵が次男のラデル。彼が我らの陛下の勅使アレン。こちらから順に、ユアン、アゼナ、ラシュカ、リア、ヴェルガード。そして彼女がレフェアイゼ」
全員が紹介と共に軽く頭を下げていったが、レフェアイゼと呼ばれた少女だけは別だった。彼女はただアレンの後ろにおり、恐らくはアレンの服の裾を握っていた。その仕草と裏腹に、眼差しは冷ややかなものだったが、アレンが振り返る素振りを見せると、不意に表情を柔らかくした。
ふわりと、煌めくような雰囲気が漂った。
あの黒髪の乙女に匹敵する美しさを始めて見たと、若い官吏は思った。




