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五方の守護者  作者: 陶花ゆうの
4 姫君が姫君に願うこと
83/96

守護

 そうと決まれば早かった。

 レフは国王に付与する術式を作成しながら、王宮付き魔術師たちに、転移の魔法陣を準備しておくようにと命じた。命じられた側は半泣きになり、魔力総量がどうのと言っていたが、レフは軽蔑を込めて彼を見下ろした。


「わたしは陣を書いておけと言っているの。起動はわたしがするわ。目的地はわたしの意思にしておいて」


 レフの絶世の美貌は、その無表情と相まって時に恐ろしい。今もそう言われた魔術師は、ひいっと喉の奥で声を出したが、直後にアレンを見たレフの目は、本当に同じ機巧人(ガルシャリア)かと思うほど優しいものだった。


「アレンたちは休んでいてください」


「そう言われてもなあ」

 アレンは肩を竦めた。

「〈記録〉で散々休んだし」


 レフは少しだけ顔を顰めた。


「本当にそうですか?――まあ、いずれにしても……楽にしていてください」


 ラデルがアレンにこそっと言った。


「家族に会ってくる。この時期だし、多分ここにいると思う」


 アレンは頷いた。ラデルが謁見の間から出て行く。ちょうどそのとき、ああ、と思い出したようにレフが呟いた。



「国王、そこの女の子に戸籍をあげておいて。レデスナの子なのだけれど、帰るところがなくて困っているの」



 国王はさすがに言葉を返しかね、ラシュカを見てからレフに視線を戻した。


「……宰相と、法務大臣に確認してから、作らせましょう。……えー、名前など?」


 レフは術式を生成する作業に没頭しているように見えたが、きちんと答えた。


「名前はラシュカ。第二世代の機巧人」


 ラシュカがどぎまぎしながら頭を下げた。国王は咄嗟に笑みを浮かべた後、疲れたように遠い目をした。



 レフは安全に体内で術式を生成しているため、その進行状況は本人以外に分からない。ただ、国王をじっと見ながら、まだもう少し時間が掛かると申告したことに何の含みもなかったとは、本人であれども言わないだろう。

 国王は悟り、ラシュカを伴って謁見の間を出た。すかさずその護衛に付いた五人ほどの衛兵が、何なんだこの少女、と言わんばかりにレフを見たので、アレンが眼差しで威嚇しておいた。


 レフはまだ玉座に腰掛け、眼下に魔法陣を見ながら仕事をしている。衛兵たちがそれを若干厳しい眼差しで見ており、その衛兵たちをアレンたちが威嚇している、という状況がしばらく続いた。もっとも渦中のレフは一切それらを感知せず、没頭しているようだ。


 一刻ほどして、やっとレフが動いた。アレンは安堵の息を吐いたが、立ち上がったレフは寸分の躊躇いもなく衛兵の中に割って入ろうとしたので、さすがに止めた。


「何ですか」


 と言ったレフは恐らく本気でアレンの方がおかしいことをしたと思っていた。


「レフ、周りを見ろ。ついでにこの人たちの視線が穏やかじゃないことに気付け」

 アレンは呻くように言ってから、レフに丁寧に訊いた。

「何に用事があるんだ?」


 レフは衛兵の背後にある石柱の一つを示した。


「あれです。あの玉の角度を変えないといけなくて……」


 アレンは頷いて、衛兵にその旨を伝えてきちんと退いてもらった。少なくともレフが単身で殴り込むよりは良かったはずである。


 レフは石柱の傍でしばらく粘った。何だか困惑しているようだったので、アレンが躊躇いがちに様子を伺うと、レフは困ったように眦を下げた。


「――いえ……、この結界の術式の細かいところを忘れていて」


 アレンは一瞬面食らったが、すぐに納得した。

「――まあ、二千年前のことだもんな」


「はい。ですけど、思い出さないと……」


 レフは呟き、立ち位置を少し変えた。


「……わたしがここ。エドリアルがあそこ。オーヴェルがそこ。シェイラがこの傍。彼はわたしの後ろ。わたしが説明を――その内容が……」


 状況から思い出そうとしているらしい。健気ではあったが、謁見の間でやることではない。レフは蟀谷を叩いた。


「確か――」

 レフは目の前に仄かな光で魔法陣を描き、何かと見比べるような目で観察した後、手の一振りでそれを消去し、もう一つを描いた。それを微修正し、納得がいったのか頷き、それと盛んに比べながら玉の角度を正した。


 衛兵の数人が――恐らく魔術の素養のある者たちなのだろう、レフがすることを凝視している。いかに高度なことをしているかが分かるようだ。



「アレン」


 レフは声を掛けて振り返った。アレンが「ん」と返事をすると、レフは両手をアレンに差し出し、端的に言った。


「剣を。機能を戻します」


 アレンは頷き、剣を抜いた。それを慎重にレフに預けると、レフは周囲のことは一切気にせずに剣をまじまじを観察した。それから、唐突に発声した。




「ChkrWHy. WkNChkrWAthmy」

 ――力を付与。枠に力を当て嵌めよ




 刀身が燦然と輝く銀色に覆われ、直後にその光は消え失せた。レフはもう一度剣を観察した後、危なっかしい手付きでアレンにそれを返した。その仕草の危うさに、慌ててアレンが手を出して愛剣を受け取る。


「戻りました、元の通りです――」


 レフは言い、アレンが剣を鞘に収めるのを、その華やかな青い目で見守った。それから、ごく自然な口調で言った。


「転移陣が完成するまではどのみち動けません。国王を依代にする作業も残っています。ですから本当に、少し休んで――」


「いや、俺は大丈夫なんだって」


 アレンが遮ると、レフは愁うような眼差しをアレンに注いだ。どうやら何が何でもアレンを赤面させるつもりらしい。アレンは呆気なく赤面した。


「……そう、ですか」


 レフはそう言い、溜息を吐いた。悪い感情からのものではなく、作業が一段落ついたことへの安堵からくるもののようだった。





 その場に残っていたラデルとラシュカ以外の仲間たちに休んでもいい旨を伝えたが、やはり皆首を振った。ただしアゼナは、王宮の食事の味を覚えていたらしく、こっそりとユアンに、「御馳走出るかな?」と囁いてどつかれていた。このやり取りも謁見の間でするべきものではない。


 レフはあろうことか玉座へ続く階に座ってのんびりと寛ぎ、アゼナはさすがにそこまでの暴挙には出ないものの、十分に空気の読めていない発言を繰り返し、ユアンとアレンは時々不覚にもそれに応えてしまったりして、四人が一まとめに不敬罪で罰されても文句は言えない状況になっていた。

 ただし立場が立場であるので、そんなことは絶対に有り得ないが。ヴェルガードは賢くも全て無視して貝のように押し黙って存在を消そうとしており、時折ちらちらと出入口を見ていた。最大の被害者はリアで、完全な混乱状態にあった。



 しばらくそんな状態が続き、レフが退屈そうにし始めた頃、やっとのことで扉が開いた。衛兵が一斉に膝を突き、アレンたちも慌てて倣う。レフだけは視線を上げるに留めた。


 入って来たのは国王であり、その後ろにはラシュカと、なぜかラデル、それに中年の男性が続いていた。こっそりそれを伺ったアレンは、同じくこっそりと目を上げたユアンと視線を合わせ、眉を上げた。


(似てねえか?)

(似てるな)


 といった無言のやり取りが二人の間で為された。男性とラデルの面差しがどことなく似ていたのだ。


「面を上げよ」


 国王が言った。玉座に戻ろうにもレフが退かないので戻れず、その手前でこちらに向き直ったようだ。男性がレフを見て眉を寄せ、何か言おうとしたところをラデルがさり気ない顔を保ちつつ、必死になって止めていた。


「戸籍を貰えたの?」


 レフがラシュカを見て言った。ラシュカはなぜか強張っている顔を動かして笑みを貼り付け、しゃちほこばった動きで頷いた。


「は、はい」

「良かった」

 レフは静かに言い、国王に目を向けた。

「国王、ありがとう」


 国王は首を振った。


「いえ、貴女のお言葉を頂くほどでは」


 言いつつ、腕で男性を示す。


「ご紹介した方が良いかと思い、連れて参りました。この者がラシュカの後見、先程彼女を養女に迎えた、ラガーザ伯爵ドルセーンです」


「そう」


 レフは普通にそう言ったが、



「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」



 アレン、ユアン、アゼナ、ヴェルガード、リアは驚愕の表情で沈黙した。


(は、伯爵? ラシュカが貴族ぅーっ?)

(陛下も大胆なことを……っ。周りの反対はどうしたんだろな……)

(え? なにこれ、ラシュカの招待があれば毎日でも美味しいものが食べられるの? っていやいや違うっ)

(難民の大出世ではあるが、世間体は! 世間体は大丈夫なのかっ?)

(この国の貴族位ってそんな簡単に得られるものなの!?)


 各々の内面では疑問の声や仰天の絶叫が渦巻くが、全員が俯いてそれを隠した。しかしその動きが重なったことでそれぞれの内心が知れてしまい、一種の連帯感が五人の間に漂う。




 レフが立ち上がった。


「国王、あなたを依代にしたいのだけれど……」


 はい、と答え、国王がレフに向き直る。

「私は何をすれば?」


「何もしなくていい」

 レフは答えた。

「作業は簡単なの。だから楽にしていて」


 レフは国王から視線を外して詠唱した。



「+【術式を可視化】+【強化】+【依代を設定】+」



 部屋全体に淡く光る魔法陣が現われた。それが明滅し、レフの命令を待つ。レフは無表情に詠い続ける。



「+【強度の設定:機巧兵三千機分の威力】+」



 レフは国王に身振りで屈むように伝えた。国王が屈み込む。その額にそっと手を当てて、レフは丁寧に詠った。



「+【依代と連動】+【動作の確認】+」



 魔法陣が鮮やかな銀色に染まる。レフはそれを見て満足したらしく、頷いた。



「+【依代として正式に設定】+【術式書き換え開始】+――」



 全ての支柱が唸りを上げた。衛兵の数人が不安げにそれを見る。唸りが収まると、レフは宣言した。



「+【書き換え済み術式起動】+【解放】+」



 圧力が謁見の間を駆け抜けた。それは首都を守る壁であり、この国がリノ・アイゼルトに守られていることの証明。


 手を下ろし、レフは言った。


「終わった。国王、首都の外に出ては駄目よ?」


 そう言って首を傾げたレフが何て可愛いのだろうと、感動したのはアレンだけではないはずだ。


「はい」


 国王は答え、レフに今後の予定を訊く。滞在はどれくらいなのか、物資は要るか、等々……。


「滞在はしたくない」

 レフは言い切った。アレンも少し驚いて彼女を見る。レフは微かに眉を寄せており、口調に迷いはなかった。

「行かないといけない処があるの。他のことはアレンに訊いて」


「おい」

 アレンはレフに小声で言った。

「どこだそれ。聞いてないぞ」


「ごめんなさい」

 レフは言ったが、翻意の気配はない。

「ルイル帝国と呼ばれていた国です。そこに行かなければいけない」


 しばし、アレンは絶句した。



 五年前に亡んだルイル帝国の領地は、そのままエテリア帝国に引き継がれている。大陸随一の軍事・経済大国であることは、かつてのルイル帝国と比べても遜色ないだろう国だ。大陸中央にあるその国は、当然だがここから遥か離れている。


 そこに行く?


 アレンの沈黙をどう受け取ったのか、レフは心配そうに彼の顔を覗き込んだ。

「――行きたくありませんか?」

 咄嗟にアレンはぶんぶんと首を振った。

「いや! びっくりしただけだ気にするな」

「そうですか」


 レフはほっとしたようだった。それからぱっと国王に向き直り、遥かに年下の相手に対する口調で言った。



「大丈夫だから」


 国王は瞬きし、首を傾げた。それに構わず、レフは言い聞かせるように続けた。


「わたしが守ってみせるから」


 そう言った口調には彼女の矜持が込められており、そして同時に、切なくなるような感情も含まれていた。


「――はい、感謝します」


 国王がそう答えると、レフは緩く首を振った。


「感謝する必要はない、わたしは北方の守護者だもの」


 レフは手を伸ばし、自分より高い位置にある国王の頬に触れた。本来ならば不敬罪に当たる行為ではあるが、その仕草は厳粛で、誰一人として咎める声を上げられなかった。



「……こうして見るとやっぱりエドリアルの面影がある」


 レフは二千年前の王の名を呟いた。


「わたしは彼のことも大好きだった。だから結界を作ったのだし、彼が心から大切にしていた息子の子孫であるあなたのことも、あなたの民も、ちゃんと気に掛けている」


「…………」


 レフは笑むことこそしなかったものの、柔らかな、それでいて芯の通った凛とした表情をした。



「そう、オーヴェルにも――フロースにも言ったの。わたしは嘘はつかないから、あなたはここで安心していて」


 少し言葉を選んで。


「わたしが守り切ってみせるから」


 そう、当然のような顔をして言った。





□□□□□□□□□□□□□□□□





 その日レフを一番に喜ばせたことは、魔法陣が出来上がるまでの時間で国王がもたらした、オーヴェルの名が史実に残っているという知らせだった。


 二千年前の機巧兵との戦乱と、それと同時期起こった内乱は歴史上には残っており、王宮内にのみ、その詳しい記述があったという。長い年月のために記録は非常に曖昧で、レフのことさえ詳しくは書かれていなかったが、オーヴェルという名の者が単身、使者として任務に赴きそれを果たしたことは書き残されていた。



「彼が忘れられていないのはとても嬉しいこと」


 トレゼート王の手を取ってそう言ったレフは、貴婦人のように礼をしたのだった。


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