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五方の守護者  作者: 陶花ゆうの
4 姫君が姫君に願うこと
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依代

 景色は一変して街道の上だった。広い街道にはきっちりと敷石が敷かれ、摩耗したそれらは陽光に晒されて灰白色に見える。

 前方にはレフの結界を纏う首都アージェが大きくそそり立っていた。


 アレンの背後で馬が嘶いた。レフはきちんと馬の方にも魔法陣を繋げてくれていたのだ。もっとも馬たちの恐慌を収めようという気は更々ないらしく、注意深く距離を置いた。


「アージェだー、久し振りだねーっ」


 アゼナが器用に馬を避けながら言い、リアがぎょっとしたように言った。


「えっ? いきなり? ここ首都なの?」


「だよぅー」


 ラデルが馬の手綱を取って宥めながら、アレンに言った。


「――ちょっと家族に顔を見せたいんだけど、いいか?」


 アレンはこくんと頷いた。


「ああ、いいんじゃないのか」

 ラシュカの方を見て。

「ついでに戸籍を貰っとけよ。レフ、王様を説得してやってくれ」


 レフは頷いて、最後に少し、北の方を見た。アレンは何を言えばいいのか分からず、また何も言うべきではないと心得て、身振りでレフを馬車の方へ誘導した。



 王宮に入るには本来身分の保証や許可が要るものだが、アレンたちは名前と用向きだけであっさりと通された。アレンだと名乗った瞬間、泡を食って駆け出した衛兵には心底悪いと思う。

 更に待たされることなく謁見の間へ導かれ、そこでも本来ならば膝を突いて国王を待たなければいけないのだが、レフは自分の魔法陣を調べるように見ており、一向に礼を尽くす気配はない。


 まあ、仕方がない――と、ここでレフの非常識ぶりに肝を冷やした経験のある五人は思って嘆息した。ただ、リアが「いいの? あれっていいの?」と激しく混乱しており、アレンが目線で慰めた。



 侍従が国王の登場を告げた。これまた一国の元首とも思えぬ素早い登場である。


 レフ以外の全員が膝を折る。衛兵が並んで跪く様は壮観だった。そんな中玉座に腰掛けた国王は、レフを見て柔らかく言った。


「お帰りなさいませ、リノ・アイゼルト」


 レフは眉を寄せた。


「帰って来たわけではないのだけれど――まあいいわ」


 余りにも偉そう過ぎる気がする――と、頭を下げたままのアレンは思った。何を言うかと思わず冷や冷やしていると、レフは大方の予想をあっさりと上回る要求をした。



「ちょっとその椅子から下りてくれる? やっぱりその上からの方が魔法陣がよく見えるの」



 ラデルが無言で突っ伏した。








 場が沈黙に支配され、レフは一人不思議そうにする。国王もさすがに面食らったようだが、何も言わずにすっと席を立った。


「陛下っ!」


 衛兵が堪りかねて声を出し、侍従に至っては無言で震えている。


 玉座は国王の地位を表わす物であり、例え王妃であろうと王太子であろうと、触れられるものではない。


 それを、レフは物見台のように扱う旨の発言をしたのだ。


 アレンも絶句していたのだが、衛兵たちが殺気を込めた目でレフを見ているので思わず立ち上がった。厳密にいうと国王の前でその許可なく立ち上がるだけで、庶民であるアレンは不敬罪を犯していることになるのだが、気にしていられない。


「アレン?」

 レフがいつも通りに首を傾げた。

「わたしは何かおかしいことを言いました?」


「言ったんだな、それが」

 アレンは答え、レフを疲れた目で見た。

「一般人が言ったら死刑ものの発言だぞ、今の」


 レフは目を瞠った。そして、何を思ったか衛兵たちを見回し、呟いた。


「椅子一脚に、狭量な」


 アレンは思わず呻いた。ただの椅子じゃねえだろ、と言いたかったのだが、言ったら言ったで話がややこしくなりそうなので止めておく。


「お気になさるな、こちらへ」

と、穏やかに国王が言った。これまた一切躊躇わず、招かれた通りにレフは階を上った。場の全員が息を呑んでそれを見守っている。


 国王は貴婦人にするように、片手でレフをエスコートして玉座に導いた。自身は階を一段下りている。レフは玉座の前に立って魔法陣を見下ろし、少し視点が高かったのか、すとんとそこに腰を下ろした。


 後で機会があれば謝ろう、とアレンは斜め上の決心を、現実逃避を兼ねて下した。



 レフは魔法陣を見ながら何か呟き、侍従に言うようにして脇の国王に言った。


「この結界を強化したいのだけれど」


 ほっそりした指で支柱の何本かを示す。


「強化するための術式を重ねないといけないの。そのために依代がいるのだけれど、お願い出来る?」


 ざわりと場がどよめいた。それを片手で鎮め、国王は訊く。


「依代、と言いますと?」


「あなたに術式を持たせて、それを基点にこの魔法陣を強化するの。だからこの結界からは出られなくなるし、結界が損傷したら痛覚が刺激されると思う。余りにも酷かったら死ぬかも」

 レフは淡々と言う。

「依代は大抵のものには務まるのだけれど、この結界はわたしがアゼレルファのために作ったもの――ひいてはエドリアルのためのもの。だからその血がなるだけ近い者にやってもらうのが一番確実なの」


「陛下にそのようなことを!?」


 誰かが――多分侍従だ――言った。アレンは無意識に、いざとなれば抜刀できるように身構えた。見るとアゼナも同じ姿勢で、ユアンも詠唱の準備をしている。


「何を考えている! 陛下にもしものことがあれば何とする!」


 レフは眉を寄せ、彼を見下ろした。


「駄目なの?」


 その声は純粋に失望を表わしていた。続いて彼女はトレゼート・シレウ・リアデルを見た。


「あなたは国王でしょう。エドリアルは民のために死ぬのが王の役目だと言っていたけれど、この二千年で王の役目は変わったの? あの子はとても立派だったのに」



 レフは単純にがっかりしていた。彼女が知っている王朝は、民のために必死になっていた。そのためにレフェアイゼへの協力を惜しまず、最後には彼女の命を救うために無茶なことをしてくれた。王の権力と魔術師たちの連携が無ければ、今自分はここにはいない。

 溜息を吐いて、レフは続けた。


「わたしがあなたの血筋にこの王座を預けたのは、あなたを大切にさせるためじゃないの」



「――知っております」


 トレゼートは静かに言った。


「家臣が妙なことを申しました。――私が依代を務めましょう」



 そう言ったその表情は、確かに一国の王のものだった。


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