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五方の守護者  作者: 陶花ゆうの
4 姫君が姫君に願うこと
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姫君、甘える

 落ち着いても、レフはアレンから離れようとはしなかった。

 ただ、いつものような淡々とした声で頼んできた。


「アレン、わたしの心盤(クレスレコ)を出してください」


 アレンは狼狽えた。ここにはリアもいればラシュカもいる。もっとも、ラシュカは自分の心盤を握り締めていて、レフの心盤には注意を払わないだろうけれど。


「おい――ここじゃまずいだろ」


 しかし、レフは声を大きくした。投げ遣りな、自棄になったような声だった。

「もう、いいんです。もういい」


「は?」


 アレンが訝しげに声を上げると、レフは一旦アレンから離れた。心盤の袋に手を掛け、そして、はっきりと言った。


「わたしの欠陥はもうわたしの心盤にありません」


「えっ?」


 アレンのみならず、ユアン、アゼナ、ラデル、ヴェルガードの声が揃った。


「ど――どういうことだよ……?」


 アレンの問い掛けに、レフはまるで彼を睨むようにしながら答えた。

「姉が、自分の心盤に移しました。姉はいつでも好きな時にそれを使うことが出来ます」


 事情を知る全員の顔色が変わった。特にアレンはレフの肩を掴んで言い切っていた。

「レフ、おまえ何してんだ。そんなことならさっさとイリセ・アイゼルトにつけ。あんなのを使われたら――おまえ……」


 レフは眉を顰めた。


「アレン」

「何だよ」


 アレンは訊き返し、レフは更にそこに問いを重ねた。


「アレン、わたしに『約束』の定義をどう教えたか覚えていますか」


 勿論覚えていた。アレンは思わず乾いた笑い声を上げた。


「あのな、レフ。そんなことよりもおまえ――」


 レフは首を振った。


「大丈夫ですから」

 しかし語尾が震えていた。彼女は言葉を重ねる。

「大丈夫なんです」


 それはまるで疑問のような響きを持っていた。それでもここから動く気はないようで、だからこそいっそう不安そうだった。


 アレンは口を開くべきなのかどうなのかも分からず、全員が揃って呆然とレフを見ていた。レフは首を垂れ、辺りにはまだ爆発の熱が残っているというのに、その様子は寒々しかった。



 本当に寂しそうだった。



「大丈夫なんだな」


 アレンは思わず言っていた。レフが顔を上げ、力なく頷いた。


「……ええ」


 迷った挙句、アレンはレフの銀色の頭に手を置いた。レフが軽く目を瞠る。アレンは微笑もうとしたが、瞼の裏にはレフの苦しむ姿が焼き付いていて、笑えたものではない。ただ少し顔が歪んだだけだった。


「怖がるなよ?――俺が守ってやるから」


 出来もしない勝手なことを言うなと言われると、半ば予想していた。アレン自身がそう思ったからだ。言いながら、何を言っているいるんだ自分はと、自己嫌悪にも似た感想を抱いたのだ。



 しかしレフは表情を緩めた。雪解けのような印象を受けた。彼女は穏やかに、ただ一度ゆっくりと頷いた。心盤の袋から手を離し、その手をすとんと下ろす。




 かつて彼女は国を守った。人を守った。

 彼女が親しみを籠めて「可愛い国王陛下」と呼んだエドリアル王はそのことを感謝し、またそれはレフ自身が望んだことでもあった。



 いつでも彼女は輪の外側で、内側にいる人々を、力を尽くして守ったのだ。



 北方の守護者である彼女はそれを当然だと思っていたけれど。



 誰が無敵のアイゼルト、大陸最強の戦力の一人に向かって、守ってやるなどという大口を叩くことを考えただろう。失笑しても良かったというのに、レフは不思議と嬉しかった。


 リノ・アイゼルトではなく、レフェアイゼを大切にする勅使。


 今はもう死んでしまった、最初の勅使の言葉を思い出して、レフは我知らず彼に向けての言葉を内心で綴っていた。



 ――オーヴェル、あなたの願いは叶ったわ。



 彼女の目の前で、心配そうに彼女を見るアレンに、出来れば笑い掛けたかった。笑みを忘れた彼女にそれは出来なかったが、温かい気持ちが胸の奥から湧き出してくる。



 彼は、アレンは、レフを輪の外に置きたがらない。信じろと言ってくれた、守れと言ってくれた、そして今、守ると言ってくれた。



 それがどんなに嬉しいか、彼にどうやって伝えようか。


 レフは下ろした手を持ち上げて、自分の頭に(たなごころ)を置くアレンの頬にその手を当てた。

 アレンはたじろいだように目を瞠り、自分の手を引っ込め、かっと頬に血を上らせた。


「な――、ど、どうした?」


 レフは少しだけ考え、途中で考えるのが面倒になって、アレンの首に腕を回して抱きついた。

 アレンは一瞬、目の当たりにしたユアンが笑いそうになるほど狼狽したが、すぐにレフの身になって考えたのか、銀色の後頭部をぽんぽんと優しく叩いて声を掛けた。


「ごめんな、辛いよな。ごめんな、おまえに頼ってばっかりで。寂しいよな。痛かったよな。悲しいよな。ごめんな――」


 本音を言えばそんな気持ちばかりではなかったが、レフはしばらくアレンに甘えるように体重を預けていた。


 それから、ぽつりと呟いた。

「アレン、ありがとう」


 アレンが不自然に硬直した。

 甘え過ぎたかと、レフは身を起こし、アレンの顔をじっと見る。アレンは心持ち赤い顔をして、拳を口元に当てて何か考え込んでいたが、すぐにレフの視線に気付いて首を傾げた。


「どうした?」


「いえ……」

 レフは返し、深呼吸した。まだ喉の奥で血の味がした。



 唇を噛み、そして顔を伏せて、彼女は呟いた。


「――事情を説明します」



感想やポイントなんかいただけると、ものすごーーーーーく嬉しいのですが……|qд・

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