自爆
レフは爆風に押されるようによろめき、慌てて手を伸ばしたユアンに支えられなければ倒れていただろう。
ユアン自身も魔力を殆ど持って行かれている。
レフがまた血を吐いた。真っ赤な鮮血で口元を濡らし、レフは機巧兵の方を見た。
圧倒的な数の機巧兵に囲まれて、生還の望みはないと、誰もが判断しただろう。危険は幾らも去っていないのだ。
「レフ、レフ」
ユアンが呼んだ。レフは口の中に残っていた血を吐き、ユアンに頼み込む。
「――アレンを、――全員を、呼び戻して……」
ユアンが頷き、全員を呼ぶため会話の術式を展開する。
ああ、駄目だ、持たない。レフは悟った。
指先で招くと、十枚の映像がふわふわと漂ってくる。
「レフ!」
アレンの声に、レフは顔を上げた。離脱してきたアレンは深刻な顔をして、レフの身体をユアンに代わって支える。
アゼナもどこかに怪我をしたのだろう、血塗れになりながらもレフのことしか気になっていないようだ。
レフはふと気になってアレンの腕を見る。服が裂かれて血が出ていた。他のところからも、金臭い匂いがする。
「アレン、怪我を」
レフが呟くと、アレンに怒鳴られた。
「おまえが言うな!」
全員がアレンとレフの周囲に集まった。レフはまた吐血した。どうやら魔力に変換されたのは気管か消化管のようだ。
修復しなければ。
「レフ、おまえ――」
怯え切ったようなアレンの声を遮って、レフは咳き込みながら言う。
「アレン、剣――を、出して」
鞘は駄目だ。剣でないと。
アレンが剣を抜く。目の前に置かれたそれに、レフは自分の両手を突いた。手を切らないよう、柄の部分に。
そして一気に吸い上げた。
剣に付与したものの枠組みは残して、そこに与えた力のみを吸い上げたのだ。銀の輝きがレフの両の前腕に絡み付き、溶け込む。
「――アレン、今は剣は使えません」
アレンが頷いた。彼はレフしか見ていない。
そのレフは呼吸が楽になったことを感じていた。緊急の損傷は大体修復できた。だからあとは。
機巧兵を見る。軋むような音と共に、撃孔をこちらに向けつつあった。しかしレフは特定の十機にのみ用がある。
(応えなさい……)
強く命じて睨み据えれば、そこここで光点が閃いた。レフは唇を歪める。
「――命令の上書きを」
意識を集中して機巧兵に干渉し、記録を漁ってこじ開ける。ぎしぃ、と、機巧兵たちは唸る。
「答えて……盟主は誰」
光点を放った十機が、勢いよく撃孔から各々の攻撃を繰り出した。それどころか、前に出てくる。命令を下そうとするレフの意思に反応して、危険と判断し、抹消しようとしている。アレンが咄嗟に鞘で庇った。
レフの正面に、十機がずらりと並んだ。警戒するアレンたちを他所に、レフは上体を起こす。撃孔を揃って向けられて、なお彼女は怯まない。映像を消去し、実物のそれらを睨み据える。銀髪は所々血に塗れて、唇も真っ赤に染まっている。そんな彼女が、眼差しのみで機巧兵を威嚇している。
「わたしに撃孔を向けるとは」
レフは不快げに言い放った。咳き込み、また少し血を吐く。それでもまるで気圧されることなく、低く言った。
「二千年経って忘れたか」
声は宣告。
「誰がおまえたちを従えた。誰がおまえたちを地下に送った。そんなことも忘れたか」
水面を滴が穿つような高く澄んだ音がした。機巧兵が奏でている音だ。それでも撃孔は背けられない。
レフは躊躇わなかった。止める間も無くアレンの剣を掴み、しかし持ち上げることは出来ずに柄を持って地面に斜めに立て、そのまま刃に掌を押し付けた。血が滴って、あの――くらくらするほど美しい、アイゼルトの血が薫った。イリセ・アイゼルトの意思に反させようとしているのだ、こんな痛みは安いものだ。
すかさずアレンが無言でレフの手を取り、自分の服を裂いてその傷にきつく巻き付けた。顔を見ると怒っているようだ。なぜだろう、とレフは気になった。痛いのは彼ではないはずなのだけど――。
手段はどうあれ、効果はあった。アイゼルトの血に反応して、躊躇いがちに、しかし確実に、撃孔が次々に下ろされていく。
その間に、レフは言葉を重ねた。
「命令の上書きを。盟主は誰」
ぎしぎしと唸り、それでも、機巧兵たちは発声した。
[AntNxxxxAxShxNxShxtgaxmsxx]
[――TxxxxMxtxxxxmxxxmsxx]
レフは唇を歪めた。彼らは言った――「貴女の意思に従います」「所有者と認めます」と。レフに従うことを表明したことに他ならない言動だ。
二千年前に屈服させた、言葉を許されたモノたち。こんなことで役に立とうとは思ったこともなかったが、これはこれでいい。レフの正当な権利だ。
「互いに距離を置いて散開しなさい」
レフの声は小さく、しかし確実に彼女を主とするものたちに届く。アレンに手を預けたまま、レフは己の命令に従う十機を見詰めていた。
散開が終わる。機巧兵たちは各々が最適と判断した場所に留まり、周囲からの威嚇の声を浴びつつ、従順にレフにその正面に当たる部分を向けた。
あるものはのっぺりとした、あるものは角張った、あるものは曲線を帯びた。
レフは浅く息を吐き、声を絞り出した。
「掃射。同族を撃て」
一拍置いて、十機の機巧兵は凄まじい破壊力を同族に向けた。
氷柱が、火炎が。雷光が、岩石が。他の機巧兵も相手が同族とはいえ、当然ながら応戦する。ぶつかり合う。一瞬にして、辺りは阿鼻叫喚の凄惨な風景へと転じた。
黝い機巧兵の欠片が飛び散る。ひしゃげた機巧兵が踏み潰される。軋むような音が甲高く上がる。それは悲鳴のようだった。
「――なんだよ、これ」
ユアンが堪らず顔を背けた。アレンも顔を伏せている。リアに至っては顔色が無い。ラデルもラシュカも呆然としており、ヴェルガードも苦い顔をしている。アゼナも説明を求めるようにレフを見ていた。
「ちょっと、どういうことなの、レフ。何で、レフが――機巧兵に命令してるの?」
「あれらはわたしのものなの」
レフは言い切った。彼女は唯一平然としていた。
「二千年前にわたしが屈服させたから、その記録が残っているの。だから命令の上書きが成功した」
機巧兵たちが砕き合っている。粉塵と化した機巧兵たちが撒き散らされていく。レフはすっと目を閉じ、眉間に皺を寄せて感覚を研ぎ澄ませた。
「あと……百九十七……」
「なんなの、なんなのこれ」
リアがとうとう言った。目の前の光景は、余りにも異常だ。
がしゃん、と音がする。浮き上がっている型の機巧兵が叩き落され、無残にひしゃげて潰されている。機巧兵は役立たずの仲間に頓着しない。ただ踏み拉いて進むのみ。
アレンでさえ吐き気を堪えるので精一杯だった。
レフは感覚を研ぎ澄ませ、数を探る。
「あと……百七十二……。ああ、二機失った」
レフは目を開ける。そして、今出る限りの大声を張り上げ、最後の命令を下した。
「自爆しなさい! 出来るだけ周囲を巻き込んで、被害の拡大を図りなさい! 範囲はこの平原、この平原ごと自爆するの!」
己の死を命ずる声にすら、彼らは従順だった。
なぜならそのように作られたのだから。
ちかっと、緑の光を各々どこかに灯して、揃って発声する。
[Hax//GxxxxmxxxaxrxxxaxNxxxxM/mNx. ]
――はい、ご命令のままに。所有者
機巧兵を排除して生き残るための、唯一にして確実な手段だった。
アレンはレフがなぜ鞘の方を残したのか理解した。最初からこうするつもりだったのだ。だから、彼女は防護を残した。
アレンはレフをそっと離して、全員の前に立った。
閃光。
八機の機巧兵がばらばらの場所で突如として発光した。それらの筐体を真上に貫くようにして放たれた閃光は、さながら開始の合図だった。
淡い光が広がった。穏やかにさえ見えるその一瞬後――
耳で聞くことの出来る大きさを凌駕した、最早振動としてしか捉えられない凄まじい轟音が世界を震わせた。爆ぜるような音を立てて、自爆した機巧兵が次々に弾け飛んでいく。そして、その残骸が火を噴いた。
炎の舌は舐めるように大地に広がり、更に苛烈に引火し、周囲の機巧兵が常軌を逸した速さで火達磨になっていく。熱と煙が渦を巻き、蒼穹を焦がすほどの大火炎がものの数秒で平原を蹂躙した。機巧兵たちが火の中に黒々とした影になって見え、それも削り取られるようにして吹き飛んでいく。爆心地に近かったものは数瞬を待たずして蒸発した。それは爆心地となった八機の機巧兵が、真っ先に辿った末路でもあった。
アレンは鞘を掲げ、炎の眩しさに目を細めながら防護を支えていた。防護に炎がぶつかって、紅蓮と橙色の波紋を広げる。背後では馬たちが恐慌に陥って盛んに嘶いている。
断続的に爆音が轟いていた。機巧兵が爆発していく断末魔の音だろう。その度に爆発の場所で火柱が高く上がり、煙がもうもうと立ち込める。そしてその煙を次の爆発が引き起こした上昇気流が打ち払い、空はあっと言う間に黒煙に覆われて薄暗くなった。
周囲は火の渦で、何がどうなっているのかさえ分からない。現状把握はとうに放棄した。ただ、耳が潰れるような爆音が早く終わってほしいと願って――
ようやく爆音が絶え、火勢が衰えたとき、そこは焦土と化していた。
機巧兵は命令を忠実に守って、その場にいた全ての同族と平原を道連れに自爆したのだ。――完膚なきまで。
鞘を下ろしたアレンが最初に聞いたのは、啜り泣きだった。
レフが泣いている。
地面に両手を突いて、隠すこともなく泣いている。
「――レフ」
傍にアレンが膝を突くと、レフは躊躇いなくアレンにしがみ付いた。弱々しく彼の肩を掴んで、鎖骨の辺りに顔を埋めて、必死に声を殺そうとしながら泣いている。
「お――姉さま」
彼女は泣きながら呼んでいた。
「どうして――お姉さまを」
どうしたらいいのか分からず、アレンはレフの背中を撫でる。
最後の残り火が風に吹かれて、ようやく消えた。




