自覚
北側の機巧兵がもうそこにいた。
「…………」
アレンは呆気にとられた――というよりも呆れたが、レフはアレンを困ったように見ている。どうしましょう、と声が聞こえてきそうだった。
(呼べって言ったのは俺だけど!)
アレンは悶絶する。
今アレンの身を護っている防御陣を解除されればアレンは一瞬で串刺しだが、これを維持しながらヴェルガードにもう一機を押さえろと言うのは不可能。ゆえに、唯一残る選択肢は――
「レフ!」
アレンは叫んだ。
「押さえてくれ!」
レフが承諾したのが分かった。次の瞬間、機巧兵を仄かに光る幻想の鎖が固定し、機巧兵は唸り声を上げて転倒した。濛々と砂埃が上がる。
アレンが対峙する機巧兵の攻撃は、一向止む気配がない。アレンはじりじりしてそれを窺った。ヴェルガードの体力が衝撃に呑喰されていく。最善は、レフがこちらに加わること。しかし今、レフもヴェルガードも手を離せる状況ではない。いつ攻撃が止むとも知れないのだから、アレンもここを動けない。
いや――
アレンは振り返り、もう一機の機巧兵を見た。正確にはその背後を見た。
(軌道を考えれば――でも俺の位置からだと町に当たる――)
がんがんとヴェルガードの防御陣に当たった攻撃が音を立てる。規格外の魔力を持つとはいえ、レフも魔術では機巧兵をそう長くは押さえておけない。
絶対にしくじることがないように、そのように作られたのだから。
レフは今ではそのことを知っている。機巧兵の存在意義は破壊すること――破壊し尽くすことにある。
レフの鎖の一本が弾けるような音を立てて千切れた。レフは顔を顰める。
防御陣に罅が入った。
アレンは唇を噛んだ。躊躇はあったが同じくらいの信頼があった。信頼に目を向けてみれば、上手くいかないはずがないとまで思えた。
アレンは躊躇を振り捨てて怒鳴った。
「レフ! 【掃討波】を撃て!」
レフもヴェルガードも目を瞠った――
防御陣の一部が崩壊し、アレンはそこから飛び出す槍を叩き落さなくてはならなかった。まだ崩壊の範囲が狭いからこそできることである。
レフは躊躇いを封じて目を閉じた。所詮は機巧兵、替えは幾らでも効く。ユヴィリアイゼもだからこそ機巧兵を破壊することに躊躇が無かったのだ。それに――
――このままではアレンが危ない。
自分が二千年待った人が。千年の孤独を蹴散らしてくれた人が。――彼に死んでほしくない。
(わたしは、アレンに、生きていてほしい)
姉のやろうとしていることを考える。
それについて、自分がどう思うか考える。
もしそれをするのが姉でなかったならば、自分が迷わなかったであろうと自覚する。
――迷わず、それをする者を敵と見做していたであろうと。
自分の中で漠然とこれからの指針が出来ていくのが分かった。それに従うことは本当に苦しいことだけれど、
(わたしは、二度と、フロースにしてしまったようなことをするわけにはいかない)
微動だにせずに、機巧兵に面と向かう。指先ひとつも動かないよう細心の注意を払って、力を抜いてゆるりと立つ。
ただ少し意識をそちらに向けただけ。
一瞬で機巧兵が消し飛んだ。
目にも留まらぬ速度で空間を奔った銀の光波の威力は異常だった。
白い雲気を引いたそれは直進し、結果は至って質素。目を潰すような光が一瞬で辺りを覆い、それが収まってみると、機巧兵が消えていた。
機巧兵は掃討波の軌道上にあったがゆえに消されただけであり、抵抗になるならないの問題ではなかった。
土俵が違う。
レフは斜め上方に掃討波を撃っており、その銀色が蒼穹の遥かで盛大に花を咲かせて消えたのを、目にした者は瞠目しただろう。
アレンは初めて、レフが使用者を設定した意味を真に理解した。
この威力は天災以上のもの。ゆえに機巧兵は跡形も残していない。そこにいたという証明すらない。アレンが掃討波を起動させた剣を振り切ったときのことが、生易しく思える威力だった。
レフはそっと目を開け、町が無傷なのを確認して安堵の息を吐いた。
アレンは戦慄していたのだが、はっと自分に意識を戻し、また叫んだ。
「レフ! ヴェルガードさんを手伝ってくれ!」
防御陣が強化された。レフは空を見上げて自分の掃討波の影響を確かめながらのことである。レフの掃討波は、今の、加減し切った状態でさえ機巧兵の百機くらいなら消し飛ばせそうな威力を持っていたので、確認したくなる気持ちは誰もが持っていた。
機巧兵の、いわば息がどれほど続くのか、アレンは疑い始めた。――と、防御陣が揺らいだ。まさかと思って視線を脇に逸らせば、銀の霞の花が目に入った。
レフが転移して来たのだ。
現れたレフはアレンと目を合わせると、機巧兵を指差した。
「一旦収めさせますが、長く持ちません」
「――ああ、分かった」
レフは振り返ってヴェルガードと目を合わせ、魔法陣を全て引き受けた。レフは正面に向き直り、呟く声で詠唱した。
「+【対象:機巧兵】+【撃孔の拘束】+」
撃孔が詰まったように攻撃が絶えた。
「解除します」
レフが言って、防御陣が消えた。その瞬間にアレンは剣を構え、宣言する。
「+【掃討波】+」
剣先を跳ねさせる。
先程のレフのものに比べれば地味な、しかし確かな威力の光波が迸り、機巧兵を捉えて消し飛ばせた。その銀の波の一箇所が不自然に跳ねて消失し、行商人の一団が守られたことを示した。
終わったことを確認し、アレンは剣を下ろした。光が晴れて見れば、行商人の一団は完全に竦み上がっており、鞘を取り落としていた。
「アゼナたちを――」
レフが言い掛けたのを頷くことで遮り、アレンは呟いた。
「――+【召喚・鞘】+」
鞘が宙を走り、アレンの右手に上手く収まった。アレンは笑う。
「お、便利」
そして、ヴェルガードとレフと共に、町の南側を指して走り出した。レフを馬車に積んでいる間が惜しいので、アレンが問答無用で馬の背に引っ張り上げて相乗りした。
その際、鞍頭のせいでレフが痛くないよう、それなりの気を遣った。
アゼナたちが相手にしている機巧兵は、あちこちを削られていたものの、まだ十分に動いていた。魔術で止めを刺すのは難しいのだが、アゼナはアゼナで近付くと魔力を遮断されている。そのためか、アゼナが腕にかなり大きな傷を負っていた他、ユアンもラデルもラシュカも少しずつであれ怪我をしている。
機巧兵は本来、人よりも遥かに強い。
これまで数箇所に分散させられることが少なかったから良かったものの、また同じことがあるならば、せめてもう一人、攻撃力のある誰かを仲間にしておきたいものだ。その点、ラシュカを引き込んでおいたのは先見の明と言えた。彼女の魔力は機巧人だけあって、ユアンを上回る。
アレンはヴェルガードからやや離れた処で下馬し、声を上げた。
「【掃討波】を撃つからそこに機巧兵を置いとけるかっ!?」
アゼナが僅かに振り返り、いつものように機巧兵を蹴り飛ばした。
機巧兵が唸り、アゼナが離脱する間、ラシュカがレフと似た方法で機巧兵を食い止めた。アゼナがヴェルガードの後ろに駆け込んだところでその鎖が弾け飛び、機巧兵が撃孔をこちらに向けた。
しかし、傷付いた機巧兵は本来の速さの半分も速く動けていない。その間に、アレンが二度目の掃討波を放っていた。
掃討波は機巧兵を僅かに逸れたが、その余波で十分だった。
機巧兵の筐体の半分が吹き飛び、残った半分がぐらついた。しばらくぐらぐらと揺れていたが、やがてそれはどうと倒れ、砂埃が舞い上がった。
アレンはほっと息を吐き、アゼナの「遅いー」という声に軽く片手を挙げて謝意を示した。
ヴェルガードが声を掛ける。
「怪我人、集まれ」
その一方で、レフは興味津々といった様子で機巧兵の残骸に近付こうとしていた。彼女だから危ないということはないだろうが、アレンは一応付いて行く。
レフは機巧兵の傍に屈み込み、破片をつついた。しばらくそうしていた後で、色の違う破片を拾い上げ、掌に載せて矯めつ眇めつする。そして、期待外れだったのかそれを放り、アレンを見上げて少し目を見開いた。
「ああ、アレン――」
「何してんだ?」
アレンは訊いてみた。レフは肩を竦めて立ち上がる。
「これが、言葉を許されているかどうか確かめていましたが、そうではなかったようです――ということは、機械的に命令に従ってここに来ただけなのでしょうね」
アレンは首を傾げた。
「ん? 命令してるのに心当たりが?」
レフは一瞬暗い表情をしただけで、その質問を無視した。アレンは何かいけない質問だったかと思い、わざとらしく話題を変えた。
「――町を気にしてたな。変わったなー、おまえも」
レフはきょとんとした後で、またしばらく何かを考えていた。
離れた処でヴェルガードが、優先してアゼナの治療を開始している。ユアンとラデル、ラシュカはそれを心配そうに見ていた。
レフはふと顔を上げ、言った。
「アレン、わたしは帰りません」
アレンはぽかんとした。
「え?」
レフは通じなかったと思ったのか、繰り返した。
「わたしは〈記録〉に帰りません」
慌ててアレンは手を振る。
「いや、それっていつまでって意味で?」
レフは逆に訝しそうにした。
「――勿論、機巧兵がいなくなるまでです。……恐らく、姉は機巧兵を征討できません」
アレンはますます混乱して、は、と声を上げる。
「いや――何で?」
レフは目を逸らした。どうしてイリセ・アイゼルトが機巧兵を征討できないのかと訊かれたと思ったのだが、アレンが訊いたのは別のことだった。
「何で、俺たちのところにいるって?」
レフは首を傾げる。それから少し考えて、逆に問い返した。
「アレン、わたしが人間をどう思っているか分かりますか」
アレンは面食らったが、真面目に考えた。
以前、レフが〈記録〉で、人間は生きる価値がないと言っていたのを思い出した。だからそこから上方修正して、アレンは言ってみる。
「――まあ生きててもいい連中――みたいな?」
レフは首を振った。
「いえ……。今のままで、ぜひ生きていてほしいと思っています。だから、残ります」
アレンはぽかんとした。まじまじとレフを見て、腑抜けた声を出してしまう。
「……まじで?」
レフが気負いもなく頷いたのを見て、アレンは本気で感嘆した。
「おまえにそう思わせた奴を尊敬するよ」
レフは怪訝そうに言った。
「あなたはあなたを尊敬するのですか?」
絶句したのは嬉しかったからだった。アレンは思わずにやにやして、お返しとして訊いた。
「おまえは、俺が機巧人をどう思ってるか分かるか?」
レフは首を傾げ、考えたようだった。
「――人格はある、程度ですか」
アレンは声を上げて笑った。
「嘘だろ、おまえは態度を読めていなさ過ぎだ。――人間と同じように思ってるんだぞ、俺は」
レフは目を瞠ったが、呆れたことに恐らく本気だった。
「そうなのですか? それは――、あなたにそう思わせた人を尊敬しますね」
アレンはレフと同じ言葉で返した。
「おまえはおまえを尊敬するのか?」
レフは楽しそうにした。それを見て、無意識にアレンは目を細める。
傍にいてくれると分かった途端に、今まではレフがいなくなったときに辛くなるのが嫌で、押し込めていた想いを自覚する。我ながら単純だとは思うが、それでも、そうなってしまったものは仕方がない。
(俺は多分――レフが好きなんだな)
心の底から愛しく思っている。それが偽りのない気持ちだ。
人のことを気に掛けるようになったレフが好きだ。オーヴェルという人物があっさりと寝てしまったのを笑ったくせに、二千年後、親しくもなかったアレンと馬の相乗りをしている最中に、突然の爆睡を披露したレフが好きだ。千年の孤独を訴え、焼け付くような眼差しでアレンを見たレフが、姉に逢って号泣したレフが、機巧人のことを何にも代え難く大切にしているレフが好きだ。〈記録〉に戻ったらアレンのことも書いてくれると言ったレフが、隣にいると約束してくれたレフが大事だ。首を傾げる仕草や話し方、アレンに何かを説明するときの、言葉を選ぶような間の取り方、時々見せる明るい表情、誇らしげな顔、アレンの名を呼ぶ声、その名の響き――全て掛け替えのないほど大切で、愛しい。
ヴェルガードが全員の治療を完了して、アレンたちを手で招いている。アレンはそれを見て、自然にレフに声を掛けた。
「行くぞ、レフ」
レフは頷いて、アレンに並んだ。




