機巧兵3機
祭の翌日は倦怠した雰囲気に町が包まれる。アレンたちは早朝にそこを出て、隣町に向かった。
「あー眠い」
アゼナが零し、馬上で目を擦った。
朝に弱いので、アゼナもヴェルガードも辛そうだったが、御者に寝られては事故一直線なので、ラシュカがヴェルガードの隣に陣取り、彼の頭が不吉な揺れ方をすると同時に揺さぶって起こしていた。
アゼナの方は、寝そうになっているとアレンかユアンかの拳が軽く頭に入り、その度にはっとしている。
レフはどことなくぼんやりしていて、これまでになく何かを考え込んでいるようだった。窓の外に目を向けてはいるが、見ているわけではないようだ。
まるで何か隠しているようだとアレンは思う。迷っているように見えるとも思う。
隣町オリアには、祭の翌々日に着いた。
道中で機巧兵を二機処分したのだが、そのときのレフの態度は不可解であると全員が思った。なぜか躊躇うようだったのだ。
しかし、レフが特別何かしなくとも片付き、言い換えればレフの口出しや手出しを許さない展開だった。
宿を取ろうと全員で宿に入って行くと、主人はレフを見てぽかんとしてしまった。屯していた数人の客も同様。アゼナはにっこりしたが、他は目を見交わす。色を抜いたということで通るだろうかと、アレンは投げ遣りに考えた。
「二部屋取れる?」
アゼナが訊いた。主人はレフに注目していたが、はっとしたように彼女を見て、半端な頷き方をした後で、我に返ったように言った。
「二部屋でいいのかい? うちは三人部屋までしかないけれども」
男性陣は四人いるので、誰かが床で寝ることになるのだが、アゼナは訊いていた。
「椅子か何かは部屋にないの?」
主人は肩を竦める。
「長椅子なら置いてあるけれどもね」
「じゃあ大丈夫。だよね」
アゼナが言い切った後に、取って付けたように確認し、アレンたちは頷いた。ラデルといえども、長椅子や床で眠ることにはもう慣れている――慣れざるを得なかった。女性陣は人数が少なく、大抵の宿では三人部屋までがあるので、誰かが溢れるということもないらしい。野宿のときも、馬車の座席だとかに眠れる、いい御身分である。
「じゃあ二部屋で……二階の奥の二部屋を使って。階段上がってすぐ左折、突き当りの部屋とその右側の部屋だよ」
主人は言って、鍵をそれぞれ、アゼナとその横にいたユアンに渡した。
アレンたち七人はそのまま、一階部分の食堂に向かう。随分空いていた。
当然と言えば当然で、このご時世に旅行をしようという物好きはそうはいない。だから客の殆どは、家を失って、金だけ持って逃げて来た、流民の中では比較的幸運な方の人々だろう。
献立もまた随分と質素ではあったが、ミリウィアなどに比べれば確実に多彩だった。いつものようにアレンがレフに安全圏を、彼女の好みを考慮しながら示してやる。レフとアゼナが最後に注文を決めるのもいつものことである。
給仕の数も少ないが、客がそもそも少ないので実害はない。ただ、喜ぶべきことではなかった。
ぼそぼそと会話をしながら食事を終え、部屋に向かう。この格の宿にしては部屋は広く、長椅子も大きい方だったので、男性陣はほっとした。それから真剣に、誰が長椅子で寝るかの押し付け合いが始まったのだが。
その日は何事もなく眠れ、翌朝にはラシュカがいるお蔭でレフの過激な起こし方から逃れているアゼナが、アレンとユアンの故郷まであと何日かな、と言い出してアレンの顔を強張らせた。
朝のうちに町を出るつもりの七人は、朝食を終えるとさっさと馬車と馬を引き出しに掛かったが、唐突にレフが言った。
「――機巧兵です」
まったく神出鬼没である。
「どこだ?」
ユアンが訊いて、レフは少し首を傾げてから町の東側を示した。
「あちらから近付いてきます――ああ、もう一機います。それはあちらから」
言って、レフが示したのは南側。
アレンはアゼナを見た。アゼナは分を弁えているところがあるので、ぶんぶんと首を振った。
「駄目駄目。あたし、相討ちさせるのは得意だけど、一機じゃ相討ちさせようがないから、一人で片付けるのは、無理」
アレンは食い下がった。
「ユアンとかラデルと一緒なら?」
アゼナは不安げにその二人を見た。二人も眉を寄せる。
「――難しいだろう。破壊魔法は術幅が大きいから連発出来ないし……」
「わたしも入りましょうか」
ラシュカが言って、それならと皆が動き始めたところで、レフが冷静に言った。
「三機目です。これは――北からですね」
アレンはさすがに笑ってしまった。
「まじで?」
レフは真面目に頷いた。アレンは唸るように訊いていた。
「どの機巧兵が一番遠い?」
「北のものです」
レフは即答した。そして、補足という感じで付け加える。
「どの機巧兵にもまだ、声は届きません」
「よーし」
アレンは全員を見た。
「アゼナとユアンとラデルとラシュカは南側に行ってくれ。残りは東側で、レフは悪いが北のを呼べるようになったら呼んでくれないか」
レフはこくんと頷いた。
「はい」
というわけで、七人は馬と馬車を使って町を縦断するように二手に分かれた。
町の人々はまだ気付いていない。だからこそ、気付かれる前に片付けたかった。しかし、二機を同時に相手にするのは避けたいので、一機目をかなり迅速に片付けなければならない。
町の東側に回ったアレンは、機巧兵がもう近くに来ているので驚いた。レフが白けた表情になってぼそりと言った。
「――小さい」
その機巧兵は確かに、今まで見た中で最も小さかった。しかし決して劣っているわけではないらしく、動きは早く既に撃孔を開いている。形は頂角を上にした立方体である。アレンは迷わず掃討波を撃とうとしたが、寸前でレフが腕を押さえて制止した。
「見てください」
レフが示した方を見ると、行商人の一団と見られる者たちが、機巧兵の背後で腰を抜かしていた。
「何でわざわざそこにいるんだよ!?」
アレンは的外れなことを叫び、口に出そうとしていた言葉を変更した。
「+【鋭利】+」
それからレフに、視線は向けずに訊く。
「この鞘、【掃討波】を防げるか?」
レフはアレンには分からない計算式のようなものを、口の中で素早く呟いてから答えた。
「掠める程度のものなら」
アレンは頭を掻きむしって苛立ちを示すと、一転して決然と言った。
「渡してくる。ヴェルガードさん、あいつの動きを押さえてて。で、レフは北側に注意しててくれ」
二者が頷くのを待たず、アレンは駆け出した。効率で言うならレフに預けて転移してもらった方が遥かに早いのだが、そうしてしまうと自分たちがレフに依存しているようで嫌だった。せめて自分たちの力の及ぶ範囲は自分たちでこなさなければ、この後に苦労しそうだと思ったこともある。この後――レフがいなくなった後。
疾駆するアレンに機巧兵が撃孔を向けたが、アレンは気にしなかった。案の定、ヴェルガードの魔法陣が機巧兵を押さえる。機巧兵は身震いし、不協和音を甲高く奏でた。
飛び込んで来たアレンに、行商人の一団は一様に仰天した瞳を向ける。
「あんた――」
「黙って!」
アレンは怒鳴り付けると、腰から鞘を抜いた。それを先頭の男に渡す。
「知ってるかどうか分かんねえけど、俺がその辺で噂されてる勇者ってやつで」
アレンは自分でげっそりしながら言い、鞘を示した。
「今から派手なことやるかも知れねえから、危ないと思ったらその鞘で受けて。守ってくれるから」
鞘を受け取ってしまった男は、ひいい、というような声を上げたが、構ってはいられない。アレンはその男を睨み据えた。
「頼んだ。じゃあ」
言って踵を返す。今回は機巧兵を避けるのではなく、斬りかかるようにして。
ぎぎぎ、と軋むような音を立てながら機巧兵が目に見えない戒めに抗っている。アレンは躊躇なく地面を蹴って、鋭利を発動させた剣をその黝い筐体に突き刺した。
機巧兵の細かな破片が飛び散った。しかし鋭利は魔法陣をも切断しており、機巧兵は唸りを上げて大きく身を震わせ、アレンを投げるようにして突き放した。アレンは猫のような身のこなしで受け身を取り、難なくレフたちに近い側に着地した。
レフが悲鳴を上げた。澄んだ高い声が朝の大気に溶けていく。――北側の機巧兵を呼んでいる。
アレンは正眼に剣を構えた。掃討波を撃てば片が付く。しかしその瞬間、機巧兵が無数の小さな槍のようなものを撃孔から放った。鞘のないアレンには防ぐ術はないが、アレンの目の前で防御陣が発動した。
「ありがと、ヴェルガードさんっ!」
アレンは声だけを後ろに投げ、防御陣が解除されるのを――つまりは攻撃が止むのを待った。
しかし、後ろで当のヴェルガードの、焦った声がした。
「アレン!」
アレンは振り返った。
北側の機巧兵がもうそこにいた。




