帰省
アレンの機嫌が妙に良さそうなので、ユアンは何があったかと思ったのだが、それはアレンが自分で発表した。
「レフがここにいるんだと」
おお? という、疑問形を持った歓声が各々の喉から上がった。それは良かった、と、何でまた、が入り混じる。アゼナは思い切りレフに抱き付いていた。
町はレフの掃討波の光で事態に気付いたのか、相当な騒ぎになっていたが、この際無視して行こうということになった。ここで勇者様と騒がれては身が持たない。
いつもの形で落ち着いて、馬と馬車とで進み始めてからすぐ、アレンはユアンに馬を寄せた。その表情から、他には聞かせたくないのだろうと察し、ユアンは声を潜める。
「……どうした、アレン」
アレンは深刻な顔だった。
「……ユアン、俺は多分、レフが好きになったんだと思う」
ユアンは落馬し掛けた。
「――今更かよっ?」
アレンは心外な、というような顔をした。
「い――今更って」
じわじわと嫌な予感がしたのだが、ユアンはそれを肯定するかの如くばっさりと言った。
「ほぼ全員、大分前から疑ってたぞ」
アレンは唖然とした顔をした。
「――本気で言ってるのか?」
ユアンは鼻で笑った。
「そりゃあな。自覚が遅ぇんだよおまえは」
アレンは著しく落ち込んだが、しばらくしてから立ち直り、不安げにそっと尋ねた。
「で――脈はあると思うか?」
爆笑を堪えるため、ユアンは深呼吸した。このアレンというのは、殆ど無敵の腕っぷしを持っていて、そういった場においては豪胆だというのに、何なのだろう、この落差は。
ユアンは気合を入れて真面目な顔を作り、助言を与えた。
「そうだな……無いことはないと思うぞ。これまで通りに接していけ。な? そのうちにってこともあるし」
アレンは不安げだったが、頷いた。
「おう……そうしてみる」
「けど――終わったら〈記録〉に戻るんだろ、あいつ?」
ユアンの問いに、アレンは顔を顰める。
「それは――そうだが。でもまた会いに行けるかも……」
厳しい意見をユアンは示した。
「で、おまえ、一生独り身のつもりか」
アレンはうっと詰まった。ユアンは憐れみの目を向ける。
「まあ、頑張れ。おまえと離れるのは嫌だなあと思わせてみろよ」
アレンは首を垂れる。
「……出来る気がしないんだが……」
「……おまえのいいところは分を弁えてるところだな」
ユアンは気の毒に思って言ったのだが、アレンは悶々と悩んで聞いていなかった。
その様子に、アレンの挙動がおかしくなるのではないかとユアンは気を揉んだのだが、さすがというべきか、しばらくは悶々としていたアレンも、すぐに立ち直り、表面上はいつも通りの振る舞いに戻った。が、嬉しそうな――というよりも爛々と輝くような表情のアゼナを見るに、アゼナには全てお見通しなのではないかと思われる。
レフを除いて全員が、今回分断されるような形になったことから、もう一人くらいは仲間が欲しいと言い出していた。
「アレンがいたら今でも十分なんだけど、アレンが欠けたら接近戦が厳しいからなー」
とはアゼナの弁。ラデルもまた、
「包囲陣を作るのには魔術師があと一人いるし」
と言う。アレンもアゼナもきょとんとした。
「包囲陣?」
ラデルが嬉々として説明を開始した。
「一種類の魔法陣の中に対象――例えば機巧兵――を組み込むことだよ。難しいし、その中の少なくとも一人が単独起動できる術式じゃないと使えないし、僕たちの知識じゃ碌なものは作れないだろうけど、破壊式を使えば機巧兵に止めは刺せるんじゃないかな。包囲陣は術式の威力を跳ね上げるからね。勿論、前以て削っておいてもらえればということになるけど」
アゼナは興味を示した。
「削るんならあたしでも出来るね」
「包囲陣を作るのにいるのが、五人なんだよ。四方を包囲するので四人、全体をまとめる楔役が一人――」
アレンは首を傾げた。
「五人ならいるんじゃないのか? おまえ、ユアン、ラシュカ、ヴェルガードさん、レフ」
ユアンが笑って否定した。
「確かに、数だけ見ればな。でも包囲陣は全体で一つだから。レフが加わるとそこだけ魔力が異様に高いことになって、均衡が崩れるんだよ」
アレンは思わず馬車を振り返り、呟いた。
「やっぱレフってすげえんだな」
ユアンが苦笑いして、手を伸ばしてアレンの頭をくしゃりと撫でた。
「今更か?」
アレンは手を払いのける。
「前々から勘付いてたよっ」
それから、にやにやするユアンから目を逸らした。
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その次の町のセンデルは人口が半減しており、補給どころの話ではなかった。
接近した機巧兵を片付けたところ、逆に、どうしてもっと早く来てくれなかったと詰られる。アレンたちはこの少人数で国全体を一挙に回ることなどできない。しかしそれを言わせないような、血を吐くような叫びだった。
――どうしてもっと早く来てくれなかった。今じゃなくてあのときここにいてくれれば、あいつは助かったのに。どうして、一番必要な時にいてくれないんだ。
無理なものは無理だ。アレンたちはこれでも、被害の多い処を回っている。どこが今襲われているか、分かるはずもない。
レフはこうした感情を理解しないところがあるので、何か言うかと警戒していたのだが、レフは黙っていた。むしろ、直接に自分が責められたような顔をしていた。
またそれを見たアレンとアゼナが言い返そうとしたのだが、それよりも先に、そうやって詰っていた当人が謝った。
「悪い、出来ないことだって分かってる――でも言わなきゃやってられないんだ、悪かった――」
長居はできず、アレンたちはセンデルを後にしたのだが、そうやってみれば次の町はレイファである。ユアンは帰省だと喜んでいるが、アレンの場合、家の始末も勤め先への連絡も置いて来てしまっているので、気が重いものがある。
「行きたくねえっ!」
自棄気味に叫んでみると、アゼナがびしっと言った。
「差別しないっ!」
仰せの通りである。
かくして、野宿の二泊を経てレイファに行き着いた――または帰り着いた――一行は、即座に発見されて騒がれた。
「アレンとユアンだ! 帰って来たぞ!」
アレンは呻いた。
「帰って来たわけじゃねえって」
ユアンもアレンもそう知らせたが、皆が聞いていたかは怪しい。手の空いていた者がどんどん寄って来る。悪夢である。しかも何人かが、親切にも教えてくれた。
「アレンおまえ、棟梁が怒ってたぞ」
「ユアン、親父に挨拶しろよー」
「馬も馬車もその辺置いとけよ。最近の機巧兵のせいで厩なんかが全壊したからな」
最後の言葉に関しては、アレンもユアンも「えーっ!?」と叫ぶ羽目になった。ユアンは単純に驚いていたが、アレンの場合、となるとこの衆目にレフを晒さなくてはならないと思ったからである。
「しっかし、立派そうな馬だな」
(そりゃ王宮の馬だもんな)
馬と馬車を城壁に寄せ、ユアンが手綱を緩く、車輪をしっかりと固定する。ラシュカに続いてレフが馬車から降りると、集まっていた野次馬が一気に騒いだが、内容が気になる。
「あ――っ、やっぱり!」
「おいルイド、賭けは俺の勝ちだぞ」
「だと思ったんだよなぁ、噂が立ったのアレンが行ってしばらくしてからだったしさ」
「やっぱりアレンが勇者様だろ」
アレンはこのまま町を突っ切りたくなって、仲間に目で打診したのだが、やはり目で断られた。せめてユアンだということにしてしまえと思ったのに、ユアンは素早く察知して、アレンだアレンだと煽っている。
その声が更に人を呼び、辺りは一気に渋滞の態を見せていた。レフはこの人混みはどうしたのだろうという顔をしていて、恐らくは掛けられる「美人さんっ」と言う声が自分に向けられるものだとは気付いていなかった。
アレンはがっくりと肩を落としつつ、提案した。
「……とにかく何か食おうか」
アゼナは嬉しそうにした。
「そうしよ、お勧めのところ教えてよ。地元でしょ?」
ユアンとアレンは目を見交わし、暗黙のうちに同意した。
「ゲッセルのとこだな」
というわけで、ゲッセルが経営する食堂に向かおうとしたのだが、次から次へと人が来て、なかなか進めない。ヴェルガードがレフの右側に張り付いているのでアレンはほっとした。
「アレンが帰って来たぞ!」
「噂の銀髪美人もいるぞ!」
無責任な声が人を呼んでいる。アレンは死にたくなったが、人混みの中に顔見知りを見付けて更にそれが倍加した。顔見知りどころか幼馴染みまでいる。
リアだ。
赤褐色の髪を解いて流したリアは、その灰色の目でアレンを見ている。買い物帰りなのか、腕には籐細工の籠を下げていた。目が合ってしまったアレンは、強張った笑みを浮かべた。
「あ、あー、リア、久し振り……」
リアが目を細め、アレンは悪口雑言を覚悟した。しかしリアは直後、にっこり笑った。いやしかし――目が笑っていない。
「――お帰り、勇者様」
うっ、とアレンは声にならない声を上げた。
さすが幼馴染みだけあって、アレンがこの通称を嫌がっているのはお見通しのようである。アレンは顔を顰めた。機嫌を損ねたのではなくて、どういう顔をしたらいいか分からなかったからである。
「まだ帰って来たわけじゃねえけど……悪かったよ」
リアは首を振った。達観した顔である。
「何がよ。あんたが無事で、生きていればそれでいいの。ユアンも元気そうだし」
身近な人が生きていることと夕飯が上手くいくことのみを重視する、彼女の考え方に感謝したアレンだった。その本気で安堵した表情に、リアは吹き出す。
「なに、あたしが怒り狂うとでも思ってたわけ?――今から何か食べるの?」
アレンは頷き、無意識に半ば振り返って仲間を示した。
「ああ。ゲッセルのとこで――」
そこまで言って、右側こそ死守されているものの、レフがかなりの人数に捕まって身動きが取れていないのを発見してしまった。アレンは眉を寄せ、リアに慌ただしく言う。
「また後で」
そして、堂々と人混みに割り込んで、人を肘で押し退けつつ、手を取ってレフを救出した。地元民は同郷人に気兼ねしなくて良いものである。ヴェルガードもほっとした顔をした。
「大丈夫か?」
アレンが訊くと、アレンに手を預け、明らかに困惑したレフは周囲を見た。
「今までに、こんな混雑はなかったと思うのですが……」
アレンは苦笑し、レフが再び包囲されないよう、手を握ったまま誘導した。レフもそれが安全と理解したのか、素直に従う。
「そりゃ、ここは俺とユアンの故郷だからな」
アレンが自然な仕草でレフを誘導しているので、周りはどっと沸いた。
「アレン、その子はなんだ、お相手か?」
「まっさかー、あんな美人がアレンに引っ掛かるもんか」
アレンはげんなりした。お相手になれればいいのだが、残念ながら仰る通り、引っ掛かってくれないのである。
「うるせえぞてめえら」
アレンは取り敢えず周囲を威嚇し、主にアレンに伸されたことのある連中が黙った。




