新年の贈り物
セイルの町の付近には機巧兵がおらず、また補給も十分だったため、通り抜けるに留めた。
うっかりレフに窓布を下ろすように言うのを忘れていたため、銀髪に気付いた人々が大騒ぎをしたが、アレンが恥ずかしい思いをせずに何とか切り抜けた。
その後に立ち寄った農村付近では機巧兵を見掛けたため、畑を死守して撃退し、住民に感激されて拝まれ、一晩の宿に恵まれた。城壁もない村の方が、機巧兵への恐怖は深いようだったが、機巧兵は町を襲うことの方が圧倒的に多い。
また、機巧兵を一網打尽にするため、命令系統も探りたいのだが、いかんせん手掛かりが皆無である。
レフは畑に興味津々で、ヴェルガードと共にうろついていたところ、雪が積もっている場所に突っ込んでしまい、ぐっしょりと濡れそぼった姿をアレンに見付かり、爆笑されて不機嫌になった。ユアンは、雪が積もっているのは丸分かりなのにどうして出て行ったのだろうと不思議がっていた。レフは単に興味があったので行ったようだが、ヴェルガードは故郷を思い出してついついレフに付いて行ってしまったようである。
レフは笑われたことが余程腹に据えかねたのか、瞬時に服も髪も乾かして、その後もまだしばらく拗ねていた。
「わざと濡れたわけではありません」
と、かなり刺々しく言ってきたので、取り敢えず謝っておいた。
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そうしている間に晩冬の月は過ぎ、初春の月が巡って来た。
身を切るような、日中でも緩まぬ静謐な大気の冷たさは、余り変わったようには思えなかったけれど、年が変わったのだ。
オルオナ五十八年が始まった。この月は各地で祭が催され、どこも活気づく。
暦の上では春の幕開けではあったが、大陸北方の冬はまだ続く。機巧兵の被害とは別に、大雪による街道の封鎖も見られた。思えば晩冬の月、アレンたちは南にいたのだから、今年の冬は得をしたと考えられるのかも知れなかった。
新年というものはそもそも、自宅や友人宅で身を寄せ合って迎えるものであり、そうすることは、こうして一緒にいる者と縁が切れませんようにと願うためである。アレンはというと、父母を喪って以来ずっと、ユアンの家で新年を迎えていた。
オルオナ五十八年は周囲に保温の魔法陣を張った上での野宿で迎えたわけだが、こんなにも緩い新年の迎え方は生まれて初めてだった。ラデルは特にそうだろう。一応流儀である、互いに礼をしながらの「幸多かれ」の挨拶はしたものの、これでいいのかと明らかに戸惑って、魔法陣で実家に連絡を取っていた。大体、新年には贈り物を送り合うのが通例なのに、旅の身空でそんなことが出来ようはずもない。
レフはというと、新年がいかにして迎えられるべきものかの知識はあったが、すっかり忘れていたらしい。例によってアレンがあれこれと説明してやる。その傍らで、アゼナは人のいる新年というものが久し振り過ぎて、静かに興奮していた。
「縁が切れないように――ですか。それは初耳です」
レフは言い、アレンは肩を竦めた。
「おまえがいなかった二千年の間に出来た風習かも知れねえし。けどほら、俺とユアンの縁は切れてないだろ?」
ユアンが口を挟んだ。
「腐れ縁だけどな」
アレンはふと思い付いてレフを見た。
「逆に、おまえがいない二千年の間に消滅した慣習もあるんじゃないのか?」
レフはこてんと首を傾げ、ふと懐かしそうな顔をした。
「春送りの祭典――」
「なんだそりゃ」
ユアンとアレンの声が綺麗に重なった。レフは懐かしそうに、それでいてどこか悲しそうに説明する。
「晩春の月の末日に、春を送り出し夏を迎えるために催すそうです。――感謝祭典とも呼ばれていました」
アレンが不思議そうな顔をしたので、レフは無意識にだろう、右手を挙げて頭部――ちょうど花飾りを挿すのに最適だろう位置を押さえた。
「花を贈り合うのが風習で。赤い花か白い花を」
「赤と白? どう違うんだ?」
レフは誰かを思い出すときの、遠くを見る目をした。
「白い花は二心のない感謝を、赤い花は心底からの感謝を表します。貰った花は髪に挿すか、帯に挟むのが礼儀」
アレンたちは知らないことだが、感謝祭典はレフが二千年前に唯一参加した祭りだった。彼女はそこで沢山の花を受け取ったが、髪に挿したのは二輪のみだった。赤と白を、一輪ずつ。
「二心のない感謝と、心底からの感謝?」
ユアンがよく分からないというように首を捻る。
「それ、どう違うんだ」
レフは黙っていた。彼女はその違いを身をもって――文字通り心臓を刺されることによって知っていたが、ここで話すようなことではない。
ラシュカが控えめに口を出した。
「というか新年って、何か食べないといけないのでは……」
ヴェルガードが荷物を引っ張り寄せた。
「そうだったな」
新年に食べる物は、本当に何でもいい。何もないときは積雪を口にしても良いとされているほどだ。ただ、誰かと一緒に食べることによって、「縁が切れませんように」を強化し、相手の健康を願うとされている。
ラデルも魔法陣を終了し、七人揃って保存食という、本年最初の食事を摂った。この辺りの風習は国境を跨いでも変わらないらしい。ラシュカも当たり前の顔をしていた。
「腐れ縁は切れそうにないなぁ」
ユアンが笑いながら言った。アレンは冗談を込めて傷付いた振りをし、「切りたいのかよ」と言ったが、ユアンに笑いながら押さえ込まれてもがく羽目となった。
いきなり故郷に機巧兵が現われてからの一連の出来事の間、最も長く傍にいたのはユアンである。ユアンにとってもそれは、鏡に映したように同じことだった。ここにいる全員、命のやり取りをする戦場を、幾度も共にしているのである。
アレンとユアンのじゃれ合いから、レフは少し身を引く。他の六人は、もし誰も欠けることなく機巧兵の征討が終わったとすれば、会おうと思えば幾らでも会える。しかしレフは――、と、その六人は思う。
これが終わったら帰るのだろうなと。
新年の行事でいくら「縁が切れませんように」と願ったところで、レフが〈記録〉に帰ればそんなものに意味はない。レフはオーヴェルのことを覚えているのだから、二千年は忘れずにいてくれるかも知れないが、いつかはこちらが忘れてしまう。だから少し、アレンなんかは願ったりする――
もしかしたらオルオナ五十九年も、こんな風に迎えられないかと。
機巧兵の数からして、それは十分に有り得ることだった。
「贈り物も酒もないとは地味だが、まあいいだろう」
ヴェルガードが笑みを含んで言うと、レフはこてん、と首を倒すようにして傾げた。そしてアレンを見る。
「わたしは知らないのですけれど、新年には贈り物を送る風習なのですか?」
アレンはユアンを一旦押し退けて答えた。
「ああ、まあ、そうだな。けどこの状況、無理だろ」
貴族たるラデルはなかなかに悔しいものがあるのか、聞かなかった振りを貫く。首都に帰ったときには仲間に何か奢ろうと決意する。レフは考え、アレンをほっそりした指で差した。
「アレンになら贈り物が出来るけれど」
アレンは一瞬きょとんとしてから、思い当たったように言った。
「また剣に何か付けてくれんの? もう三つも借りてるんだが」
レフは眦を下げた。
「――要らないなら、いいです……」
すごい勢いで自分に非難の目が集中するのをアレンは感じ、慌てて剣を鞘ごと差し出した。
「いや、ありがたい! ぜひ!」
レフはアレンの勢いに怪訝そうな顔をしつつ、剣を重そうに受け取り、更に今までになかった要求をした。
「利き腕を出して」
アレンは首を傾げながら右腕を差し出した。レフは心盤を取り出したが、そのとき驚いたことに周囲を一切警戒しなかった。周囲が気を遣って少し離れたが、レフは何の頓着もなく心盤を人目に晒したのである。アレンは大いに感動し、恐らく周囲も同じだった。
(レフが――俺たちをちょっとは信用してる……)
レフは剣を地面に置き、心盤を右手で支え、左手でアレンの右手に触れて、詠唱を開始した。
「-USER:ALLEN-N-SUMMONS-WHy. ShtiW-USER:ALLEN-TSh//」
――使用者アレンに【召喚】を付与。主体を使用者アレンとし、
銀の光がアレンの右腕に巻き付いた。アレンは、もし右腕の組成を組み替えられたら俺って人間生活とさよならすることになるのかな、と考えていた。
レフは左手を剣に触れた。
「Tish`WHgn/NKnnTSr」
――対象を鋼の剣とする
アレンの右腕に絡み付く光の一部が分離して、優雅な糸となって剣全体に巻き付いた。レフはその糸に指先を載せる。
「-USER:ALLEN-NHss`NYtt//Hgn/NKnnH-USER:ALLEN-NMgudMdSnnzrKt/tsr」
――使用者アレンの発声によって、鋼の剣は使用者アレンの右腕まで参じることとする
聴いていたアレンは便利そうだなと思ってレフを見た。視線を合わせてくれないかと思ったのだが、レフは手元に一切の注意を集中していた。
「KnMgud//OybKnHgn/nKnnH-USER:ALLENN-NMn. Sh`m`TShtS`mnnWSh`g`」
――この右腕及び鋼の剣は使用者アレンのもの。証明として声紋を照合
レフが顔を上げると同時に、アレンは慣れたものなので声を出していた。
「レフェアイゼ」
レフは満足そうにすると、もう一度視線を落とし、澱みなく詠唱した。
「KnKnnGItsDm-ALENN-NMWM/mrY`n. -ALLEN-GK/knn/NSrsrtmIkNbr/r/rY`n//WtshN-USER-Dar-ALLEN-NTmDkn//KnChkrWHySr」
――この剣がいつでもアレンの身を護るように。アレンが危険に晒されても生き延びられるように、わたしの使用者であるアレンのためだけに、この力を付与する
「……へ?」
今までの詠唱にはなかったことなので、アレンは思わず間抜けな声を上げてしまった。
アレンの右腕と剣が零れんばかりの輝きに包まれ、数拍を置いて脈打つように鎮まった。同時に、先手を打つようにしてレフが言った。
「右腕の組成は組み替えていませんのでご安心を」
アレンは右腕を引っ込めながら頷いた。剣を拾って腰に差す、その間もレフを見て、結局訊いていた。
「……あー、レフ、さっきの詠唱の最後なんだけど」
ラデルがアレンに訊いた。
「何だったんだ、あの間抜けな声?」
ラシュカはリノ・アイゼルトの御業なので礼拝もかくやという眼差しを注いでいる。
レフは首を傾げた。
「――新年の贈り物ですから」
アレンは脱力した。レフはそれを不思議そうに見てから、言った。
「アレン、【召喚】の発声でこれは起動しますが、やはりわたしとの距離で使えなくなります。しかも、剣とあなたの、両方がわたしと規定の距離にないと発動しません。逆に言うと、その条件さえ満たせば、絶対です」
「了解。で、気になるんだが」
アレンは脱力から立ち直って返事をする。
「これ、すっ飛んでくるとか、そういうのか? 勢いが強すぎて骨折れたりしないか?」
レフは目を見開いてから、拗ねたような顔をした。
「わたしがそんなことをするはずがないじゃないですか。【召喚】は完璧に安全です」
今までの実例から威力は過ぎたものが多かったので、アレンはそれを聞いてかなり安心した。吹っ飛んできた自分の剣に殺された、では笑えない。
「そっか、なら本当にありがとな」
アレンが言うと、レフは少し驚いたように目を瞠ってから、目を逸らした。そしてそれを見たアゼナに「レフ可愛い!」と抱き付かれることとなったのだが。
そのとき、服越しにではあったがレフの心盤にアゼナが触れた。レフは一瞬身体を強張らせたものの、振り払うことはしなかった。しかしその不自然な硬直に気付いたアゼナが即座に自分の過失を悟り、謝り倒した。レフが責めもしなかったので、他の仲間は感激してしまい、レフに逆に訝しげにされた。
その後アレンは召喚について説明を受けた。鞘だけを呼びたい場合だとか、剣だけを呼びたい場合だとかの注意事項だ。アレンはきちんと聴いていたが、それが終わってからユアンとラデルに、レフの詠唱も言葉も理解できて、何て羨ましい立ち位置、と言われ続けて辟易した。曰く、自分たちがそうであればもっと詳しくあれこれと教わることが出来るのに、とのこと。
それでも。
レイファ出身で両親に先立たれ、ユアンの親友で剣を良く遣う。そういった自己証明の中に、「レフの使用者」というものが含まれてきたような気がするのだ。
他には出来るだけ譲りたくないと思う立ち位置として。




