帰国
晩冬の月の末、アゼイラ国内の、レデスナとの国境に近い静かな森の中。突如としてその静けさを乱す騒音が湧いた。
具体的には、叫び声と馬の嘶きである。近くの鳥が一斉に飛び立つ羽ばたきの音がそれに被って騒々しい。
「帰って来たーっ!」
アゼナが叫んで伸びをした。しかしレフを除いて他の仲間たちはそれどころではなく、暴れる馬の対処に大忙しである。
「おいっ、落ち着けって! 何だよこの森!?」
ユアンが八つ当たり気味に怒鳴って馬を驚かせた木の枝を払った。アレンも別の馬を押さえつつ、こちらは真っ当な方に怒鳴った。
「レフ! こんなとこに出現するなんて聞いてないぞっ!」
一同を大混乱に陥れた張本人は、馬車の中できょとんとして首を傾げる。
「わたしも、こんな森があるなんて知りませんでした」
「二千年でこんなに育つもんなの!?」
アレンは悲鳴を上げた。
レデスナで機巧兵を片付けてから、アゼイラに帰るのでは絶望的に時間が掛かるため、当初の計画通りにレフに魔法陣を書いて運んでもらったのだが、聞いていたのは国境付近の平野に出現するということだけだった。これが平野だと言うのなら俺は死んでもいい! とアレンは思う。
レデスナでも勇者と姫君の噂が広まって、レデスナにいるうちにアレンは、絶対に身に着けたくなかった、勇者の名前を利用するという手を覚えてしまった。それをする度に自己嫌悪に駆られるアレンを、大抵はユアンが慰める。
「出よう、森」
とラデルが言って、方向を特定しようとした。森で方角を見失うのは御免である。森の出口を探すための詠唱を唱え、それを成功させたラデルに、控えめにレフが声を掛けた。
「ラデル――今の詠唱は長いから、もっと短くできる」
「本当に!?」
ラデルは勢いよくレフを振り返った。ユアンとヴェルガードも漏れなく喰い付き、この森を出たらぜひ教えてくれと合唱する。レフは素直に頷いた。
例の、心盤に絡む弱点を打ち明けてから、レフは随分素直になった。というか、敵扱いして掃討波を撃ちそうになったことを申し訳なく思っているらしい。ついでにあれこれと溜め込んでいた気持ちを吐き出して、心の距離も縮まった。というわけで、人間であろうと機巧人であろうと、取り敢えず現代人には及びもつかない知識を持つレフは、時々それを魔術師たちに教えている。一度はユアンに、「あなたはとても魔具について知っている」というようなことを言い、ユアンは我を忘れて喜び、ついでにかなりの時間魔具について語り合った。レフの方が圧倒的に口数は少なかったが、時折挟む意見や相槌が適確なので、ユアンは余計に舞い上がっていた。
つい最近まで機巧人嫌いだったはずだが、という真実は、誰が見ても一笑に付すであろうこの態度。それはアレンも同じなのだが。
森の中では馬と馬車が上手く進めないので、道を拓くしかないのだが、鳥の巣があるとかでアゼナが納得しない。やむなくレフが言った。
「空間を歪めましょうか?」
ラデルとユアンが二十代らしからぬ大歓声を上げ、ヴェルガードも拳を握ってその衝動を堪えている。アレンはうるさいと手を振りながら訊き返した。
「それ、なんだ?」
レフは言葉を選ぶような沈黙を取ってから、答えた。
「そうですね、空間を誤魔化して、より狭くしたり広くしたりします。陣を折り畳むときの原理を応用して、万術の柱と似た性質を持たせれば、案外簡単ですよ」
レフの簡単の基準は他と大幅に誤差があるとアレンも察していたが、こんな処で立ち往生はしたくないので、やってくれと合図する。レフは頷いて、無詠唱ではなく口に出して詠唱したが、意味が分かるはずのアレンはちんぷんかんぷんだった。ラシュカは多少は理解できたようである。
道が開いた。レフはその安全確認をしてから、両脇が揺らめいているその道に馬と馬車を通すよう合図した。
足元の平らな、歩き易い道である。アレンたちは騎乗して、レフとラシュカは馬車で、のんびりと通ることが出来た。いつものことながら、レフはこんなことでは全く疲れないらしい。平気な顔をして、時折窓から身を乗り出して前方の確認だけしている。
森を抜けたところで一旦馬車を停め、レフは歪ませた空間を元通りにした。これは無詠唱で、一瞬のことだった。同時に、魔術師二人が馬車に馬を寄せて、レフのご教授を賜り始めた。御者台の一人も耳を澄ませている。アゼナとアレンは邪魔をしないよう、後ろでひっそりと馬を歩かせていた。今邪魔したら殺されそう――と各々顔に書いてある。馬車の中のラシュカの心中は、察するに余りある。きっと今息を潜めているだろう。
レフに一通り教えてもらうと、三人ともが一斉に方角を探知し始めた。ラデルが最初にやったときよりも随分短い詠唱である。そして三人で照らし合わせて、一致したのかにやにやしている。気が済むまでお互いの習得を祝ってから、ラデルがアレンのところに来た。
「アレン、最寄りの町を探知してみた。あっちだ」
アレンは嬉しそうな、研究熱心な魔術師の顔を見た。
「……どうも。教えてもらえて良かったな」
ラデルは満面の笑みを浮かべた。
「レフはもう何でも知ってるみたいだからなー。これが終わったら連れて帰りたいくらい」
「はあ?」
「個人教授してほしい」
ラデルは本気で言っていたが、アレンは思わず水を差した。
「あのな、これが終わったらレフは帰るはずで」
ラデルは気にしなかった。
「でもきっとそれを言うなら、ヴェルガードさんもユアンも連れて帰りたいんだろうなー」
アレンはげんなりした。
「……人気者だな、レフ」
「アレンも争奪戦参加するか?」
と言ったのはいつの間にやら傍に来ていたユアンである。アゼナが言った。
「あたしはー?」
こいつらは話を聞いてないなとアレンは思ったが、ふと、魔術師三人で争奪戦をするならば自分はユアンを応援するだろうと思った。主な理由は――。
「アレン」
レフが声を上げた。アレンはさっさと馬を急がせて馬車に並ぶ。
「どうした?」
「機巧兵です。ここからは離れていますが、わたしたちと同じ方向に進んでいます」
アレンは思わず叫んだ。
「町じゃねえか!」
レフは首を傾げる。
「ここに呼びたいのですけれど、まだ声が届かなくて。もう少ししたら呼べます――けれどその分町に近付きます」
アレンは少し考えた。
「間に合うと思うか?」
レフは躊躇いなく頷いた。
「はい。ぎりぎりではあっても間に合う可能性が大きいと考えます」
アレンは小さく頷き、声を掛けた。
「ヴェルガードさん、急いでくれ」
馬車が速度を上げた。
途中から街道に乗った馬車は、車輪への抵抗が少なくなって目に見えて速度が上がる。この街道は町に通じているはずだった。
だが、中の揺れは相当なもので、レフもラシュカも気持ち悪そうにしている。アレンは一度、大丈夫かと声を掛けたが、レフは当然とばかりに頷いただけだった。ラシュカは、リノ・アイゼルトよりも先に音を上げてはいけないとばかりに耐えている。
機巧兵が見えるよりも先に、町を囲む城壁が見えた。焦るべき局面ではあるが、レフが間に合うと言っていたので、アレンはさして焦りもしなかった。レフは機巧兵がいるのであろう方角をじっと見ている。
機巧兵が見えた。
黝い筐体は丸みを帯びており、その真下では幾つもの球体が本体から離れているにも拘わらず、地面を転がって本体を進めている。同じ球体は本体の周囲を素早く飛び回ってもいて、それなりに殺傷能力がありそうだ。
レフはもどかしげにアレンを見た。まだ声が届かないらしいが、アレンはレフから大慌てで視線を逸らした。レフは怪訝そうにしたが、アレンはこんな場合で思わず笑ってしまいそうになった己を叱咤する。
駄目だ、いくら最初と違ってレフが町を気遣うようになったからといって、こんなときににやにやしていてはいけない。言い聞かせるものの、レフが町を気にするようになったのは嬉しいので、ついつい表情が緩みそうになる。とはいえ、傍でレフを見ていたアゼナも同様の危機に襲われているようではある。
アレンにはっきりと「人を守れ」と言われたことで、レフの中で感情の整理が付いたらしい。今まで押し込めに押し込めていた、彼女が二千年前に培った、「守りたい」という欲求を、きちんと素直に表わすようになったのだ。
町に随分近付いたところで、レフがヴェルガードに声を掛けた。
「ヴェルガード、一旦停めて。アレンたちはそのまま進んで。わたしは後から転移するから」
馬車が停まり、地響きを立ててその横を馬が通って行く。レフが優雅な仕草で馬車から降りると、ヴェルガードも他に続いた。
レフが姿勢を正した。そして、甲高い綺麗な声を張り上げた。
アレンは我知らず微笑んだ。今の悲鳴は、あの悪夢のような絶叫とは全く違う、落ち着いた、天上の調べのような声だった。前方では機巧兵が不協和音を響かせ、ゆるゆると停止しつつある。動きが完全に止まると、軋むような音を立てながら、焦れったいほどにゆっくりと、レフの方に向かって進行方向を変え始めた。
「いいぞー……」
アレンは呟いた。機巧兵は抵抗するように唸りを上げ、レフに向かって撃孔を開こうとしている。レフならば問題なく対処できるだろうが、一応振り返って確認する。レフは軽蔑の眼差しで機巧兵を見ており、アレンに気付くと行くようにと手振りで示した。
「世話焼かせねぇなあ、あいつ」
ユアンが思わずというように首を振り、ラデルが同意の短い声を出した。撃孔がぎりぎりと音を立てて閉じて行く。
レフは息が尽きたのか、一旦悲鳴を打ち切り、それから短い間を置いて更に甲高い声を上げた。機巧兵は軋むような音を低くして威嚇したが、レフはまるで気にしていない。機巧兵は引き摺られるようにしてレフに近付きつつあるが、町は既に機巧兵に気付いており、中は相当な恐慌に陥っているようだった。
十分に近付いたところで、アレンたちは馬を降りた。ヴェルガードが手綱をまとめ、冷静そのもので言った。
「アレンを向こうに回り込ませなくてはならん」
「よろしく」
アレンは真面目に言って、飛び出したアゼナに続いた。
機巧兵はアレンとアゼナに気付き、激しい金属音を発した。アゼナが飛んできた球体の一つを思い切り良く叩き斬り、肉薄して気を引いた。ユアンとラデルとラシュカ、馬を連れたヴェルガードが町側に移動する。アレンが掃討波を撃つときに備えてのことである。
ラシュカを交えての戦闘は三度目なので、物馴れたものがある。
アレンたちが追い着いたのを確認して、レフが悲鳴を上げるのを止めた。それから一拍置いて、ユアンの横にレフが出現した。
「うわ、驚いた」
ユアンが棒読みで言い、レフは返事をせずに機巧兵を見た。
アレンは鋭利を起動させていて、既に飛び回っている球体の殆どを粉々にしていた。町の方へ回って掃討波を撃とうとするのだが、機巧兵はおかしいくらいにアゼナを追い回し、アゼナは鬱陶しそうにそれを払っている。
ユアンが何度も気を逸らそうとしているのだが、機巧兵はユアンの方は気にも留めず、むしろラシュカが攻撃を加えたときの方がこちらを向いた。
アゼナが自分を追い掛け回す、飛び回る球体の最後の一つを蹴り飛ばし、その勢いで機巧兵本体の上に着地した。そこにも留まらず、ぽーんと跳ねて町側に着地する。着地した傍のアレンが本体に剣を振り下ろそうとしたが、その下から滑り出て来た球体に防がれ、それを粉砕したに留まった。
「鬱陶しい――撃つから下がれ」
アレンが言うと同時に、アゼナが下がろうとして、しかし反対に前に飛び出した。アレンが振り返ると、アゼナがさっきまで立っていた場所の後ろで、地面の下から球体が飛び出してきた。ラデルの防御陣がアゼナの目の前で展開される。
「ありかよ、こんなの」
アレンは悪態を吐き、アゼナに「よく気付いたな」とむしろ呆れた視線を向けた。アゼナは自身が驚いた顔をしていたが、アレンの視線に笑い掛けた。が、表情が一変した。
「アレン、後ろに下がって!」
アレンはぱっと飛び退った。地面の下から殺意を込めた速度で球体がお目見えしている。ラシュカが探知を素早く使って声を張り上げた。
「そこら中にあります! アレン、後ろは二歩分、左は三歩分大丈夫! アゼナは前しか駄目!」
「はあっ?」
アゼナが声を上げ、レフが要らない冷静さを発揮して説明した。
「その機巧兵は自身の内部からその球体を生成して撒いています。ですので数には上限があるはずです」
「進めねえだろ!」
アレンが叫ぶと、レフは顎に指を当てて考える素振りをしてから、言った。
「跳んで、二人とも」
アゼナが有り得ない高さまで跳び上がり、アレンが跳ぶ。レフが指を鳴らして合図した。
ばんっ、と凄まじい音がした。機巧兵に何かがぶつかった音。着地するとそこは地面から少し浮いた、微かに銀に光る床の上だった。飛び出してきた球体が床の下側にぶつかっては砕け散り、どうやら先程の音は機巧兵に、広がる床が激突した音であるらしい。
機巧兵がその身を振り切るようにして向きを変えた。町の方を向いて撃孔を開こうとしている。アレンは飛び出したが、機巧兵が氷柱を吐き出す方が早かった。帯の防御陣のお蔭で何ともなかったものの、町は、と振り返れば、ラシュカとラデルで防いでいた。
機巧兵は二撃目を撃とうとした。
「駄目だからねっ!」
アゼナが割り込んで、機巧兵がそちらを向いた。至近距離過ぎて防御陣が焼き切れ、アゼナの右腕が被害を被った。
「――っいったー……」
アゼナは反射的に声を上げ、氷柱が掠って白く凍った傷を一瞥した。
「このっ……」
アゼナは唸り、右足で機巧兵を蹴り上げた。ちょうど濃銀の刻印のところだ。ごんっ、と低い音がして、機巧兵が呻く。アレンが機巧兵に剣を突き刺した。が、レフが注意を促した。
「アレン、核が遠い。届きません」
アレンは剣を引き抜いた。町の側に回ろうとしたとき、機巧兵がアゼナ目掛けて氷柱を撃った。
アゼナは勿論避けたが、そのためには機巧兵から見て、町の反対側に跳ばなくてはならなかった。アゼナの着地と同時に銀の床が激しく振動する。アレンは体勢を崩し、何がレフの注意を逸らしたのかと振り返った――
レフがいなかった。
後になってラデルがこの顔を、一世一代の間抜け顔と評したが、そうなるのも当然で、あの一件以来アレンは忠実な護衛よろしくレフの傍にいて、就寝や入浴など諸事情あるとき以外は、常にどこにいるか把握して、振り返ったりすれば視界に入るようにしていたのである。過保護だと言われると、「上等」と返した実績もある。
「え、レフどこ」
アレンは状況を忘れて口走ったが、口調はまるで、気に入りの玩具を遠ざけられた子どものようだった。
「ここです」
レフの冷静な声が機巧兵の反対側――町と反対の方からした。つまりは転移したらしい。転移の最中に集中を保てというのは、確かに無茶ではあるが、一言くらいあってもいいのではないだろうか。
レフが通る声を上げている。
「【掃討波】を撃ってください」
「ええぇぇぇっ!?」
アゼナが絶叫しているが、無理もないだろう。
「ちょ、巻き込まれるって!」
アレンは構わず剣を正眼に構えた。背後が大騒ぎになっているが、気にしない。
「アゼナ、じっとしていて」
レフの声がした。ひえーっ! と、アゼナらしからぬ大恐慌の声がする。アレンは声を張り上げた。
「撃つぞ!」
はい、という、落ち着き払ったレフの声が聞こえた。
「+【掃討波】+!」
アレンはほんの僅かに切っ先を跳ねさせた。それだけで破壊の軌跡が生み出され、機巧兵を障害にしない光波が空中を薙ぎ払った。それはレフの生み出した銀の床さえ破壊して、残ったのは機巧兵の僅かばかりの残骸と、無傷の二人のみ――
レフが機巧兵に背を向ける形でアゼナを抱き締めていた。レフの防御壁がアゼナまで守ったのだ。
レフはアゼナから離れ、言った。
「大丈夫だったでしょう?」
アゼナは頭を抱えてから、顔を上げて怒鳴った。
「何あれ、どういうことっ!?」
レフは可愛らしく首を傾げた。
「わたしとアレンは、わたしの力で傷ついたりしないから」
「先に言っといてよ!」
アレンが二人に近付いて、呑気に声を掛けた。
「ああ、やっぱり大丈夫だったな」
アゼナは噛み付いた。
「何がやっぱり!? こっちは寿命縮んだっての! 迫力で人殺せるよあれは!」
見当違いにレフが得意げにした。
「ありがとう」
「褒めてないっ!」
アゼナが怒鳴ったところで、ヴェルガードがアゼナの右腕を取って詠唱を始めた。それが癒えるまでアゼナは口を噤み、終わったときにもう一度悪態を爆発させたが、ラデルが冷静に指摘した。
「人が見てるよ」
そう、大恐慌だった町の中は今やしんとして、アレンたちを見る目も多数あったのである。勇者様、という声も聞こえる。内心で呻いたアレンだったが、ヴェルガードはあっさりと言った。
「アレン、得意技で頼む」
「んのやろ……」
「まあこの町で補給はして行くつもりだったしな。店の何軒かは値引きしてくれるだろ――ということで勇者一向の目印のレフさん、買い物には同行してくれ。ってわけでおまえも来るだろ、アレン」
ユアンがきっぱりと言った。アレンはふんと顔を背けたが、レフに付いて行くのは明白だった。
アレンたちは町に入るや大いに注目の的となったが、混乱になり掛けたところをアレンが抑えた。
最早諦めの境地に立っているアレンは、名乗らないようにしつつ自分が勇者だと明かし、機巧兵を破壊したこと、騒がないでほしいこと、この町で補給をして行きたいことなどを端的に、冷静に話した。町はあっと言う間に落ち着いて、七人で回った店の殆どが値引きしてくれた。支払い不要と言ってくれた店もあった。噂の銀髪の姫君に声を掛ける者も相当数いたが、漏れなく六人分の威嚇の視線を向けられて引き下がった。
レフは黒い袋を肩から斜交いに掛け、心盤が入ったその袋はレフの右側にある。そのため仲間内の誰かが絶対にレフの右側を歩くようにしている。ないとは思うが、掏りにでも遭ったら冗談ではない。もっとも、掏った人物の余命は明らかになるが。
町外れで地図を広げて次の目的地に関して協議している間も、興味や崇拝の視線は絶えず、アゼナはずっとにこにことして手を振っていた。
「機巧兵の被害はここから東の方に多いはずだ」
「でかい町には軍が派遣されてるはずだぞ。それに農村が被害を受けたら物価がやばいことになるよな?」
「今まで機巧兵は、通りすがりに一発撃つことはあっても、町にするみたいに村を襲ったことはないぞ?」
「レデスナで泊まったとき、村には迷惑掛けたよねー」
ラデルが地図をなぞった。
「この経路はどうかな? 農村は通るし、町も通る――大体、ゼイトくらいまでに機巧兵の被害が多いのかな? 次はセイルの町ってことになるけど」
「…………」
「…………」
地図を両手で持った格好のヴェルガードが怪訝そうにした。
「どうした、ユアンもアレンも」
アレンは固まっていたが、ユアンは控えめに答えた。
「それだと、レイファを通る気が――」
ラデルが確認した。
「ああ、通るね――確か二人とも……」
「レイファの出身」
ユアンが言うと、ラデルは肩を竦めた。
「故郷だからって避けるわけにもいかないしね。それにこんな超人が、どんな環境で育ったのか見てみたいし」
「あたしも見たい」
「俺も」
「――おい」
アレンはやっと言った。
「ヴェルガードさんまで……」
アゼナは真顔で諭した。
「アレン。故郷だからって避けてたら、ホント不公平だよ。仮にも勇者様なんだからね、公平に、先入観なく、行こう」
「いや、世間がそう呼んでるだけで」
「いいでしょ、そんなの。じゃあ決を採ろうか。ラシュカもレフも参加するんだよ。アレンとユアンの故郷を見るか見ないか――じゃなくて、行くか行かないか」
アゼナの振りに、二人の機巧人は揃って頷いた。アレンは溜息を吐いたが、ユアンは何かを算段する顔をしている。アゼナは元気よく言った。
「はいじゃあ、アレンの故郷に行くって人ー?」
アレンを除いて全員の手が挙がった。レフもユアンも挙げている。アレンは目を剥いた。
「まじかよ。おいユアン何で」
ユアンは爽やかに笑った。
「悪いアレン、俺も一旦帰省したくなった」
そのまま、ユアンはレフに笑い掛けた。
「ぜひ俺の実家の店覗いて行って。まあ、商品の質は落ちてるだろうけど」
レフはこくりと頷く。アレンはレフの裏切りを目で責めたが、レフはやはりどこ吹く風だった。アレンはがくりと首を垂れたが、仕方がないと腹を括った。が、次の瞬間顔が強張った。
「レイファに行ったら宿取らなくて済むねぇ」
「ああ、アレンの実家とかユアンの実家とか、あるもんな」
ユアンも微妙な顔をした。アレンは思わずユアンに言っていた。
「俺ん家、どうなったと思う? やっぱ売られたのかな?」
「おい、そういう後始末をせずに出発したのか?」
ヴェルガードが常識的に口を挟んだが、アレンは不服そうにした。
「だって、一刻を争う、みたいな感じで脅されたし」
ユアンは更に眉を寄せた。
「おまえ、確か棟梁にも断ってなかったような。――あ、俺がそれでいいって言ったんだっけか」
アレンは「そうだよ」と半ば突っかかるように言ったが、アゼナは素っ頓狂な声を上げていた。
「棟梁?」
アレンはきょとんとしてアゼナを見る。
「そうだ。俺、大工見習いだったし――言ったろ?」
「そういえば……でも印象に呑まれてた」
アレンがそのことを話していなかった二人を振り返ると、ラシュカはまじまじと見詰めているし、レフに至っては首を捻っていた。
「なんだよ?」
アレンが訊くと、レフは言った。
「あなたが言っているのは、あの大工のことですか」
「それ以外に何があんだよ?」
「いえ――」
レフは首を傾げる。
「何となく似合わないなと……」
アレンは肩を落とした。
「おまえ俺がどうやって生活してたと思ってたわけ!?」
レフは沈黙してから、考え考え言った。
「――賞金稼ぎ……?」
アレンは単純に、こいつは賞金稼ぎというものを知っていたんだな、と思ったのだが、アゼナもラデルも爆笑した。ヴェルガードも少し笑うが、風体のせいで怪しく見えてしまう。
「まあ、確かに、どこで剣を覚えたのかは疑問だったが」
アレンは訝しげにした。
「そんなもん、ユアンを教えに来たあのおっさんの護衛の人とか、喧嘩とかたまに押し掛けてくる賊とか」
とどのつまりが、アレンは鬼才である。
アゼナがまた周囲に笑顔を振り撒き、こちらに視線を向けているのが若い男が多いと気付いて険しい顔になった。
「あいつら絶対レフを狙ってるよね、一発締めておきますか」
「おまえがやると死人が出るから」
ユアンが諌め、アレンに目を遣った。
「行きますか、勇者様?」
「おまえ後で締める」




