断章 彼女の記憶
彼女が正直に彼のことをどう思っているかと訊かれたとき、彼女は何躊躇うことなく、宿題に目を落としたまま即答した。
「お日様です!」
彼はしばし面食らった様子で黙っていたが、彼らが今いる部屋の、天井近くにある窓から外を見てから、慎重に尋ねた。
「私の……どの辺りが太陽なのかな?」
彼女は文字の練習にと読書家の彼から課された宿題である日記から顔を上げ、明るく宣言した。
「大きいところ」
彼女に比べて彼は本当に大きかったのだけれど、彼は笑い出した。彼女はそれをじっと見る。彼女はまだとても幼かったから、出来る限りの情動を、彼から学ぶ必要があった。
やがて彼は目尻の涙を拭い、笑い止んだが、そのとき激しく咳き込んだ。彼女は眉を寄せる。彼女はまだとても幼かったが、彼の身体の状態には誰よりも勘が鋭かった。今の咳は、良くない咳だ。彼はしかし彼女の表情などお構いなしに、咳が収まると言った。
「まったく、きみは。普通は太陽というのは暖かさや明るさの象徴なんだよ」
彼女は考え込んだ。
「――けれど、この間、太陽は大きいって言ってました」
彼は窓を示した。
「それはそうだよ。きみ、あの空がどんなに遠いか想像出来るかい? あそこにぶら下がってそれでも目で見えるくらいの大きさなんだ、傍で見ればどんなに大きいだろうね」
彼女は床を見る。その下に横たわる、数多の階層を脳裏に描いてみた。ここはかなり高い塔の最上階だから、確かに高いはずなのに、蒼穹には一向近付いた気がしない。確かに空とはとんでもなく高い代物だ。そう思っていると、彼女の脳裏に素晴らしい案が浮かんだ。顔を上げ、人懐こく尋ねる。
「ねえねえ、この間言っていた玩具、幾つくらい作るんですか?」
彼は、ん? と首を傾げる。
「沢山だよ。どうかしたのかい?」
彼女は弾けるような笑顔を見せた。
「じゃあまだ意匠の案は出せるんですね!?」
彼は屈み込んで、机の前にちょこんと座っていた彼女を抱き上げた。ひょい、と軽く腕を伸ばして、頭よりも高く彼女を差し上げる。彼女がそうされるのが好きなことを、知ってか知らずにか、彼は頻繁にそうやって彼女を持ち上げる。そして、嬉しそうに満面に笑みを浮かべた。
「出せるとも。きみはまったく、意見豊富だな。いつかはきみが遊ぶ玩具だよ。楽しそうだと思ったら何でも言いなさい。――今度はどんな考えを思い付いたんだい?」
彼女は頬を上気させ、両手をいっぱいに広げた。彼が話す言葉は嘘がつけない言葉だから、何でも言って良いというのは本当なのだ。
「お空です、お空!」
得意げに宣言した。
「お空を飛ぶのも作ってください‼」




