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五方の守護者  作者: 陶花ゆうの
2 姫君が創った勇者
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勇者、激怒する

 夜半、シェンド侯領主館の応接室。


「アレン、苛々し過ぎだ。アゼナ、落ち着け。ラシュカ、誰の葬式に出てんだよ、何て陰気な顔してる」


 アレンは深呼吸しようとしたが、肺の三分の一くらいに空気を入れたところで、アゼナの猛然たる抗議がユアンに炸裂した。


「だってレフがまだ帰って来ないんだよっ!? 心配じゃないの、ユアンの馬鹿っ!」


 ラシュカまでもが便乗した。

「わ、わたしのせいなような気もしますし」


 彼女の髪は赤く戻っており、それを一度侯に見られたときは死を覚悟したようだったが、侯は何も言わなかった。やはり、ラシュカが機巧人だと分かっていたのだろう。そしてレフはそれを見越して、ラシュカを置いて行ったのだろう。

 ユアンは息を吸うのを止めてしまったアレンを見て、問う口調で言った。


「でも、侯爵はレフを一日借りるって言ったんだよな? だとすれば帰りは朝でもおかしくはない」


「朝帰りか……。いいのか、アレン?」


 ヴェルガードに訊かれて、アレンはたじろいだ。

「何で、俺に訊く?」


 ヴェルガードは逆に不思議そうにした。

「おまえ、レフの保護者ではなかったか」


 アレンは脱力した。

「……誰が保護者だよ」


 確かに思い当たることもあれこれとあるのだが。



 アレンは溜息を吐き、腰の剣の柄に触った。使用者としての実感が、この剣がただの剣であること――鞘も含めて――を知らせていた。掃討波も鋭利も、防護も働いていない状態だ。つまりは、ここからレフが離れている状態。


(――わたしから距離が開きすぎると、剣に付与した【掃討波】――わたしの力は使えません。わたしかわたしの心盤の、少なくとも一方が近くにある場合のみの発動となります。距離の目安は、そうですね、一つの町くらいだと考えてください。全か無かの法則が該当します。つまり、使用可能の距離に於いては、わたしとあなたの距離によって威力が落ちることはありません。また、使用不可の距離に於いては、全く使用できません)


 注意事項を述べる、レフの淡々とした声が脳裏に蘇った。それから、剣にこのような異常を――いや、異常が消えたという異常を覚えたことはなかった。



「でもまあ、侯はレフを無事で置いておくつもりのようだったし……、レフのことだから、深刻な危険に巻き込まれることはないと思うが……」


 ラデルは言ったが、眉を寄せ、気遣わしげである。

「それを過信しての、誘拐事件」


 アレン、ユアン、ラデル、ヴェルガードの声が見事に重なった。アゼナは口に出してしまうと取り返しが付かなくなると思っているような顔つきだし、ラシュカはそもそも事件を知らない。


「あの……誘拐って」

 ラシュカが怖々尋ねると、ラデルが端的に説明した。

「以前レフが誘拐されたことがあったんだ……奴隷商人に、誘拐と認識せずに」


「それは……」

 ラシュカは驚愕に言葉を失う。


 リノ・アイゼルトが誘拐される。あまつさえ、売られる。そんな事態を想像しての驚愕だったが、ユアンが穏やかに言った。


「勿論、丁寧に説明して解放してもらった――主にアレンが」


 丁寧に説明した、という言い回しの裏の意味を感じ取り、ラシュカは追及を避ける。


「あ、そうなんですか」


 ラシュカの頭の中で「勇者様つまり怖い人」という方程式が出来上がっている気が、しないでもないが、そこは全員が取り敢えず放置した。



 レフの帰りが遅いことで動揺しているのは、あの誘拐事件のせいだということも否めない。絶対有り得ない、レフを攫おうとした段階で町が吹っ飛んでいるはずだ、と固く信じていたのに、レフ本人はあっさり攫われていた。


 送り出しておいて、心配する権利もないが……。


 アレンは自嘲の念を込めた。


 もっとも、レフが付いて来いと言っていれば付いて行けたので、かなりのところお互い様――。


(侯爵はレフのことも怖がってるみたいだったしな)


 そう考えて、アレンは落ち着こうとした。

 侯爵は、あの二人連れとやらとレフ、両方が怖い。領地のためにもどちらの機嫌も損ねないための策として。アレンたちは、ラシュカを庇うために必要だったから――レフを行かせた。


 そうしている間に、応接室に侯が姿を現した。これまでも何回か、就寝を促すために来てはいたのだが、様子が違う。随分と疲れた様子だ。


 反射的にアレンは立ち上がっていた。


「何かあったんですか」


 侯はアレンに目を向けた。

「戻って来ましたので、話を聞きますか?」


 誰が、と侯は言わなかった。室内の六人の顔色が変わる。決して良い話が聞けるわけではないと、全員が分かったからだった。



 案内されたのは応接室よりも下の階にある部屋で、そこに入るなり全員ががらりと雰囲気を変えた。そこにいるのは、見送りの時に見たレフの同行者のうち三人だったからだ。

 そしてそこに、レフがいなかったからだ。


「――どういうことだ?」


 低い声でアレンが言った。侯はその三人の男に言う。


「説明申し上げなさい」


 三人はかなり震えていた。寒さのせいもあるだろうが、見交わす視線を見れば、それだけが原因ではないことなど、容易に想像が付く。

「……お――俺にも、よくは」

 一人がくぐもった声で言った。

「ただ、いきなり扉が消えて――訳が分かんなくて。そしたらいきなり女の子がいて。何か、喋ってて」

 もう一人も吃りながら言い、隣に視線を送った。それを受けたもう一人は、足元を見ながら言った。

「女の子が――あの綺麗な人に何か言って。機巧人がどうとか。そのあとデンゼルが殺された――それで、外に出ろ、みたいなことを言われたんですけど。行くところ行くところに変な――罠みたいなのがあって、それでどんどん倒れて行くし。もう何が何だか分からなくて。侯爵様、安全な処に行かされたんですよね、俺たち? 外に出られて――けど怖いままだし」


 アレンは言葉が右から左に通り抜けて行くのを感じていた。それなのにその言葉の意味だけが頭にこびり付く。



 レフが危険な処に一人でいる。また、彼女の子どもたちを利用されている。



「――レフは」

 アレンはやっとのことで、それだけを言った。そもそもレフがどこにいるのかさえ知らない。


「あんなところで生きてられっかよ!」

 一人が叫ぶように言ったが、アレンの本気の気迫を受けて口を閉じた。アレンは一瞬口が利けなかったが、ユアンがごく自然に口に出した。


「レフを馬鹿にしないでくれるか」


 アレンは侯を振り返り、確信を込めた、いっそ冷静な声で言っていた。

「――騙しましたね」


 侯は笑ったが、全く嬉しそうではなかった。

「……彼らが、リノ・アイゼルトは必ず自分たちに協力すると言ったのでね」


 アレンは歯軋りした。ここまで後悔したことはなかった。一度は事実を言い当てた。それなのにそれをいいように誤魔化されて納得し、レフを行かせてしまった。


 レフは強い。それは知っている。けれど、子どもたちを人質に取られていては、出来る反撃などないに等しいはずだ。


 アレンは三人に向き直った。耳の奥で血潮が轟き、目が眩むほどの激怒を感じていたのに、不思議としっかりと立って彼らを見ていた。

 視界も異様に澄んでおり、激怒も焦燥も、感情としては身が焦げるほどに濃厚に感じているというのに、それが身体に及ぼす影響は殆どなかった。


「レフはどこだ」

 アレンは落ち着いて訊いたが、三人は一斉に捲し立てた。


「無駄だって、生きてるわけないって!」

「無事なはずない!」

「悪いが、もう――!」


 問答無用だった。アレンは真ん中の一人の胸座を掴んで引き寄せ、怒声を上げた。



「ぐだぐだ抜かすな! 聞こえてるのか!?――俺の行かせた機巧人はどこかって訊いてんだよ!!」



 三人が、遥かに年下であるはずの青年の大喝に震え上がった。南の、と呟く。アレンは掴んだ手を振り放し、命じた。


「案内しろ」


 三人が転びそうな勢いで走り出す。アレンは脇目も振らずにそれを追い掛けた。そのことからも明らかなように、アレンは侯に全く興味はない。彼が関心があるのはただひたすら、自分を使用者に選んだ機巧人の少女の安否だけだった。

 アレンに続いて五人が駆け抜けた室内に残され、侯はそっと微笑んだ。充足感とも達成感とも無縁の、無理をしたような微笑だった。


「……行かせた、か。貸した、でなく」





□□□□□□□□□□□□□□□□





 馬車と馬を出したはいいものの、問題は、三人の記憶が曖昧であることだった。

 余程恐ろしい目に遭ったらしいが、今のアレンたちにはそのことを斟酌する余裕はない。

 一時ほど走ったところで男たちの言葉が非常に頼りなくなり、アレンは痛い目に遭わせれば多少は思い出すかと半ば本気で思ったのだが、それを制止したのはラシュカだった。

 彼女にも騎乗の経験がなかったため、レフに代わって馬車に乗っている形であったが、そこには三人も詰め込まれている。

 アレンは馬車の横を並走していたが、彼が誰を殴ろうか検討を始めると同時に、ラシュカが声を上げていた。


「わたし――先導します!」


 アレンは目を瞠った。

「知ってる場所なのか?」


 ラシュカは即座に首を振り、位置の関係上アレンにはよく自分が見えていないことを思い出したのか、全力で声を張り上げた。

「いいえ! でもこの人たちが、一度は行ったことある場所ですから、記憶感応してみます!」


 おお、と魔術の素養のある三人が声を上げた。アレンは思わずユアンに噛み付いた。

「何でやらなかった!」


「できねえもん、記憶感応なんて」

 ユアンはあっさりと言った。

「機巧人しか出来ない種類の魔術なんだよ」


 ラシュカは己の記憶を心盤にも持つという、機巧人の一人だ。機巧人は遍くそうだ。だからこそ、他者の記憶を引き受ける魔術が使える。人間ではその情報量は処理できない。



 心盤の機能は少ない。記憶を蓄え、機能を共有し、自分というものを自覚させ。異状を知らせ、使用者との橋になる。それだけだ。術式の貯蓄でさえ、「本体」の中にしかされない。



 ラシュカが詠唱した。ユアンたちのものとは違う、レフも使っている機巧人の詠唱だ。



「+【記憶感応】+【三人の男の今日の行動】+」




 アレンにはその意味が分かった。



 ラシュカは窓から身を乗り出し、風に踊る髪を押さえながら大声で言った。


「このまま直進してください! 曲がり角ごとに指示します!」


 頼もしい――と誰もが思った。萎縮することを止めれば、ラシュカはかなり頼もしい、しっかりとした性格をしているようだ。そうでなければアドルで生き残ることなど出来なかっただろう。

 ついでに口も悪いらしく、時折小声ではあるが、「何で覚えてないんだよクソッ」だとか、「おまえなんかがじろじろ見て、御尊顔が汚れる、馬鹿じゃないの」だとかと言っているが、誰もそこを責めるつもりはない。


 ラシュカの先導で、アレンたちが――彼らはそうとは知らないが――エリーの作ったあの建物へ踏み込んだときは、夜明けがかなり近い時だった。


 ラシュカが容赦なく記憶を絞り出し、現在の入り口の位置にまで到着する。彼らが中に入ると同時に入り口が掻き消えたが、誰一人そんなことに注意を払わなかった。ラシュカは更に男たちから記憶を強奪し、舌打ちした。


「ここからは自力です――この人たち、混乱し過ぎて同じ処をぐるぐる回ったりして、これに頼った方が時間を取ります」


「分かった」

 アレンは答える。つまり男たちはここに放置である。



 馬を走らせ始めてしばらくしてから、剣の機能が戻ったのを感じていた。レフが付与したものたちを使えるのだ。


 迷宮の造りはかなり複雑だったが、まずはラシュカが方向を定めた。



「+【同胞はどこ】+」



 唱えた詠唱により、自分の他の心盤の大体の位置を把握する。機巧人がここにいると踏んでのことであるが、予想以上の数だったらしく、方向を定めた後、無言で足を速める。家族の誰かがそこにいないとも限らない――そう思っていることは明白だった。


 アゼナは恐ろしく空間把握能力が優れていて、辿った道がどう繋がっているか、ヴェルガードに説明しては彼がそれを光の模型として目の前に浮かべる。左手式で進んでいるのだが、その模型のお蔭で無駄足を踏まずに済む。ユアンとラデルが先頭を進んでいるのは珍しいと言えるが、アレンは元々こうした謎掛けが得手でない上に、今は焦って冷静さを欠いている。大人しく引っ込んでいた。


 罠の類は発動せず、それらは「出口を探すとき」に発動するようだった。


 ラシュカが時折軌道修正をしながら一同は中央に辿り着き、他より少し空間的余裕があるそこで、何もなく誰もいないのに面食らった。しかしラシュカが「下です」と言わないうちに、アレンがさっさと上げ蓋を発見してそれを開けていた。


「おまえは時々、野生の勘が冴えるな」


 ユアンは軽口を叩いたが、アレンは既に中に入って行っていた。全員がそれに続き、足音が錯綜する。



 そのとき、階段の下から小さく――微かに、声がした。誰一人聞き違えるはずのない声だった。



「レフ!」


 複数人が同時に叫び、声が階段で木霊する。一気に足が早まった。


 最後の数段は無視して飛び降り、その弾みもあってアレンはいち早く突き当りに到着した。長いはずの廊下を走ったことを、殆ど覚えていない。なぜならそれは。



 厚く立ち塞がる壁の向こうから、レフの悲鳴が聞こえていたからだった。



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