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五方の守護者  作者: 陶花ゆうの
2 姫君が創った勇者
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姫君、招待される

 レフがすぐにでも落としたいと言い張ったため、アレンは全員にその旨を告げ(アゼナはかなり残念がって、今度は黒に染めてみよう、などと言っていたが、アレンが笑顔で黙らせた)、レフは適当な物陰を見付けてそこで髪の色を戻した。


 やはり銀髪が一番似合う人である。すとんと下ろした銀色の髪は煌びやかでありながら落ち着いた雰囲気を漂わせ、初めて見るラシュカが無意識にだろう、凝視している。アレンにとっては初めて見たときのレフの姿であり、心のどこかでほっとしていた。


 が、道行く人ほぼ全員の目を引いてしまうという難点があった。レフは気にも留めていないが、他は――特にラシュカはそうはいかない。あからさまにびくびくしている。


「そろそろ出ないか?」

 ラデルが言った。「そろそろラシュカを連れて行かないか?」と同義である。アレンも同意し、ヴェルガードが馬車を取りに行こうかと言い出す。

 ラシュカは誘拐計画を知らないので、アレンたちが離れると思ったのかほっとした顔だ。



 レフは嬉しそうに髪を触っている。アレンはその仕草で僅かばかりの罪悪感に悩まされているのだが、言うのは大人気ないというものだろう。


 馬と馬車を引き取りに、ユアンとヴェルガードとアレンが宿に取って返した。ラデルやレフがいればユアンやヴェルガードと連絡が取れるし、レフはラシュカから離れるわけにはいかない。

 アゼナは断然レフやラシュカといることを選んでいるのが明白だった。


「ラデル、くれぐれも二人がどこか変な処に行かないようにしておいてくれ」

 と言ったユアンは、明らかに王宮での迷子を根に持っていた。


「……自信はないけど、任せろ」

 ラデルが言った。



 アレンたちが宿へ向かうとほぼ同時に、領主印を掲げた六頭立て馬車がレフたちに近付いた。

 レフたちは知らないことだが、先程出発していた馬車である。

 御者が人々に、道を開けるよう高飛車に指示をしながら馬を進めている。ラデルとラシュカが他の二人に脇へ退くよう示し、ラシュカはアゼナの後ろで小さくなっていた。


 レフを含め全員、この馬車は通り過ぎるものと思ったのである。


 馬車は黒く塗られ、扉と窓の縁には金の装飾がされている。その窓からはためくのは小さな領主の旗だ。馬には深紅の面繋、御者は正装。後ろには騎馬の衛兵がずらりと並んでいる。


 その馬車がレフたちの傍で停まった。ラデルはきょとんとして周囲を見渡し、周囲もきょとんとしていることを確かめた。

 ラシュカは、これは自分は関係ないなと分かったようで、アゼナの後ろから及び腰にではあるが、それでも興味津々に回りを見て、こんな偉い人の出迎えを受けるのは誰なのだろうという顔をしている。

 アゼナには明らかにこの馬車が、金貨の塊に見えているようだ。

 そしてレフは、見事なまでに無関心だった。むしろ馬車を眺める人間たちを見ている。



 果たして、騎馬の一人が下馬し、見物人を一通り見た。そして、迷いなくレフの下に歩いて行った。


 ここにアレンがいれば、面倒事が嫌過ぎてレフを引っ張って逃走に掛かっていただろう。


 しかしレフもアゼナも面倒事の気配などには鈍感で、ラデルは自身が貴族の生まれなので、貴族から逃げるのを良しとしない考えの持ち主だ。ラシュカに至っては無関係だと思っている。という内訳があって、その男は難なくレフに到達した。


 にこり、と笑う。

「ご機嫌麗しく」


 レフは機嫌など窺えない顔でそちらを見た。男は挫けず、続けた。


「主シェンド侯がお呼びなのです。ご同行いただけますか?」


 レフが微動だにせず男を見るので、男はさすがに笑顔を強張らせ、連れであろうと思ったのか、ラデルに目を移した。ラデルはにっこり笑い返し、上辺は愛想よく訊き返した。


「彼女が誰かご存知で?」


 男は、明らかにこちらの方が話が通じるなと実感したらしく、完全にラデルに向き直った。

「無論。リノ・アイゼルト様であるとのこと――」


 ラデルはますます愛想よく笑った。

「その名をどこで?」


 何せ、ラデルでさえその言葉の意味しか知らない。北方の守護者、と。アレン以外、レフの素性というか事情を、詳しく知る者はいないと思って良いはずだと考えていた。男は目を瞠る。


「無論、主からですが?」

 男はレフに、続いてラデルにも一礼した。

「主はリノ・アイゼルト様がここにいらっしゃると聴き及び、歓迎の用意をされております。是非お運びいただきたく」


 レフは溜息を吐いた。ラデルは男を遮る。


「失礼だが、リノ・アイゼルトが何を指すかご存知で?」


 男は不思議そうにした。

「家名、でしょう?」


 この男が何も知らないことがはっきりした。ラデルは「どうする?」というようにレフを見たが、無関心な眼差しが返ってきて脱力した。しかし、ここで注目を集め続けるのは居心地が悪い。ラデルは切り出した。


「他の者の意見を聞いてから、ということで」

「いえ、是非、今」

 男は言った。

「せめてリノ・アイゼルト様のみでも。さもなければ私どもが主様のお叱りを受けてしまいます」


 ラデルは眉を寄せた。レフをそうまでして招待する利点が分からない。


 唯一の心当たりは、現在アージェを覆い保護する結界だが、一国の首都と同じ扱いを要求するなど、一歩間違えば国同士の問題になりかねないことをシェンド侯がするとは思えない。


「どうか」


 重ねて言われ、ここは折れねばならないことを、ラデルの直感が告げた。この一団はレフを置いては絶対に帰らないだろう――レフがいよいよ機嫌を損ねれば、アドルが吹き飛ぶだろう――し、ここでシェンド侯に恥を掻かせ、自分たちがアゼイラの国民だと知られたら、あるいは知られていたら、後々大問題に発展しかねない。ラデルはレフに囁いた。


「付いて行くしかなさそうだけど――この人たちの主、機巧人を迫害している人だが、いい?」


 レフはラデルを見て、頷いた。男が、この人は動けたのかと、感心する色を浮かべた。


「ラデルがそう言うなら、付いて行く。でも、破壊しない保証はない」


「そのときは僕らも一緒に吹っ飛ぶからね?」

 ラデルが確認するとレフは一瞬考えた。

「――では、我慢する」


 レフの返事を受け、ラデルは続けた。

「そうまで言われたならば参りますが、今は離れている仲間がおりまして――」


「ここに数人残しましょう」

 男はそう言うことで、ここでのアレンたちとの合流を目論むラデルの考えを撃墜した。

「どういった方々でしょう?」



 ラデルは躊躇わず答えた。

「この辺りに馬と馬車を引いて来て、妙だな、という顔をしてから周囲の人に、銀髪美人を見なかったか訊く人です」



 男は一瞬面食らったが、すぐに頷いた。

「畏まりました。ではお乗りください」


 レフが男に向かって初めて口を利いた。

「アゼナとラシュカも連れて行く」

 男はそれまで、アゼナに気付いてもいなかったようだが、笑顔で頷いた。ラシュカは固まっていた。

「無論ですとも」


 ラデルがまず乗り込み、レフに手を貸して乗車させた。レフは貴婦人のような落ち着きと品を持って乗り込んだ。アゼナが身軽に飛び乗り、ラシュカに手を伸ばした。


「何でわたしも……?」


 ラシュカは恨みがましく言ったが、アゼナは笑って言った。

「さ、乗って!」


 ラシュカも乗車せざるを得なかった。




 男が扉を閉め、馬車が走り出す。実際に何人かが留まるのが、窓越しに確認できた。アゼナは完全にこの状況を楽しんでいた。

「やったー、貴族のお屋敷だっ」

 などと言って身体を弾ませている。レフは心の底からどうでも良さそうで、景色を視界に収めるのみ。ラデルは状況に頭痛を覚え、ラシュカとほぼ同じ気分を味わっていた。


「何で侯がレフのことを知ってる……」

 呟く。ここは機巧人を迫害する町、レフを招くどころか、本来なら全力でお引き取り願うはずの町だ。


 ラシュカは天井を仰ぎ、自分に言い聞かせるようにきっぱりと。

「ばれたらその場で殺される」


 アゼナがにこにこしながらラシュカと肩を組み、引っ張り寄せた。

「そんなことさせない、大丈夫」


「とはいっても、ですね……」

 ラシュカはつんのめりながら言ったが、アレンがいないお蔭でアゼナは暴露のし放題なのだった。

「大丈夫だって、誰が保証してると思ってるの?」


「……え?」


 アゼナは空いている方の手を拳にして高く突き上げた。



「そう、誰だと思ってんのー!? アレンこそは名高い勇者様、わたしたちはその連れだっていうの!」



 ラデルが「あーあ」と言ったが、そのいかにもばれましたといった声が、余計に信憑性を与えている。ラシュカの顔が引き攣った。


「え、うそ?」


「ほんとほんとー」

 アゼナは軽く請け負い、ラシュカが救いを求めるように見たレフまでもが、あっさりと保証した。


「アレンが勇者と呼ばれていることは以前聞いたけれど」

 リノ・アイゼルトに言われ、ラシュカは完璧に信じた。額を押さえ、虚ろな笑い声を上げる。


「――そりゃあ勇者様たちは強いですよねー、リノ・アイゼルトがついてますもん。はは……、わたしさっき、ご本人たちに話してたんですね、恥ずかしー」


「姫君っていうのはレフのことなんだな、これが」


 ラデルが笑いを堪えながら言い、アゼナがくすくすと笑った。

「あのときのアレンの顔、見事だったねえ。美人と言われているのにどうしてこいつはレフだと気付かないんだろう、みたいな顔してたよ」


 ラシュカがレフを見て、ぱっと笑顔を浮かべた。そうすると顔がぐっと明るくなる。

「本当だ、どうしてでしょうね」


 そして、この際言ってしまえと思ったのか、表情を真顔に改めて一息に言った。

「昨夜はリノ・アイゼルトとは存じ上げませず、失礼を。ひどいことを言いました……」


 レフは背もたれから勢いよく身を起こした。ラシュカは引いた。レフはラシュカをまじまじと見てから、かなり表情を明るくした。

「あなたはわたしやお姉さまが嫌いではないの?」


 ラシュカは目を剥いた。

「嫌いなんてそんな」


「だったらいいの」


 レフは言って、あどけない仕草で首を傾げた。恐らく機巧人にしか見せないのだろう、この上なく優しく甘い顔をしている。脇でそのおこぼれに与かったアゼナは、これ見られなかったなんてアレンは損したなー、と呑気に考えた。


「そして、分かってほしいのだけど、わたしはあなたに死んでほしくはないの。だから出来れば一緒に来てほしいのだけれど、いや?」


 最強の威力を誇る顔である。ラシュカはうっと詰まり、しかしその目を見てしまって声が出なくなり、そこから回復すると残された道は一つだった。


「――いや、では、ないです」


「来てくれるの?」

 レフは語尾を上げたが、その必要はなかった。ラシュカは降伏した。


「……はい」


「良かった」

 レフは言って、少し勝ち誇ったようにした。アゼナとラデルは同時に思う――


(最初からこうしていれば良かった)


 レフは更に、指を一本立てて言う。

「それからわたしのことはレフでいいわ」


「はあっ?」

 ラシュカは悲鳴を上げた。リノ・アイゼルト相手に愛称で呼ぶのだから、そうもなるだろう。レフはラシュカをじっと見た。レフの勝利が決まった。


「最近できた親しい人はそう呼ぶの」


 親しい人に分類されて、ラシュカは顔を赤らめたが、それはラシュカだけではなかった。ラデルも口を半開きにしたし、アゼナに至っては声を上げた。


「いっ、今レフ、親しいって言ったーっ!?」


 レフはきょとんとして、頷いた。アゼナは立ち上がり掛けた。


「レフが初めてあたしたちのこと親しいって言った!」


 レフはますます困惑したようだったが構わず、アゼナはレフに抱き付いた。


「今の本心!?」

 レフはどうしたらいいのか分からない様子で、アゼナの肩辺りを叩いた。


「ええ」


「すごいっ!」

 アゼナは片想いが実ったかのような喜びようだった。

「すごいよっ! レフ大好き!」


 レフはぽかんとしたが、アゼナは更に言った。


「ってことは、みんなだよね? ユアンもラデルもヴェルガードさんもだよね!?」

「ええ」

 レフは答えたが、アゼナの勢いに腰が引けている。アゼナは満面の笑みを浮かべた。


「アレンもだよねっ!?」


「ええ」

 レフは同じ調子で答えたが、ふと考えて付け加えた。



「――書くことをたくさんくれた人」



 アゼナには何のことだかさっぱり分からなかったが、そんなことはどうでもいいくらい大喜びをしているのだった。

 そのはしゃぎように、ラデルもラシュカも顔を綻ばせた。レフは一人、どうして喜んでいるのか分かっていないようだったが、それでもいいことには違いないと結論したらしく、表情は穏やかだった。





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 馬車は領主館の前、正面玄関の目の前で停まった。普通、馬車は建物脇の馬車停めに停められる。今回馬車が停まった位置から推して、シェンド侯はレフを、かなり高貴な人物と見なしているようだ。とはいえ、そう察したのはラデルだけで、他は明らかにこれが通常の待遇だと思っていた。


 侯はなぜレフを知っていて、招き、厚遇するのか。ラデルは外交用の愛想のいい顔の裏で改めて考え、内心で溜息を落とした。


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