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五方の守護者  作者: 陶花ゆうの
2 姫君が創った勇者
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勇者、登場する

 レフは人身売買というものを理解し、本気でここを破壊してやろうかと考え始めていた。

 アリーがひどく落ち込んでいるので、いざとなればどうにでもなるからと、あながち慰めでもないことを口にしたのだが、アリーの悲しげな「分かってるから」というような表情から察するに、信じてもらっていないようだ。


 それにしてもアレンが遅いので、レフは内心、もう来ないのではないかと割り切っていた。

 アレンは機巧人が嫌いだ。

 王都の結界が損傷したとき、ややその認識は改まったようだが、完全ではないだろう。レフはレフで、咄嗟に人を守ってしまったこともあり、わざとアレンの態度を誤解したような言動を取り、距離を置こうとしている。


 もう二度と、何も守ったりはしない。つい先日、玉座の間で口にしたあの誓いを、破るわけにはいかない。オーヴェルの願いが万が一にでも成就して、アレンのことをオーヴェル以上の勅使だと思ってしまっては、また人を、国を守りたくなってしまう。


 どちらにせよ、自分がアレンに愛想を尽かした回数分、アレンが自分に愛想を尽かすこともあるだろうと理解している。ゆえに、来ないとしても何の不思議もなければ、恨みに思うこともない。



 番人のように常に何人か奴隷商人どもが立っていて、これまた常にレフのことを話題にしていたが、それはレフの興味の範囲ではない。ただアリーに何度か深い憐れみの目で見られたので、あまり芳しい内容ではないようだ。


 ただ、その目を向けられる度にレフは嬉しくなる。貴女が心から慈しんで案じていた子供たちは、その子孫は、他に憐れみを向けられるほどに大きくなりましたと、姉に言いたくなる。


 他の「商品」たちは泣き疲れて、今は静かになっている。ただアリーは気が張っているらしく、そのうち神経が切れてしまうのではないかとレフは心配だった。アリーに最後の止めを刺すのが誰であれ、決して許さないつもりである。





□□□□□□□□□□□□□□□□





 アレンは己の引いた籤が外れだったことに気付いた。

 ヴェルガードと二人で押し入った地下室には、確かに捕らわれた人や機巧人(ガルシャリア)が三十人ばかり押し込まれていたが、目当ての人物はいなかった。レフの特徴を述べて、捜すよう(恐れをなして忠実な配下となっていた)奴隷商人に命じたが、いなかったのだ。それを確認するや即座に踵を返した背中に、捕らわれ人たちの非難の視線が突き刺さる。

 アレンは気にしなかったが、ヴェルガードが一応、全員を解放したようである。アレンが人攫いたちに伝えたレフの特徴に、なぜかヴェルガードは緊張が緩んだように肩を震わせていた。





 一方、そこから一セラほど離れた場所では、ユアンが目当ての建物に侵入を果たしていた。長い平屋建ての建物で、中は騒々しい。無詠唱で姿を消してあっさり入ったはいいが、さてどこへ行ったものか。しばらくうろうろし、体力温存のため一旦姿を現した。

 

 なお、このときユアンが使った術は隠蔽の術ではなく、単に光を捻じ曲げる術である。



 ―ーレフはここにいるのか。


 再び姿を消して、騒がしい方向へ行ってみる。思った通りそこは食堂で、明日の儲けに全員が胸を膨らませているようだ。ただ、誰も酒は飲んでいない。やっている商売が別の種類であれば、規律の厳しい良い商団のはずである。

「今回はかなりいい感じの連中だから、この間の一割増は望めるぞ」

「はあ。で、他の分隊はどんな感じだ?」

「結構、数では負けてますけど。でも儲けはうちが一番でしょう」

「ああ……、例の」

 ここまで聞いてユアンはここにレフがいることを確信した。どんぴしゃでこんな会話が聞けるなんて運がいいなと思ったが、よくよく耳を澄ましてみると、ほぼ全員がレフらしき人物の話をしていた。儲けの話から入った分、ユアンが聞いた会話は遠回しで、ユアンはなかなか運が悪い方だった。


 がっくりきたユアンだった。

(これは……美形としての格が違う)

 何と? この場所と! そして世界の巷で囁かれる数多の美姫と!


 ユアンは更に、どこにいるのかを探ろうとしたが、これはなかなか喋ってくれない。業を煮やし、一旦外に出た。


 建物の脇で、無詠唱で会話を発動させ、アレンに連絡を取る。


「アレン? 聞こえるか?」


 一拍置いて、アレンの声がした。


「ユアン? こっちは駄目だった」

「知ってる。奪還はまだだけど、ここにレフがいる。ヴェルガードさんに、アゼナたちに伝えてもらってくれ。俺は一足先にレフを拝んでくる」

「――分かった。あ、そういえば今初めてレフをレフって呼んだか?」


 ユアンは記憶を手繰ったが、曖昧だった。


「そうだっけか。じゃ、後で」

「おうっ」



 会話が終わって、ユアンはほうっと息を吐いた。声から伝わってくるアレンの怒気は、確実に八つ当たり方向から人攫い方向へ修正されていた。しかも何だかさっきの語尾からは笑顔が窺えた。

 ユアンは脇の建物を拝む。――許せ。こちらも自分の身が可愛い。


 先程、アレンがフランクを殴り倒したときにはひやりとした。手加減はしていただろうが、もう少し遊んでやっても、と思わなくもなかった。しかも動きの速さがアレンの普通――フランクも結構動きは速い方だったと十人中九人が言うはず――で、フランクが目で追えるはずもなかった。

 つまりアレンは、真剣に腹を立てている。

 なぜだか知らないが、レフが人質を取られて連行されたというのが相当癪に障るらしい。いやむしろ――逆鱗に触れたというべきか。


 思い返したユアンは身震いし、さぼった罪でアレンの怒りを買わないよう、せっせとレフを捜すことにした。






 堂々と姿を見せて入り、数人を一瞬で昏倒させた上で、誘拐された人々の奪還を宣言。一気に建物の中が殺気立ち、ユアンの余りの余裕の態度に、既に場所が知られていると勘違いした下っ端が叫んでくれた。


「ち、地下室を守れっ!」


 馬鹿が馬鹿に続いて、ばたばたと一室に駆け込んでくれた。ほう、そこに入り口が。ほくそ笑むユアンは数秒に二、三人をまとめて倒し続けている。魔力を衝撃に変換して盆の窪を狙い撃ちにしていて、白目を剥いて仲間が次々倒れていくのを見て、さすがにやばいと思ったのか、残りは地下室に望みを掛けて入り口付近に集合している。

 一度、その中にざわめきが走ったので、強敵が出てくるのかと身構えたユアンだったが、出てきた中年の魔術師は、思わず「基礎からやり直し!」と叫びたくなる代物で、そいつを前にして額に手を当て、「駄目だこりゃ」を示すために首まで振る余裕があった(アレンが彼を見ていたら、並みだと思うと言ったはずだ)。

 

 中央からわざわざ足を運んだ魔術師に教えられたユアンの腕前は、やはり並みではなく、極上の部類に入るのである。


 しかし地下室死守組は思いの外手強く、束になられると面倒なので幻惑の術式で誤魔化して、ユアンは地下室に入った。

 が、そこには更に、「商品」死守組がいた。


 これにはさすがのユアンも困惑した。ざっと見ただけで三十人、半ば以上が魔術師。こうなるとむしろ姿を消していなくて正解だっただろう。あの術は見る者が見れば一発でそれと分かってしまう、空間の歪みを伴う。


 一斉に威嚇の気配を向けられて、ユアンは溜息を吐いた。取り敢えず地下室の入り口に向かって心中で詠唱。


(*【行為者への害意の主を阻む】*)


 頼むアレン、俺への害意を持って来てくれるな、という念を込めた。


 居並ぶ「商品」死守組を透かしてレフを捜す。髪が銀色でないので分からない。踏み込むしかなさそうだ。

 ユアンが突っ込んだ。

 奴隷商人側の雄叫びと、攫われた人たち側の悲鳴とで地下室が揺れた。ユアンはとにかく突破だけを目的にし、悲鳴側に辿り着くと同時に障壁を張ったが、急ぎ過ぎたせいで奴隷商人数人を中に入れてしまっていた。それでも外に攫われた人を残すよりはましというもの。そしてその連中を片付けるより先にレフを捜した。


 レフはいた。奥の方で跪いているので、具合が悪いか怪我をしたかと思って血の気が引いた。アレンの逆鱗にこれ以上触れてくれるなと。


 だが幸いなことに、レフは少女に寄り添っていただけだった。金髪の少女は震え上がっており、ユアンを見ても叫んだ。


「きゃ、わ! 誰かいるっ!」


 レフが無感動にユアンを見上げた。そして、極めて淡々と言った。


「大丈夫。あなたの味方」


 少女――アリーはレフにしがみついた。レフがどことなく満足げなのは気のせいだろうなと、ユアンはいっそ殺気を覚えた。


「え、なに? あなたの言ってた何とかなるってこの人のことっ?」

 アリーの問いに、仕草だけは完璧に可愛らしくレフは首を傾げた。

「いえ……違うけれど良しとしましょう」


 何が良しだ! おまえは俺たちがどれだけアレンの無言の怒りとか威圧とかに怯えて神経擦り減らしたのか分かってんのか! とユアンは叫ぼうと思い、実際叫びかけたのだが、背後から斬り付けられて断念した。刃はユアンの防御に当たって宙を滑り、固定された挙句にぼきりと折れた。持ち主は絶句した。


 レフはきゃーきゃー騒ぐアリーに一切の注意を集中させた。ユアンは内心げっそりし、思った――来るなアレン。きっとこいつはおまえの予想期待の一切を裏切る。こいつ、誘拐された挙句に友達作ってんぞ。


 レフはここにいては危ないと理解したのか、立とうとしたがもたついた。両手には魔封の枷。アリーも同じだった。


「ああもうっ」


 ユアンは叫んだ。アリーが立とうとしたことでレフと離れ、ユアンに斬りかかって難なく避けられた男の剣がアリーに向かった。



 その瞬間、ユアンは人違いをしたのかと思った。レフの表情が今までにないほどくっきりとしたものになったから。



「ユアン! 彼女を!」


 美しい顔を彩るのは恐怖と衝撃。――レフは心の底から、アリーが傷付くことを恐れている。



 この子がシェリアの娘――第一世代の機巧人だろうと予想はついていた。金髪に茶色の目、何よりレフと一緒にいた。しかし機巧人に対する一切の嫌悪は湧かなかった。ユアンは手を伸ばしてアリーを抱え込み、自分の防御で彼女を庇った。


 アリーは安堵と衝撃で硬直した。ユアンが彼女を抱えたまま立たせ、安全を確認してから離すと、一目散にレフに突撃し抱き付いた。ユアンは地味に傷ついたが、アリーが真っ赤になっているので良しとした。


 ここから脱出は難しいかと、ユアンは肚を括った。レフの枷を解いてやれればいいのだが、壊すに足る時間がない。ユアンは思案し、いい案はないかとレフを見たが、やはり機巧人しか見ていない。


 どうする――とユアンが渋面になったそのとき、誰かの気迫でその場の空気が凍り付いた。敵味方被害者が一並びに動きを止め、新たな人物の登場を仰いだ。




「ユアン?」


と、その人物の声は言ったが、ユアンは一瞬それを死刑宣告だと思った。


「レフは?」



 そう言って、地下室に現れたアレンは人攫いたちを真っ向から見た。




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