勇者、捜す
ユアンは目を見開いた。
「いなかった?」
ラデルも同様だった。戻ってきたアレンたちに向かって眉を寄せる。
「どういうことだ?」
アレンは不機嫌に言う。
「可能性一つ目、レフは自分の意思であそこから瞬間移動した。二つ目、大通りに落とし穴があった」
「レフなら落ちない」
アゼナは断言し、不安そうな顔をした。
「……自分の意思で消えたのなら、戻ってくるだろうけど。まさか捕まってないよねー……」
アレンとヴェルガード以外が、何とも言えない顔になった。アレンは怪訝に思って訊く。
「どうした? 捕まるって、何に?」
ユアンが表情はそのままで首を捻った。
「あ、いや、ないとは思う」
顔が険しくなったのをアレンは自覚した。ユアンがこんな顔をするときは、碌なことが起こった例がない。
「何に?」
短く問い、更に低く重ねる。
「さっき言ってた、嫌なものって何だ?」
ユアンは両手を挙げ、念を入れた。
「いや、だから、ないとは思うぞ?――俺たちが見たのは人身売買。心当たりもそれ」
アレンの顔からものの見事に表情が消えた。怒ったとか、心配したとかではなくて、頭の中に何かが急速に膨らんできて、そちらの処理に全ての能力を使っている、という感じ。
アレンの頭の中では、誘拐されてからしばらくは事態を把握せずぼーっとしていたレフが、事態を把握した瞬間に誇り高さに火が点いて、掃討波で町を壊滅させていた。有り得る。しかも、あの美貌からして連れて行かれたとしておかしくない。
が、ここでアレンは正気に返った。
「いやー、ないだろ」
言って、腰の剣の柄をつつく。
「みんなこいつの――ていうかレフの【掃討波】は見たと思うけど、あ、ミリウィアでぶっ放したやつな。あれ、レフ本人が使うと威力は数倍らしい」
全員が一歩下がった。そして顔を見合わせる。
「――やっぱないね」
「だ、だよな。変に人身売買をちらつかせた段階で町が廃墟になってるよ」
「じゃ、いつ戻ってくるかだな」
「出発したいのにな。何でいきなり離れて行ったんだ?」
人垣の中心では、ユーゴとフランクの喧嘩に決着が付き、野次馬がわっと騒いでいた。どうやらフランクが勝ったらしい。人々は徐々に散っていき、中の一人があれえ、と声を上げた。
「籠が落ちてるんだけどー。誰のー、これ?」
数人が振り返り、知らないなと首を振る中で、一人があっと声を上げた。
「それ、四つ角んとこに住んでるシェリアのだよ。行って届けたげる」
籠を持っていた若い女は嘲笑の形に唇を曲げた。
「へー、お仲間は優しいねぇ」
申し出た人物は――今の言い方から察するに機巧人だろうな、とアレンは思った――はいはいとあしらう。
「あー、はいはい。ていうかそれ渡して」
女は籠を乱暴な手つきで投げ渡したので、中に入っていたものが辺りに散らかった。申し出た方の女性は嫌な顔一つせずに膝を突き、それらを拾い集める。主に端布の類である。それが終わると立ち上がり、もう一度辺りを見回して拾い残しがないか確かめた。そして、くるりと踵を返してはきはきした動きで立ち去っていく。
ラデルは溜息を吐いた。
「ここで待つ?」
アレンはそれより大きく溜息を吐いた。
「だな。変に動くとあいつも迷うし」
暇だなー、とユアンが言い、閉門――町を囲む城壁の、城門が閉まる時刻――までにレフが戻ってこなかったらどうする、とラデルとヴェルガードが言い出した。
「泊まるの?」
アゼナが楽しそうに言い、アレンはうえーと嫌な顔をした。
「この町、泊まるのだけはお断り」
しかし、待てど暮らせどレフの気配がない。
「昔馴染みにでも会ったのか?」
と、ラデルが訝しみ、それはないなと言いながらもアレンも微かに気になりだした。人が一昨日の決意を貫き通そうとしているのにあいつは何のつもりだ、とかなり腹も立ってきた。
魔術で居場所を探知するのは、緊急時や、相手と相当気心が知れている場合でなくては失礼に当たる。
一刻ほど経ったとき、向こうの方から二人連れが、かなり慌ただしくやって来た。一人に妙に見覚えがあるなとアレンが思っていると、もう一人が抱える籠に気付いた。先程の、子供じみた態度に大人の余裕で対応した女性だった。現在籠を抱えているのがシェリアなのだろう。女性は先程の余裕はどこへやら、焦った様子でシェリアを先導している。
「ここよ、シェリア」
シェリアは辺りを見渡し、籠をぎゅっと抱えた。
「本当――本当にいなかったの、エレナ?」
エレナは頷く。
「そりゃ、注意して見てたわけじゃないけど。あの子だってあたしに気付いたら声くらい掛けてくれるだろうし」
アゼナが欠伸した。
「眠いー、アレン、もう諦めてどっかの宿に行こ?」
アレンは軽く睨んだ。
「おまえ、いつだったか節約の大事さを説いてなかったか?」
「そんなの別人だよぅ」
呆れた顔をしたアレンだったが、確かに眠そうなので、ここは折れてどこかに入ろうかと思わなくもなかった。他の仲間に打診しようと振り返ったとき、意を決したようにシェリアが近付いてきた。
「あの、よろしい?」
顔面蒼白の女性にそう言われて、いや駄目ですというのは冷血漢か外道か子供か馬鹿である。アレンは愛想よく答えた。
「はい?」
シェリアは籠を抱き締める余り、指関節が白くなっていた。
「あ、あの、ここにはいつ頃からいらっしゃいました?」
アレンは首を傾げる。
「一刻くらいはいますけど」
シェリアは藁にも縋る表情だった。
「ここで、女の子を見ませんでしたか。金髪で、目の茶色い。第一世代の機巧人です。歳は十六。見ませんでしたか。娘なんです」
アレンは記憶を掘り返し、首を振った。
「――いや、俺は見てないですね。……おい、おまえら。この辺で、金髪に茶色い目の、十六歳くらいの女の子を見なかったか? 第一世代の機巧人だそうだけど、それなら人間に見えたと思う」
アレンは仲間に問い掛け、皆、しばらく黙った後で首を振った。
「いや、見てない」
「俺も」
「知らないと思う」
「覚えがない」
アレンは、打ちひしがれたようなシェリアに向き直った。
「すいません、お役に立てなくて」
「人捜し?」
アゼナが首を傾げ、シェリアは力なく頷く。するとアゼナは、微妙に強張った顔で――ぱっと見にはいつもと同じに見える――申し出た。
「良かったら一緒に捜そうか?」
アレンは驚いた。
「アゼナ?」
シェリアも目を瞠り、おずおずと言った。
「でも、予定とか……」
アゼナがアレンを見て、アレンは戸惑いつつも答えた。
「あ、いや、実は俺たち今人待ちで暇してるんで、全然大丈夫なんですけど」
シェリアも怖々と言った。
「そうなの?……じゃあ、お願い出来る?」
アレンは気前良く頷いた。仲間を振り返ると、待機状態から脱出出来てむしろありがたがっている印象を受ける。アゼナがシェリアににっこりと笑い掛けた。
「でね、その捜してる人って、どこに行きそう?」
シェリアは少し考えたが、顔色が確実に白くなっていった。
「思い当たらないの……。この町は機巧人に、その、優しくはないし……」
人身売買か? とアレンたちは思ったが、相手もそれを考えには入れているようなので敢えて言わないようにする。ただアレンはユアンと目を合わせ、捜しに歩き出したとき低く言った。
「おまえが見たっていう、そこにはいたか?」
ユアンは一瞬考え、首を振った。
「いや――いなかった。金髪は何人かいたけど、みんな男か二十代以上の女だった」
「そうか。何でそのとき連中を始末しなかった――って、言うだけ野暮か」
その場を何とかしたとしても、元締めを締めなくては何の解決にもならない上、逃げた人々が追われた場合、もっと残酷な仕打ちを受けることも有り得る。
「まぁそうだな。――いってえ!」
ユアンの最後の一言は、アゼナが背中に思い切り打つかって来たためのものである。アレンもユアンも驚いて振り返ったところ、真剣なアゼナの眼差しと打つかった。
「ど、どうした、アゼナ?」
「やばくない?」
アゼナは焦った口調で囁いた。アレンとユアンは瓜二つの戸惑いを目に浮かべた。
「何が?」
「何が、じゃないでしょ! レフだよ」
アレンは瞬きした。
「レフの、何が?」
アゼナの目に殺気が籠った。
「分かってないの? 馬鹿じゃないの? あの人が捜してる娘さんもこの辺でいなくなって、時間だってレフと大体同じでしょ?」
「…………」
ユアンが絶句した。アレンは額を押さえた。
「つまり、レフも……」
「何で吹っ飛ばさなかった?」
ユアンは不思議そのものの顔で訊いたが、アレンは思い当たった。同時に、頭のどこかが切れたと思った。先程とは別の原因で、表情が速やかに消えていったのを自覚した。
「第一世代が人質……?」
アゼナはこくこくと頷き、ユアンは溜息を吐いた。
「あいつが消えたの、どこ」
もう暗くなってきた路地の奥に立ち、ユアンは難しい顔をした。アゼナがそれを窺う。
「どう? 何か分かった?」
ユアンは腕を組む。
「ここで転移の魔法陣が起動したと思う。そんな感じだ。すうすうする」
アゼナははっとしたように唇を覆った。
「えっ、うそ、それあたしも感じた」
ユアンは呆れ果てた顔をした。
「何ですぐ言わない?」
「だってそんなものだとは思わなかったし……」
アゼナはおろおろとして言ったが、アレンが口を開くやぴたりと黙った。
「アゼナ」
「――――」
「今頃レフが売り飛ばされてたら、どうするんだ?」
本当にそれを疑問に思っている、というような口調だったが、凄みが違う。アゼナは顔を伏せ、答えた。
「追い掛けます」
アレンは踵を返して路地から抜け出し、シェリアを見付けて歩み寄った。シェリアはアレンを見て、待ち人が来たのかというような顔をしたが、すぐに怪訝な顔になった。
「……どう、しました?」
アレンはにっこりした。
「単刀直入に言いますけど、正直、娘さんが人身売買の連中に捕まった可能性考えてますよね?」
シェリアは取り乱しこそしなかったものの、ますます蒼白になった。アレンは笑顔のままさくさくと話を進めた。
「俺たちさっさとここ出る予定だったんですけど、俺たちの中の一人も娘さんと一緒くたに捕まったかも知れないんですね。というわけで、俺は全力で捜します。あいつらにも協力してもらいますし、見付かるまで捜すんで、お嬢さんも一緒に見付かるかも知れません」
振り返ったアレンは、ユアンに言った。
「みんなを呼んでくれないか」
ユアンは即座に無詠唱で会話の術式を発動し、全員を集めた。全身から不機嫌を発散するアレンに全員が腰が引けていたが、レフが人身売買の対象になっているらしいと聞いて衝撃の色を漂わせ、しかし怖いものは怖いので微妙に視線を外した。
「ユアン、レフを捜せるか?」
ユアンが頷いて詠唱を開始し、ラデルがそうっとシェリアに近付いて。
「娘さんを探知しました?」
「しました……でも見付からずに」
「あ、そうですか……」
もうアレンの方を見られず、ラデルは元の位置に戻った。アレンがなぜそれほど怒っているのか不明だが、いつも通りの態度の裏の怒気は凄まじいものである。ユアンが顔を上げ、親友の気迫に顔を強張らせながら、しかし何とか目は合わせて、棒読みで報告した。
「――遮断されてる」
アレンはいつも通りの仕草で眉を寄せたが、ヴェルガードが一歩下がった。
「え? 何で?」
ユアンは早口で答えた。
「二つ考えられる。一つ目はレフが自分の意思で拒否してきた場合で、今回もそれだとしたら、レフは平穏無事でどこかにいて、単に臍を曲げてるか誰かと密会中ってことになる。二つ目はレフが魔封の呪を掛けられるか、その魔具を着けられてるかっていう――」
「分かった」
アレンは端的に言い、ラデルを見た。
「人身売買の対象者が集められていそうな場所は?」
「十呼吸分待って」
言うや、ラデルは早口の詠唱で探知を開始した。後で思い返して彼は、よく舌が回ったものだと思ったものだった。
探知が終わると、ラデルは確信を持って言った。
「場所は三箇所ある。町の東と南寄りの中央と南。どこにレフがいるかは分からない」
アレンは全く動じなかった。
「三箇所一斉に当たろう。ユアンは一人で他と連絡が取れるから一人で。俺とヴェルガードさん、アゼナとラデルで組む。文句は?」
いいな? ではなく、文句は? と訊いた。些細な違いかも知れないが、責任を感じるアゼナの感じた重圧は相当なものだった。
エレナがそっと口を挟んだ。
「えっと、辺りが静かだから、人身売買の市はまだ行われてない、と思う……」
「そうなのか? ありがとう」
アレンは愛想よく言い、ヴェルガードに「行こうか」と笑い掛けた。差したのは南である。ヴェルガードは無言で後に続いた。アゼナとラデルも東を指して歩き出し、馬車と馬に盗難・誘拐防止の呪を掛けたユアンがアレンの背後を歩く形となった。声を掛けてみる。
「中央と南と、どっち目指してる……?」
「取り敢えず中央だけど。おまえどっちに行きたいとかあるか?」
「ないない」
アレンの口調は普段通りなのだが、潜伏している怒気に半端でないものを感じる。なぜだろうと考えるが、思い当たらない。とにかくユアンは全力で、レフの無事を祈った。
(愛情を込めて作りましたから)
第一世代が人質だと気付いたのはその言葉があったからだった。同時に、何をしてくれているのだと心から思った。
ほんの短い付き合いではあるが、レフが機巧人のためなら手段を選ばず、時には激怒さえしたのをアレンは見ている。また、薄々ではあるが、あの〈記録〉の中で完璧に独りだったのだろうと想像もついている。それを、わざとではないにしろ出しにしてレフを誘拐したのである。自分でも意外なほど怒っていた。
大通りの途中で数人連れの男たちと擦れ違った。中の一人がフランクと呼ばれていたので、アレンがヴェルガードとユアンと同時に振り返る。
「何だ、なんか用か?」
フランクは今日の喧嘩で調子に乗ったのか近付いて来て、一方アレンもこれは歓迎すべき拾い物であると気付いた。こちらからも歩み寄って、因縁をつけるフランクの遅すぎる拳を難なく躱して逆に腹の辺りを殴ってやる。動かなくなったので失笑。予想より軟弱だった。
腰の引けた取り巻きたちを見渡して、アレンは礼儀正しく訊いた。
「人身売買の市が開かれるのはいつでしょーね?」
取り巻きたちは目を見交わした。いつだっけ、と囁き、アレンの目を見てしまった数人の顔色が悪くなったところで、一人が答えた。
「確か――明日の早朝、だったような」
「へえ」
アレンは呟いて、フランクの身体を脇へ放り投げた。鼻の骨が折れたかも知れないが黙認する。こいつが喧嘩騒動を起こしていなければ、レフが誘拐されることはなかったのである。
いや違う。
アレンたちがレフを過信しなければ、もう少し早く行動できていたし、もっと言うなら馬車に乗せて放置していたからこうなったのである。半ば以上は自分たちの責任――しかしそれで割り切れるものでもない。
「行こうか」
何事もなかったかのようにアレンは言い、ユアンとヴェルガードが黙って頷いた。アレンは足早に歩き去る。とにかくレフを見付けて連れ戻さなくてはならない。
一昨日の決意を貫こうという思いは綺麗に忘れ果てていた。アレンの機巧人に対する考えは既に改まっていたのだ。そもそもアレンは機巧人と接触したことさえ余りなく、環境のせいで機巧人嫌いになったと言える。そんな彼が機巧人に対する偏見を改めるには、レフへの認識を改めるだけで十分だったのである。
あいつは機巧人なのに、機巧人でしかないはずなのに――と内心で繰り返してきたが、言い換えればそれは、アレンがレフを毛嫌いしていた唯一の理由が、彼女が機巧人であるという事実、それに尽きるということだった。
レフの目が荘厳な光を宿しているということも、機巧人のために激怒した彼女の姿が気高いということも、助け起こしたときに掌に感じる彼女の存在が、一人の人としてのものであるということも、外見年齢相応の表情をする彼女が、やけに視線を釘付けにするということも、全て「レフは機巧人である」という事実に並ぶだけの重みをもった事実なのだと、アレンははっきり気付いたのだ。




