表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
五方の守護者  作者: 陶花ゆうの
2 姫君が創った勇者
PR
28/96

姫君、消える

 アゼナ言うところの「次の町」ブルガイヤには翌日の昼過ぎに着き、時間が勿体ないので染粉を買って通り抜けようという話になった。誰も野宿を苦にしないし、何より昨日ラデルが聞いた通り、ブルガイヤは大変治安が悪く、害はないにせよ――この町でのさばる誰よりも、アレンやアゼナの方が遥かに腕が立つのは目に見えている――、留まっていいことはないだろうし、意味もない。



 城門を入ったところで既に雰囲気が悪いのが分かった。アゼナは無頓着だったが、ラデルもヴェルガードも露骨に嫌な顔になり、アレンとユアンはうんざりしてしまった。馬車の中の反応は不明である。窓布はしっかりと下ろされている。


「どこで売ってるのかなぁ?」

 アゼナはきょろきょろし、アレンが気分を隠そうともせずに言った。

「まあ、どこかにはあるだろ。通り抜けがてらに見て回ろう」



 染粉は町の半ばほどの処の、小さな薬草の店に一緒になって売られていた。植物を乾かして擂り潰し、粉にしたものだ。使い方をアゼナが興味津々に尋ね、初老の店主はそれを少し眩しそうに見ていた。


 アゼナは粉の入った目の粗い布の袋を持って馬車まで帰還し、レフだけでなく全員に説明した。


「水に溶かして、それをぐつぐつやって、髪に塗るんだって」


「野営で使う鍋、使えるかな?」


 ラデルが半信半疑に言い、ユアンが肩を竦めた。


「衛生上気になるかって意味なら気になるな。でも、気にならないようにしよう」


 アゼナが更に言う。

「レフはどうやって髪に塗るの。刷毛か何か必要でしょう?――馬用のでいいとか言ったら殴る」


 正に言おうとしていたラデル以外の、身嗜みに無関心な男性陣が口を固く閉ざした。こんな路上で吹っ飛んで、余計な注目は集めたくない。



 刷毛を別の店でわざわざ買い求め、このまま町を出ても良かったのだが、補給はやれるときにやった方がいいことは、旅をする上での常識である。しかも次に立ち寄るつもりだった町が壊滅していました、では二重の意味で笑えない。


 町の片隅に馬車を停め、レフがその中で火を起こした。普通の炎だが、レフがその熱と燃焼の範囲を固定しているので火事の心配はない。その上に水を張って適量の染粉を溶かした、魔力で表面に膜を張って衛生上の心配を解消した鍋を浮かせ、熱されるのを待つ。時々掻き混ぜなくてはならないようなので、鍋と同じ処理をした匙を使う。レフが小難しい顔をして鍋をつついている様子は、可愛らしいと言えばそんな気がしないでもない。


 その間にアゼナとユアンとラデルが買い出しに出た。アレンとヴェルガードは、まさかこんな怪しい光景を展開するレフを一人にしておくわけにはいかないので、さりげなく馬車の前に立って視線からの盾になっている。扉を閉めてしまうと、なんだかレフが窒息しそうに思えたのだ――きっとそんなことはないのだろうけれど。


 窒息しそうだ、と言ったのはアレンだった。ヴェルガードはそれを聞いて面白そうにした。


 レフは鍋に全意識を集中させており、しばらくするといつ火を止めていいか分からないと、雰囲気で如実に語り始めた。見かねてヴェルガードが手を貸し、その間不審そうに向けられる視線を、アレンが愛想笑いで乗り切った。


 ブルガイヤは治安が悪いこともあるのか、部外者に対する視線が殊の外きついように思われた。不良どもが向けるのは、縄張りを主張する甚だ子供じみた、第三者から見ると失笑してしまうが危険な眼差しであり、その他の人からは、頼むからこの今の、自分の身を守れている状況を動かすような真似はしないでくれという視線であったり、早く出ていけという警告じみた視線であったりする。こうしてみるとミリウィアでラデルが主張したことは正しかったのだと思える。治安の悪化は全力で防がねばならない問題である。




 いざ火を消して、髪を染める段になって、レフの髪の長さに手こずるという問題が発生した。ヴェルガードは半ば冗談で、切ってしまえと(けしか)けた。レフはしばらく考え、訊いた。


「――長いというのも、迷惑になる?」


 アレンは我慢ならなくなって振り返った。

「迷惑じゃない。というかおまえは、迷惑だと面と向かって言われて、自分でもそんなに嫌でないときに譲るだけでいい」


 ヴェルガードがまた面白そうな顔をし、レフは一瞬きょとんとしたが、頷いた。


「分かりました。ではこの長さで、善処します」


 ヴェルガードの手も借りて、レフは刷毛を使い始めたが、慣れていないのが丸分かりだった。それでもどうにか染め終えて、鍋や匙、刷毛の始末をする間に髪も乾いた。


 染めると髪は固い手触りになってしまいそうなものだが、レフの髪はしなやかさを少し失って、なお標準以上の美しさを誇った。染められた髪は焦げ茶色、平凡な色である。


 アレンがそれを確認するとほぼ同じ頃、買い出し組が戻ってきた。アゼナを含めて苦い顔をしている。アレンは眉を寄せた。



「どうした? 何もなかったとか?」


 ユアンが溜息を零した。


「ここは首都にまだ近い、そこまで困窮するもんか。――ただちょっと……嫌なもの見た」


「さっさと出よう」

 アゼナが断固として言った。

「あたしここにいたくない」



 訳が分からないながらも、アレンは馬車を振り返って出発の旨を告げた。中の焦げ茶の髪の娘はこくんと頷き、それに気付いたアゼナが少し明るい顔になった。


「わあ、レフ、可愛い! でも思ったほど印象変わらないね」


 何となく、アレンは安心した。アゼナがもし、「誰だか分からなかった」というようなことを言っていたら、レフが傷ついただろうという、理由のない確信があった。


「じゃあ行くか」


 ヴェルガードが御者台に乗り、レフは窓布を上げて町の様子を見られるようにした。もう銀髪ではないので、アレンたちも黙認する。アレンたちは馬の轡を引いて歩き出した。三頭の馬は乗り手がいないが、他の馬に繋いでいる。


 馬持ってるとか金持ちーっ、と揶揄する声が聞こえてきたが、気にしたら始末が面倒なので、足早に通り過ぎるに留める。しばらく進んだところで、ヴェルガードが心配そうな声を出した。


「進めそうか?」


 前方の人だかりを見てのことだろう。


 何があって集まっているのか知らないが、馬に続いて馬車が近付けば道を開けさせられるだろうと思って、馬車を最後尾に直進したが、甘かった。石垣もかくやと言うほどに人垣は強固だった。


「何だ、これ?」

 アレンが傍の男に訊き、傍の男は中心を見ようと背伸びしていて、アレンが余所者であるということにも気付かず、あっさり教えてくれた。


「ユーゴとフランクが喧嘩してんのさ! どっちに賭けた?」


「喧嘩かよ……」


 アレンはうんざりして呟き、迂回を提案しようと振り返った。その瞬間、顎が落ちた。他が気付いて次々に振り返る。ヴェルガードが思わず立ち上がった。


 レフが馬車から降りていた。喧噪凄まじい中でも確実に目立っている。しかもそのまま人垣の方へ進むではないか。


 これで焦らずして何で焦れば良いのだろう。


 アレンは手綱を手近にいたラデルに投げ、一足飛びに後を追った。アゼナに至っては手綱を放置し、ユアンが慌てて確保していた。


「レフ! どうした? 戻れ!」


 アレンの声が聞こえたのか、レフが振り返ろうとしたが、その瞬間人垣がどっと沸いた。


「やれやれぇ!」

「いいぞ、その調子っ!」


 レフは喧嘩とは微妙にずれた方向を見ると、あっさり歩いて行く。


「ちょっと、レフっ!?」

 あのアゼナを驚愕させているのだから、レフは相当だ。


「どうなってんの?」

 アゼナは大混乱だがそれはアレンも同じだ。追おうにもレフは既に人垣の中である。とにかく地道に、掻き分けて進むしかなかった。ユアンを頼りたいが、魔術とて万能ではないのである――それは人垣に迷惑をしているらしいレフの様子からもよく分かった。


「ちょ、どいて、どいて――」


 悪態を吐かれながらも進み、人垣から抜けたのはレフのかなり後。そこは大通りから狭い路地に通じる処で、既に誰の姿もなかった。大通りの方には人影がない。ということは路地に決まっている。アレンは路地に踏み入ったが、行き止まりに突き当たって唖然とした。追い着いたアゼナも驚きの声を上げる。


「なにここ、変な感じ。すうっとしてるね。で、レフは? どっかに瞬間移動しちゃったの?」


 アレンは頷くことも首を振ることも保留にして辺りを見た。目の前は石の壁で、多分建物の一部、乗り越えるのは不可能だ。扉もなく、秘密の、という冠がその上に付いたものもなさそうだ。両側は同じく建物に圧迫されており、壁は年月に磨かれたつるりとした石でやはり異状はない。壁際にはうず高く木箱が積まれてあったりもするのだが、これを退かしたにしては痕跡が無さ過ぎる。



「どこに行ったんだ……?」


 いささか呆然とした声が、アレンの口から洩れた。





□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□





 レフが馬車を出た理由は簡単だった。

 アレンたちは気付いてもいなかったようだが、野次馬の中には機巧人もいた。レフが窓からぼんやりと見ていた一人は、買い物帰りに道を塞がれたらしく、見るからにおろおろとしている。


 十六、七の、金髪の少女だった。陶細工の人形のように可愛らしく、買い物籠を腕から下げた姿が可憐な、第一世代。


「ユーゴとフランクが喧嘩してんのさ! どっちに賭けた?」


 男の声と同時に、思わずレフは馬車を降りていた。理由は他でもない、例の少女が人間の男たちに絡まれていたからだ。単に囲んでいるだけで、周りは気付いていないようだが、明らかに少女は怯えていた。男の一人が少女の腕に手を掛けて、籠を取り落した彼女を連行した段階で、レフの頭は静かな温度の低い怒りで一杯になっていた。



 人間如きが第一世代を脅している?



 迷いなく足を踏み出す。髪の色からしてあの少女は二番目の姉の子孫である。背後からはアレンの呼び止める声が聞こえたが、辺りが騒がしくなったのでどうでも良くなって歩を進めた。


 追い着こうとしたのだが、人混みが邪魔で思うように進めない。そこを抜け出すと路地に入れたので、こちらだろうと思って入ってみた。当たりだった。奥から少女の動揺した声が聞こえてきていた。


「わ、わたしは家族もおりますし、きっといつか問題になって、そちらも困ることになりますよ? な、なると思うんですっ」


「貧乏人が騒いだところで問題にゃあならねーの」


 若い男の声と同時に、レフが少女の視界に登場した。少女は呆気にとられ、男たちはなぜか知らないが気分が良さそうに笑った。


「こりゃあいい、もう一人いた。え――しかもすっげえ美人……」


 こんな屑どもの気分など、道端の石ころ程度にしか考えられないレフは、少女だけに声を掛けた。


「大丈夫?」


 少女はしばしぽかんとしてレフの顔に見惚れたが、はっとして声を上げた。

「な、ななにしてるの!? 逃げてよ! 誰か連れて――」


「黙れ」

 男の一人が凄み、少女は息を呑んだが、レフからするとこの男より、三流品だと罵ったときのアレンの方が数千倍迫力があった。


 逃げろと言われてレフは首を傾げた。男たちは笑い出し、少女は目に涙を溜め始めた。男たちの方はどうでもいいのだが、少女の涙にレフは狼狽してしまった。


「どうしたの?」


これが逆効果で(当然だ)、少女は全ての希望を奪われたかのようになってしゃくりあげ始め、レフはどうしたらいいのか分からなくなってしまった。しかし男たちはレフの理解を待つ気はなく、ちらちらとレフを窺いながらもさっさと路地の最奥に少女を引き摺って行った。中の一人はレフ以外には目が行かなくなってしまったらしく、他の男に叱られてはっとしていた。


 よく見ると路地の最奥には転移の魔法陣が書かれている。普通レフは魔法陣の存在は直感で分かるが、これがそうはいかなかったのは、内蔵する魔力が余りにも小さいためだ。断じて、隠蔽の術ではない。隠蔽の術は転移よりも術幅が大きく、レフならば機巧兵の気配でも覆い隠せるが、この場でそんな高等な術は使われていない。魔法陣の水準からそれは分かる。これでは十人運ぶのがやっとだろうし、形も随分お粗末だ。

 レフはこれが果たして魔法陣と呼べるのだろうかと悩んだのだが、レフは知らない。今の世の中では、この水準の魔法陣は並みであるということを。



 レフは軽やかに男たちに付いていき(そして知らずにますます少女を涙の深みに突き落とし)、少女を示して訊いた。


「連れて行くの?」


 男たちは目を瞠り、次いで笑いながら答えた。


「そうだ、連れて行かずにどうするよ?」


 レフはきっぱりと言った。

「嫌がっている」


 男たちはますます笑った。

「そりゃあしょうがない。こっちもこれが商売でね」


 別の男が急かした。

「おい、急ぐぞ。この魔法陣は今日の夕刻までしか使えん」


「ああ」

 言って、先程喋った男はレフを見た。

「嬢ちゃんすっげえ綺麗だろー? 付いて来てくれると嬉しいなぁ?」


 レフが感じたのは疑問のみだった。

「どうしてわたしがあなたを喜ばせなくてはならないの?」


「んー、それはぁ」

 男は少女を示した。少女は最早、目が死んでいた。レフは真剣に心配しているのだが、目を合わせてくれない(当然のこと)。


「来てくれないとこいつ、ひどい目に遭うよ?」


 レフは納得した。少女は急に生き返ったようになって、何かを叫ぼうとしたが、男が先手を打ってその口を塞いだ。レフはそのまま少女に歩み寄り、心からの心配を込めてその目を見た。透明感のある、綺麗な鳶色の目だった。


「魔法陣に乗れ!」


 男が号令した。レフは思い切り眉を顰める。彼女は基本、現在生きている人間が掛ける号令としては使用者であるアレンのものしか認めていない。しかしここで何か言うと、この少女がひどい目に遭うそうなので、素直に少女に寄り添う。男たちをまとめて始末することを考えないでもなかったが、魔術にしろアイゼルトとして備わった力にしろ、レフが操るものは強力過ぎて、少女まで(おびや)かしかねない。とはいえレフの魔術であっても、機巧の盟主の許可が無い限り、機巧兵を壊すところの威力には達しない――「包囲陣」を作れば別だが。



 魔法陣は頼りなく輝いた。移動途中に分解されないかと思って、レフはこちらの方の心配もしなければならなくなった。



「*【魔法陣を起動】*【行為者の転移後、可視部分を消去】*」



 男が詠唱したが、これもまたお粗末に思えた。しかしそれは、レフがユアンやラデルやヴェルガードを基準に考えたからである。

 風景が捻れた。レフは衝撃に備え殆ど無意識に防護したが、行為者以外の他の者はうっと苦しげに声を上げた。とはいえ、この陣の起動には、ここにいる魔術師全員と、この陣がレフたちを運んで行く先にいる魔術師が力を貸しているようではあった。レフは少女にそうっと防護を分けてやり、後は極めてのんびりとこの移動を批判の目で見ていた。



 足裏に硬いものが当たり、転移が完了した。レフは溜息を吐いて辺りを見渡す。


 地下室のようだった。天井は低く、そこから一つ灯器がぶら下がって、申し訳程度の光を提供している。漆喰の剥がれ掛けた汚い天井と壁が浮かび上がり、ささくれた木の床には、蹲ったり立っていたりと様々な姿勢で、二十人前後が既に集められていた。機巧人は四、五人か。全員が手枷を着けられている。彼らは転移したレフたちを見て、何とも言えない顔になって目を逸らした。室内には他にも、明らかに威圧的な態度を取っている五、六人の姿があった。頭上にかなり大人数の足音を聞いたので、地下室であることは確実だ。



「着いた、着いた」


 行為者の男が言った。室内の威圧的な数人がこちらを見る。


「ああ、遅かったな。最後か?」


「そうだ。もう切れかけてたんで、陣は消しといた」


 数人のうち二人が寄って来て、寄り添う――というか少女はレフにしがみついている――二人を見た。


「で、獲物は二人――え?」


 間抜けな最後の一音は、レフを見て発せられたものだった。数秒の絶句の後、男は声の調子を抑えた。


「ちょっと、この子、町にいたのか? 違うよな? お姫様だろ……」


 もう一人が、レフたちを連れてきた男たちを詰問した。


「どうすんだよ、こんなの。売るのか? まさかな。エイン様に――いや、うまくすればばれずに、手元に置いとけるかも知れんぞ?」


「だがこれならむしろ、売らずに、見せるだけで金出す奴もわんさかいるだろ……」


 少女はへなへなと崩れ落ちてしまい、レフは傍に片膝を突いた。


「大丈夫?」


 少女は頭の上で男たちが、レフをどうするかという議論に熱中し過ぎて他のことは眼中にないのを確かめてから、声を抑えてレフを叱りつけた。

「どうするのよ! 何でノコノコ付いてきたの!? 逃げて人を呼んでくれれば良かったのに、何で!?」


 レフは首を傾げた。

「あなた、ひどい目に遭わされると言われていたのだけれど」


「どっちだって一緒じゃないっ!」

 少女はまた、鳶色の目に涙を浮かべた。

「捕まった時点でお終いだったのよっ。あなたがいたから希望を持てたのに、何なの!? あなた、馬鹿なの!?」


 レフは眉を寄せた。どちらにしろ、必ずアレンが来るはずだ。彼女と離れては剣が剣のままなのだから。


 男たちの間には剣呑な空気が漂い始めていた。が、睨み合いを打ち切って中の一人が二人に訊いた。


「二人とも、人間か?」


 少女がぶんぶんと、レフが静かに、首を振った。

「わっわたし機巧人なのできっと売れない――」


 男は聞いていなかった。

「ってこたあ、こっちだな」


 と言って男が取り出したのは、魔術師を捕えるための手枷だった。

 機巧人が全員魔術を使えるかというとそうでもないのだけれど、教えてやる義理はレフにはない。いざとなれば幾らでもやりようがあるので、大人しく手枷を嵌められたのだが、まさか手枷を嵌める役についても揉められるとは思わず、なぜなのだろうと思ってひたすら首を傾げていた。手枷を人に嵌めるのは、それほどいい役割でもないと思うのだが。


 少女は無言の怨嗟を向けてくる。レフは少女にそっと尋ねた。

「なぜ怒っているの?」


 少女は爆発した。

「分かんないの!? これは人身売買! わたしたちは商品にされてるのっ!」


「は……?」


 レフは本気で訳が分からなかったのだが、漠然と、これを知ったらお姉さまが怒るのだろうかと考えた。


 少女は呼吸を整え、言った。

「……本来ならわたしは泣き崩れてものも言えないだろうから、いてくれてありがとう。でもね! 助けを呼んで来てくれる方がずっとずっと何倍も嬉しかったの!」


 少女は細かく震え、レフの存在で気を紛らせていても、本当に心の底から恐怖しているのが伝わった。レフはこんなとき、どうしたらいいのか知っている。大丈夫だと笑って言えばいいのだと知っている。それなのに、表情は全く変わらなかった。




 笑みを失ったことを後悔した初めての瞬間だった。後悔したことに動揺さえした。仕方がないと諦めたはずだ。ある日気付くと笑顔を作れなくなっていた、それだけのことのはずだ。それなのになぜ、そのせいで、敬愛する姉が真心と愛情を込めて作った子どもの、その子孫を慰められない?




 少女はレフの無表情を見て少し寂しそうにした。それから、どうでもいいことのように言った。


「ね、わたしはアリー。あなたは?」


 レフは答えた。

「レフ」


 そして、アリーが打ちひしがれているので哀れになって、小声で慰めた。


「連れがいるから、来るかもしれない」


 アリーは、はははと発音した。それからはあっと息を吐き、己の手首を諦めの目で見て、言った。


「これ、魔封の枷よね? つまりは居場所探知は出来ないのよね? それでどうやって捜してくれるの?」


 レフも思わず考えた。使用者とはいえ、特別な繋がりはないに等しい。


「――どうしましょうか」


 呟いたレフの隣で、アリーが絶望の余り呻いた。しかしレフは少しも心配していなかった。いざとなれば、多少の犠牲は仕方がないので、機巧人を背後にして鋭利なり掃討波なりを撃てばいいのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ