王宮にて 1
謁見の間が静まり返った。国王が頭を下げるという、まず有り得ないはずの事態に全員が困惑し、頭を下げられている一人の少女にその視線を集中させた。
レフ自身は一向に頓着せず、アレンに視線を向けた。
「アレン、話は分かりましたか?」
なぜだ? とアレンは真剣に問い質したくなった。なぜ国王に頭を下げられている状態で俺に声を掛ける? それだけならまだしも、国王にまで砕けた口調で話すのに、なぜ俺には敬語なのだ? と。案の定、ざっと音がするほどの勢いで視線がアレンに移った。
レフがじっと返答を待つ姿勢なので、アレンは仕方なく問い返した。
「話の、どの部分だ?」
国王が頭を下げる相手に向かってなぜ馴れ馴れしい口調なのだ、とばかりに視線が非難を帯びて加熱され、アレンは消えたくなった。
レフは教え諭すように説明した。
「わたしは残念なことに帰れそうにありません。まだ町を守る方針をあなたが貫くつもりなら、同行してください」
なぜこの、よくは分からないが高貴であるのだろう少女がおまえの方針を尊重するのだ、という疑問の視線が突き刺さった。アレンはもう何とかしてここから出してくれと思った。同時に、レフを一人で行かせたら機巧兵より効果的に国を壊していきそうだな、と思って遠い目をした。
「はあ……行く、けど」
国王は頭を上げ、居並ぶ臣下に命じた。その威厳は彼の地位を明らかにしており、余計にレフの立場の異常さを際立たせた。
「諸官に伝えよ。この方に最大限の支援をして差し上げるように、と。移動、食事、どれ一つとして不自由なさることのないように、と」
兵たちが踵を揃え、侍従たちは腰を折って畏まる。
「は!」
国王は次に、アゼナに視線を向けた。アゼナが後退った。
「アゼナというのは、そなたか」
「…………」
アゼナの視線に警戒心が溢れているのを見て、国王は短く笑った。
「心配せずとも、特赦は取り下げはせぬ。ただし、この方からの要請を断った場合にはその限りではないと心得よ」
アゼナは明らかにほっとして、レフへと輝くような笑顔を向けた。
「だって。レフ、何かして欲しいことはある?」
アレンに向けられたのと同じ視線が、数倍厳しくなってアゼナへ向けられたが、アゼナは気付いてもいない様子で、その図太さが羨ましいとアレンは本気で思った。レフは考えるように沈黙した後、アゼナを窺った。
「出来れば、一緒に来てほしいけれど」
アゼナはお道化た敬礼をした。
「了解でーす」
「俺も行く」
ユアンが口を挟んだ。アレンは驚いて彼を見る。
「いいのか?」
ユアンは頷いたが、かなり苦渋の決断だったのだろうと表情で窺わせた。しかしそれを振り切り、表情を切り替えると、ユアンは国王を見て口調を改めた。
「陛下――、どこへ行くべきかお考えをお聞かせ願えましょうか?」
国王は驚いたことにレフを見た。
「リノ・アイゼルト、貴女の守護の範囲ならばどこへ行ってもらっても構わないのだが……」
守護の範囲、という言葉に全員が首を傾げ、レフは困ったように見えた。
「わたしは、現在の国境を知らないのだけれど……」
国王はやんわりと笑んだ。
「いや、問題はない。他国にも遣わすとアレンと約したのだ――貴女が不快に思うならば、無論、無理にとは言わないが」
自分が不快に思うかどうかを検証するように眉を寄せて考え込んだ後で、レフは答えた。
「いえ……、嫌ではない」
くるり、とアレンに向き直り。
「アレン、行先を任せていいですか」
今だけでいいから敬語を止めてくれ、と思いつつ、アレンは頷いた。
「いいけど、おま……きみの、機巧兵を探知する能力も借りたい――口を出してくれってことだ」
おまえ、と呼ぶのはまずい気がして、だからといって貴女、と呼ぶのは気持ちが悪く、折衷案で選んだ二人称だったのに、なんという口を利いている、と言わんばかりの視線が殺到した。アレンは逃げたくなったが、レフは真面目に頷いている。
「はい。訊いてもらえれば答えます」
そいつは良かった、と口の中で呟き、アレンは国王に視線を送った。とにかくここから出してほしいと目で訴える。国王はその色を読んだのか、宣言した。
「――退出を許す。リノ・アイゼルトもお下がりください。また御用があればお呼びください」
普通、用があれば参られよ、とか、謁見を申し込まれよ、などと言うのではなかろうか。
レフは当然とばかりに頷き、アレンの後に続いた。アレンが、レフが思いも寄らない場所へ入り込むのを防ごうと、意識して先に立ったためだった。
そのとき、思い出したようにヴェルガードが呟いた。
「そういえば、守護って何の?」
レフは半ば振り返り、ヴェルガードを見て声に疑問を滲ませた。なぜそんな質問をするのか、分からないようだった。
「――わたしはリノ・アイゼルトだから」
ヴェルガードが更に混乱した顔をしたので、レフは足を止め、自身も退出しようとしていた国王を呼び止めた。
言うんじゃなかったと、ヴェルガードの顔に凄まじい後悔が浮かんだ。
「国王、用ができた」
いっそ、あっけらかんとしたレフの声に、国王は振り返った。
「何か?」
レフは試すような表情と声音で言った。
「リノ・アイゼルトの意味を、この人たちに言ってみて」
国王は驚いたようだった。アレンたちがその意味を知らないことにではなく、レフがそんなことを言うことに対して。一般人は知らなくて当たり前の知識なのだろう。
それから国王は、喜んで、というように微笑んだ。
「わたしの記憶が確かであれば、リノ・アイゼルトは即ち――」
レフが僅かに身を乗り出した。次の言葉を楽しみにしているかの如く見えた。国王はアレンたちにではなく、レフに向かって言葉を紡いだ。
「――北方の守護者」
ですね? と言わんばかりの視線が向けられて、レフは今までで最も誇らしげにした。
「そう。わたしは大陸北方を守護するもの」
北方の守護者。
レフはアレンを見て首を傾げた。
「盟約の内容も分かるでしょう?」
「南下しながらシリンを通ろう。出来ればオーレルも通りたいが……」
「町同士の距離はどれくらいなの?」
「近いよ。馬で半日くらいのはず」
「それならば【掃討波】が届くわ」
「だって、アレン」
「……あのな、遠距離から撃つと町ごと破壊することになるだろうが」
「ああ、そうですね」
「そうですね、じゃない! 町の破壊はなしだ、絶対だっ! それとも何か? またミリウィアみたいに直せるってか?」
「あなたは頭が足りないようですね。あんな芸当を繰り返せるのはイリセのお姉さま――わたしの長姉だけです。あのときはわたしが二千年留まり続けた〈記録〉から出た直後で、魔力を多く貯蔵している状態だったからこそ――」
「はいはい分かった分かった」
王宮の客間の一つで六人が集まり、ラデルとアレンとレフが中央の机を囲む椅子に腰かけ、ユアンはアレンの後ろから机の上に広げられた地図を見て、ヴェルガードは隅の肘掛椅子に座り、アゼナは物珍しげに室内を歩き回っている。
ユアンとアゼナ以外の人の同行は怪しいとアレンは思っていたのだが、ヴェルガードは筆写士を馘首されたことは確実だから、ラデルは実家が離脱の許可を与えてくれなかったからといって、同行を希望する事態となった。しかしそれぞれ言い訳めいた響きだったから、アレンを気遣ってくれたのだろう。
その辺を歩いていた官吏を呼び止めて、機巧兵の被害の様子を知りたいと言ってみると、官吏は一瞬怪訝そうな顔をしたものの、レフを見るや顔色を変え、謹んで承りましたと上擦った声で言う次第となったのだった。数十分で彼は、機巧兵の被害の様子を記したこの地図を持って来たというわけである。
「面倒ですね。人口の少ない町は見捨てられませんか?」
ラデルが顔を覆った。アレンは据わった目でレフを見た。
「話聞いてたか」
「わたしの聴力は正常です」
即答したレフを呆れた目で眺める。
「じゃあおかしいのは頭の方か」
レフは心外な、というように眉を寄せた。
「わたしの案は極めて合理的です。事実以前は――」
がたんっ、と音がしてそちらを見ると、アゼナがマントルピースの上の置物を落としたところだった。アゼナは誤魔化すように笑ったが、庶民二人に王宮勤めの経験がある一人は恐ろしさに固まった。一拍置いて、ユアンが冷静な声で言った。
「それ、幾らするのかな」
「べ、弁償……?」
アレンが思わず立ち上がり、ラデルがこともなげに言った。
「壊れてたらね」
アゼナが置物を拾い上げ、じっくりと見た後に大きく頷いた。
「――大丈夫」
「何かあれば国王に言っておきましょうか?」
レフが首を傾げてアレンに言い、アレンは座り直して息を吐いた。
「……頼む。今おまえが女神さまに見えたぞ」
王宮の調度品は、一つとっても庶民二、三人の人生が余裕で買える値が付く。残りの人生を返上したとして、賄えるものではないのである。
ヴェルガードが重々しく言った。
「アゼナ、座れ」
「はぁい」
アゼナは言って、何を思ったか机の上にきちんと足を揃えて座った。行儀は悪いがまあいい、とアレン、ユアン、ラデル、ヴェルガードが同時に思った。
「どちらにせよあなただけで機巧兵を征討するのは不可能です」
レフは淡々と言った。話題を元に戻すのと次の発言を同時にしてしまっている。
「わたしはエドリアルが愛した――いえ、わたしの守護の領域だけを守ることが出来ればそれでいいのですけれど、あなたのことだから、あなたは大陸全土を気に掛けているのではありません?」
アレンは詰まった。彼の頭の中で大陸は広すぎて、漠然とした概念のようなものだったからだ。大陸全土、と言われてもぴんとこない。
「全土――はさすがに無理だと思うけど……」
レフはアレンを無機質な目で見た。
「では北方を回るようにしてください」
「他も守らないとここもまずいと思う」
ラデルが言った。
「他国の流民がアゼイラ周辺に集中してしまう」
「どうしようもなくないか?」
ユアンが言って、眉を寄せた。機巧兵は多過ぎる。しかしラデルはレフに言った。
「きみ、命令系統がどうとか言っていたけれど、それが分かればきみはきみが機巧兵に持っている権限が行使できるようになるわけだ?」
レフは首を振った。
「少し違う」
レフは自分で、それがどこの誤りでどう違うのかを説明するだけの親切心は持っていないので、ラデルは続けて尋ねた。
「どう違う?」
「命令系統が分かっても、その命令を出しているモノに命令を撤回させるか、それを排除してしまうかしなければ、わたしの権限は使えないと思う」
ラデルは了解した。
「じゃあ、機巧兵を征討しながらそれを捜す方針で、ってことで、どうかな、アレン?」
アレンは頷く。
「いいんじゃないか? 心当たりは?」
レフを見ながら問えば、レフは気のない様子で答えた。
「特に」
「それを見たら、それだと分かるか?」
レフは首を傾げてから、肯定した。
「はい、恐らく。ただ、そのモノの力量のわたしに対する相対値によって、この返答には修正が必要になるでしょう」
「修正が要るようになる確率ってどのくらいなんだ」
アレンが苛立ちながら言い、レフは少し考えた。
「正確な数字は述べられませんが、考え難いと思ってください」
「って、うちの探知機も言ってるし」
アレンは言い、アゼナが爆笑した。周囲の困惑の視線が集まる。アゼナは笑いながら説明した。
「だって、いいね、その『うちの』って言い方」
「は?」
言った当人であるアレンは声を漏らしたが、アゼナはけたけたと笑い続けている。レフは眉を寄せてから、アレンに向かって苦言を呈した。
「――わたしは、探知機ではありません」
「はいはい」
アレンはあしらっておいて、レフを除く全員に問うた。
「出発っていつすればいいんだろうな?」
「早ければ早いほどいいと思うが、あの様子だと陛下が何だかんだとなさっていそうだしな……」
ヴェルガードが答え、アゼナが猛烈に一日王宮に滞在することを支持した。単に冒険がしたいだけなのでは、とアレンたちは思い、同行者がいない場合はうろつかないように、とアゼナに条件を与えた。アゼナは元気よく了承し、それならば骨休めをしよう、と全員の意見が一致した。
それからしばらくして彼らがそれぞれの部屋へと案内された。やはり国王は滞在させるつもりでいたのだろう。しかし落ち着けず、またぞろぞろと集まったが、アゼナとレフがいなかった。アゼナが落ち着けないということはなさそうだし、レフに至っては考えられない。ラデルですらも、王宮に部屋を用意されることは稀だと言って、かなりおっかなびっくりであるのだが。漠然と、これは高そうだ、と思う庶民に比べ、かなり正確に調度品の値段や価値が分かってしまう貴族だからこそ、余計に心臓に悪いのかも知れなかった。
夕刻になると侍従がやって来た。
「陛下が、晩餐にお招きくださるそうです」
嫌だ、とアレンは瞬間的に思った。作法も何も分からない。それなのに断り辛い。この侍従が醸す雰囲気が、よもやお断りするつもりではありますまいな、と迫ってくる。ラデルが爽やかに答えた。
「光栄だ。すぐに伺う――と言いたいのだが、ここにいない仲間を呼ばなくてはならない。しばしお待ちくださるようにと、陛下に伝えてくれ」
「畏まりました」
侍従は言ったが、去らずに留まり、アレンたちに爆弾を落とした。
「あの銀髪の姫君がどこにいらっしゃるかご存知ないでしょうか。真っ先にお呼びするよう仰せつかりましたのに、お部屋にいらっしゃらず」
四人が硬直し、一瞬後、各々頭の中が同じ単語で埋め尽くされた。
(アゼナ――っ!)
疑うべくもなく、アゼナが同行者としてレフを引っ張ったのである。レフは今の、アゼナはそもそも、王宮に詳しくない。迷子の可能性大である。即ち大迷惑である。国王があれほど気に掛け重んじるレフを、連れ回した挙句にレフに何かあれば、元々死刑囚であるアゼナの命が危うい。うろつく条件をもっと厳しくすれば良かったと思いつつ、しかし後悔は先に立たないのである。アレンは頭痛のしてきた頭を押さえた。ラデルの笑顔が強張る。
「――そうか。それは恐らく、王宮を散策なさっているのではないかな? 何分おか――不思議なところのある人だから。ただ彼女は、余り王宮には通じていらっしゃらないので、それとなくお捜しして、案内して差し上げろ。私たちもお捜ししてみよう――晩餐はどこで?」
「は。薔薇の大広間にて、二刻後……」
ラデルは頷いた。
「分かった。私たちはきちんと行くので、姫君をお捜し申し上げろ。困っていらっしゃるかも知れない」
「は――はいっ」
国王が如何に彼女を重んじているかは周知の事実らしく、侍従は青ざめて去って行った。
その姿が消えてから、アレンは息を吸い込み、罵った。
「あの馬鹿っ」
ユアンはやや冷静だった。
「どちらに向かって言っているのかは分からんが、俺も賛成だ。――薔薇の大広間って?」
「ここ、大広間が五つあるんだよ――規模の大きさが分かると思うけど。それぞれに花の名前を付けて区別してるんだ。――ああもう、何だよ二人ともっ!」
ラデルは顔を覆った。ヴェルガードは感心していた。
「いや、こうも常識破りを貫いているのはいっそ清々しいぞ。レフへの言葉遣いを素早く敬語に切り替える、おまえの頭の作りもすごい」
ラデルは乾いた笑いを浮かべた。
「レフに対して変なこと言ったら、不敬罪でぶち込まれそうな気がする……」
「とにかく捜そう」
アレンがかなり不穏に言った。
「見付けたらまず、人の家は如何にでかかろうと勝手にうろつかないことと、ぶらつきたくなったら報告することを教え込んでやる」
「手伝う。――で、悪い報せなんだが、探知の呪文が使えない」
ユアンが言った。アレンが無言で説明を求めると、ユアンは微妙に申し訳なさそうに応えた。
「そもそも王宮って守護された場所で,呪文は使い辛いなあと、前来たときから思ってたんだが、今の俺たちは――あ、いや首都は、レフの結界の中にあるわけで、空間の中に魔術的な序列が生まれてる。その序列として、行為者のレフが最高位なんだよ。というわけでレフと、その周囲の人間を、空間が守ろうとする作用があって、だな、探知させてくれない。出来る実力があっても転移も無理」
「守ってねえだろそれ! 守る気があるならとっとと捜させてるだろ!」
「お、落ち着け。万術の法なんだ、性質なんだからしょうがないんだよ!」
ヴェルガードは落ち着き払ってラデルに訊いた。
「どこか、アゼナの興味をそそりそうな所に心当たりはあるか?」
ラデルは力なく笑った。
「あーもうそりゃ、あり過ぎて数え切れないよ……」
そうか、と頷き、ヴェルガードは大騒ぎをしているアレンとユアンに向かって真面目に言った。
「ラデルから離れないように。離れると、最悪で二次災害が起こるからな」
アレンもユアンも、王宮では迷子予備軍なのだった。
王宮は確かに広く、構造はややこしく、あの二人は一体どこまで入り込んだのだろう――正確には、アゼナは一体どこまでレフを引っ張って行ったのだろうと思うと、アレンだけでなく全員が頭痛を覚えた。
しかも、二刻後には薔薇の大広間にいなくてはならないのである。本来ならば身形も改めなくてはならないが(平服で王族と食卓を共にするなどということは、それだけで牢獄に直結する行為である)、レフの破格の待遇に、全員が肖ったようだった。
半刻もするとアレンは、「【掃討波】でこの辺を吹っ飛ばせば効率よくあいつだけが残るんじゃないのか」などと、レフが乗り移ったかの如き思考に取り憑かれていた。が、それをしてしまうとアゼナまでが非業の死を遂げることになると気付き、思い留まった。無断で散歩をしたという罪状に対し、死刑は少々重い気がする。しかしレフに何かあれば、国王が同じ裁定を下すとは限らないのである。
一刻が過ぎるとユアンが焦り出し、ラデルが遠い目をしてアゼナの常識を祈っていた。
アレンたちは四階層目に入り込み、王宮の外縁に沿って移動していた。入れる部屋には入り込み、それとなく目撃情報を探っての移動である。どうしてこんなに部屋数があるのだろうとアレンは思った。絶対に使わない部屋があると思うのだが。
さすがにそろそろ薔薇の大広間へ向かわなくては間に合わないという時になって、つまりは四人ともがどんよりと落ち込んだ気分になったところで、アレンの傍で銀の霞の花が散った。見覚えのある光景にもしやと思って足を止めると、果たして一瞬後、そこにレフが現れた。
四人、怒りの余り声が出なかった。
レフが淑やかに衣服を整え、アレンを見て責めるように口を開いた。
「こんな処にいたのですか、アレン。随分捜しました」
アレンは眩暈を覚えた。それから全く無意識に、回りが止める間もなくレフに掴み掛かるとがくがくと肩を揺すって、声を荒げることも出来ずに切れ切れに言った。
「こっちが、よっぽど。おまえ、どこに、アゼナ、なんで」
レフは揺すられながらも眉を寄せ、答えたが、揺すられているため声がぶれた。
「何を言っているのか分かりません。アレン、落ち着いてください。アゼナに頼まれて来たのですけれど」
「落ち着けるかっ!」
アレンが怒鳴って初めて、残り三人が声を取り戻し、わっとばかりにレフに詰め寄った。レフは困惑したように一歩下がったが、アレンは一歩詰めた。
「アゼナはどこにいるんだよ!?」
「至急だ! 至急案内しろ!」
「時間がないんだってば! 陛下を待たせるとか悪夢だから!」
「どこにいやがったこの馬鹿がっ!」
レフは使用者の質問を最優先と判断し、落ち着いて答えた。
「どこにいたのかは分からないのですけれど、王宮の中ですよ? わたしが知らないうちにアゼナが知らない所へわたしごと移動していて。アゼナも帰り道が分からないと言うので、捜していただけないかと思いまして」
「突っ込んでいいかっ?」
アレンは激怒の様相を呈した。
「まず何でノコノコ付いて行く!? 何でおまえが知らないうちにおまえ込みでアゼナが動いてるんだよ!? で何で帰り道が分からないんだっ!」
「なぜ、と言われましても……」
レフは愛想はないものの、大変可愛らしく首を傾げた。
「分かりません」
ユアンがヴェルガードに寄り掛かった。
「ヴェルガードさん、俺、もう無理かも知れない」
俺もだ、とヴェルガードが虚ろな口調で答えた。
アレンは深呼吸してレフから手を放し、出来るだけ落ち着いて質問した。
「――アゼナは、どこだ?」
「分からないので捜して欲しいのですけれど」
平静な口調で返してくるのを怒鳴りつけたいのを堪えるため、アレンは一拍置いた。
「――おまえは、アゼナのところに戻れるか」
「元いた場所ですから、問題ありません」
「――どんな、場所だった?」
「そうですね……」
レフは顎に手を当てて考え込み、アレンはそれを殴りそうになった。
「……周りに沢山の棚があって、棚が四角く区切られていて、その一つ一つに瓶が入っていました。樽なども置いてありました。ああ、いい匂いもしましたね。あそこは何なんでしょう?」
アレンは泣きたくなった。ラデルに向かって確認する。
「……酒蔵庫のように思える描写だったんだが、あるのか、ここに?」
ラデルは目元を強張らせていた。
「……ある。全部、かなりの高級酒……」
「アゼナって酒飲んだっけ?」
ユアンが切羽詰まって尋ね、他が知らないという意味で首を振った。そこに、極めて冷静にレフが報告した。
「アゼナは瓶の中身はお酒だと言っていましたが、味が分からなくて、自分が飲むのはお酒に申し訳ないから諦める、と言っていました。――お酒に申し訳ないとはどういう意味でしょう?」
アレンは脱力した。高級酒は、冗談でなく調度品より高い場合も多い。アゼナに備わっていたその感覚に安酒で乾杯したいと思いつつ、レフの質問は完全無視してラデルに確認する。
「酒蔵庫まで行けるか?」
「多分……」
「分かった。――おまえは」
アレンはレフに言った。レフは首を傾ける。
「はい?」
他の誰が伝えるよりいいだろうと思い、アレンは厳命した。
「薔薇の大広間まで行って、陛下に、晩餐に遅れる旨を伝えてこい。その際、出来るだけ、アゼナを庇え」
レフは頷いた。
「薔薇の大広間なら分かります。――あなたが晩餐に招かれたのですか?」
「おまえも含めて全員だ」
「分かりました。では」
言ったと同時にレフの姿が消えた。アレンたちは今度は、酒蔵庫目掛けて怪しまれないような速度を保ちつつ急行することとなった。




