第7話:教室は、思い出の場所から始まる①
夕暮れを背に、ワダチとサヤカは自分たちの故郷……エルステイン領に舞い戻ってきていた。
王立魔法学院のある王都からは、馬車で約半日。一つ領地を超えてくるので、それなりの距離がある。
「いいのか、送って貰って」
「ああ。父もワダチのことは信頼しているし、今回の件の顛末も伝えてあるからな」
思いっきり貴族の娘だというのに、日が暮れてから男女二人でいるのは果たしてどうなのか。
……とは思ったものの、自分は所詮使用人にしか見えないだろうと自分を納得させる。
街についた馬車から降りて、都市部を歩くことおよそ1時間。輝かしい表通りから隠れるようにひっそりと、ワダチが育った孤児院が見えてくる。
「入学してから一度も来てなかったから、久々だ」
「俺は前回の連休に帰ってるから、二週間ぶりだ。……アイツら、玩具を片付け忘れてるな。後で注意しておかないと」
そう言いながら、スコップとバケツを片付けるワダチ。
ワダチが子供の頃は、雑草が生え放題だった庭も今や整備されており、子どもたちが遊べるようになっている。
これを勝ち取れたのは――ワダチが強くなるように行動したから。
「あ、せんせー! あとしせつちょー!」
「ホントだ、せんせーだ!」「ひさしぶりせんせー!」
ワダチとサヤカが孤児院に入ると、子どもたちが出迎えてくれる。まだ10歳にもなっていない、孤児達だ。
「ただいま」
「おかえりー! ねぇせんせー、まほうがっこうたのしいー?」
子どもが無邪気に問いかけてくる。
ワダチは彼らの頭を撫でると、にこりと微笑んだ。
「楽しかったけど、皆と会いたくて戻ってきちゃったよ」
「え!? じゃあ、またずっといっしょにいられるの!?」
「そうだよ、これからはずっと『先生』だ」
万歳して喜ぶ子どもたち。
その後ろから、二人の女性が現れた。サヤカのはからいで孤児院の面倒を見てくれている、エルステイン家のメイドさんだ。
彼女らは笑顔でお辞儀をすると、一人は子ども達を寝室の方へと連れて行く。
「お疲れ様です、お嬢様、ワダチさん。お荷物をお預かりしましょう」
「いえいえ、大丈夫ですよマドレーヌさん。そういえば、年長組は?」
「魔法学校の合宿中です。来週には戻ってくるかと」
そういえば前回に帰省した時に、そんなことを言っていた気がする。
「では晩御飯をご用意します。サヤカお嬢様もご一緒されますか?」
「もちろん」
「では少々、お待ちください。出来ましたらお呼びしますので」
そう言って台所の方へ行くマドレーヌ。彼女が行ったのを見てから、ワダチは荷物を置いてサヤカに手招きした。
「ちょっと来てみて」
「どうしたんだ?」
彼女を連れて渡り廊下を通り、薄暗い部屋に着いた。
「ごほっ、ごほっ。な、何だこの部屋。凄い埃っぽいな。しかも暗いし」
「灯りを付けるよ」
そう言ってワダチは炎魔法を発動させる。ランプに火が灯り、緑色の壁を照らし出す。
「……これ、黒板か?」
サヤカが眼を丸くして、壁に向かって駆け寄る。
デコボコで、傷だらけだが……確かにそこには黒板があった。
「ああ。ここは、この孤児院の教室だよ。もっとも、『先生』が形骸化してからは一切使われて無かったけど」
本来、孤児院というのは身寄りのない子どもを養育し、独り立ちさせる場所だ。
決して、盗みをさせて大人になる前に野垂れ死にするのを待つ場所じゃない。
「ここが……新しい学び舎になるわけか」
「せいぜい、教室だけどな」
ワダチはヒビの入った窓を開け、ニヤリと笑う。
「ここから、世界を変えるんだ。俺達の世界を」
ワダチは静かに呟く。サヤカは微笑むと、そっと彼の腕を抱き寄せた。
「ここが教室、か。それじゃあ、私が生徒第一号だな」
「そうだな」
窓の向こうには暗闇が広がっている。
しかしワダチの眼には、決意の光が宿っていた。
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