第7話:教室は、思い出の場所から始まる②
「ふぅー……よっこらしょ。これでまぁ見れるくらいになったかな」
「大人三人がかりで、半日かけてやっと教室半分か……。先は長いな」
翌日――。
ワダチはサヤカとマドレーヌと協力して、教室を掃除していた。
不要物は捨て、机と椅子を用意し、空気を入れ替えて掃き掃除。これでようやく、なんとか使えるくらいの状態になった。
「サヤカ様、ワダチさん。私は子どもたちの世話に戻りますね。今日は午後からフィナンシェが休暇を取りますので」
「ありがとう、マドレーヌさん」
フィナンシェは、孤児院の面倒を見てくれているメイドのもう一人だ。マドレーヌよりも10歳若いが、二人とも仲が良い。
二人きりになった部屋の中、サヤカが席に座る。
「さて、それじゃあ第一回の授業を始めるか。……と言っても、座学はスキップするぞ」
「まぁ、基礎に関しては高等部に上がる時にワダチに叩き込まれてるからな。……おっと、先生と呼んだ方が良いか?」
楽しそうににまぁ、と笑うサヤカ。
ワダチもまたクスリと微笑み、彼女の額にデコピンした。
「からかうなよ。……それにしても休学だなんて、思い切ったな」
ワダチは昨日初めて聞かされたことだが、なんとサヤカは、王立魔法学院を休学することに決めていた。
寮からも撤収し、屋敷からここに通うらしい。
「父上が『そんなヤバいヤツがいたら、ストーカーされるかもしれない。休学は賛成だ』と」
「まぁギルベルトは……ヤバかったからな」
王立魔法学院は単位制であるため、一度や二度留年したところで卒業出来る。
だとしても休学する人はなかなかいないらしいが。
「それなら尚の事、頑張らないとな。……さて、この教室では強い魔法使いを目指す。だからまずは、普通の魔法のクオリティを上げて行こう。魔法発動のプロセスは分かるよな?」
「ああ。魔力を用いて精霊を集め、魔力を精霊に渡して魔法を発動する。集める精霊の量が非常に重要で、その調整を『魔眼』で行う。……こんなところか?」
サヤカがすらすらと説明し、ワダチは満足そうにうなずく。
「その通り。じゃあサヤカ、魔法を発動してみてくれ」
彼女はワダチに言われた通り、【白の精霊】を集めて光魔法を発動する。
フワフワと浮かぶ、光の泡。
ワダチが幼い頃憧れた……あの、光だ。
「……いい魔法だ。じゃあ次、攻撃魔法を」
ワダチが言うと、ちょっと嫌そうな顔になる。
そして【青の精霊】を集めると、水の弾丸を放った。
普通なら室内で撃つようなものでは無いが――黒板に届く前にヘロヘロと失速して霧散してしまった。
「やっぱり、攻撃魔法を使うのは下手だな」
彼女が使用した魔力量と、発動した魔法の規模があまりにも違い過ぎる。
「あ、改めて言わなくていいだろう!? 攻撃魔法が使えたら、私はとうに上級教室に通えていたんだから! ……はぁ、これでも昔は神童と言われていたんだが」
しょぼんと凹むサヤカ。
確かに彼女は、五歳の時点で既に魔法を発動させていた。何せそれを見てワダチは魔法使いを目指したのだから。
しかしこと、攻撃魔法となると話が変わってくる。そもそも一部の補助魔法に比べて、攻撃魔法は難易度が高い。殆ど才能の世界だと言われている。
……だが、本当に才能の世界であればワダチに攻撃魔法が使えるはずが無い。なにせ『精霊を視る』という根本的に必須の才能が欠けているのだから。
「サヤカ、精霊を集める時の魔力が多すぎる。あと、発動する規模に比して精霊の量が変に多い。結果、非常に大きいロスが出来ている。魔力のバランスがガタガタになってるんだ」
「え……ど、どういう意味だ? 実技の講師にも別にそれを指導されたことは無いんだが……」
首を傾げるサヤカ。
しかしワダチには『数値』で視えているのだ。数値は嘘をつかない。
「とりあえず、俺が良いって言うまで魔力を高めてくれ」
「ん、分かった。……他人の魔力なんて視えるのか? 高まりや気配はわかれど、普通は他人の魔力なんてわからないだろう」
「それが俺の『魔眼』だからな」
彼女の魔力を『数値化の魔眼』で観察する。
一定の量まで高めたところでストップをかけた。
「え、こんなものか?」
「その代わり、集める時に精霊に魔力を渡さないでくれ。魔力はあくまで、精霊に意志を伝える餌みたいなモノだからな。事前に渡してもロスが出るだけだ」
サヤカは頷いて、精霊を集めだす。そしてすぐに必要量が集まったので、ワダチがストップをかけた。
「良い感じだ。そのまま維持できるか?」
「あ、ああ。……高めた魔力を全部使い切ってしまったんだが、ここからまた渡す分の魔力を高めるのか?」
「ああ。やっぱり俺が良いって言うまで高めてくれ」
サヤカは一気に魔力を高める。さっき彼女が発動した倍くらいの量まで。
「ま、まだか?」
「まだだ」
こわごわと魔力を高めていくサヤカ。暴発を恐れているのだろうが、ワダチはジッと彼女が魔力を集めるのを待つ。
そして一定の量に達した段階で、自分を指さした。
「それくらいだ。そして一斉に精霊に命じろ」
「分かった!」
サヤカが精霊に一斉に命じると、先程とは比べ物にならない勢いで水の弾丸が射出された。
ワダチがそれを相殺するが、サヤカの眼は驚きと喜びに見開かれていた。
「嘘……こ、こんな簡単に攻撃魔法が成功するなんて。が、学校ではどれだけやっても出来なかったのに!」
「魔法は……精霊の数と魔力量の調整さえ正しければ、その通りの結果が出る。……俺も『魔眼』の使い方が分かるまでは理解していなかったけど」
「九割が才能の世界と言われているのに」
サヤカの言う通り、魔法の発動や威力は才能によってほぼ全て決まると言われている。『魔眼』もそうだし、それ以外の感覚も。
だが、実際に起きている現象は全て数値化出来ることで、数値通りにしか動かない。
「……こんな簡単に行くなんて、私の今までの努力は何だったんだ」
「それは違う、サヤカ。俺の指導ですぐに出来たのは、今までの努力の成果だ」
魔力操作も、精霊収集も基礎技術。ワダチの調整に対応出来るのは、その基礎がしっかりしていたから。
ワダチの励ましに、サヤカは少しだけ照れくさそうに笑う。
こうしてワダチとサヤカの『教室』は始まったのであった。
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